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第二部 四章
第六十八話 裏技
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「えと……」
アヤメは必死で考える。
どうしたら処刑を止めさせられるのか。
マキシウスが皇帝を暗殺をしようとした。
そこは絶対に変えられない事実である。
でもそこを変えられなければ詰んでいるのでは?
「アヤメ様?」
黙ってしまったアヤメにレガリアが声をかける。
「ちょ、ちょっと待ってね。今、考えてるから」
その場にいる全員が、アヤメの言葉を待つ。
こういう状況は苦手だ。
注目されている状態で、言葉を待たれるのは緊張する。
それだけで頭が真っ白になりそうだった。
しかし人の命がかかっているのだ。
真っ白になっている場合ではない。
こうやって稼げる時間も無限ではないのだから。
「だ、だから……その」
「……」
レガリアは無言でアヤメの言葉を待っていた。
圧力が凄い。
この状況を打開するには、もはや事実をひっくり返すしかない。
でもどうやって?
アヤメは色々と仮説を立ててみる。
例えばアヤメやミーミルは怪我をしていない。
実質、無傷である。
だから問題なし。
無理だ。
暗殺の未遂で死刑なのだから、敵意を持って攻撃した時点でアウトだろう。
マキシウスは神護者に騙されていたのでセーフ。
という訳にもいかない。
騙されていたのは確かだが、暗殺しようとしたのは全く別の話だ。
騙された部分は、現神の実の取引関係だけである。
マキシウスは精神的におかしくなっていたので罪に問えない。
責任能力が無いから罪に問えないというのは、日本の話だ。
この世界にそんな法律あるだろうか?
というかどう見ても精神的におかしくなっていない。
行動が理性的すぎる。
衝動的に動いた要素が見当たらない。
「アヤメ様。時間稼ぎをしても、長引くだけです」
「あの、ニ、三日待ってもらえない?」
レガリアは無言で首を振る。
待ってもらえないようだ。
ならば最終手段『皇帝命令』で待ってもらうしかない。
完全なゴリ押しの結果引き延ばしだが、それでも何か状況が変わるかもしれない。
もう少しすれば中央に戻っているオルデミアも帰ってくるはずだ。
そうすれば、いい考えも浮かぶかもしれない。
それはそうとオルデミアだ。
今回は全く役に立たなかった。
オルデミアがいれば、きっともう少し楽ができていたはずである。
戻ってきたら怒ろう。
すごい勢いで怒ろう。
そもそもオルデミアのせいで自分達は皇帝にされて酷い目に――。
――。
――――――。
そうしてアヤメは『裏技』を思いついた。
「あっ」
アヤメは重大な事に気が付く。
根本に間違いがあった。
勘違いしていた。
ここにいる全員が、忘れていた。
「どうされました?」
鳩が豆鉄砲を食ったようようなアヤメの様子を見て、レガリアは眉間に皺を寄せる。
アヤメは目を丸く見開いたまま、ミーミルを見る。
そして、こう言った。
「わたしたち、皇帝じゃない」
「?」
ミーミルだけでなく、その場にいた全員に疑問符が浮かぶ。
皇帝である。
皇帝の中の皇帝。
閃皇と剣皇である。
なのに皇帝でないというのは、どういう事か。
「だって今のアイリス帝国の皇帝って、ミゥン様でしょ」
アヤメの言わんとした事を、誰よりも最初に気づいたのはレガリアだった。
「ああ!? ええ! それ……ええ!? 通しますかそれ!?」
「む、むりかなー?」
アヤメは苦笑いを浮かべながらレガリアに聞く。
「いや……行ける……行けますね! そんな馬鹿な。あはははは。無茶苦茶だ! あっはははは!」
