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第二部 四章

第五十四話 槍投げ

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「キリがねぇ!!」

 ミーミルはシルバーパロックをなぎ倒しながら叫んだ。
 すでに百体近くは倒している。
 だが、まだ半分も終わっていない。

 時間がかかりすぎていた。

「……どうしよう。フリージングブラスト!」

 アヤメは初歩のマジックスキルを使いながら呟く。
 これでも何発か撃てばシルバーパロックを倒す事はできた。

 恐らく時間をかければ全滅させられるだろう。
 しかし今は時間をかけたくないのだ。
 
 少し前に地響きがあった。

 ミーミルの耳には、ネーネ族の村がある方向から聞こえてきたという。
 ネーネ族の村に何かが起きているのは間違いない。
 一刻も早く村に帰らねばならなかった。

「アヤメちゃん、ミーミルさん、私達を置いて村に戻って!」
「みんなきっと酷い目にあってると思うの!」
「いや、それは駄目だ!」

 ミーミルはスキルでシルバーパロックを両断しながら叫ぶ。
 アヤメも同感だった。

 ここで二人を置いて行っては、何の為に二人を助けに来たのか分からない。

 
 しかしこのまま、ここで戦い続けても――。

 
「何かいい方法はねーのか!」

 辺りはパロックに埋め尽くされている。
 この包囲を抜けるとしたら……考えられるのは……。

「そ、空を飛ぶ? とか?」
「馬鹿じゃねーの」

 アヤメの提案はミーミルに一撃で却下される。
 自分で言っていて無理があるとは思った。

 幼精族には、一応、羽を生やす方法はある。
 しかしそれは飛ぶための羽ではなく、別の用途に使う羽であった。

「じゃあアレだ。俺がアヤメをブン投げるから、それで飛んで行ってこい」

 無茶苦茶だ。
 人間にそんな事が――。

 
 ――。



 もしかして、出来るのでは?



「ミーミル」
「何だよ」

「わたし投げたらどれくらい飛ばせると思う?」
「……」
 
 ミーミルが本気で言っているのか、という表情を浮かべる。

 もちろん本気ではない。
 ただの戯言である。
 
「例えば歌と薬でブーストしたら行けたりなんかして?」
「ボールとか槍投げるのとは違うんだぞ。人間をそんな上手く投げれるはずがない」
 
 同じ重量の物でも、飛びやすい物と飛びにくい物はある。
 間違いなく人間は投げにくく、飛びにくい物だった。
 ニ十キロの鉄球とニ十キロの人間を、同じ力で投げても飛距離は大きく変わってくる。

