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第二部 四章
第四十八話 最期の突撃
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ゼロはミョルドの腹を軽く蹴る。
骨が砕ける音がした。
ミョルドはボールのように吹き飛び、地面を転がる。
「ミョルド!」
パークスが走ってミョルドに駆け寄る。
「――パ……がふっ……ごふっ」
ミョルドは口から血を吐いた。
内臓がやられている。
「しまった。強く蹴りすぎたか。やはりモノと違って生き物は難しい。同じ威力でも平気だったり死んでいたりするからな」
「ゼロ様、どうしてミョルドを……」
ニニャは目の前に立つ神護者に話しかける。
「平地で戦って貰わねば困るのだ。また森に移動して籠城戦を行うつもりだろう?」
「意味が――」
「どけ! ニニャ!」
イカルガが猛然と、ゼロに襲い掛かる。
手の槍をゼロの心臓めがけ、放つ。
イカルガは本能的に悟っていた。
誰が真の敵なのか、を。
「この本によれば、閃槍陣とは包囲を抜ける陣らしいではないか」
ゼロはイカルガの槍を全く避けようともしなかった。
槍はゼロに突き刺さる。
すると槍の穂先が粉々に砕け散った。
「な――!?」
「それを止めるには、陣の最も強い部分を倒せばいいと書いてある」
ゼロはイカルガに向かって手をかざす。
ゼロの手から緑の触手が伸び出た。
その触手は、あっという間にイカルガを縛り付ける。
木霊触だった。
本来ならば法術は、使う時に力ある言葉が必要となる。
この世界に息づく木霊や火王に、正しく呼びかけねば力を貸して貰えない。
法術は成立せず、何の現象も起きないはずなのだ。
しかし現神触の持つ魔力容量ならば呼びかけすら必要とせず、法術を発動できた。
それは法術がまだ編み出されていない、失われた古代の技。
誰にでも使える『法術』とは違い、選ばれし者だけが使える『魔法』と呼ばれた能力である。
もちろん正しく呼びかける法術の方が、魔法より効果は遥かに強い。
それでもイカルガを捕縛するには十分な力を持っていた。
少なくともネーネ族が使う法術より強い。
イカルガの力ならば引き千切れるはずの木霊触はビクともしない。
神護者なりの手加減であった。
「どうしてです――」
「ニニャ殿、下がって!」
兵士はブラストソードを構えたまま、ニニャを下がらせる。
何故、神護者がこんな事をするのかは分からない。
だが味方では無い事は間違いなかった。
仮にミョルドが何か間違った事をしていたから、止めようとしたのだとしても、何も血を吐くほどの威力で蹴らなくてもいいはずだ。
というか兵士の中ではゼロは、すでに敵であると認識していた。
「ゼロ様……どうされたのですか」
老女の声が戦場に響いた。
老人の声が届く程に、戦場は静寂に包まれている。
全てのシルバーシドが、その動きを止めているからだ。
「ククリアか」
ネーネ族の長老であるククリアが、ゼロの前へと進み出る。
「ゼロ様、我々が何かしてしまったのですか? どうしてこんな事を」
ククリアは気づいたのだ。
ゼロが現れた瞬間に、シルバーシドが動きを止めたのを。
そしてゼロの背後にはシルバーシドがいる。
だが目の前に獲物がいるにも関わらず、シルバーシドはゼロを完全に無視していた。
いや、無視しているのではない。
獲物や、敵であると認識していないのだ。
ならば答えは簡単である。
このシルバーシドは全て、神護者が村に差し向けたものだ。
「長き時を生き、森を護る立場である神護者の方がお怒りになるような事を我々が」
「いや、そういう事ではない」
「では、どうして……」
「ふむ……」
ゼロは深いため息をついてから、言葉を続けた。
「こうなるから姿は見せたくは無かったのだがな。戦闘にかかった時間も計測しているのだ。戦闘以外の事に時間を取られれば、純粋な戦闘時間を測れなくなる。こうしている間に戦場ではあり得ない戦闘中の休息が発生してしまう」