レガリアの笑いが森に響き渡る。
他の人間にはサッパリ意味不明だった。
「兄さん、どういう事ですか」
パークスが困惑しながらレガリアに話しかける。
「あっはははは! アヤメ様、本気ですか! あはははは! ヤバイな!」
答えが返ってこない。
「そんな笑わなくても」
アヤメは口を尖らせる。
とりあえずレガリアには意図が伝わったらしい。
そう。
アヤメとミーミルは皇帝ではないのだ。
元皇帝である。
そして現皇帝はミゥン・ノーグロードだ。
しかも、である。
帝国の法の上では、二人は元皇帝ですらない。
二人は皇帝の魂を呼び寄せ、別の身体に入れた存在である。
魂は同じだが、身体は皇帝の血筋に連なる者ではない。
帝国の法では、血縁によって皇帝の一族を定められている。
魂の在り方によって皇帝の一族であると定めるわけではない。
そういう人物を皇帝と定める法律など存在しないのだ。
それも当然である。
二人はごく最近、秘密裏の禁術によって成功したイレギュラーな存在だ。
そんなイレギュラー中のイレギュラーに法律が対応できているはずがない。
そのイレギュラーは、現行の帝国法でどう当てはまるのか。
一番、近い答えが――。
「あー、そうですか。つまりアヤメ様とミーミル様は、こういう仰る訳ですか。自分達は皇帝ではなく、国籍不明の外国人であると。そう言い張る訳ですね」
「動く死体でもいいです」
「わははは」
レガリアは腹を抱えて笑い始めた。
目の端には涙すら浮かんでいる。
「いやー、こうひっくり返されるとは思っていませんでした。完全に法の穴を抜かれましたね。お見事です。やはり貴女方は素晴らしい。本当に閃皇と剣皇なのでしょう」
人違いです。
とアヤメは言いたかったが、まあいいだろう。
これ以上、場をややこしくしても仕方ない。
「兄さん、意味が分からないのですが」
「パークス、頭を回せ。アイリス帝国の現皇帝はミゥン様だ。ならこのお二人は?」
「皇帝ではない、という事になるのですか?」
「皇帝の器ではあるが、皇帝という役職ではない。しかも二人は皇帝の血筋ではない。つまりお二人は今の所、戸籍不明の外国人という事になるんだよ。死んでた皇帝が復活したらどう扱うのか? なんて法は、まだ存在してないからな」
「ええ……そうなるのですか」
「で、そんな二人を暗殺しようとしたら、皇帝暗殺未遂の罪になるのか?」
パークスが完全に固まった。
「そう。ならんのだ。答えは殺人未遂になる」
「そんなの通るんですか……」
余りの無茶苦茶な理論に、パークスの顔が引きつっている。
「それを閃皇様が! 閃皇様が通すつもりらしいのだ!」
「通ります?」
アヤメはレガリアに不安そうに聞く。
「あっははははは!!」
レガリアは爆笑した。
「殺人未遂って罪はどれくらい?」
アヤメはアベルに聞く。
「禁固刑ですね」
「死刑にならない?」
「前科にもよりますが、まずなりません」
「よかったー」
アヤメは胸を撫で下ろす。
「良かったね。パークス」
「ええ……? はい」
パークスは目を白黒させるので精いっぱいであった。
「本当に可能なのですか? 他の四大貴族が何と言うか」
アベルは不安そうにレガリアに聞く。
「何も問題はない。その四大貴族にとっては僥倖なのだからな?」
「……え?」
アベルは首を傾げる。
「いいか、アベル殿。四大貴族の立場になって考えるのだ」
レガリアは説明を始める。
「今回の件で、他の四大貴族はライバルが一人脱落したと思う事だろう。それに四大貴族にとって、閃皇と剣皇の存在は非常に不都合だ。御しやすいミゥン様の皇位が脅かされかねんからな。しかもお二人は中央での存在感を増しつつある。だが、二人が皇帝ではなく元皇帝としての立場を取るならば話は変わってくるだろう?」
「……」
「ジェイド家は争いから外れ、閃皇と剣皇の影響力は落ちる。これは四大貴族には願っても無い状況なのだ。他の貴族は、それぞれの派閥に従うだろう。うむ、国が腐敗していて実に有利に事が運ぶな」
「レガリア様……」
アベルは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
アイリス帝国始皇帝の前で言う言葉ではない……と思うのだが。
でも設定上、皇帝ではない事になったので構わないのだろうか。
そんなアベルの苦悩を流しつつ、レガリアはなおも続けた。
「――重要なのは、我々の主観ではない。周りが、どう思っているかだ」
レガリアはアヤメの前に跪いた。
いきなり跪かれ、ちょっとびっくりするアヤメ。
「我々はアヤメ様とミーミル様が、皇帝である事を知っている。疑いの余地なく」
だから人違いなんですけど……。
とアヤメは心の中で呟いた。
「だが周りはそうではない。お二人の事を皇帝だとは思ってはいない。それも圧倒的多数が。そうだろう?」
「それはまあ……確かに」
中央の兵士達は二人は皇帝であると思われているだろう。
二人はそれだけの力を見せた。
だが四大貴族や東西南北領地の人間には、二人は皇帝だと思われていない。
顔すらも知らないのだ。
二人が皇帝であると言っても、首を傾げる人間しかいない。
何故なら過去から皇帝が蘇るなど、絶対にあり得ないからだ。
「これは、あり得ない事が起き、誰もが対応できていない今だからこそ、通じる奇策だな」
レガリアはそう言って笑みを浮かべる。
実に悪そうな笑みだった。
「という事で親父」
「……」
「死刑は無しだ。ただし牢屋には入って貰うし、当主の座も退いてもらうぞ」
「……それで良いのか」
レガリアはアヤメを見る。
見られたアヤメは、こくこくと頷いた。
「閃皇様が、それで良いと仰っている。何も、問題は、無い」
レガリアはそう締めくくると、剣を鞘に収めた。
そしてアヤメに向き直る。
そして、もう一度、跪いた。
「アヤメ様」
「えっ」
「寛大なご処置を賜り、心よりお礼申し上げます。これよりジェイド家は、アヤメ様に全てを捧げ、手となり足となり、この身が果てるまで付き従う事をここに誓います」
「あっ、ハイ。よろしくお願いします」
アヤメは勢いに釣られて、ぺこりと頭を下げる。
レガリアは立ち上がると、兵士達に向かって叫んだ。
「皆の者、身内の不詳の為に手間をかけた! これからジェイド家は新当主によって体制を新たにする!」
そしてレガリアは隣で茫然としていた人間を指差し、叫んだ。
「新当主はパークス・ジェイドとする! これはジェイド家長男レガリア・ジェイド、並びにジェイド家次男ジオ・ジェイド共に承認済みである!」
「ええ!? そんないきな――」
今度はパークスが叫んだ。
レガリアは驚くパークスの肩を抱くと、小声で耳打ちを始める。
「パークス……何を驚いている? 言ったではないか。私とジオはお前を当主にしようと思っていたと」
「言ってましたけど、こんないきなり……!」
「実は家に念書もすでに用意してあるのだ。後はお前がサインするだけだが、サインするだろう?」
「準備が良すぎて、さすがに怖いです兄上!」
「心配するな。悪いようにはしない」
「それは完全に悪役の台詞では」
「よし! では、皆の者、新当主パークス・ジェイドを祝福してやってくれ!!」
パークスの言葉を無視して、レガリアは兵達に呼びかける。
真っ先に走り寄って来たのはパークス直属の部下だった。
「パークス様! 当主になるのですね!」
「えっ、そ、そう、だな」
「やりましたね……。まさかパークス様が、ジェイド家を担う方になるとは」
「そう、なるのか」
「感動しました」
「そうか……」
凍り付いたような笑みを顔に張り付けたまま、パークスは兵士達に祝福される。
あっという間に、パークスの周りには人だかりができた。
「で……どうなった?」
さっぱり流れが分からないミーミルがアヤメに耳打ちしてくる。
「えっと……私達が皇帝じゃないから皇帝暗殺にはならないって」
「ふむ、それで?」
「皇帝暗殺から殺人未遂に罪が軽くなって、マキシウスさんは禁固刑で済むみたい」
「ほー。なるほど、さすがアヤメだな。よくやった」
ミーミルは腕組みしながら頷いた。
アヤメは「気楽でいいなぁ」とミーミルの事を羨み――もとい恨みながら呟く。
もし裏技に気づかなかったら、今頃マキシウスの首は飛んでいただろう。
ここまで上手く行っていたのに、最後に後味の悪い結果になる所だった。
とにかく無事に終わって良かった。
アヤメはほっと、ため息をついた。
そしてふと視線を移すと――。
人垣の隙間から、レガリアが抜け出してきていた。
レガリアは祝福されるパークスを見ながら笑顔を浮かべている。
そして口に手を当てながら、何かを呟く。
普通ならば、絶対に聞こえない。
だがアヤメには聞く事が出来た。
(良し。これで真の皇帝を味方につける事ができた)
(他の者はジェイド家が落ちた。そう思う事だろう)
(これを機に他の四大貴族は傀儡の皇帝への影響力をさらに強めようとするはず)
(だが、それは泥船だ)
(ミゥン皇帝は政治への興味が無い。もし代わりがいれば即座に席を譲る)
(そこで二人を皇帝にできる法を制定してしまえば、すべての立場が反転する事となる)
(最後に笑うのは、真の皇帝を味方につけたジェイド家――いや、パークスとなるのだ)
「パークス! お前がこれから、ジェイド家を引っ張っていくのだぞ!」
レガリアはパークスに笑顔で手を振る。
その笑顔は何の邪気も感じられない、とても爽やかな笑顔だった。
(とてもこわい)
絶対にレガリアだけは敵にしないようにしよう。
アヤメは、そう心に固く誓ったのだった。
アヤメは必死で考える。
どうしたら処刑を止めさせられるのか。
マキシウスが皇帝を暗殺をしようとした。
そこは絶対に変えられない事実である。
でもそこを変えられなければ詰んでいるのでは?
「アヤメ様?」
黙ってしまったアヤメにレガリアが声をかける。
「ちょ、ちょっと待ってね。今、考えてるから」
その場にいる全員が、アヤメの言葉を待つ。
こういう状況は苦手だ。
注目されている状態で、言葉を待たれるのは緊張する。
それだけで頭が真っ白になりそうだった。
しかし人の命がかかっているのだ。
真っ白になっている場合ではない。
こうやって稼げる時間も無限ではないのだから。
「だ、だから……その」
「……」
レガリアは無言でアヤメの言葉を待っていた。
圧力が凄い。
この状況を打開するには、もはや事実をひっくり返すしかない。
でもどうやって?
アヤメは色々と仮説を立ててみる。
例えばアヤメやミーミルは怪我をしていない。
実質、無傷である。
だから問題なし。
無理だ。
暗殺の未遂で死刑なのだから、敵意を持って攻撃した時点でアウトだろう。
マキシウスは神護者に騙されていたのでセーフ。
という訳にもいかない。
騙されていたのは確かだが、暗殺しようとしたのは全く別の話だ。
騙された部分は、現神の実の取引関係だけである。
マキシウスは精神的におかしくなっていたので罪に問えない。
責任能力が無いから罪に問えないというのは、日本の話だ。
この世界にそんな法律あるだろうか?
