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第二部 二章
第二十一話 ようこそ、現神の森へ
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ばら撒いた当の本人はそれどころではない。
アヤメは蹲るミーミルに駆け寄る。
パークスもミーミルの元へ駆け寄ってきた。
「ミーミル大丈夫!?」
「ミーミル様!」
ミーミルの足元にあった苔が茶色く変色している。
それはシドの酸がいかに強力かを如実に語っていた。
現にミーミルは蹲ったまま動かない。
リ・バースの世界で『腐食』というステータス異常は無い。
毒や麻痺、精神汚染や催眠などに強力な耐性を持つ二人。
しかしゲーム内に存在しなかったステータス異常は、抵抗できずそのまま身体異常を引き起こす可能性がある。
アヤメは回復薬を取り出すと、飲ませる為にミーミルの顔を引き起こす。
その顔は――。
レモンを齧ったような表情だった。
「めっちゃ酸っぱい」
「めっちゃ酸っぱいかぁ」
「ぐえー」
ミーミルは口の中に入った酸をぺっぺっと吐き出す。
「ダメージは?」
「ちょっと体がピリピリする」
アヤメは回復薬をしまう。
どうやら無事のようだ。
ほっとしたアヤメの横で、平気なミーミルの様子を見てパークスは顔を引きつらせる。
シドの酸は鉄をも溶かす。
なぜ無傷なのか。
いや、現神触を倒したから何が起きた所でおかしくはない。
おかしくはないが、限度があるのではないか。
「本当に大丈夫なのですか?」
「大丈夫じゃない! 見ろ!」
アヤメは着ていた服を見せる。
森の探索用にと、パークスから渡された服が酸でボロボロになっている。
「溶けてしまった。せっかくの服なのに」
「はぁ。服ですか」
「あのカミキリムシもどき絶対許さん」
ミーミルは立ち上がると、剣を抜く。
レ・ザネ・フォルの枝。
枝という名はついているが、実際に枝分かれはしていない。
薄い緑色の刀身が美しい剣だ。
金欠のミーミルが魔人刀を手に入れるまで、強化しながら使っていた思い出深い品。
なおレ・ザネ・フォルの枝が持つ攻撃値は『1975+3000』である。
「パークス、この近くに村はあるのか」
「い、いえ……ネーネ族の村はまだ歩きで三十分くらいはかかります」
「よし射程外だな」
ミーミルはそう言って剣を構えた。
剣が濃い紫色の紫電をまとう。
と同時に、ギリギリと空気が軋むような異音がし始めた。
突如、暴風が吹き荒れ始める。
そのモーションとエフェクトには見覚えがあった。
「ミョルドさん、ニニャさん、イカルガさん! 木の上に避難して!!」
アヤメが叫ぶ。
囮になっている亜人種達は、ミーミルのスキル射程範囲にいる。
三人は一瞬アヤメの言葉の意味が分からなかったが、その横にいるミーミルを見て、意味を直感的に理解した。
――この場に立ち止まったら死ぬ。
三人はほぼ同時に木霊触を発動させ、木の上へと避難する。
それを確認してから、ミーミルはスキルを解き放った。
「魔人閃空断」
黒い波動がミーミルの剣から発射される。
途轍もない衝撃がミーミルの近くにいたアベルを貫く。
一度、その身に受けた魔人閃空断であったが、今回のモノは最初の時より遥かに強力だとアベルは感じ取っていた。
それは木剣ではなく、レ・ザネ・フォルの枝で発動させた事による威力補正によるものなのだが、アベルには知る由も無い。
帝国が誇る不落城塞を破壊するエネルギーの前では、鉄の剣をも弾くシドの甲殻も全く意味を成さなかった。
波動がシドの群れだけでなく、森や大地を抉り取っていく。
爆音が木の上に逃れていた亜人種の三人を襲う。
その轟音と爆圧に、三人は耳を抑えて木の陰に縮こまる。
後に残ったのは扇状に削り取られた荒地のみであった。
射程範囲から逃れていた僅かなシドは、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
「よし」
戦闘が終わった事を確信したミーミルは頷くと、剣を収納する。
それと同時に幹を半分ほど抉られた木が、自重を支えきれなくなり倒れた。
「これやっぱ禁止スキルにした方がいいんじゃない?」
アヤメは耳から指を抜きながら、ミーミルに話しかける。
「何でだよ」
「うるさいし余計な被害が多すぎる」
「今回何も働いてない奴に言われたくないわ。歌はどうした」
「うっ……」
虫のビジュアルに驚きすぎて、歌う事をすっかり忘れていた。
落ち着いてきた頃にミーミルが酸を被るし、何もできなかったのは確かだ。
木の上に逃れていた亜人種達が、木霊触を使って地面に降りる。
「……今のは何なのですか」
降りて来たミョルドの最初の言葉がそれだった。
まあ当然だろう、とアベルは思う。
剣皇と閃皇の強さが常軌を逸しているのは知っているし、見ている。
それでも目の当たりにすると、体が勝手に震えた。
「外の世界の強い人間は、こんなにも強いのか」
イカルガはミーミルを見ながら言う。
単純な運動エネルギーだけで引き起こされる物理的な力ではない。
法術のように、別の上位存在から力を借り、超常的な破壊力を引き出している。
この破壊力を人の身で引き出すには、それしか考えられない。
しかしミーミルは何か別の存在に力を借りているようには見えなかった。
ミョルドが『今のは何なのですか』という質問を最初に投げかけた理由は、それに起因するものだろう。
「いえ、お二人は少し次元が違うというか――我々にも良く分からないのです」
「良く分からない……のか?」
パークスの言葉に、イカルガとミョルドが疑惑の目でミーミルとアヤメを見る。
「良く分からないというのは、我々が知らない技術を使っている、という意味です」
変に疑惑を持たれては不味い。
横槍を入れたアベルは、さらにフォローを入れる。
「お二人はアイリス帝国から失われた古代技術を使える方なのです。この技術を使える者は帝国にも他にいません。その技術はごく一部の人間にしか伝えられておらず、今のお二人が現行最後の技術継承者なのです。帝国が持つ隠された最期の切り札――ですね」
その場しのぎの、でまかせ嘘だらけであった。
場の空気を読み、ミーミルとアヤメもアベルの嘘に無言で頷く。
「そうなのか。そんな重要な人物を、こんな場所に連れて来て大丈夫なのか? 見ての通り、安全な場所とは言えないぞ」
「だからこそです。お二人ならジェノサイドに襲われたとしても対抗できるはずですので」
実際には現神触にすら対抗し得るのだが、そこまで言っても信用されないだろう。
災害を倒せる人間です、と言っても、余計に疑惑を深めるだけである。
「ふむ、なるほど」
イカルガは森に出来た荒地を見ながら頷いた。
確かにこれ程の力があるならば、ジェノサイドも楽に倒せるに違いない。
「あの、空中から物を出すのも古代の技術なんですか?」
「うむ。そんな感じだ」
ニニャの言葉にミーミルは答える。
そういえば亜人種達はミーミルとアヤメが空中から武器や道具を取り出すのを初めて見たのだった。
「凄いですね、古代の技術……そんなのがあれば重い荷物を苦労して持たなくて済みます」
「そんなに便利が技術があるならば、その技術だけでも一般に公開した方が良いのではないか?」
「私は重いものを持つのが苦手なので、身軽になれるなら有難いですね」
「そう言われればそうだな。――これ公開できるのか?」
「無理」
アヤメは首を振る。
便利とか情報秘匿とか、そういう問題ではない。
自分達でもどうなっているのか、さっぱり分からない事を教えるのは不可能である。
「無理だそうだ」
「そうですか……残念です」
ミョルドのうさ耳が、くたりと垂れた。
「しかし恐るべき威力だな」
イカルガが改めて荒地を見ながら呟く。
武力に秀でた者には、はやり思う所があるのだろう。
「耳がキーンってなりました」
ニニャは耳を撫でる。
「木が跡形もなく消えてしまっていますね」
「あ……もしかしてヤバイ? 木とか地面吹っ飛ばしたのって」
ミーミルは不安な表情をしながら聞く。
「森のしきたりとか、縄張りとか、そういうのを破壊して何か取返しのつかない事になるとかないよね? ないよね?」
どうやら城壁を破壊した時のトラウマが蘇ってきたようだ。
後で後悔するなら、その場の勢いでやってしまうのを止めればいいのに。
アヤメは足元が段々おぼつかなくなってきたミーミルを見ながらため息をつく。
「ははは。大丈夫だ。現神の森に生息する植物は修復力が高い。ここもニ・三日すれば元通りになっているさ」
「そ、そうか。それなら良かった……良かった……」
ミーミルは深く深く息を吐く。
「凄い力を持っているのに、意外と小心者なのだな。まるでニニャのようだ」
イカルガはそう言って笑った。
「ミーミル様は、前に同じ技でやらかしてしまいましたからね。その時の狼狽ぶりは、見ていて、とても心苦しくなる程でしたよ。それが恐らく今も――」
アベルの言葉にミーミルは自分の猫耳を塞いで、『あーあー聞こえないー』と言い始めた。
その様子にパークス達だけでなく、亜人種達も笑みを浮かべる。
ただアヤメは、イカルガの言葉に引っかかっていた。
さらっと流されそうになったが、イカルガはこの惨状が二、三日で元通りになると言っていた。
直径が二メートル近い木が元通りになるには、普通ならば何十年、何百年とかかるのではないか。
地面に苔が生えてくるのすら三日では無理だろう。
では一体、どうやって元通りになるのか――。
それを聞こうとした所で、ミョルドの耳が、ピンと立った。
「ニニャ。イカルガ」
「どうしたの、ミョルド――あ、そっか」
「確かに来られるだろうな」
ミョルドは神妙は顔をしていた。
その表情で何かを察したらしい。
三人は同じ方向を向くと、姿勢を正す。
「ミーミル、何か聞こえる?」
「あーあー」
アヤメはミーミルの背中によじ登ると、耳栓をしていた手を引きはがす。
「あー……何だよ」
「何か近づいて来てる?」
「ん? あ――」
ミーミルが話す前に答えがやって来た。
どん、と鈍い音と共に地面に着地する人影。
初めて見る男性の亜人種だった。
灰色の髪と灰色の太く長い尻尾。
体格はそう大きくは無い。
だが――。
ミーミルは男に向かって身構える。
アヤメも、ほぼ同時に身構えた。
強い。
何故かは分からないが、そう感じた。
見た目はとても強そうには見えない。
だが現神触程でないにしても、ジェノサイドより格上の存在。
そんな確信がある。
警戒すべき相手だと、ミーミルの本能は訴えていた。
男はそんな二人に一瞬だけ、目を走らせたが、すぐにミョルド達に話しかける。
「大きな音が聞こえてな。来てみたのだが」
「申し訳ありません。わざわざこんな浅い森まで」
「たまたま近くにいたのだ。気にしなくていい」
そう言うと男はアヤメとミーミルに向き直る。
「この二人は? 初めて見る顔だ」
アヤメとミーミルが口を開く前に、パークスが前に歩み出た。
「このお二人は私の上官です。今日は我々とネーネ族友好の為に、ここまで来て頂いたのです」
「ほう。それはそれは」
男はアヤメとミーミルに笑みを浮かべる。
「ゼロと言う。よろしく」
「よろしくお願いします」
アヤメは表情を硬くしたまま、頭だけ下げた。
「何者?」
「ミーミル様、こちらは――」
「そうか。我々の事は知らないのか。それならばちゃんと挨拶をせねばな」
そうして男は笑みを崩さないまま、自己紹介を始めた。
「私は神護者の一。ゼロ・イースと言う。古くから現神の森で、一族を危険な魔物から護っている。歓迎しよう、人の子よ」
ゼロはミーミルとアヤメに、手を差し伸べる。
「ようこそ、現神の森へ」
アヤメは蹲るミーミルに駆け寄る。
パークスもミーミルの元へ駆け寄ってきた。
「ミーミル大丈夫!?」
「ミーミル様!」
ミーミルの足元にあった苔が茶色く変色している。
それはシドの酸がいかに強力かを如実に語っていた。
現にミーミルは蹲ったまま動かない。
リ・バースの世界で『腐食』というステータス異常は無い。
毒や麻痺、精神汚染や催眠などに強力な耐性を持つ二人。
しかしゲーム内に存在しなかったステータス異常は、抵抗できずそのまま身体異常を引き起こす可能性がある。
アヤメは回復薬を取り出すと、飲ませる為にミーミルの顔を引き起こす。
その顔は――。
レモンを齧ったような表情だった。
「めっちゃ酸っぱい」
「めっちゃ酸っぱいかぁ」
「ぐえー」
ミーミルは口の中に入った酸をぺっぺっと吐き出す。
「ダメージは?」
「ちょっと体がピリピリする」
アヤメは回復薬をしまう。
どうやら無事のようだ。
ほっとしたアヤメの横で、平気なミーミルの様子を見てパークスは顔を引きつらせる。
シドの酸は鉄をも溶かす。
なぜ無傷なのか。
いや、現神触を倒したから何が起きた所でおかしくはない。
おかしくはないが、限度があるのではないか。
「本当に大丈夫なのですか?」
「大丈夫じゃない! 見ろ!」
アヤメは着ていた服を見せる。
森の探索用にと、パークスから渡された服が酸でボロボロになっている。
「溶けてしまった。せっかくの服なのに」
「はぁ。服ですか」
「あのカミキリムシもどき絶対許さん」
ミーミルは立ち上がると、剣を抜く。
レ・ザネ・フォルの枝。
枝という名はついているが、実際に枝分かれはしていない。
薄い緑色の刀身が美しい剣だ。
金欠のミーミルが魔人刀を手に入れるまで、強化しながら使っていた思い出深い品。
なおレ・ザネ・フォルの枝が持つ攻撃値は『1975+3000』である。
「パークス、この近くに村はあるのか」
「い、いえ……ネーネ族の村はまだ歩きで三十分くらいはかかります」
「よし射程外だな」
ミーミルはそう言って剣を構えた。
剣が濃い紫色の紫電をまとう。
と同時に、ギリギリと空気が軋むような異音がし始めた。
突如、暴風が吹き荒れ始める。
そのモーションとエフェクトには見覚えがあった。
「ミョルドさん、ニニャさん、イカルガさん! 木の上に避難して!!」
アヤメが叫ぶ。
囮になっている亜人種達は、ミーミルのスキル射程範囲にいる。
三人は一瞬アヤメの言葉の意味が分からなかったが、その横にいるミーミルを見て、意味を直感的に理解した。
――この場に立ち止まったら死ぬ。
三人はほぼ同時に木霊触を発動させ、木の上へと避難する。
それを確認してから、ミーミルはスキルを解き放った。
「魔人閃空断」
黒い波動がミーミルの剣から発射される。
途轍もない衝撃がミーミルの近くにいたアベルを貫く。
一度、その身に受けた魔人閃空断であったが、今回のモノは最初の時より遥かに強力だとアベルは感じ取っていた。
それは木剣ではなく、レ・ザネ・フォルの枝で発動させた事による威力補正によるものなのだが、アベルには知る由も無い。
帝国が誇る不落城塞を破壊するエネルギーの前では、鉄の剣をも弾くシドの甲殻も全く意味を成さなかった。
波動がシドの群れだけでなく、森や大地を抉り取っていく。
爆音が木の上に逃れていた亜人種の三人を襲う。
その轟音と爆圧に、三人は耳を抑えて木の陰に縮こまる。
後に残ったのは扇状に削り取られた荒地のみであった。
射程範囲から逃れていた僅かなシドは、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
「よし」
戦闘が終わった事を確信したミーミルは頷くと、剣を収納する。
