オオカミさんは子犬を愛でたい

金色葵

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 * * *


勉強机に向かっていた光琉は一息つくと、大きく体を伸ばした。
「んー結構集中してたな......今何時だ」
時計を見ると、時間は夕方を指していた。
光琉は自宅にいた。午前は大学に行っていたのだが、季節外れの台風が接近し、午後からの授業はすべて休講になったのだ。特にすることもないので、授業の復習をしていたのだが。
「近衛先輩......何してるのかな......」
無意識でそう呟いて光琉はハッとした。いつもなら近衛に勉強を教えてもらっている時間だ。最近はずっと授業が終われば近衛のところに行っているのだが、今日は台風がくるから研修も休みにしようと、午前中に近衛からLINNがきたのだ。なので光琉はまっすぐに家に帰ってきた。
(別に......寂しいわけじゃないし......)
毎日のように近衛に会っている。今日も会う予定だった。だから急にそれがなくなって、気になっているだけで、特になんだというわけではない。
「............」
自分の思考に言い訳をしながらも、自然と視線が窓の方に向く。
光琉の自宅は大学から歩いて十分ほどのところにあった。大学周辺には、学生向けに家賃を安くしてくれているところが多いので、田舎から出てきた光琉はとても助かっていた。
光琉の部屋からは大学の校舎が見える。そこに見えもしない近衛の姿を探して、光琉はふうとため息を吐いた。その時。
ガタガタガタッ―――!大きな音がして窓が揺れた。
「っ......」
光琉はビクッと肩を跳ねさせる。急いで窓の方に向かい、外の景色を見て目を見開いた。
「すごい雨......」
外にはまるで、バケツをひっくり返したような雨が降っていた。いつの間にか風もきつくなっている。
「ニュースではそんなに強くないって言ってたのに」
慌ててスマホで調べると、逸れる予定だったはずの台風が直撃に変更になっていた。光琉は青ざめる。
「大変っ!」
真っ先に牧場のことが頭に浮かぶ。台風に備えて準備などしていないし、そして何よりあそこには近衛一人しかいないのだ。光琉の胸が、心配で締め付けられる。光琉は慌てて近衛に電話を掛けた。数コールももどかしく、かけた相手が出るのをジッと待つ。
『光琉、どした?』
電話の向こうでいつも通りの、優しい近衛の声が聞こえた。
「先輩! 台風がっ.....雨も風もすごいことになってる! みんなっ......みんな大丈夫⁉」
ちゃんと話したいのに、心配が先走ってうまく言葉にできない。
『光琉......大丈夫だ。こっちは大丈夫だから落ち着け、な』
優しい声が耳元で響く。その声が光琉の中に広がって、気持ちが安心してくる。少し落ち着いた光琉は、ギュッとスマホを握り直した。
「台風が直撃するってニュース見て......外見たら雨も風もすごいから......」
『心配して電話かけてくれたのか?』
近衛の言葉に光琉はうんと頷いた。見えないだろうに、光琉の動きが読めるのか、電話口で近衛がふっと息を吐いた。きっといつもと同じように優しく微笑んでいるんだろう。
『動物たちもみんな牛舎に避難させたし、飛びそうなもんは全部片づけた。心配するなこっちは大丈夫だよ』
それを聞いて光琉は胸を撫でおろす。動物たちもみんな無事でよかった。近衛がついていたら、きっと牛斗たちも心配いらないだろう。
(先輩は......? 近衛先輩は大丈夫なの?)
けど今近衛はあそこに一人きりだ。いくら近衛がなんでもできるとしても、医療や動物の世話ならともかく、動物たちを抱える牧場に台風が直撃するなんて事態、遭遇したことないはずだ。
(あんな山の上で......台風がくるってだけで大変なのに......)
光琉は心配で心配で堪らなくなる。
「動物たちだけじゃなくて! 近衛先輩は大丈夫なの?」
『............』
近衛のことを考えただけで胸がキュッとなる。心配で思わず口調が強くなった。
電話の向こうが一瞬静かになる。静かになった途端、向こうから激しい風の音が聞こえた。
『ハハッ、俺の心配してくれるのか、優しいな光琉は』
だけどすぐに近衛の明るい声が響いた。
『心配するな、俺は大丈夫だ。光琉が思ってるほどこっちの天気は崩れてねーよ』
「ほんとに......」
『ほんとほんと!  光琉こそ家に一人で心細いんじゃないか?戸締りしっかりして、暖かくして過ごせよ。寝る時お腹出して寝るなよ』
からかうようにそう言って、近衛が快活に笑う。
「ちょ! お腹出すって......子供じゃないんだから!」
いつも通りの近衛の様子に、拗ねたような声を出しながらも、光琉はホッとした。
『じゃあ、まだやることあるから切るな。外は危ねぇから、一歩も出るんじゃねーぞ』
口調は乱雑なのに、話し方がとても優しくて温かい。それは光琉の心まで温めてくれる。
「分かった。近衛先輩も気を付けてね」
『ああ! じゃーな』
通話の切れた画面を見つめながら、光琉はふうと息を吐いた。
(よかった......大丈夫そうだな......)
不安を感じていた心が、近衛の明るい声を聞いて落ち着いてくる。
「俺もちゃんと台風に備えるか」
言われた通り、戸締りをしているか確認しようと光琉は窓の外に向けていた視線を戻そうとした。
ガタッ! ガタガタガタッ―――――!
先程より大きな音がして、窓ガラスが振動で震える。光琉の視線はすぐに窓の外に戻った。風が吹くたび、外からはビュービューと激しい音がする。
「っ......」
外を見ると、夕方だというのに外は暗くなり、空は分厚い雨雲に覆われていた。
「近衛先輩......大丈夫って言ってた.....」
先程まで近衛と通話していたスマホを握りしめて空を見上げる。その間も絶え間なく激しい雨は降り注いでいた。
(本当に......?)
本当に近衛は大丈夫なのだろうか。
まだ一緒に過ごすようになってから時間は短いが、それでも近衛がとてもしっかりしていて頼りになる人だということは、光琉も充分に分かっている。
きっと近衛が大丈夫と言うなら、大抵の人は大丈夫なのだと思うだろう。
だけど光琉は知っている。近衛はしっかりしていて頼りになる。そして同時に、とても優しくて気遣いのできる人なのだ。
(こんな状況で、たった一人で動物たちの面倒を見るとか大丈夫なわけない!)
心の中でそう叫ぶと、光琉は簡単に身支度をする。
光琉が心配そうだったから、あんな明るい声でなんでもないふりをしたんだ。
天気が崩れていないなんて、電話口の向こうでは、ここよりもっと強い風の音がしていたじゃないか。
(動物たちには先輩がいるけど、近衛先輩には俺がいてあげなきゃ!)
いや、いてあげたい! 強い気持ちが光琉の中に沸き上がる。
(近衛先輩!)
心の中近衛の名前を呼んで、光琉は激しく雨が降り荒 すさぶ空の下へ飛び出した。

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