9 / 22
⑨
しおりを挟む
「あっ......!」
強風に傘が飛ばされ、激しい横殴りの雨に、光琉の全身は一瞬でびしょ濡れになった。それでも光琉は怯むことなく、一分でも時間が惜しいというように先を急ぐ。光琉は誰も歩いていない暗い夕暮れの道を、雨に打たれながら駆けていく。
大学の門をくぐり、牧場に続く道の入り口に着く頃には、ますます雨脚は強くなっていた。
(すごい雨......前がよく見えない!)
降りしきる雨が、顔にかかって視界がはっきりとしない。上に進む度に、風の勢いが増しているのを光琉は感じていた。
(やっぱり大したことないなんて嘘だったんだ!)
そう確信した光琉は歩みを速める。
「っ......」
舗装されていない土の山道はぬかるんで、足元を取られた光琉はその場に躓いた。暗い山道に、光琉がこける音とバシャンッという水の跳ねる音が響いた。
「いった......」
視界もはっきりしない中、受け身をうまくとれなかった光琉は、地面に強く体を打ち付けて、その場に蹲る。
しかし、光琉はすぐに顔を上げる。強い視線で前を見つめると、光琉は起き上がりしっかりと地面を踏みしめ、再度歩き出した。
水で滑りやすくなった坂、強い雨と風に晒され暗くなった山道を、それでも光琉は戸惑いなく進む。
ただでさえきつい勾配の中、暗くなった山で嵐に揺れる木々たちは、昼間とは非にならないぐらい不気味な雰囲気を醸し出していた。普通の人間なら、こんな状態で先に進むことは簡単なことではないだろう。
だけど光琉にはそんなこと関係ない。
実家の牧場にいた時、豪雨の日、風の強い日、そしてこんな風に台風の日だってあった。そんな時は、父と長男である光琉が、いつだって率先して自分たちの大事な場所を守ってきたのだ。
こんな風に、雨の山道を駆け回ったことは、一度や二度ではない。そして光琉の牧場は、ここの百倍近い規模があるのだ。
「大自然育ち! 舐めんなよ‼」
とめどなく大雨を降らせる空に向かってそう叫ぶと、心の中に浮かぶ彼の元を目指して、強い足取りで光琉は山道を走り抜けた。
(先輩......!)
山を登りきり、牧場に辿り着いた光琉は、ハアハアと肩で息をしながら周りを見渡す。
(近衛先輩......! どこ......?)
電話口からは、風の音が聞こえた。そして、近衛はまだやることがあると言っていた。だったら、今も外にいるかもしれない。暗い中で光琉は必死に目を凝らす。
すると、何かが動くのが見えた。その姿が見えた瞬間、光琉はそちらに向けて迷いなく駆け出した。
「近衛先輩!」
呼んだ名前に、その姿がこちらに振り向く。
「ひかる......」
呆然と光琉の名前を呼び返した近衛は、信じられないという表情でこちらを見て大きく目を見開いた。
鶏小屋の屋根を押えながら、全身ずぶ濡れの近衛の姿に、光琉は息を飲んで側に駆け寄る。
「先輩!」
「お前......なんで......」
薄いトタンの屋根が飛ばされないように、固定作業をしていた近衛は、光琉の姿にその手を止める。屋根から手が離れた瞬間に、風にあおられ板が捲れ上がった。
「っ......」
板の先が近衛にかすめそうになり、光琉は慌ててそれを上から押え込んだ。
「先輩! 今のうちに固定して!」
「ひかる......」
「早く!」
驚きに動きを止めたままの近衛に、光琉が大きな声を出した。それにハッとして、近衛は屋根を押え直し釘を打ち付ける。しっかりと固定された屋根に、ホッと息を吐くと光琉は近衛を見上げた。
「先輩大丈......」
「光琉!」
