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浅はかな将軍
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(助かった……?)
ヒースリールは一瞬の浮遊感を感じ、女神(らしき存在)の前に転移していた。
隣を見れば妹たちもそうだ。3人とも膝が笑って立てなかった。
絶望しかかった精神が突然救われたことで混乱する。それでも彼女は必死に頭を働かせ、翼の生えた救世主の前に両膝をついて頭を垂れる。人生で一度もしたことのない姿勢だったが、妹たちが真似をするのを見て安堵した。
目下、この救世主があらゆる意味で自分たちの生殺与奪を握っている。それはおそらく教皇や将軍も同じはずだが、彼らはあまりの事態に膝をつくことができていない。
(特にベーニングラード将軍は他人に頭を下げるのが嫌だものね)
彼女は驚愕を顔に貼りつけた男を横目で見た。
この将軍は王の前で頭を下げている時でさえ不機嫌な顔だったと召使の一人から聞いたことがあった。過剰なまでのプライドがあるからこそ今の地位に上り詰めたのだし、それでも我慢できずにクーデターを計画したのだろう。
(ならば、それを利用すべき?)
彼女は将軍の目が自分と合った瞬間、唇の端を少し上げた。
笑ったのだ。ひれ伏す構えを取りながら何もできない将軍へ嘲笑を送る。
それが生み出す効果は劇的だった。将軍の頭に血が上り、こめかみに青筋が浮き出た。生まれ持った傲慢という名の誇りを傷つけられ、激情に支配される。
(あなたは殊に女性を見下す傾向があったわよね。そこがあなたの弱点。さあ、どうする?突然現れた女神様に頭を下げられる?)
口には出さず、目と表情で将軍に伝える。
内心ではこの賭けがうまく行くかわからず、不安と焦りもあった。
しかしヒースリールは将軍が愚かな選択をすることを願う。この男を嫌悪しているからではなく、長期的に見ればこの国にとって有害だという理から。
将軍の手が腰にかけた鞘から剣を抜いた。
やった、と彼女は心の中で歓喜する。
「民たちよ、騙されるな!これは神の御使いを騙る魔物である!」
彼女の予想通り、将軍は処刑を邪魔した女神を偽物と断じた。
自分もひれ伏してお伺いを立てるという安全な選択肢を捨てたのだ。それを促したのがヒースリールの嘲笑であることを知るのは彼女と将軍しかいない。
将軍は民衆と同じくひれ伏している部下を当てにせず、自ら剣を振り上げて走り出した。
「解放ッ!」
将軍の言葉を合図に腕輪が緑色の妖光を放つ。
身体能力を引き上げる魔法具。処刑の場でも装備していたのは彼が決して無能な軍人でないことを示している。
上昇した筋力で飛び上がり、女神の前に立つと切っ先を向けた。
「ヒースリール!翼魔族を女神に仕立て上げ、我らを欺こうとしても無駄だ!」
(私が?ああ、そう来るのね)
彼女は将軍の組み立てた理屈に感心した。
魔族には翼をもつ者がおり、奴隷化された種族を飼ったり戦奴として使用することがある。高位の転移魔法を使う魔術師がいれば今の救出劇を人間が再現することは可能だ。実際、その可能性はゼロではない。
「教皇!そなたにも心眼でわかるらしいな!偽りの女神に騙されず、膝を折らないのはさすがだ!」
「え!?わ、私は……」
突然話を振られ、こちらも棒立ちしていた教皇は慌てた。
立場を表明することを躊躇した彼は将軍の野獣のような眼光で睨まれる。
「ひいっ!た、確かに神は堕落した王族を裁くべしと仰った!」
(教皇まで釣れるなんて嬉しい誤算だわ)
ヒースリールはもう一人の厄介者が将軍に組したのを見て笑いたくなった。
これで女神が勝てば教皇も同罪である。
勝てなかったら?その時は死ぬ前に面白い夢が見られた。それだけだ。
「あの……それ以上近づかない方がいいですよ」
女神は慌てた様子もなく言った。
「ほざけ!お前が女神と言うなら私の剣を止めてみるがいい!」
「いや、それはできるけど近づかない方が……」
「でやああああああっ!」
将軍は上段から斬りかかる。
そんな彼を見て数十人がひいっと悲鳴を上げた。
剣が女神に届く寸前、バリバリと稲妻が生じて女神の周囲を覆った。
「ぎゃああああああっ!」
将軍は電撃を浴びて吹き飛び、石壁に激突した。
全身は黒焦げになっており、彼が愛用する剣は飴のように溶けている。
「あーあ、だから言ったのに」
ヒースリールは女神のつぶやきを聞いた。
そこに怒りはなく、大人が小さな子供を叱るような響きがあった。
「ひいいいいっ!」
教皇は尻もちをついていた。
ヒースリールは彼の心境が手に取るようにわかる。将軍は戦士としても一流の実力を持っており、敵兵を一刀両断する筋力に魔法具の効果が加われば戦場で彼の剣を止めるものは存在しなかった。魔術師が作る障壁は飛んでくる矢や石をいくらか防げる程度で、あんな効果はない。つまり私たちの前にいる女性は伝説級の魔術師か、本当の女神しかありえない。教皇は次に自分が殺されるのではないかと思っているのだろう。
「き、教皇様……」
「本物なのでは……」
「私たちはとてつもない無礼を働いたのでは……」
神殿関係者が天罰に巻き込まれる恐怖におびえ、教皇の周りからじりじりと離れてゆく。
教皇は声の出し方も忘れたかのようにぶるぶると震えていた。
黒焦げになった誰かを見ながら私、エーレインは思った。
私のせいじゃないわよ!
虫除けに自動迎撃システムつきのシールドを張ってただけで、近づいたら危ないと注意もしたんだから。威力があそこまで高いのは殺意を持っていたからでしょうね。むこうにも事情があったんでしょうけど、こっちも1億日ぶりの有給休暇よ。
(ちょっと女の子に助け舟を出しただけで面倒な事になったわね。どうしようかなー。あ、そうか。聞けばいいんだ!)
私は一番年上の女の子に近づくと腰を下ろして小声で尋ねてみた。
「ねえ、正直に言うとあなたたちがどういう状況にいるのか全然知らないの」
「え……」
女の子は普通に驚いた。
うん、わかるわよ。宗教的な奇跡だと思ってたんでしょうね。
でもここは廃棄世界。神の監視や管理は届いていないの。言わないけど。
「そこまで面倒ごとに関わりたくないんだけど、私がいなくても大丈夫そう?」
駄目元で聞いたんだけど、私が選んだ子はそこそこ賢いみたいでこっちの立場を察したみたい。
すぐに答えが返ってきたわ。
「大丈夫です。できれば一言だけ皆にお声をかけて頂きたいのですが……」
「お声?どんなこと?」
「以後のことは全てヒースリールに任せます、と」
はは~ん。なんとなく読めたわ。
この子、そこそこどころか随分と賢いみたいね。
私の手間が最小限になるように配慮もしてるし、気に入ったかも。この子の言う通りにしてみましょうか。
土下座する人々の前で私は大きく息を吸った。
「以後の事はすべてヒースリールに任せます!」
ついでにサービスしておこう。
さっきからぶるぶる震えてる宗教関係者っぽい人の周りにいる人々に顔を向けてこう言った。
「よろしいですね?」
「は、ははーーーっ!」
数十人の青い服を来た男たちが地面に額を擦り付けた。
なんか偉い存在になった気分ね。うん。神様だけど。
さあ、後はさっさと出て行くだけ。神術で光をちょちょいと操って七色の光を出す演出をしてから空に舞い上がる。
「おお……」
「なんと神々しい……」
「女神様……」
大勢のどよめきが聞こえたわ。
大丈夫よ。スパッツ履いてるから。
土下座継続中の賢い女の子を見下ろし、「あとは頑張ってね」と心の中でエールを送ると私は行き先も決めずに飛び去った。
さあ、今度こそ誰にも邪魔されないでのんびりするわよー!