それと同時に幹を半分ほど抉られた木が、自重を支えきれなくなり倒れた。
「これやっぱ禁止スキルにした方がいいんじゃない?」
アヤメは耳から指を抜きながら、ミーミルに話しかける。
「何でだよ」
「うるさいし余計な被害が多すぎる」
「今回何も働いてない奴に言われたくないわ。歌はどうした」
「うっ……」
虫のビジュアルに驚きすぎて、歌う事をすっかり忘れていた。
落ち着いてきた頃にミーミルが酸を被るし、何もできなかったのは確かだ。
木の上に逃れていた亜人種達が、木霊触を使って地面に降りる。
「……今のは何なのですか」
降りて来たミョルドの最初の言葉がそれだった。
まあ当然だろう、とアベルは思う。
剣皇と閃皇の強さが常軌を逸しているのは知っているし、見ている。
それでも目の当たりにすると、体が勝手に震えた。
「外の世界の強い人間は、こんなにも強いのか」
イカルガはミーミルを見ながら言う。
単純な運動エネルギーだけで引き起こされる物理的な力ではない。
法術のように、別の上位存在から力を借り、超常的な破壊力を引き出している。
この破壊力を人の身で引き出すには、それしか考えられない。
しかしミーミルは何か別の存在に力を借りているようには見えなかった。
ミョルドが『今のは何なのですか』という質問を最初に投げかけた理由は、それに起因するものだろう。
「いえ、お二人は少し次元が違うというか――我々にも良く分からないのです」
「良く分からない……のか?」
パークスの言葉に、イカルガとミョルドが疑惑の目でミーミルとアヤメを見る。
「良く分からないというのは、我々が知らない技術を使っている、という意味です」
変に疑惑を持たれては不味い。
横槍を入れたアベルは、さらにフォローを入れる。
「お二人はアイリス帝国から失われた古代技術を使える方なのです。この技術を使える者は帝国にも他にいません。その技術はごく一部の人間にしか伝えられておらず、今のお二人が現行最後の技術継承者なのです。帝国が持つ隠された最期の切り札――ですね」
その場しのぎの、でまかせ嘘だらけであった。
場の空気を読み、ミーミルとアヤメもアベルの嘘に無言で頷く。
「そうなのか。そんな重要な人物を、こんな場所に連れて来て大丈夫なのか? 見ての通り、安全な場所とは言えないぞ」
「だからこそです。お二人ならジェノサイドに襲われたとしても対抗できるはずですので」
実際には現神触にすら対抗し得るのだが、そこまで言っても信用されないだろう。
災害を倒せる人間です、と言っても、余計に疑惑を深めるだけである。
「ふむ、なるほど」
イカルガは森に出来た荒地を見ながら頷いた。
確かにこれ程の力があるならば、ジェノサイドも楽に倒せるに違いない。
「あの、空中から物を出すのも古代の技術なんですか?」
「うむ。そんな感じだ」
ニニャの言葉にミーミルは答える。
そういえば亜人種達はミーミルとアヤメが空中から武器や道具を取り出すのを初めて見たのだった。
「凄いですね、古代の技術……そんなのがあれば重い荷物を苦労して持たなくて済みます」
「そんなに便利が技術があるならば、その技術だけでも一般に公開した方が良いのではないか?」
「私は重いものを持つのが苦手なので、身軽になれるなら有難いですね」
「そう言われればそうだな。――これ公開できるのか?」
「無理」
アヤメは首を振る。
便利とか情報秘匿とか、そういう問題ではない。
自分達でもどうなっているのか、さっぱり分からない事を教えるのは不可能である。
「無理だそうだ」
「そうですか……残念です」
ミョルドのうさ耳が、くたりと垂れた。
「しかし恐るべき威力だな」
イカルガが改めて荒地を見ながら呟く。
武力に秀でた者には、はやり思う所があるのだろう。
「耳がキーンってなりました」
ニニャは耳を撫でる。
