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第二部 四章
第三十三話 兄への想い
しおりを挟む一般人が襲われた程度ならば、魔物と同じようなものだ。
追い払ったり討伐はあるかもしれないが、戦争にはならない。
だが今回は皇帝が関係している。
事の重大さは、比較にならないほど大きい。
尋常ではない事態に、南部領が巻き込まれる可能性がある。
「しかし軍を動かすとなると、父に話を通しておかねばならんな」
「そうだな……」
ジオの言葉に頭を抱えるレガリア。
最大の問題は父親だった。
パークスが亜人種と付き合っていると知ったら、どんな顔をするか。
しかも現神の森で皇帝を行方不明にしたとなると、パークスの責任問題にもなってくる。
考えただけで胃が痛くなってきた。
「兄上、早く父上に報告せねば」
「……留まっていても仕方ないか。行こう」
レガリアとジオは部屋から出た。
複雑な廊下を歩き、マキシウスの部屋に到着する。
レガリアは深呼吸すると、部屋のドアをノックした。
この時間なら、マキシウスは部屋で仕事をしているはずだ。
「……」
しかしノックの返事は帰って来ない。
「父上? ジオとレガリアです」
ジオは扉の向こうに声をかける。
だが返事は帰ってこない。
そもそも人の気配が部屋から感じられなかった。
「不在のようだな。手洗いにでも行っているのだろうか」
ジオは首を傾げる。
レガリアはポケットから結線石を取り出すと、握りしめた。
『どうされました、レガリア様』
結線石の向こうにいるのは、マキシウスの身の周りの世話をしている執事長であった。
マキシウスの足取りがつかめない時は、執事長に話をするのが最も早い。
「父上に用があってな。部屋にいないようなのだが、どこに行ったか知らないか」
『マキシウス様は急遽、商人ギルドの方と会合があると言われ、出られております』
「いつ頃出た?」
『そうですね……四、五十分前かと』
「分かった。ありがとう」
レガリアは結線石を切る。
「商人ギルドに行っているのか……参ったな。これでは父上に」
「ジオ、部屋に戻るぞ」
「兄上?」
言うが早いか、レガリアは自室に走り始める。
ジオは慌ててレガリアの後を追う。
レガリアは自室に戻ると、収納扉を勢いよく開く。
中には大きな箱がいくつも並べられていた。
そして中からを一つの箱を取り出すレガリア。
箱は五段の引き出しがついている。
そのうちの一段を引き出す。
中には整然と何十もの結線石が収められており、全てに誰と繋がるのかタグがついていた。
タグにはアイリス帝国における豪商達の名前がずらりと並んでいる。
その中からレガリアは南部領商人ギルド長の結線石を取り出し、握った。
しばらくすると、結線石から声が聞こえてくる。
『これはレガリア様。いつもお世話になっております』
「済まない会長。少し急ぎの用でな。挨拶抜きで頼む」
『何事ですか?』
「今日は急遽、父上と会合を開催すると聞いたのだが」
『マキシウス様と……ですか? 聞いておりません』
「そうか。ありがとう」
『あの、レガリア様、先日の交通網整備の件ですが――』
レガリアは結線石を切ると、別の引き出しを開く。
そこにはジェイド家が擁する将軍や指揮官の名前がずらりと並んでいた。
その中からマキシウスの副官に繋がる結線石を取り出し、呼び出す。
…………。
返事がない。
「どうしたんだ兄上」
「通じん。不味いな」
「どこか遠くに行っているのではないか? 赤なら遠くまで届くが、青だとせいぜい街の周辺くらいまでだろう」
「それが不味いと言っている」
無視されているにしろ、通話射程外にしているにしろ、どっちにしても不味い状況だ。
いや、最悪の状況と言うべきか。
この状況が指し示す答えはただ一つ。
「どういう事だ親父……」
皇帝の失踪に、間違いなくマキシウスは絡んでいる。
レガリアはそう結論付けた。
一時間前に失踪したタイミングと、出かけるタイミングが近すぎる。
しかも商人ギルドと会合があると嘘をついていた。
どこに行ったかというと、副官と一緒に街の外にいるのだ。
恐らく兵士も連れているのだろう。
中央の権力闘争――皇帝暗殺に手を貸しているのではないかと疑惑を抱いていたが、自分の父親は信じたかった。
だが今回の件で確信を得た。
皇帝の座に新しく現れたミーミルとアヤメを亡き者にするつもりなのだ。
「そうか。だから、あのジェノサイド襲撃時にパークスを警護に向かわせたのか」
皇帝がジェイドタウンに来る前に、ジェノサイドに襲われたタイミングも良すぎる。
ジェノサイドの襲撃を知っていたからこそ、パークスを送り込んだのだ。
中央に恩を売り、戦いでパークスの名を挙げる為だ。
「全て計算づくか!」
「兄上、顔が怖いぞ……」
珍しく怒りを露わにするレガリアに、ジオが驚く。
レガリアが怒っている姿を見るのは、いつ以来の事だったか。
確か中央で権力闘争があった頃が最後だったように思う。
「いや――そうなると」
レガリアはおかしい事に気づいた。
中央の権力闘争では四大貴族の勢力が入り乱れ、複雑に絡み合っていた。
だからこそ誰がどんな事をやったのか特定が困難になっていた。
しかし今回は違う。
ここはジェイド家の領地である。
誰がやったのか特定されやすいし、責任の所在も明らかだ。
皇帝に害が及べば、警護をしているジェイド家の責任になる。
ミーミルやアヤメがジェイドタウンに着く前に襲われたならば、中央の警護が甘いで済む。
だが二人がジェイドタウンについてしまえば、責任の所在は完全に変わる。
何かあればジェイド家の警護が甘いという事になってしまうのだ。
家の名に傷がつく事を嫌う父親が、そんな事を良しとするだろうか?
ただ一つ考えられるとすれば。
家の名に傷がつく以上の見返りがある場合だ。
そんなものがこの世に存在するのか?
ジェイド家は富も名誉も武力も兼ね備えている。
「親父の部屋に戻るぞ」
「兄上? さっきから様子がおかしいぞ」
「おかしいのは親父だ」
「父上が?」
返答もそれなりに、レガリアはまた部屋から出ていった。
ジオは戸惑いながらもレガリアの後についていく。
ジオも自分よりレガリアの方が、遥かに頭の出来が良いと思っていた。
いつも最後には正しい答えを出してくれる。
だから兄を信用して、後をついていく。
複雑な通路を走る。
慣れた要塞の通路だったが、今は非常に煩わしかった。
レガリアはマキシウスの部屋のドアを開こうとする。
鍵がかかっていた。
「ジオ、扉を壊してくれ」
ジオは思わず目を見開く。
父の部屋を破壊するなど、普通ではない。
実の息子でも許される事ではないだろう。
「……本気か、兄上」
「頼む。責任は全て俺が持つ」
レガリアの目には、一切の戸惑いが無かった。
揺るぎない目。
それこそ幼い頃にジオが王になる事を諦め、兄についていこうと――。
自分はただ『兄の刃』になると決意を固めた目であった。
「分かった」
ジオは足を振り上げた。
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