そこにいる誰一人として、神護者の言葉を理解できなかった。
「かといって森に逃げられるのは、より不本意な結果となる。それだけは止めて貰おうと思ったのだが――さて、どうやって止めて貰おうか」
「簡単だ」
神護者が、もう一人現れた。
何の前触れもなく、何もない空間から現れたのだ。
法術を使って姿を消していただけなのだが、誰もそれに気づかなかった。
「そ、そのお方は?」
「ゼロと同じ神護者のオルタ・イースと言う」
ククリアの質問に男は答える。
「心情的に逃げられないようにすればいいだけだ。我々を倒すべき敵であると認識させればいい」
「なるほど。それはいい考えだ」
ゼロはオルタの言葉で頷くと、こう言った。
「村の外に出たまま帰って来ないネーネ族の男達だが、森から出る前に全員を殺したのは私達だ」
「……」
言葉の意味を理解するのに、数秒かかった。
そして理解したククリアは地面が歪むような感覚を覚え、膝をつく。
「……う」
「嘘ではない」
ククリアの言葉を遮り、ゼロははっきりと言った。
本当なのだ。
本当に、ネーネ族の男達は、全員が殺されたのだ。
ゼロの言葉は、冗談でも何でもない。
それはククリアだけではなく、その場にいたネーネ族全員が確信した。
夫を、兄を、息子を待っていた女性たちが、地面に崩れ落ちる。
「……なぜです」
ククリアは膝をついたまま、ゼロに問いかける。
「我々に疑問を持ったネーネ族の少年がいた。その少年は、聖域に踏み入り、我々の軍を見つけてしまったのだ。そしてその少年は、父親に見た事を伝えた」
中年のネーネ族女性が、声を上げる。
恐らく少年の母親だった。
名前は明かされなかったが、心当たりがあったのだろう。
「その子供だけなら分かります。どうして全員を殺したのです」
「外に助けを求めようとしたからだ。戦うべきアイリス帝国に助けをな。そうなれば戦争を起こす計画は台無しになる」
「戦争を――起こす?」
「お前たちは知らなくて良い事だ」
ゼロはそう言うと、さらに続ける。
「外へ助けを求めるのは危険だ。亜人種は、外では嫌われているはずだし、外に出るつもりだと気づいた神護者に襲われるかもしれん。神護者に歯向かえば、一族ごと滅ぼされるかもしれない。だから男達だけで、秘密裏に助けを求めようとした」
「まあ、それを決めた会議に俺は消えたまま出席していたんだがな」
オルタは腕組みしながら含み笑いを漏らす。
「だから森を出る前に、全員を始末した。だから、そう。我々、神護者はお前たちの家族の仇という事になる」
ゼロはそう言って、ククリアに笑いかけた。
「どうだ? これで戦うしかなくなっただろう?」
「うおおおおおおおお!!」
ブラストソードの兵士が絶叫と共に、ゼロに斬りかかった。
だがゼロは避けようともしない。
剣はゼロの肩口に直撃する。
だが金属を叩いたような音と共に、剣は弾かれてしまった。
「じ、神器でも斬れないのか!?」
「……む?」
ゼロは僅かに身じろぎした。
微かな痛みがあった気がする。
ゼロは肩口を見る。
ガラスを石でひっかいたような、細いキズが入っていた。
「ほう」
ゼロは思わず感嘆の声を漏らす。
身体に傷をつけられたのは、一体どれくらいぶりだろうか。
現神触『骸』と対峙した時以来かもしれない。
だが兵士の剣技は、特筆する程ではなかった。
となると強いのは武器の方か。
後で武器だけ回収して、詳しく調べる必要があるかもしれない。
「どうした、ゼロ」
「いや、何も問題は無い。後で調べれば良い事だ。今は時間が惜しいからな」
そう言うと、ゼロはイカルガの木霊触を解いた。
「!?」
いきなり解放されたイカルガは面食らう。
神護者の思惑が全く理解できなかった。
恐らくこの世界で理解できるのは、アヤメとミーミルだけだろう。
ゼロとオルタは木霊触を発動させ、遥か後方にある木の上へと飛んだ。
いつの間にか、そこにはさらに三人の神護者が立っていた。