「木が跡形もなく消えてしまっていますね」
「あ……もしかしてヤバイ? 木とか地面吹っ飛ばしたのって」
ミーミルは不安な表情をしながら聞く。
「森のしきたりとか、縄張りとか、そういうのを破壊して何か取返しのつかない事になるとかないよね? ないよね?」
どうやら城壁を破壊した時のトラウマが蘇ってきたようだ。
後で後悔するなら、その場の勢いでやってしまうのを止めればいいのに。
アヤメは足元が段々おぼつかなくなってきたミーミルを見ながらため息をつく。
「ははは。大丈夫だ。現神の森に生息する植物は修復力が高い。ここもニ・三日すれば元通りになっているさ」
「そ、そうか。それなら良かった……良かった……」
ミーミルは深く深く息を吐く。
「凄い力を持っているのに、意外と小心者なのだな。まるでニニャのようだ」
イカルガはそう言って笑った。
「ミーミル様は、前に同じ技でやらかしてしまいましたからね。その時の狼狽ぶりは、見ていて、とても心苦しくなる程でしたよ。それが恐らく今も――」
アベルの言葉にミーミルは自分の猫耳を塞いで、『あーあー聞こえないー』と言い始めた。
その様子にパークス達だけでなく、亜人種達も笑みを浮かべる。
ただアヤメは、イカルガの言葉に引っかかっていた。
さらっと流されそうになったが、イカルガはこの惨状が二、三日で元通りになると言っていた。
直径が二メートル近い木が元通りになるには、普通ならば何十年、何百年とかかるのではないか。
地面に苔が生えてくるのすら三日では無理だろう。
では一体、どうやって元通りになるのか――。
それを聞こうとした所で、ミョルドの耳が、ピンと立った。
「ニニャ。イカルガ」
「どうしたの、ミョルド――あ、そっか」
「確かに来られるだろうな」
ミョルドは神妙は顔をしていた。
その表情で何かを察したらしい。
三人は同じ方向を向くと、姿勢を正す。
「ミーミル、何か聞こえる?」
「あーあー」
アヤメはミーミルの背中によじ登ると、耳栓をしていた手を引きはがす。
「あー……何だよ」
「何か近づいて来てる?」
「ん? あ――」
ミーミルが話す前に答えがやって来た。
どん、と鈍い音と共に地面に着地する人影。
初めて見る男性の亜人種だった。
灰色の髪と灰色の太く長い尻尾。
体格はそう大きくは無い。
だが――。
ミーミルは男に向かって身構える。
アヤメも、ほぼ同時に身構えた。
強い。
何故かは分からないが、そう感じた。
見た目はとても強そうには見えない。
だが現神触程でないにしても、ジェノサイドより格上の存在。
そんな確信がある。
警戒すべき相手だと、ミーミルの本能は訴えていた。
男はそんな二人に一瞬だけ、目を走らせたが、すぐにミョルド達に話しかける。
「大きな音が聞こえてな。来てみたのだが」
「申し訳ありません。わざわざこんな浅い森まで」
「たまたま近くにいたのだ。気にしなくていい」
そう言うと男はアヤメとミーミルに向き直る。
「この二人は? 初めて見る顔だ」
アヤメとミーミルが口を開く前に、パークスが前に歩み出た。
「このお二人は私の上官です。今日は我々とネーネ族友好の為に、ここまで来て頂いたのです」
「ほう。それはそれは」
男はアヤメとミーミルに笑みを浮かべる。
「ゼロと言う。よろしく」
「よろしくお願いします」
アヤメは表情を硬くしたまま、頭だけ下げた。
「何者?」
「ミーミル様、こちらは――」
「そうか。我々の事は知らないのか。それならばちゃんと挨拶をせねばな」
そうして男は笑みを崩さないまま、自己紹介を始めた。
「私は神護者の一。ゼロ・イースと言う。古くから現神の森で、一族を危険な魔物から護っている。歓迎しよう、人の子よ」
ゼロはミーミルとアヤメに、手を差し伸べる。
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