というかどう見ても精神的におかしくなっていない。
行動が理性的すぎる。
衝動的に動いた要素が見当たらない。
「アヤメ様。時間稼ぎをしても、長引くだけです」
「あの、ニ、三日待ってもらえない?」
レガリアは無言で首を振る。
待ってもらえないようだ。
ならば最終手段『皇帝命令』で待ってもらうしかない。
完全なゴリ押しの結果引き延ばしだが、それでも何か状況が変わるかもしれない。
もう少しすれば中央に戻っているオルデミアも帰ってくるはずだ。
そうすれば、いい考えも浮かぶかもしれない。
それはそうとオルデミアだ。
今回は全く役に立たなかった。
オルデミアがいれば、きっともう少し楽ができていたはずである。
戻ってきたら怒ろう。
すごい勢いで怒ろう。
そもそもオルデミアのせいで自分達は皇帝にされて酷い目に――。
――。
――――――。
そうしてアヤメは『裏技』を思いついた。
「あっ」
アヤメは重大な事に気が付く。
根本に間違いがあった。
勘違いしていた。
ここにいる全員が、忘れていた。
「どうされました?」
鳩が豆鉄砲を食ったようようなアヤメの様子を見て、レガリアは眉間に皺を寄せる。
アヤメは目を丸く見開いたまま、ミーミルを見る。
そして、こう言った。
「わたしたち、皇帝じゃない」
「?」
ミーミルだけでなく、その場にいた全員に疑問符が浮かぶ。
皇帝である。
皇帝の中の皇帝。
閃皇と剣皇である。
なのに皇帝でないというのは、どういう事か。
「だって今のアイリス帝国の皇帝って、ミゥン様でしょ」
アヤメの言わんとした事を、誰よりも最初に気づいたのはレガリアだった。
「ああ!? ええ! それ……ええ!? 通しますかそれ!?」
「む、むりかなー?」
アヤメは苦笑いを浮かべながらレガリアに聞く。
「いや……行ける……行けますね! そんな馬鹿な。あはははは。無茶苦茶だ! あっはははは!」
レガリアの笑いが森に響き渡る。
他の人間にはサッパリ意味不明だった。
「兄さん、どういう事ですか」
パークスが困惑しながらレガリアに話しかける。
「あっはははは! アヤメ様、本気ですか! あはははは! ヤバイな!」
答えが返ってこない。
「そんな笑わなくても」
アヤメは口を尖らせる。
とりあえずレガリアには意図が伝わったらしい。
そう。
アヤメとミーミルは皇帝ではないのだ。
元皇帝である。
そして現皇帝はミゥン・ノーグロードだ。
しかも、である。
帝国の法の上では、二人は元皇帝ですらない。
二人は皇帝の魂を呼び寄せ、別の身体に入れた存在である。
魂は同じだが、身体は皇帝の血筋に連なる者ではない。
帝国の法では、血縁によって皇帝の一族を定められている。
魂の在り方によって皇帝の一族であると定めるわけではない。
そういう人物を皇帝と定める法律など存在しないのだ。
それも当然である。
二人はごく最近、秘密裏の禁術によって成功したイレギュラーな存在だ。
そんなイレギュラー中のイレギュラーに法律が対応できているはずがない。
そのイレギュラーは、現行の帝国法でどう当てはまるのか。
一番、近い答えが――。
「あー、そうですか。つまりアヤメ様とミーミル様は、こういう仰る訳ですか。自分達は皇帝ではなく、国籍不明の外国人であると。そう言い張る訳ですね」
「動く死体でもいいです」
「わははは」
レガリアは腹を抱えて笑い始めた。
目の端には涙すら浮かんでいる。
「いやー、こうひっくり返されるとは思っていませんでした。完全に法の穴を抜かれましたね。お見事です。やはり貴女方は素晴らしい。本当に閃皇と剣皇なのでしょう」
人違いです。
とアヤメは言いたかったが、まあいいだろう。
これ以上、場をややこしくしても仕方ない。
「兄さん、意味が分からないのですが」
「パークス、頭を回せ。アイリス帝国の現皇帝はミゥン様だ。ならこのお二人は?」
「皇帝ではない、という事になるのですか?」
「皇帝の器ではあるが、皇帝という役職ではない。しかも二人は皇帝の血筋ではない。つまりお二人は今の所、戸籍不明の外国人という事になるんだよ。死んでた皇帝が復活したらどう扱うのか? なんて法は、まだ存在してないからな」
「ええ……そうなるのですか」
「で、そんな二人を暗殺しようとしたら、皇帝暗殺未遂の罪になるのか?」
パークスが完全に固まった。
「そう。ならんのだ。答えは殺人未遂になる」
「そんなの通るんですか……」
余りの無茶苦茶な理論に、パークスの顔が引きつっている。
「それを閃皇様が! 閃皇様が通すつもりらしいのだ!」
「通ります?」
アヤメはレガリアに不安そうに聞く。
「あっははははは!!」
レガリアは爆笑した。
「殺人未遂って罪はどれくらい?」
アヤメはアベルに聞く。
「禁固刑ですね」
「死刑にならない?」
「前科にもよりますが、まずなりません」
「よかったー」
アヤメは胸を撫で下ろす。
「良かったね。パークス」
「ええ……? はい」
パークスは目を白黒させるので精いっぱいであった。
「本当に可能なのですか? 他の四大貴族が何と言うか」
アベルは不安そうにレガリアに聞く。
「何も問題はない。その四大貴族にとっては僥倖なのだからな?」
「……え?」
アベルは首を傾げる。
「いいか、アベル殿。四大貴族の立場になって考えるのだ」
レガリアは説明を始める。
「今回の件で、他の四大貴族はライバルが一人脱落したと思う事だろう。それに四大貴族にとって、閃皇と剣皇の存在は非常に不都合だ。御しやすいミゥン様の皇位が脅かされかねんからな。しかもお二人は中央での存在感を増しつつある。だが、二人が皇帝ではなく元皇帝としての立場を取るならば話は変わってくるだろう?」
「……」
「ジェイド家は争いから外れ、閃皇と剣皇の影響力は落ちる。これは四大貴族には願っても無い状況なのだ。他の貴族は、それぞれの派閥に従うだろう。うむ、国が腐敗していて実に有利に事が運ぶな」
「レガリア様……」
アベルは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
アイリス帝国始皇帝の前で言う言葉ではない……と思うのだが。
でも設定上、皇帝ではない事になったので構わないのだろうか。
そんなアベルの苦悩を流しつつ、レガリアはなおも続けた。
「――重要なのは、我々の主観ではない。周りが、どう思っているかだ」
レガリアはアヤメの前に跪いた。
いきなり跪かれ、ちょっとびっくりするアヤメ。
「我々はアヤメ様とミーミル様が、皇帝である事を知っている。疑いの余地なく」
だから人違いなんですけど……。
とアヤメは心の中で呟いた。
「だが周りはそうではない。お二人の事を皇帝だとは思ってはいない。それも圧倒的多数が。そうだろう?」
「それはまあ……確かに」
中央の兵士達は二人は皇帝であると思われているだろう。
二人はそれだけの力を見せた。
だが四大貴族や東西南北領地の人間には、二人は皇帝だと思われていない。
顔すらも知らないのだ。
二人が皇帝であると言っても、首を傾げる人間しかいない。
何故なら過去から皇帝が蘇るなど、絶対にあり得ないからだ。
「これは、あり得ない事が起き、誰もが対応できていない今だからこそ、通じる奇策だな」
レガリアはそう言って笑みを浮かべる。
実に悪そうな笑みだった。
「という事で親父」
「……」
「死刑は無しだ。ただし牢屋には入って貰うし、当主の座も退いてもらうぞ」
「……それで良いのか」
レガリアはアヤメを見る。
見られたアヤメは、こくこくと頷いた。
「閃皇様が、それで良いと仰っている。何も、問題は、無い」
レガリアはそう締めくくると、剣を鞘に収めた。
そしてアヤメに向き直る。
そして、もう一度、跪いた。
「アヤメ様」
「えっ」
「寛大なご処置を賜り、心よりお礼申し上げます。これよりジェイド家は、アヤメ様に全てを捧げ、手となり足となり、この身が果てるまで付き従う事をここに誓います」
「あっ、ハイ。よろしくお願いします」
アヤメは勢いに釣られて、ぺこりと頭を下げる。
レガリアは立ち上がると、兵士達に向かって叫んだ。
「皆の者、身内の不詳の為に手間をかけた! これからジェイド家は新当主によって体制を新たにする!」
そしてレガリアは隣で茫然としていた人間を指差し、叫んだ。
「新当主はパークス・ジェイドとする! これはジェイド家長男レガリア・ジェイド、並びにジェイド家次男ジオ・ジェイド共に承認済みである!」
「ええ!? そんないきな――」
今度はパークスが叫んだ。
レガリアは驚くパークスの肩を抱くと、小声で耳打ちを始める。
「パークス……何を驚いている? 言ったではないか。私とジオはお前を当主にしようと思っていたと」
「言ってましたけど、こんないきなり……!」
「実は家に念書もすでに用意してあるのだ。後はお前がサインするだけだが、サインするだろう?」
「準備が良すぎて、さすがに怖いです兄上!」
「心配するな。悪いようにはしない」
「それは完全に悪役の台詞では」
「よし! では、皆の者、新当主パークス・ジェイドを祝福してやってくれ!!」
パークスの言葉を無視して、レガリアは兵達に呼びかける。
真っ先に走り寄って来たのはパークス直属の部下だった。
「パークス様! 当主になるのですね!」
「えっ、そ、そう、だな」
「やりましたね……。まさかパークス様が、ジェイド家を担う方になるとは」
「そう、なるのか」
「感動しました」
「そうか……」
凍り付いたような笑みを顔に張り付けたまま、パークスは兵士達に祝福される。
あっという間に、パークスの周りには人だかりができた。
「で……どうなった?」
さっぱり流れが分からないミーミルがアヤメに耳打ちしてくる。
「えっと……私達が皇帝じゃないから皇帝暗殺にはならないって」
「ふむ、それで?」
「皇帝暗殺から殺人未遂に罪が軽くなって、マキシウスさんは禁固刑で済むみたい」
「ほー。なるほど、さすがアヤメだな。よくやった」
ミーミルは腕組みしながら頷いた。
アヤメは「気楽でいいなぁ」とミーミルの事を羨み――もとい恨みながら呟く。
もし裏技に気づかなかったら、今頃マキシウスの首は飛んでいただろう。
ここまで上手く行っていたのに、最後に後味の悪い結果になる所だった。
とにかく無事に終わって良かった。
アヤメはほっと、ため息をついた。
そしてふと視線を移すと――。
人垣の隙間から、レガリアが抜け出してきていた。
レガリアは祝福されるパークスを見ながら笑顔を浮かべている。
そして口に手を当てながら、何かを呟く。
普通ならば、絶対に聞こえない。
だがアヤメには聞く事が出来た。
(良し。これで真の皇帝を味方につける事ができた)
(他の者はジェイド家が落ちた。そう思う事だろう)
(これを機に他の四大貴族は傀儡の皇帝への影響力をさらに強めようとするはず)
(だが、それは泥船だ)
(ミゥン皇帝は政治への興味が無い。もし代わりがいれば即座に席を譲る)
(そこで二人を皇帝にできる法を制定してしまえば、すべての立場が反転する事となる)
(最後に笑うのは、真の皇帝を味方につけたジェイド家――いや、パークスとなるのだ)
「パークス! お前がこれから、ジェイド家を引っ張っていくのだぞ!」
レガリアはパークスに笑顔で手を振る。
その笑顔は何の邪気も感じられない、とても爽やかな笑顔だった。
(とてもこわい)
絶対にレガリアだけは敵にしないようにしよう。
アヤメは、そう心に固く誓ったのだった。
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