「――さあ、憎い仇はここにいるぞ! 死力を尽くして、包囲を打ち破り、我々の元に辿りついてみせよ! 」
芝居がかった口調で、ゼロは叫ぶ。
どう考えても罠だった。
この人数では、このシルバーシドの大群に適う筈がない。
まともにぶつかり合えば、こちらの敗北は確実だろう。
しかし……。
今、戦わずに逃げる選択肢が取れるだろうか。
「ミョルド、お前の剣を借りるぞ」
イカルガは地面に落ちていたミョルドの剣を拾う。
「パークス」
イカルガは神護者を睨みながら、パークスに呼びかけた。
イカルガの言葉にパークスは答えられなかった。
すでに勝敗が決している事に気づいていたからだ。
神護者が出てきた時点で、もはや閃槍陣は効果を発揮しない。
神護者を突き通すだけの火力など、用意できるはずがない。
後は、もう――。
「あいつ等に向かって閃槍陣――できるか?」
「――!」
パークスは息を飲んだ。
包囲を抜ける為でなく、相手の急所を突くために閃槍陣を使う。
無茶苦茶ではあるが、それならば神護者の元には、たどり着けるだろう。
「さっきの兵士の一撃は、通じていた。倒せない相手ではない」
無茶だ!
パークスは心の中で叫ぶ。
確かにダメージがあったように見えたが、どれ程のダメージを与えられたのか見当もつかない。
それにあの一撃も相手が避ける気も無かったから、当たっただけだ。
相手が本気を出せば、一瞬でやられる。
そんな事はイカルガも当然、分かっていた。
それを承知の上で、そう言ったのだ。
だからパークスは、声に出して否定できなかった。
イカルガの悲壮な決意を感じたからだ。
もう生き延びる事は考えていない。
せめて一太刀。
最期にネーネ族の怒りをぶつけたい。
自分たちが、ここで死に絶えたとしても。
いずれ必ず誰かが神護者と刃を交えるだろう。
その時ここで与えた、その一太刀が、勝利の標となるかもしれない。
膝を折っていたネーネ族が立ち上がる。
夫や、兄や、息子の仇を取るために。
全員が言葉すら交わす事無く、武器を構え、神護者達へ向き直る。
状況は絶望的にも関わらず、不思議な一体感がパークス達を包んでいた。
死を目の前にしていると思えない程に、心は静かだった。
「アベル」
もう二度と言葉を交わすとは思っていなかったが、パークスはアベルに話しかけた。
ミョルドが倒れた事で、配置を変更しなければならなくなった。
「何でしょう」
「槍の穂先と成ってくれ。ミョルドの代わりを頼む」
パークスは短く答えた。
だが、そうなると殿がいなくなる。
「殿は私がやる。もはや指揮官は必要無い」
アベルがどうするのか聞く前に、パークスが答えた。
「分かりました」
アベルはそう言うと、前衛に出る為にパークスの横を通る。
「ご武運を」
「ああ、そちらも」
二人は最後の言葉を交わすと、死地へ向かう。
「閃槍陣準備!」
パークスが叫ぶ。
パークスの背後で、陣が展開していく足音が聞こえる。
自分だけ、皆と逆の方向を向いているのは、何だか奇妙な感覚だった。
パークスは目の前で動かない無数のシルバーシドへ剣を向ける。
次が最後の命令だ。
後は突っ込むだけである。
恐らく号令をすると同時に、神護者はシルバーシドを一気にけしかけて来るだろう。
どれくらいの間、自分が耐えられるかは分からない。
だが限界まで時間稼ぎをして、ネーネ族を一人でも多く神護者の元へ送り届けよう。
自分たちがここで死んだとしても、きっと誰かが遺志を継ぐ。
剣皇様や、閃皇様が必ず倒してくれる。
あの二人なら絶対に出来る。
そう思っただけで、恐怖はあっという間に薄らいだ。
パークスは、剣を掲げ、叫ぶ。
「全軍! 閃槍じ」「パークス、そりゃ駄目だ」
木の影から、ふらりと人影が現れた。
知っている人間だった。
だが、どうしてここにいるのか。
さっぱり分からなかった。
まさか幻覚でも見ているのではないか。
神護者達も、突然の乱入者に眉をひそめていた。
一度も見た事の無い男である。
しかもたった一人だ。
一体、何者なのか?