ヒースリールは一瞬の浮遊感を感じ、女神(らしき存在)の前に転移していた。
隣を見れば妹たちもそうだ。3人とも膝が笑って立てなかった。
絶望しかかった精神が突然救われたことで混乱する。それでも彼女は必死に頭を働かせ、翼の生えた救世主の前に両膝をついて頭を垂れる。人生で一度もしたことのない姿勢だったが、妹たちが真似をするのを見て安堵した。
目下、この救世主があらゆる意味で自分たちの生殺与奪を握っている。それはおそらく教皇や将軍も同じはずだが、彼らはあまりの事態に膝をつくことができていない。
(特にベーニングラード将軍は他人に頭を下げるのが嫌だものね)
彼女は驚愕を顔に貼りつけた男を横目で見た。
この将軍は王の前で頭を下げている時でさえ不機嫌な顔だったと召使の一人から聞いたことがあった。過剰なまでのプライドがあるからこそ今の地位に上り詰めたのだし、それでも我慢できずにクーデターを計画したのだろう。
(ならば、それを利用すべき?)
彼女は将軍の目が自分と合った瞬間、唇の端を少し上げた。
笑ったのだ。ひれ伏す構えを取りながら何もできない将軍へ嘲笑を送る。
それが生み出す効果は劇的だった。将軍の頭に血が上り、こめかみに青筋が浮き出た。生まれ持った傲慢という名の誇りを傷つけられ、激情に支配される。
(あなたは殊に女性を見下す傾向があったわよね。そこがあなたの弱点。さあ、どうする?突然現れた女神様に頭を下げられる?)
口には出さず、目と表情で将軍に伝える。
内心ではこの賭けがうまく行くかわからず、不安と焦りもあった。
しかしヒースリールは将軍が愚かな選択をすることを願う。この男を嫌悪しているからではなく、長期的に見ればこの国にとって有害だという理から。
将軍の手が腰にかけた鞘から剣を抜いた。
やった、と彼女は心の中で歓喜する。
「民たちよ、騙されるな!これは神の御使いを騙る魔物である!」
彼女の予想通り、将軍は処刑を邪魔した女神を偽物と断じた。
自分もひれ伏してお伺いを立てるという安全な選択肢を捨てたのだ。それを促したのがヒースリールの嘲笑であることを知るのは彼女と将軍しかいない。
将軍は民衆と同じくひれ伏している部下を当てにせず、自ら剣を振り上げて走り出した。
「解放ッ!」
将軍の言葉を合図に腕輪が緑色の妖光を放つ。
身体能力を引き上げる魔法具。処刑の場でも装備していたのは彼が決して無能な軍人でないことを示している。
上昇した筋力で飛び上がり、女神の前に立つと切っ先を向けた。
「ヒースリール!翼魔族を女神に仕立て上げ、我らを欺こうとしても無駄だ!」
(私が?ああ、そう来るのね)
彼女は将軍の組み立てた理屈に感心した。
魔族には翼をもつ者がおり、奴隷化された種族を飼ったり戦奴として使用することがある。高位の転移魔法を使う魔術師がいれば今の救出劇を人間が再現することは可能だ。実際、その可能性はゼロではない。
「教皇!そなたにも心眼でわかるらしいな!偽りの女神に騙されず、膝を折らないのはさすがだ!」
「え!?わ、私は……」
突然話を振られ、こちらも棒立ちしていた教皇は慌てた。
立場を表明することを躊躇した彼は将軍の野獣のような眼光で睨まれる。
「ひいっ!た、確かに神は堕落した王族を裁くべしと仰った!」
(教皇まで釣れるなんて嬉しい誤算だわ)
ヒースリールはもう一人の厄介者が将軍に組したのを見て笑いたくなった。
これで女神が勝てば教皇も同罪である。
勝てなかったら?その時は死ぬ前に面白い夢が見られた。それだけだ。
「あの……それ以上近づかない方がいいですよ」
女神は慌てた様子もなく言った。
「ほざけ!お前が女神と言うなら私の剣を止めてみるがいい!」
「いや、それはできるけど近づかない方が……」
「でやああああああっ!」
