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第二部 四章
第七十話 重なる未来
しおりを挟む「えー、それでは当主となりましたパークス様から、一言頂きたいと思います。パークス様、宜しくお願い致します」
パークスの部下が、パークスを表に立たせる。
「ああ、その……ええと」
パークスは目の前に広がる光景に、言葉を失う。
――ジェイドタウンへの帰還は、思いの外スムーズに完了した。
道中で危険な目に会う事もなく、街中への移動も全く問題なかった。
ネーネ族達にはフードを被せていただけなのだが、それについて民から何かツッコミがあるという事もない。
もちろん気づかれなていない訳でもなかった。
パークスの一行を見た人の中には、亜人種が混じっていると気づいた者もいたのだ。
だが誰も一行に疑問をぶつけてこようとはしなかった。
それは、ひとえにマキシウスの存在が大きかったからである。
長きに渡って南部領を統治してきたマキシウス。
そのマキシウスが行っている事なのだから、きっと問題はないのだろう。
彼に対する民の信頼は、パークスが思っているより遥かに厚かったのだ。
「ここここ、この度、当主になったパークス・ジェイドです……」
パークスは、そんな父親の後を継がねばならない。
今度は自分が、南部領を、民を導いていかねばならないのである。
「パークス様! 声が小さいです!」
「す、すまん!」
部下の指摘に笑いが起こる。
宴会の場所はパークス家の広い庭であった。
そこにレガリアの騎士団、そしてジオの騎士団。
それから中央の騎士団にアヤメとミーミル。
さらにミョルドやイカルガを含めたネーネ族。
三勢力が入り乱れ、一堂に会している。
その三勢力の前に作られた檀上には、レガリア、ジオ、そしてパークスが立っている。
もちろん中央に立っているのはパークスだ。
ほんの数日前まで、こんな事になるとは思ってもみなかった。
父親の後を継ぐのはレガリアだと思っていた。
それも、かなり先の話だろうと思っていたのだ。
なのに自分が当主となり、皆の前で決意表明をやる事になっている。
しかも自分の家で。
「パークス、頑張れー」
ミーミルは酒の入ったジョッキを掲げながらパークスを応援している。
パークスはミーミルに笑い返したが、その表情は痛々しいくらいに引きつっていた。
「大丈夫かアイツ?」
「大丈夫じゃないんじゃない」
アヤメはお茶をコップに注ぎながら言う。
もしアヤメがパークスの立場だったなら、大丈夫でないのは確かだ。
緊張でまともに喋れまい。
「ほらー、お茶なんて無粋な真似はよしなさい。まずは酒でしょう」
「毎ッ回、お酒勧めるよね。飲まないの分かってて」
「いつか飲んでもらえるかなって思ってさ……」
ミーミルは悲しそうにしながらジョッキの酒に口をつけかける。
だが乾杯が終わっていないのを思い出して、飲むのをやめた。
「こ、この度は大変ご苦労様でした。こんな大事件になるとは私も思っておらず……」
パークスはしどろもどろになりながら挨拶を続ける。
その様子は、見ているだけで胃が痛くなりそうだった。
「うへー、新入社員だった頃の歓迎会を思い出す」
「そういえば会社の飲み会って実質、仕事と変わらないと聞きました」
「うちの会社は何故か社長が出席すんだよ。洒落にならんぞ」
「ひぃー」
「しかも会費もしっかり取られた」
「ヒィー」
「かいしゃ?」
「ああ、こっちの話。気にしないでいいから」
「きになるー」
両手でコップを持っているリッカが、アヤメに聞いてきた。
フルーツジュースを貰いに行っていたはずだが、いつの間にか戻ってきていたようだ。
リッカには……というか亜人種には会社なんて概念は存在しないのだろう。
「カイシャというのは、とても恐ろしい場所なのだ。そこに入れば年老い朽ち果てるまで永久に出られない。毎日過酷な労働を課せられ続ける。もちろん死人も出るのだぞ」
「ひっ……」
ミーミルが驚かすと、リッカはアヤメの後ろに隠れてしまった。
「事実を言っただけなのに……俺はいつになったら双子に懐いて貰えるんだ……」
「無駄に驚かせようとするから、いつまでも懐かれないんでしょ」
「だって怖い場所じゃん!」
いきなり叫ぶミーミルにリッカがびくっと体を震わせる。
「リアクションが無駄にでかい」
「ぬううう……」
ミーミルはジョッキに口をつけようとして、やはりやめた。
「えーと……今後は、当主としてレガリア兄さんやジオ兄さんと一緒に頑張ろうと……」
パークスはまだ挨拶を続けている。
「挨拶がなげぇ。いつになったら酒を飲めるんだ」
ミーミルは酒を飲めずイライラし始めている。
「まあ、もうちょっと待ってあげて」
「アヤメ様、ミーミル様」
不意に背後から二人を呼ぶ声が聞こえた。
後ろを振り向いてみるとククリアとセツカが一緒に立っている。
二人も手にコップを持っていた。
「ネーネ族の為に、ありがとうございました。死んでいった者もこれで浮かばれると思います」
ククリアはアヤメとミーミルに向かって、深く深くお辞儀をした。
「本当にありがとうございます。アヤメ様、ミーミル様」
「ありがとうございます」
一緒にセツカも頭を下げる。