一体、何をしに現れたのか?
戦場に現れるにしては、余りにも無防備。
しかし、その無防備さ故に、神護者達は反応が大幅に遅れた。
自らの軍を動かす事を、忘れたのである。
それこそが男の策であった。
パークスは狼狽えながらも男に話しかける。
「ど、どうしてここに?」
「どうしても何も。まさかバレてないと思っていたのか?」
その男は苦笑いを浮かべる。
「指揮官が要らないとか玉砕特攻は絶対にやってはいかんぞ。確かに絶望的状況ではあるが、時間を稼げば稼ぐだけ、自分達には有利になるのだ。お前たちがやるべき事は、最後の一太刀を、あのアホ共に与える事では無い。最後の最期まで逃げて逃げて逃げまくって、嫌がらせをする事なのだ」
幻覚ではない。
こんな思考をする身内など、一人しかいない。
知略では決して敵わない、武功以外の進むべき道を作ろうとした兄。
「まあ、十分、時間は稼いでいるか。我々が間に合ったのだからな」
そう言ってレガリア・ジェイドは不敵な笑みを浮かべた。
「よーーーーし。ではそろそろ反撃と行こうか? 弟よ」
レガリアは右手の結線石に話しかける。
結線石から低い声が聞こえてきた。
その声もパークスの知っている声だ。
力強い声を聞いただけでも、がっしりと支えられているような気分になる。
それは同じ武人として、幼い頃からずっと目標にしていた豪胆な兄の声だった。
『了解した、兄者。亜人種を――ネーネ族を助ける。全軍、突撃!!』
その命令と共にレガリア率いる帝国法術兵が。
そしてジオ率いる帝国重装兵が、戦場に雪崩れ込んだ。
骨が砕ける音がした。
ミョルドはボールのように吹き飛び、地面を転がる。
「ミョルド!」
パークスが走ってミョルドに駆け寄る。
「――パ……がふっ……ごふっ」
ミョルドは口から血を吐いた。
内臓がやられている。
「しまった。強く蹴りすぎたか。やはりモノと違って生き物は難しい。同じ威力でも平気だったり死んでいたりするからな」
「ゼロ様、どうしてミョルドを……」
ニニャは目の前に立つ神護者に話しかける。
「平地で戦って貰わねば困るのだ。また森に移動して籠城戦を行うつもりだろう?」
「意味が――」
「どけ! ニニャ!」
イカルガが猛然と、ゼロに襲い掛かる。
手の槍をゼロの心臓めがけ、放つ。
イカルガは本能的に悟っていた。
誰が真の敵なのか、を。
「この本によれば、閃槍陣とは包囲を抜ける陣らしいではないか」
ゼロはイカルガの槍を全く避けようともしなかった。
槍はゼロに突き刺さる。
すると槍の穂先が粉々に砕け散った。
「な――!?」
「それを止めるには、陣の最も強い部分を倒せばいいと書いてある」
ゼロはイカルガに向かって手をかざす。
ゼロの手から緑の触手が伸び出た。
その触手は、あっという間にイカルガを縛り付ける。
木霊触だった。
本来ならば法術は、使う時に力ある言葉が必要となる。
この世界に息づく木霊や火王に、正しく呼びかけねば力を貸して貰えない。
法術は成立せず、何の現象も起きないはずなのだ。
しかし現神触の持つ魔力容量ならば呼びかけすら必要とせず、法術を発動できた。
それは法術がまだ編み出されていない、失われた古代の技。
誰にでも使える『法術』とは違い、選ばれし者だけが使える『魔法』と呼ばれた能力である。
もちろん正しく呼びかける法術の方が、魔法より効果は遥かに強い。
それでもイカルガを捕縛するには十分な力を持っていた。
少なくともネーネ族が使う法術より強い。