将軍は上段から斬りかかる。
そんな彼を見て数十人がひいっと悲鳴を上げた。
剣が女神に届く寸前、バリバリと稲妻が生じて女神の周囲を覆った。
「ぎゃああああああっ!」
将軍は電撃を浴びて吹き飛び、石壁に激突した。
全身は黒焦げになっており、彼が愛用する剣は飴のように溶けている。
「あーあ、だから言ったのに」
ヒースリールは女神のつぶやきを聞いた。
そこに怒りはなく、大人が小さな子供を叱るような響きがあった。
「ひいいいいっ!」
教皇は尻もちをついていた。
ヒースリールは彼の心境が手に取るようにわかる。将軍は戦士としても一流の実力を持っており、敵兵を一刀両断する筋力に魔法具の効果が加われば戦場で彼の剣を止めるものは存在しなかった。魔術師が作る障壁は飛んでくる矢や石をいくらか防げる程度で、あんな効果はない。つまり私たちの前にいる女性は伝説級の魔術師か、本当の女神しかありえない。教皇は次に自分が殺されるのではないかと思っているのだろう。
「き、教皇様……」
「本物なのでは……」
「私たちはとてつもない無礼を働いたのでは……」
神殿関係者が天罰に巻き込まれる恐怖におびえ、教皇の周りからじりじりと離れてゆく。
教皇は声の出し方も忘れたかのようにぶるぶると震えていた。
黒焦げになった誰かを見ながら私、エーレインは思った。
私のせいじゃないわよ!
虫除けに自動迎撃システムつきのシールドを張ってただけで、近づいたら危ないと注意もしたんだから。威力があそこまで高いのは殺意を持っていたからでしょうね。むこうにも事情があったんでしょうけど、こっちも1億日ぶりの有給休暇よ。
(ちょっと女の子に助け舟を出しただけで面倒な事になったわね。どうしようかなー。あ、そうか。聞けばいいんだ!)
私は一番年上の女の子に近づくと腰を下ろして小声で尋ねてみた。
「ねえ、正直に言うとあなたたちがどういう状況にいるのか全然知らないの」
「え……」
女の子は普通に驚いた。
うん、わかるわよ。宗教的な奇跡だと思ってたんでしょうね。
でもここは廃棄世界。神の監視や管理は届いていないの。言わないけど。
「そこまで面倒ごとに関わりたくないんだけど、私がいなくても大丈夫そう?」
駄目元で聞いたんだけど、私が選んだ子はそこそこ賢いみたいでこっちの立場を察したみたい。
すぐに答えが返ってきたわ。
「大丈夫です。できれば一言だけ皆にお声をかけて頂きたいのですが……」
「お声?どんなこと?」
「以後のことは全てヒースリールに任せます、と」
はは~ん。なんとなく読めたわ。
この子、そこそこどころか随分と賢いみたいね。
私の手間が最小限になるように配慮もしてるし、気に入ったかも。この子の言う通りにしてみましょうか。
土下座する人々の前で私は大きく息を吸った。
「以後の事はすべてヒースリールに任せます!」
ついでにサービスしておこう。
さっきからぶるぶる震えてる宗教関係者っぽい人の周りにいる人々に顔を向けてこう言った。
「よろしいですね?」
「は、ははーーーっ!」
数十人の青い服を来た男たちが地面に額を擦り付けた。
なんか偉い存在になった気分ね。うん。神様だけど。
さあ、後はさっさと出て行くだけ。神術で光をちょちょいと操って七色の光を出す演出をしてから空に舞い上がる。
「おお……」
「なんと神々しい……」
「女神様……」
大勢のどよめきが聞こえたわ。
大丈夫よ。スパッツ履いてるから。
土下座継続中の賢い女の子を見下ろし、「あとは頑張ってね」と心の中でエールを送ると私は行き先も決めずに飛び去った。
さあ、今度こそ誰にも邪魔されないでのんびりするわよー!
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