オオカミさんは子犬を愛でたい

金色葵

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「ちょっと待ってろ」
宿舎に入るなり近衛はそう言うと、部屋の奥に消えていく。すぐに戻ってきた近衛の手には、バスタオルと着替えがあった。
近衛はタオルで光琉を包み込むと、濡れた髪を拭う。近衛の方が長く雨に打たれ、体が冷え切るほど濡れているのに、そんなことには構いもせず、近衛は必死な様子で濡れた光琉を拭いていった。
顔を上げた光琉の頬に、近衛の髪から滴る水滴が落ちる。そのぐらい濡れているのに、近衛は一向に自分の体は拭こうとしない。
(もお......こんな時までどんだけ優しいんだよ......)
近衛の優しさに、じわっと涙が滲む。光琉の目に浮かぶ涙に気づいた近衛は、苦しそうに顔を歪めた。
次の瞬間には、きつく近衛の腕の中に抱きしめられていた。
「怒鳴ったりして悪かった」
光琉の髪に顔を埋めた近衛の声が、耳元で聞こえる。どこか掠れてつらそうな声に、胸が締め付けられた。
「光琉が......こんな......危ない状況の中、山道登って来たって考えたら............頭が真っ白になった......」
珍しく歯切れが悪い口調に、近衛の苦しさが伝わってきて。
「無事で良かった......ひかる......」
自分の胸に光琉を引き寄せ、強く抱きしめる。近衛のその腕が微かに震えていて、光琉はハッとした。
(先輩......震えてる......)
それに、近衛がどれだけ光琉のことを考え、想ってくれているのかが伝わって、胸が切ないくらいに甘く締め付けられた。
「近衛先輩......顔、上げて?」
「............」
そう言うと、近衛が光琉を抱きしめたまま、いやだと言うように顔を横に振る。光琉はそんな近衛の背中に手をまわして優しく撫でた。すると落ち着いてきたのか、ホッと息を吐くと近衛は髪に埋めていた顔を上げた。
形のいい眉毛を下げ、苦しそうに光琉を見つめる近衛。まるで耳を垂らした大型獣のような可愛らしい姿に、光琉は笑顔になった。
「俺のこと気づかって家にいろって言ってくれたのに、勝手に来てごめんなさい」
素直に謝ると、自分にかけられているバスタオルを取って、近衛の頭にかける。
「だけど、嘘ついた先輩も悪いんだから。俺が田舎育ちって忘れてない?」
かけたタオルで濡れて水滴が流れ続ける近衛の顔と髪を、光琉は優しく拭いていく。近衛は光琉をジッと見つめていた。
「雨の山道だって歩き慣れてるし、実家にいる時に台風がきたことだってある。医療に関してはもちろん先輩の方がすごいけど、牧場については俺の方が先輩なんだから」
光琉の瞳の奥を覗き込むように見つめてくる近衛の視線に、隠すものなどなにもないと、答えるように光琉は微笑んだ。
「だから俺には大丈夫だなんて嘘つかなくていい。最初から手伝ってくれって言えばいいの!」
「光琉......」
「近衛先輩にはいつも助けられてるから、先輩ももっと俺を頼ってよ」
ね、っと笑顔で首を傾げる光琉に、近衛は息を飲んで。そしてどこか泣きそうに表情を歪めてから、ふっと笑みを浮かべた。
「ああもうほんと......」
堪らないというように目を細めると、近衛が愛し気にそっと光琉の頬に触れた。手のひらで包み込み、親指が優しく頬を撫でる。
「ひかるには敵わないな......」
甘さの漂う声でそう言うと、近衛は光琉をまた腕の中に抱きしめた。今度は先程の縋るような様子とは違って、甘えるように近衛が髪に頬を寄せる。
光琉はフフと笑みを零すと、近衛を受け止めて抱きしめ返した。
ひっついた体からじんわりと近衛の体温が戻ってくるのが感じられる。
(よかった......近衛先輩、もっと温めてあげたい)
いつもは光琉が温めてもらっているから。光琉はそう思って近衛に抱きついた。
ふと近衛が、光琉の髪から頬を離す。少しだけ顔を上げた近衛が、上からジッと光琉を見つめた。
甘く、愛しさのこもる近衛の瞳。その瞳が告げていた。光琉のことが大事で、愛しくて仕方ないと。
近衛の顔が近づく。切れ長の綺麗な瞳に生えた長い睫が至近距離に見える。近衛の男らしい精悍な顔が、光琉の顔に重なって。
(キス、される......)
そう思って、光琉はそって目を閉じた。
その時。
モオ~~~ッッ!と牛舎から大きな鳴き声が聞こえ、二人はハッとする。近衛は光琉を抱きしめたまま、牛舎の方に顔を向けた。
「今の声は牛斗......」
そう呟いて体を離すと、近衛は頭にかかったタオルを光琉に渡す。
「様子見てくる」
「俺も!」
光琉も一緒に駆け出そうとして、近衛の手に制された。
「そのままじゃ風邪引く。そこに着替え用意したから、光琉は濡れてる服脱いで着替えろ」
「でも......」
その言葉に、光琉は戸惑う。さっき頼って欲しいと伝えたばかりなのに、また一人ですべてこなそうとする近衛に、光琉は眉を寄せた。
そんな光琉に気付いて、近衛はすぐに頬を緩める。
「光琉は着替え済ませたら、部屋から俺の分の着替え持って、牛舎の方に手伝いに来てくれるか?」
ポンと光琉の頭に手をのせ、近衛が優しい仕草で髪を撫でた。その感触に、光琉の心がじんわりと温かくなる。
「うん!」
元気よくそう頷き返すと、光琉は近衛に向かって嬉しそうに笑顔になった。



近衛の背中を見送って、光琉は体を拭いていた。そして急にハタと動きを止める。
(え......ちょっと待って! 俺......今近衛先輩にキスされそうになった?)
先程の、近づいた近衛の端正な男らしい顔を思い出し、光琉の頬が真っ赤に染まる。
(ていうか俺も自然に受け入れそうになってたし......!)
そんな自分に気付き、光琉は動揺する。
ドキドキと胸が高鳴っていく。またキスされそうになったとしても、光琉はきっと受け入れてしまうだろう。
光琉はもう、近衛に触れられるのも抱きしめられるのもいやじゃない。それどころかむしろ......
そこまで考えて光琉は我に返る。
今は台風が来て大変な時だ。こんなことを考えている場合ではない。
そう思い直し、近衛が用意してくれた服に着替えると、少しでも早く牛舎に行けるよう、近衛の部屋に着替えを取りに行った。

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