イカルガの力ならば引き千切れるはずの木霊触はビクともしない。
神護者なりの手加減であった。
「どうしてです――」
「ニニャ殿、下がって!」
兵士はブラストソードを構えたまま、ニニャを下がらせる。
何故、神護者がこんな事をするのかは分からない。
だが味方では無い事は間違いなかった。
仮にミョルドが何か間違った事をしていたから、止めようとしたのだとしても、何も血を吐くほどの威力で蹴らなくてもいいはずだ。
というか兵士の中ではゼロは、すでに敵であると認識していた。
「ゼロ様……どうされたのですか」
老女の声が戦場に響いた。
老人の声が届く程に、戦場は静寂に包まれている。
全てのシルバーシドが、その動きを止めているからだ。
「ククリアか」
ネーネ族の長老であるククリアが、ゼロの前へと進み出る。
「ゼロ様、我々が何かしてしまったのですか? どうしてこんな事を」
ククリアは気づいたのだ。
ゼロが現れた瞬間に、シルバーシドが動きを止めたのを。
そしてゼロの背後にはシルバーシドがいる。
だが目の前に獲物がいるにも関わらず、シルバーシドはゼロを完全に無視していた。
いや、無視しているのではない。
獲物や、敵であると認識していないのだ。
ならば答えは簡単である。
このシルバーシドは全て、神護者が村に差し向けたものだ。
「長き時を生き、森を護る立場である神護者の方がお怒りになるような事を我々が」
「いや、そういう事ではない」
「では、どうして……」
「ふむ……」
ゼロは深いため息をついてから、言葉を続けた。
「こうなるから姿は見せたくは無かったのだがな。戦闘にかかった時間も計測しているのだ。戦闘以外の事に時間を取られれば、純粋な戦闘時間を測れなくなる。こうしている間に戦場ではあり得ない戦闘中の休息が発生してしまう」
そこにいる誰一人として、神護者の言葉を理解できなかった。
「かといって森に逃げられるのは、より不本意な結果となる。それだけは止めて貰おうと思ったのだが――さて、どうやって止めて貰おうか」
「簡単だ」
神護者が、もう一人現れた。
何の前触れもなく、何もない空間から現れたのだ。
法術を使って姿を消していただけなのだが、誰もそれに気づかなかった。
「そ、そのお方は?」
「ゼロと同じ神護者のオルタ・イースと言う」
ククリアの質問に男は答える。
「心情的に逃げられないようにすればいいだけだ。我々を倒すべき敵であると認識させればいい」
「なるほど。それはいい考えだ」
ゼロはオルタの言葉で頷くと、こう言った。
「村の外に出たまま帰って来ないネーネ族の男達だが、森から出る前に全員を殺したのは私達だ」
「……」
言葉の意味を理解するのに、数秒かかった。
そして理解したククリアは地面が歪むような感覚を覚え、膝をつく。
「……う」
「嘘ではない」
ククリアの言葉を遮り、ゼロははっきりと言った。
本当なのだ。
本当に、ネーネ族の男達は、全員が殺されたのだ。
ゼロの言葉は、冗談でも何でもない。
それはククリアだけではなく、その場にいたネーネ族全員が確信した。
夫を、兄を、息子を待っていた女性たちが、地面に崩れ落ちる。
「……なぜです」
ククリアは膝をついたまま、ゼロに問いかける。
「我々に疑問を持ったネーネ族の少年がいた。その少年は、聖域に踏み入り、我々の軍を見つけてしまったのだ。そしてその少年は、父親に見た事を伝えた」
中年のネーネ族女性が、声を上げる。