大丈夫?と聞こうとして、最後まで口にする前に、強い力で近衛に引き寄せられた。光琉の肩を掴み、正面からきつい視線に射すくめられる。
「バカ! なんで来た⁉ こんなずぶ濡れになって......家から一歩も出るなって言っただろうが!」
近衛の怒鳴り声に、光琉はビクッと体を竦める。肩を掴む近衛の力が、痛いぐらいに強い。いつも優しい近衛の、初めて聞く怒った声に、反射的に怖さがこみ上げた。
だけど光琉はキッと近衛を睨み返す。
「ずぶ濡れなのは先輩のほうだ!」
濡れた近衛の服を、光琉はキュッと掴む。
「何がこっちの天気は崩れてないだよ! 俺は大丈夫だなんて......そんなの嘘だってすぐ分かる! 何で来たって?先輩が心配で来たに決まってるだろ!」
近衛を真っ直ぐに見つめ、光琉は叫んだ。感情が高ぶって、反射的に瞳が潤む。うるうると涙に滲んだ光琉の瞳と、叫んだ言葉に近衛は息を飲んで、堪らずといったように光琉を抱きしめた。
「光琉......」
体を包む近衛の体温は冷え切っていて、長い間雨に晒されていたのが分かる。それにも心が痛んで、光琉は少しでも温めたいという気持ちで近衛の体に腕をまわした。
必死で自分に抱きつく光琉に、近衛は自分を落ち着かせるように大きく息を吐いた。
「とりあえず、宿舎に入ろう」
手を握りしめ、雨から守るように光琉の体に覆いかぶさると、近衛は歩き出した。
強風に傘が飛ばされ、激しい横殴りの雨に、光琉の全身は一瞬でびしょ濡れになった。それでも光琉は怯むことなく、一分でも時間が惜しいというように先を急ぐ。光琉は誰も歩いていない暗い夕暮れの道を、雨に打たれながら駆けていく。
大学の門をくぐり、牧場に続く道の入り口に着く頃には、ますます雨脚は強くなっていた。
(すごい雨......前がよく見えない!)
降りしきる雨が、顔にかかって視界がはっきりとしない。上に進む度に、風の勢いが増しているのを光琉は感じていた。
(やっぱり大したことないなんて嘘だったんだ!)
そう確信した光琉は歩みを速める。
「っ......」
舗装されていない土の山道はぬかるんで、足元を取られた光琉はその場に躓いた。暗い山道に、光琉がこける音とバシャンッという水の跳ねる音が響いた。
「いった......」
視界もはっきりしない中、受け身をうまくとれなかった光琉は、地面に強く体を打ち付けて、その場に蹲る。
しかし、光琉はすぐに顔を上げる。強い視線で前を見つめると、光琉は起き上がりしっかりと地面を踏みしめ、再度歩き出した。
水で滑りやすくなった坂、強い雨と風に晒され暗くなった山道を、それでも光琉は戸惑いなく進む。
ただでさえきつい勾配の中、暗くなった山で嵐に揺れる木々たちは、昼間とは非にならないぐらい不気味な雰囲気を醸し出していた。普通の人間なら、こんな状態で先に進むことは簡単なことではないだろう。
だけど光琉にはそんなこと関係ない。
実家の牧場にいた時、豪雨の日、風の強い日、そしてこんな風に台風の日だってあった。そんな時は、父と長男である光琉が、いつだって率先して自分たちの大事な場所を守ってきたのだ。
こんな風に、雨の山道を駆け回ったことは、一度や二度ではない。そして光琉の牧場は、ここの百倍近い規模があるのだ。
「大自然育ち! 舐めんなよ‼」
とめどなく大雨を降らせる空に向かってそう叫ぶと、心の中に浮かぶ彼の元を目指して、強い足取りで光琉は山道を走り抜けた。
(先輩......!)
山を登りきり、牧場に辿り着いた光琉は、ハアハアと肩で息をしながら周りを見渡す。
(近衛先輩......! どこ......?)