改めて礼を言われると、どうにも気恥ずかしい。
色々と細かい所でやらかしているので、礼を言われても素直に受け取れなかった。
「これから我々、亜人種は外の世界へ少しずつ出てみようと思っております」
ククリアは会場をウロウロするネーネ族を見ながら言う。
「今回の件は、亜人種が全く外の世界を見ようとしなかった事が大きな原因でした。まさか騙されているとは少しも疑えなかったのです」
ネーネ族は積極的に騎士団の人間と話をしていた。
これはククリアが指示した事である。
ネーネ族とだけ固まるのではなく、今後の為に人と触れあって欲しかった。
「これからは人々と積極的に交流していきたいと思っております。お二人には、ぜひとも、お力添えを頂ければと……」
「もちろん!」
アヤメはククリアの申し出に、快く頷く。
アヤメは最初から、そのつもりだった。
アイリス帝国では亜人種に対して悪いイメージがついてしまっている。
それを払拭し誤解を解くには、ミーミルの存在が必要不可欠であった。
皇帝かどうかはともかく、ミーミルやアヤメ自身の影響力は非常に強くなっている。
中央の人間はほぼ全てが味方だし、南部領もこれまでにない程に繋がりが強くなった。
そして最も亜人種の嫌っているのは南部領だ。
そこの意識を変えてしまえたならば、もう後は楽なものである。
帝国全土に亜人種の交流を広げられるのも、遠い未来の話ではないだろう。
「わたしもネーネ族の人達には、現神の森にいる他の部族との橋渡しになって欲しいと思ってます」
現神の森にいる亜人種は、ネーネ族だけではない。
他にも多くの部族が森に生きている。
人では危険で勝手の分からない現神の森も、ネーネ族ならば自由に動ける。
他の部族との交渉もしやすいはずだ。
「アヤメ様、感謝致します」
「ネーネ族の人には、ジェイドタウンにしばらく滞在して貰った方が良さそうかな? その方がみんな慣れてくれるだろうし」
「しかし我々は外の世界にある通貨を持っておりません。滞在の費用が――」
「まあその辺はパークスが何とかしてくれるだろ。ちょっと頼んでみる」
ミーミルはパークスに丸投げする。
当主の引継ぎやら、亜人種との交流やら、やらねばならない事は山積みである。
パークスはこれから地獄だろうなぁ、とアヤメは思った。
「何から何まで、本当にありがとうございます」
ククリアは、また深く深く頭を下げる。
アヤメは恐縮するのみであった。
「わたしたち、ここにしばらく居られるの?」
セツカはアヤメに聞く。
「多分、大丈夫だよ。いざとなったらわたしのポケットマネーで何とかするから」
アヤメ達も、この世界のお金は持っていない。
だがアヤメのストレージに入っているゴミ装備を処分すれば、恐らく何とかなるだろう。
分解するしかないゴミ装備でも、この世界では非常に強力なのが分かった。
これを売り捌けば、それなりのお金にはなるはずだ。
「やったぁ! アヤメちゃんと一緒にいられる!」
リッカが飛び跳ねて喜んだ。
「街案内してね! 絶対だよ!」
セツカも大喜びだ。
ミーミルは亜人種としてやる事があるかもしれないが、アヤメはやる事が特にない。
多分、暇はあるはずだった。
「いいよ! やくそくね!」
そう言ってアヤメは親指を二人に見せる。
突き出された親指を見たセツカとリッカは、はっとした顔をしてから、すぐに満面の笑みを浮かべた。
「うん! やくそく!」「やくそく!」
セツカとリッカもアヤメに向かって親指を突き出す。
大事な約束を取り付ける時にやる儀式だ。
前にこれをやった時は、二人の重大な秘密を知った時だ。
あれを皮切りに、ここまでの大事件に巻き込まれるとは思ってもみなかった。
だが二人を――ネーネ族を護れて良かった。
ネーネ族の人々は、兵士達と楽しそうに話していた。
兵士達も実に楽し気である。
まるで会って間もない者同士とは、とても思えなかった。
同じ戦場を戦い抜いたのだ。
すでに帝国軍兵士とネーネ族は戦友であり、仲間であった。
いや、もしかしたらそれ以上の間柄になるかもしれない。
ネーネ族の女性達は皆、美しい。
すでに恋する目をしている男性兵士もいる。
もしかしたらここから恋愛になって、結婚する人も出てくるかもしれない。
そしてハーフエルフならぬ、ハーフ亜人種がこの世界に産まれるかもしれないのだ。
それは何だかとても夢あふれる未来に思えた。
「何かやっと、終わったって感じするな。疲れたわ」
ミーミルはアヤメ達を見ながらぽつりと呟いた。
ミーミルが言うように、とても疲れた数日間だったのは確かだ。
それでも、この心優しい亜人種達を救えたなら、何も苦ではない。
失ってしまったものは大きいが、これからきっと取り戻せる。
そしてアヤメとセツカ、リッカは。
――人の子と、亜人の子は、今一度、指を重ねる。
かつて繋がろうとして、途切れていた未来。
それが何百年という時を経て、今、ここに重なった。
ここから、二つの種族は共に寄り添い、新たな世界を作る。
創れるのだ。
二人の親指から伝わる暖かさ。
それを感じながらアヤメは、自分も満面の笑みを返し、そう思った。
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