恐らく少年の母親だった。
名前は明かされなかったが、心当たりがあったのだろう。
「その子供だけなら分かります。どうして全員を殺したのです」
「外に助けを求めようとしたからだ。戦うべきアイリス帝国に助けをな。そうなれば戦争を起こす計画は台無しになる」
「戦争を――起こす?」
「お前たちは知らなくて良い事だ」
ゼロはそう言うと、さらに続ける。
「外へ助けを求めるのは危険だ。亜人種は、外では嫌われているはずだし、外に出るつもりだと気づいた神護者に襲われるかもしれん。神護者に歯向かえば、一族ごと滅ぼされるかもしれない。だから男達だけで、秘密裏に助けを求めようとした」
「まあ、それを決めた会議に俺は消えたまま出席していたんだがな」
オルタは腕組みしながら含み笑いを漏らす。
「だから森を出る前に、全員を始末した。だから、そう。我々、神護者はお前たちの家族の仇という事になる」
ゼロはそう言って、ククリアに笑いかけた。
「どうだ? これで戦うしかなくなっただろう?」
「うおおおおおおおお!!」
ブラストソードの兵士が絶叫と共に、ゼロに斬りかかった。
だがゼロは避けようともしない。
剣はゼロの肩口に直撃する。
だが金属を叩いたような音と共に、剣は弾かれてしまった。
「じ、神器でも斬れないのか!?」
「……む?」
ゼロは僅かに身じろぎした。
微かな痛みがあった気がする。
ゼロは肩口を見る。
ガラスを石でひっかいたような、細いキズが入っていた。
「ほう」
ゼロは思わず感嘆の声を漏らす。
身体に傷をつけられたのは、一体どれくらいぶりだろうか。
現神触『骸』と対峙した時以来かもしれない。
だが兵士の剣技は、特筆する程ではなかった。
となると強いのは武器の方か。
後で武器だけ回収して、詳しく調べる必要があるかもしれない。
「どうした、ゼロ」
「いや、何も問題は無い。後で調べれば良い事だ。今は時間が惜しいからな」
そう言うと、ゼロはイカルガの木霊触を解いた。
「!?」
いきなり解放されたイカルガは面食らう。
神護者の思惑が全く理解できなかった。
恐らくこの世界で理解できるのは、アヤメとミーミルだけだろう。
ゼロとオルタは木霊触を発動させ、遥か後方にある木の上へと飛んだ。
いつの間にか、そこにはさらに三人の神護者が立っていた。
「――さあ、憎い仇はここにいるぞ! 死力を尽くして、包囲を打ち破り、我々の元に辿りついてみせよ! 」
芝居がかった口調で、ゼロは叫ぶ。
どう考えても罠だった。
この人数では、このシルバーシドの大群に適う筈がない。
まともにぶつかり合えば、こちらの敗北は確実だろう。
しかし……。
今、戦わずに逃げる選択肢が取れるだろうか。
「ミョルド、お前の剣を借りるぞ」
イカルガは地面に落ちていたミョルドの剣を拾う。
「パークス」
イカルガは神護者を睨みながら、パークスに呼びかけた。
イカルガの言葉にパークスは答えられなかった。
すでに勝敗が決している事に気づいていたからだ。
神護者が出てきた時点で、もはや閃槍陣は効果を発揮しない。
神護者を突き通すだけの火力など、用意できるはずがない。
後は、もう――。
「あいつ等に向かって閃槍陣――できるか?」
「――!」
パークスは息を飲んだ。
包囲を抜ける為でなく、相手の急所を突くために閃槍陣を使う。
無茶苦茶ではあるが、それならば神護者の元には、たどり着けるだろう。
「さっきの兵士の一撃は、通じていた。倒せない相手ではない」
無茶だ!