電話口からは、風の音が聞こえた。そして、近衛はまだやることがあると言っていた。だったら、今も外にいるかもしれない。暗い中で光琉は必死に目を凝らす。
すると、何かが動くのが見えた。その姿が見えた瞬間、光琉はそちらに向けて迷いなく駆け出した。
「近衛先輩!」
呼んだ名前に、その姿がこちらに振り向く。
「ひかる......」
呆然と光琉の名前を呼び返した近衛は、信じられないという表情でこちらを見て大きく目を見開いた。
鶏小屋の屋根を押えながら、全身ずぶ濡れの近衛の姿に、光琉は息を飲んで側に駆け寄る。
「先輩!」
「お前......なんで......」
薄いトタンの屋根が飛ばされないように、固定作業をしていた近衛は、光琉の姿にその手を止める。屋根から手が離れた瞬間に、風にあおられ板が捲れ上がった。
「っ......」
板の先が近衛にかすめそうになり、光琉は慌ててそれを上から押え込んだ。
「先輩! 今のうちに固定して!」
「ひかる......」
「早く!」
驚きに動きを止めたままの近衛に、光琉が大きな声を出した。それにハッとして、近衛は屋根を押え直し釘を打ち付ける。しっかりと固定された屋根に、ホッと息を吐くと光琉は近衛を見上げた。
「先輩大丈......」
「光琉!」
大丈夫?と聞こうとして、最後まで口にする前に、強い力で近衛に引き寄せられた。光琉の肩を掴み、正面からきつい視線に射すくめられる。
「バカ! なんで来た⁉ こんなずぶ濡れになって......家から一歩も出るなって言っただろうが!」
近衛の怒鳴り声に、光琉はビクッと体を竦める。肩を掴む近衛の力が、痛いぐらいに強い。いつも優しい近衛の、初めて聞く怒った声に、反射的に怖さがこみ上げた。
だけど光琉はキッと近衛を睨み返す。
「ずぶ濡れなのは先輩のほうだ!」
濡れた近衛の服を、光琉はキュッと掴む。
「何がこっちの天気は崩れてないだよ! 俺は大丈夫だなんて......そんなの嘘だってすぐ分かる! 何で来たって?先輩が心配で来たに決まってるだろ!」
近衛を真っ直ぐに見つめ、光琉は叫んだ。感情が高ぶって、反射的に瞳が潤む。うるうると涙に滲んだ光琉の瞳と、叫んだ言葉に近衛は息を飲んで、堪らずといったように光琉を抱きしめた。
「光琉......」
体を包む近衛の体温は冷え切っていて、長い間雨に晒されていたのが分かる。それにも心が痛んで、光琉は少しでも温めたいという気持ちで近衛の体に腕をまわした。
必死で自分に抱きつく光琉に、近衛は自分を落ち着かせるように大きく息を吐いた。
「とりあえず、宿舎に入ろう」
手を握りしめ、雨から守るように光琉の体に覆いかぶさると、近衛は歩き出した。
49
あなたにおすすめの小説
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
次男は愛される
那野ユーリ
BL
ゴージャス美形の長男×自称平凡な次男
佐奈が小学三年の時に父親の再婚で出来た二人の兄弟。美しすぎる兄弟に挟まれながらも、佐奈は家族に愛され育つ。そんな佐奈が禁断の恋に悩む。
素敵すぎる表紙は〝fum☆様〟から頂きました♡
無断転載は厳禁です。
【タイトル横の※印は性描写が入ります。18歳未満の方の閲覧はご遠慮下さい。】
12月末にこちらの作品は非公開といたします。ご了承くださいませ。
近況ボードをご覧下さい。
ビジネス婚は甘い、甘い、甘い!
ユーリ
BL
幼馴染のモデル兼俳優にビジネス婚を申し込まれた湊は承諾するけれど、結婚生活は思ったより甘くて…しかもなぜか同僚にも迫られて!?
「お前はいい加減俺に興味を持て」イケメン芸能人×ただの一般人「だって興味ないもん」ーー自分の旦那に全く興味のない湊に嫁としての自覚は芽生えるか??
子犬はオオカミさんに包まれていたい♡
金色葵
BL
無事に恋人同時になった、犬塚光琉(いぬつかひかる)と狼上近衛(おおがみこのえ)はラブラブな同棲生活を送っていた。
しかし、近衛が一週間医学部の研修にいくことになりしばし離れ離れになる二人だったが......
(俺をこんな風にした近衛先輩が悪いんだから!)
毎日のように愛でられ可愛がられ溺愛されている光琉は近衛のいない状態が寂しくてしかたなくて!?
オオカミさんは子犬を愛でたいの続編、ラブラブ恋人編になります。
従僕に溺愛されて逃げられない
大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL!
俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。
その傍らには、当然のようにリンがいる。
荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。
高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。
けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。
当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。
居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。
さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。
主従なのか、恋人なのか。
境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。
従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。
竜人息子の溺愛!
神谷レイン
BL
コールソン書店の店主レイ(三十七歳)は、十八歳になったばかりの育て子である超美形の竜人騎士であるルークに結婚を迫られていた。
勿論レイは必死に断るがルークは全然諦めてくれず……。
だが、そんな中で竜国から使者がやってくる。
そしてルークはある事実を知らされ、レイはそれに巻き込まれてしまうのだが……。
超美形竜人息子×自称おじさん
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる