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元王女、全言語翻訳の能力をもらう

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 お茶を飲んでのんびりしてたから暇かなと思ったの。
 ええ、最初に出会った女の子を神術で覗き見たの。普段はそういう趣味の悪いことしないわよ?今回は例外。あの子しか頼れる相手がいないし、いきなり転移してお風呂に入ってる最中だったら困るでしょ?
 今なら大丈夫と思って転移したら盛大にお茶を吹かれちゃった。服とテーブルが汚れたわね。ごめんなさい。そんなに驚くとは思わなくて。次の機会があったら一声かけるわね。

 彼女に用件を話そうとしたら後ろの妹たちが恐る恐る言ったわ。

「め、女神様!ヒースリール姉さまの妹のベルミールと申します!命を助けて頂きありがとうございました!」
「同じく妹のエリーゼと申します!この度のご恩は永久に忘れません!」

 ああ、そうか。この子たちとは一度も話をしなかったわね。お礼が言えるってのはいい事よ。悪い気はしないわ。
 でも姉の方は顔を青くしてた。2人の妹が許可もなく発言したから?それくらいで怒ったりしないわよ。

「あら、ご丁寧にどうも。別に気にしなくていいわ」

 私は二重の意味を込めて3人に言った。
 というか、この子はヒースリールって名前だったのね。ふーん。ヒースリール……ちょっと覚えにくいかも。ヒールリースやリールヒースみたいに間違えそうだから気を付けないと。

「お願いしたいことがあるんだけど、いいかしら?あっ、そもそも今、時間はある?なければ出直すけれど……」
「いいえ!女神様が望まれるだけの時間を差し上げます!」

 そこまで畏れ奉られても困っちゃうんだけど、まあいいか。

「ありがとう。そんな難しい頼みじゃないの……いえ、面倒といえば面倒かしら?」

 そう言った瞬間、ヒースリールの表情がこわばったわ。
 大丈夫よ。無理難題じゃない……はずだから。

「ここにいる男なんだけど……ええと、ザ……ザガンだっけ?」
「え……ああ……」

 彼は生気のない顔で言ったわ。

「詳しい事は直接聞いてほしいんだけど、彼は故郷が滅んで人生について悩んでるの。少しの間でいいから住む場所を与えられない?そうね。3日くらいでいいわ。その間に答えが出せるわよね?」
「お、俺は……わからねえ……」

 この男、ずっとこの調子ね。そこは嘘でも「はい」って言ってちょうだいよ。
 彼女たちにあなたを押し付け……預ける私にも立場ってものがあるんだから。

「えーと、こんな調子だけど少し経てばマシになると思うの。ああ、贅沢に持て成す必要は一切ないから心配しないで。雨風を凌げる場所に置いといて。働く気がないなら食事も与えなくていいわ。3日経ってもウジウジしてるようなら追放するなり奴隷身分に落とすなり貴女の好きにして」

 ごめんね。丸投げしちゃうわ。
 拾った子犬を友達に押し付けるってこんな感じかしら。
 ヒースリールは一瞬悩んだようだけど、すぐに決断してくれた。

「仰せ仕りました!」

 まあ、やる気満々じゃない。助かるわー。
 この男は盗賊なんだけど、言っておいた方がいい?まあ、問題ないでしょう。もう悪意がないのは確かだから。後で心変わりする可能性はあるけど、その時は私がかけた神術が作動して悲惨な最期を遂げるわ。ええ、それくらいの保険は掛けてるわよ。さすがの私だって盗賊を女の子に押し付ける時は配慮するの。

「ありがとう。じゃあ、頼んだわね」
「お、お待ちください!」

 私を呼び止めたのはヒースリールじゃなくて妹のエリーゼだったわ。
 あれ?何か問題があるのかしら?



 ヒースリールは女神の再来に茶を吹き出すほど驚いたが、出直そうかと言われた時はさらに驚いた。そこまで融通を利かせてくれると思わなかったからだ。人間の王や将軍など気にも留めない上位存在がヒースリールに詫びを入れ、出直してもいいという。そこまで配慮してくれるなら一声かけてから来てほしいと思ったがもちろん口にはできない。

「そんな難しい頼みじゃないの……いえ、面倒といえば面倒かしら?」

 女神の発言に彼女は内心身構えた。
 女神が面倒と思う頼み事。そんなことを自分が解決できるのか。

(ひょっとして試されている?ありうるわ。私がこの依頼を果たせなかったら最悪失望される。良くても利用価値が低いと思われてしまう。覚悟を決めるのよ、私。どんな依頼でも果たしなさい。たとえそこの男と子供を作れと言われても!)

 彼女は勝手に覚悟を決めて両手を握りしめた。
 そして女神の頼み事を聞いて拍子抜けする。男の面倒を3日だけ見てほしい。しかも特別な待遇は一切不要だと。ヒースリールはすぐに神殿が運営する救済院のことを思い出す。病人や孤児を保護するその施設は常に順番待ちなのだが、彼女の立場なら一人をねじ込むことは可能だ。

(よかった。その程度なら問題ないわ。1つだけ厄介な事があるけど、そこはどうにかする)

 ヒースリールは女神が去ろうとしたので恭しく見送ろうとした。
 しかし直後に彼女の心臓が止まりそうになる。

「お、お待ちください!」

 末妹のエリーゼが女神を呼び止めたのだ。
 何を言い出すつもりかと姉は不安になった。

「女神様、誠に畏れながらザガン様は私たちと言葉が通じません。お話ができないとお世話が難しいのです……」
「え!?言葉、通じてないの?」
「**……******……」

 ザガンは何かを言い、その言葉はヒースリールたちにはわからなかった。
 語感から北にある騎士国家と名高いユス国の言語ではないかと彼女は推測するが、それを女神に伝えると相手の無知を指摘したかのようであるし、言葉が通じないから引き取れないと婉曲的に主張しているように思われかねないので言えなかった。

(エリーゼ、そこは私がどうにかするから心配しなくてよかったのに!)

 妹は疲労しつつある姉のことを案じたのだろう。
 それでも彼女は心労と緊張から手にじわりと汗が浮かぶ。
 すると女神は自分の手の平をポンと叩いた。

「それなら簡単よ」

 そう言うと女神は人差し指で何かの記号を宙に描き、ヒースリールと妹たちの体が穏やかな緑色の光に包まれる。それが消えると女神は言った。

「これで大丈夫と思うんだけど。ヒースリール、何か喋ってくれる?」
「は、はい!?お、畏れながら何を申せばよろしいのでしょうか……」
「どう、ザガン、彼女の言うことがわかった?」
「……ああ、わかる」

 ザガンは弱弱しい声で言った。
 すると彼の言葉がヒースリールにも理解できた。
 まるで昔から慣れ親しんだ言葉のように頭の中で勝手に翻訳されてしまう。

(これってあの時の……)

 彼女は処刑場で起きたことを思い出す。最初は言葉が通じなかった女神が一瞬で自分たちと会話できるようになった御業。その能力が彼女たち三姉妹にも与えられたらしい。

(待って。まさかどんな国や種族の言葉でもわかるの?だとしたら……)

 ヒースリールはこの能力の凄まじい価値に気づいて体が震えそうになる。

「ちなみに文字も読めるはずよ。これで問題ない?」
「は、はい!何も問題ございません!このようなお力を授けて頂いて拝謝いたします!」
「じゃあね。一応、3日後に様子を見に来るわ」

 そう言うと女神は今度こそいなくなった。
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