 普通に考えれば無理な話だ。
 
「じゃあ他に何か……何か……」

 アヤメは違う策を練る為に、頭を巡らせる。

「アヤメちゃんを飛ばすの?」

 リッカが不思議そうな表情をしながらアヤメを見ていた。

「うん……できればと、思ったんだけど、さすがに無理かなぁって」
「昔ね、おばあちゃんに聞いたお話なんだけど」

「え?」

 いきなり始まった話に困惑するアヤメ。
 だがリッカは話を続けた。

「法術が無かった頃にね。魔法で空を飛ぶ人がいたの」
「う、うん」

「その人達はほうきにまたがって、空を飛んだんだって」
「へぇ……」

 まるで魔女の話だ。
 世界や文化が違っても、やはりどこかで似てくるモノなのかもしれない。

「だからアヤメちゃんもほうきに跨ったら、飛べるかもしれないよ」
「ほうきで空を飛ぶ……」

 もちろん『リ・バース』にそんな機能はない。
 リ・バースは空を飛べないゲームだった。

『魔人飛刀!』

 ミーミルがいきなり魔人刀スキルを放つ。

 しかし目標はシルバーパロックではなかった。

 ミーミルが放った闇の光波は、近くの木の枝を切り飛ばす。
 ミーミルはパロックを蹴散らしながら、木の枝を回収してきた。
 枝の余分な部分を刀で手早くそぎ落とす。


「よし、ほうきの完成だ」
「丸太じゃん」
「そうとも言う」

 一メートルくらいの長さの丸太である。
 アヤメをこれに乗せて、ミーミルが投げれば飛んでいくかもしれない。

「あはは」

 余りにぶっ飛んだ発想に思わずアヤメは笑ってしまった。
 正気とは思えない。

「はは……え? 本気でやるの?」
「やってみよう。駄目だったら戻って来い」

「本気なの」
「昔見た人気漫画で、殺し屋がな? 柱をへし折って、それを投げて、その上に乗って空を飛んでたんだ」

「本気?」
「あれ出来たら面白いだろうなぁ、って思ったんだよ」

「本気!?」
「やってみようぜ」


 やる事になった。





「無理じゃない? 無理じゃないの?」

 アヤメは丸太にしがみつきながら言った。

「いけるいける」

 そう言いながらミーミルは攻撃力強化のポーションを飲み干す。

「掴んでるだけだと振り落とされるかもな」

 襲って来るシルバーパロックを適当に追い払いながら、ミーミルは言った。
 勢いよく投げられるのだから、その加速についていかねばならない。
 いくらアヤメの力が人外であっても、丸太を握っているだけでは体を保持できないだろう。

「じゃあ私達もついてく!」「のりたいー」

 セツカとリッカがアヤメにしがみつく。
 そして二人は木霊触を発動させた。
 触手がまるでシートベルトのように三人に巻き付き、丸太にしっかり固定される。

「おお、今更だがコレいい案だな。セツカとリッカを安全に村にも届けられるぞ。護るのがマキシウスだけになって負担がかなり減る」
「そうかな……いい案かな……?」

 丸太にしがみつくアヤメには全くそうは思えなかった。

「とりあえず歌を頼む」
「……」

 アヤメはとりあえず『ジグラートの烈火』を歌い始めた。
 ミーミルの身体が赤く発光する。

「よし。後はちゃんと飛ばせるかどうかだが――」

 ミーミルは丸太に手をかける。

「ミーミル様」

 そこで様子を見ていたマキシウスがミーミルに声をかけた。

「どうした?」
「お二人は法術を使えない――そうですな」

「うむ」
「ならば、私がさらにミーミル様を法術で強化してみましょう」

 
 それは――一体どうなるのか?
 今まで一度もやった事がない。

 
「法術の上に法術を重ねる事はとても難しい技術です。しかしお二人が使っている技が、法術でないならば――」

 マキシウスはミーミルの背中に触れると、深呼吸をする。

 
火王結鬼掌フラーム・ギガスストレングス

 
 その瞬間、ミーミルの身体に底知れない力が漲って来た。

「おお!? ええ!? なんだこれ!」
 
 ミーミルは思わず自分の身体を確認する。
 アヤメの歌が二重にかかったような感覚であった。

 マキシウスは法術を唱え終わると膝をつく。
 かなり体に負担をかける法術のようだ。

「ふぅ……。私が使える最高の法術をかけました。効果時間は短いですが、大幅に筋力を強化できるはずです」
「ありがとうマキシウス」

 ミーミルは、そう言ってまた近寄ってきていたシルバーパロックに刀を振る。

 
 いきなり空気が引き裂かれるような音が響く。
 シルバーパロック達と一緒に、地面が抉れて吹き飛んだ。

 さっきと同じように刀を振るっただけである。

 特殊なスキルは使っていない。
 しかし威力がケタ違いに上がっている。
 
「い、威力がおかしい」
 
 ミーミルもさすがに驚いている。

 それを見てアヤメはジェノサイドと戦った時の事を思い出していた。
 あの時も歌との相乗効果で、兵士の法術が異様な威力になったのだ。

 それと同じ事が、ミーミルに起きたのだった。
 
「マジでいける気がしてきたわ」

 ミーミルは自分の手を握ったり開いたりしながら言った。
 二人の木霊触固定だけでは、もしかしたら衝撃に耐えられないかもしれない。

 アヤメは丸太に貫手を放つ。
 丸太を持つのではなく、丸太に手を突き刺して固定した。

「その硬い物に指を突き刺すの慣れん。どう考えてもビジュアルがおかしい」

 アヤメは歌いながらミーミルは睨む。

「分かった。余計な事は無しにして投げればいいんだろ」

 良くはないが歌っているアヤメは反論が出来なかった。

 セツカとリッカがアヤメにしがみつく。
 二人は嬉しそうだった。
 
 ミーミルは三人の幼女が乗った丸太を担ぐ。

「方向はこっちだな!」
「うん! 村はあっち!」

 リッカが頷いた。
 
 ミーミルは一歩後ろに下がると、助走をつける。
 この世界に来てからの、ミーミルの全力遠投。
 どれくらい飛ぶか予想はつかない。
 

 
「うおおおおおおおおおおおおおらああああああああ!!!!」


 
 そして叫ぶと、丸太を槍投げの要領で射出する。




 丸太の先端が亜音速に到達した。
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