パークスは心の中で叫ぶ。
確かにダメージがあったように見えたが、どれ程のダメージを与えられたのか見当もつかない。
それにあの一撃も相手が避ける気も無かったから、当たっただけだ。
相手が本気を出せば、一瞬でやられる。
そんな事はイカルガも当然、分かっていた。
それを承知の上で、そう言ったのだ。
だからパークスは、声に出して否定できなかった。
イカルガの悲壮な決意を感じたからだ。
もう生き延びる事は考えていない。
せめて一太刀。
最期にネーネ族の怒りをぶつけたい。
自分たちが、ここで死に絶えたとしても。
いずれ必ず誰かが神護者と刃を交えるだろう。
その時ここで与えた、その一太刀が、勝利の標となるかもしれない。
膝を折っていたネーネ族が立ち上がる。
夫や、兄や、息子の仇を取るために。
全員が言葉すら交わす事無く、武器を構え、神護者達へ向き直る。
状況は絶望的にも関わらず、不思議な一体感がパークス達を包んでいた。
死を目の前にしていると思えない程に、心は静かだった。
「アベル」
もう二度と言葉を交わすとは思っていなかったが、パークスはアベルに話しかけた。
ミョルドが倒れた事で、配置を変更しなければならなくなった。
「何でしょう」
「槍の穂先と成ってくれ。ミョルドの代わりを頼む」
パークスは短く答えた。
だが、そうなると殿がいなくなる。
「殿は私がやる。もはや指揮官は必要無い」
アベルがどうするのか聞く前に、パークスが答えた。
「分かりました」
アベルはそう言うと、前衛に出る為にパークスの横を通る。
「ご武運を」
「ああ、そちらも」
二人は最後の言葉を交わすと、死地へ向かう。
「閃槍陣準備!」
パークスが叫ぶ。
パークスの背後で、陣が展開していく足音が聞こえる。
自分だけ、皆と逆の方向を向いているのは、何だか奇妙な感覚だった。
パークスは目の前で動かない無数のシルバーシドへ剣を向ける。
次が最後の命令だ。
後は突っ込むだけである。
恐らく号令をすると同時に、神護者はシルバーシドを一気にけしかけて来るだろう。
どれくらいの間、自分が耐えられるかは分からない。
だが限界まで時間稼ぎをして、ネーネ族を一人でも多く神護者の元へ送り届けよう。
自分たちがここで死んだとしても、きっと誰かが遺志を継ぐ。
剣皇様や、閃皇様が必ず倒してくれる。
あの二人なら絶対に出来る。
そう思っただけで、恐怖はあっという間に薄らいだ。
パークスは、剣を掲げ、叫ぶ。
「全軍! 閃槍じ」「パークス、そりゃ駄目だ」
木の影から、ふらりと人影が現れた。
知っている人間だった。
だが、どうしてここにいるのか。
さっぱり分からなかった。
まさか幻覚でも見ているのではないか。
神護者達も、突然の乱入者に眉をひそめていた。
一度も見た事の無い男である。
しかもたった一人だ。
一体、何者なのか?
一体、何をしに現れたのか?
戦場に現れるにしては、余りにも無防備。
しかし、その無防備さ故に、神護者達は反応が大幅に遅れた。
自らの軍を動かす事を、忘れたのである。
それこそが男の策であった。
パークスは狼狽えながらも男に話しかける。
「ど、どうしてここに?」
「どうしても何も。まさかバレてないと思っていたのか?」
その男は苦笑いを浮かべる。
「指揮官が要らないとか玉砕特攻は絶対にやってはいかんぞ。確かに絶望的状況ではあるが、時間を稼げば稼ぐだけ、自分達には有利になるのだ。お前たちがやるべき事は、最後の一太刀を、あのアホ共に与える事では無い。最後の最期まで逃げて逃げて逃げまくって、嫌がらせをする事なのだ」
幻覚ではない。
こんな思考をする身内など、一人しかいない。
知略では決して敵わない、武功以外の進むべき道を作ろうとした兄。
「まあ、十分、時間は稼いでいるか。我々が間に合ったのだからな」
そう言ってレガリア・ジェイドは不敵な笑みを浮かべた。
「よーーーーし。ではそろそろ反撃と行こうか? 弟よ」
レガリアは右手の結線石に話しかける。
結線石から低い声が聞こえてきた。
その声もパークスの知っている声だ。
力強い声を聞いただけでも、がっしりと支えられているような気分になる。
それは同じ武人として、幼い頃からずっと目標にしていた豪胆な兄の声だった。
『了解した、兄者。亜人種を――ネーネ族を助ける。全軍、突撃!!』
その命令と共にレガリア率いる帝国法術兵が。
そしてジオ率いる帝国重装兵が、戦場に雪崩れ込んだ。
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