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風呂ときどき鼠
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湯を沸かすには手間と燃料がかかる。
ロザリア国の平民も他国に漏れず体を洗う時は夏も冬も水で濡らした布で拭く程度だ。
少し贅沢な階級になると大きな桶に湯を張って使う。では、寄付を集めて贅を極めた神殿の上位者はどんな入浴をするのか。火の魔石を大量に使って湯を沸かし、巨大な堀に流し込んで肩まで浸かる。しかも湯は定期的に入れ替えるという平民が聞けば呆れかえる入浴法を採用していた。
神殿でも一部の者しか使えない希少な浴場には3名の姿があった。
「今日のお風呂はなんだか気分がいいわね」
「私もそう思います、メヒル枢機卿。とても体がほぐれますし、肌に艶が出るというか……。メヒル枢機卿のお身体がいつも以上にお美しく見えます」
従者は湯に浸かる上司の背中を薬草で拭きながらご機嫌取りをした。
メヒル枢機卿と呼ばれた女性は平民に比べれば真珠のように美しい艶と張りを持つ肌を持っているが、それでも老化という誰も逆らえない現象の訪れを毎日実感しており、こう嘆いた。
「確かにそうだけど、貴女みたいな若い肌と比べるとどうしてもね……」
「そ、そんな事はありません!」
「いいのよ。私だけが歳をとるわけじゃないから。でも、それを加速させる気苦労が多いのは困るわ。今日なんて教皇様が罷免されて、しかもエミエルが教皇の地位に就いたのよ?どうして私じゃないの?あの王女……いえ、元王女の目は曇っているんじゃないかしら」
「メヒル枢機卿、それは流石に……」
従者はその発言に同意するのはさすがに躊躇した。
女神に救済され、神子という権威を得た3姉妹に悪口を向けるのは危険すぎる。あの教皇を罷免できる立場にいるのだから。その程度の事もわからないから貴女は教皇に選ばれなかったのだろうとは死んでも言えない。
「ああ、大丈夫よ。ここも盗聴防止の魔法具はついてるでしょう?それに、神子だなんだと騒がれていてもあの3人は公式には見習い神官も同然なんだから」
「確かにそうですが……」
見習い神官は枢機卿と同じ待遇で扱われたりしない。
そう言おうとした従者だが、彼女を理屈で説得するのは早々に諦めてなんとか話を変えようと決めた。どんな話題にしようかと考えていると浴槽の向かい側からポコンッと泡が生じた。
「え?」
「今の何?」
メヒル枢機卿も気付き、泡の生じた場所を見る。
お湯を流す排水口がある位置だ。
「蓋が壊れたのかしら?」
「いえ、そう簡単に壊れるものではないはずですが……あ、また泡が!」
ブクブクと泡が浮かび続け、次第に泡の数が増えてゆく。
異常な事態に二人は不安を覚え、徐々に後ろへ下がった。
そして水面に泡とは別のものが浮かび上がった。鼠の頭だ。それはぞろぞろと数が増えてゆく。
「キュイイイイイイッ!!」
「きゃあっ!」
「ひいいいいっ!」
二人は慌ててお湯から上がり、這う這うの体で脱衣所へ逃げ出す。
その後ろからは次々と鼠が浮かび上がり、裸の女たちを追いかける。あと少しで肌に齧りつこうとした瞬間、鼠たちは白い光に焼かれて黒焦げになった。
(え!?)
従者は後ろを振り向いた時にその光景を見たが、逃げる上司に追いつく事を優先するためすぐに走り去った。2人に後から報告された事だが、浴場に向かった兵たちは鼠の死骸など一切見つけられず、湯を抜いて浴槽を幾度も調査したが排水口が物理や魔術による破壊を受けた形跡は全く見当たらなかった。
前世でよっぽど悪いことをしたのかしら。
私、エーレインはお風呂で鼠退治をしながらそう思うわ。
少し前に借り宿が決まったからさっそくベッドでごろごろしてたんだけど、そこで気付いたのよ。私、長い間お風呂に入ってないって。神だから老廃物なんて出ないんだけど、「1億日お風呂に入ってない女」って相当まずいでしょう?字面がすでにやばいわ。
神術で探ったら都合よく大きな浴場がこの神殿にあったのよ。大勢で入れるタイプだから知覚阻害の術を使えば誰にもばれずにお風呂に入れる。そう思った私はすぐに入浴グッズ一式を創り出して浴場へ向かったわけ。
「この前の魔法薬はよく効いてるかしら?」
「はい!髪がとてもお綺麗ですよ!」
お風呂には美容にハマってる中年女性とお供がいたけど、それを気にせず、私は体を丁寧に洗ってからお湯に入ろうとしたわ。でも、この世界のお風呂がどこまで綺麗かわからないから神術で浄化しておいたの。人間が浴びたら大抵の病気が治るくらいの効能があるでしょうね。まあ、お風呂を借りた代金ってことにしておくわ。
私は2人とは離れた場所でお湯に浸かってたの。そうしたらお湯の中から汚れとばい菌の塊みたいな生き物が現れるんだもの。しかも大量に。この世界に来てから私に不幸ばかり訪れるのは何が原因かしらね。
「もっと文明が進んだ世界に行けばよかったかなあ……」
そう言いながら私は下から湧いてくる鼠を処分して反撃機能の付いた栓で塞いだわ。
でも途中で気付いたのよ。この鼠たちは精神操作を受けてるって。思念を辿ったらちょっと離れた場所にいる女の人が術者だと気づいた。処分しようか迷ったけど、私を狙ったわけじゃないから流石に八つ当たりかなーと思ってやめといたわ。
どうやらこの神殿をまるごと鼠に襲わせてるみたい。なんで私がお風呂に入るタイミングでそんな事するの?他で暴れてる男もいるから鼠は攪乱や陽動のつもり?まあ、どうでもいいか。
結果的には先客がお風呂から出て行ってくれたし、私一人でお風呂を独占できたとポジティブに考えましょうか。そう考えないとやってられないわよー!
ロザリア国の平民も他国に漏れず体を洗う時は夏も冬も水で濡らした布で拭く程度だ。
少し贅沢な階級になると大きな桶に湯を張って使う。では、寄付を集めて贅を極めた神殿の上位者はどんな入浴をするのか。火の魔石を大量に使って湯を沸かし、巨大な堀に流し込んで肩まで浸かる。しかも湯は定期的に入れ替えるという平民が聞けば呆れかえる入浴法を採用していた。
神殿でも一部の者しか使えない希少な浴場には3名の姿があった。
「今日のお風呂はなんだか気分がいいわね」
「私もそう思います、メヒル枢機卿。とても体がほぐれますし、肌に艶が出るというか……。メヒル枢機卿のお身体がいつも以上にお美しく見えます」
従者は湯に浸かる上司の背中を薬草で拭きながらご機嫌取りをした。
メヒル枢機卿と呼ばれた女性は平民に比べれば真珠のように美しい艶と張りを持つ肌を持っているが、それでも老化という誰も逆らえない現象の訪れを毎日実感しており、こう嘆いた。
「確かにそうだけど、貴女みたいな若い肌と比べるとどうしてもね……」
「そ、そんな事はありません!」
「いいのよ。私だけが歳をとるわけじゃないから。でも、それを加速させる気苦労が多いのは困るわ。今日なんて教皇様が罷免されて、しかもエミエルが教皇の地位に就いたのよ?どうして私じゃないの?あの王女……いえ、元王女の目は曇っているんじゃないかしら」
「メヒル枢機卿、それは流石に……」
従者はその発言に同意するのはさすがに躊躇した。
女神に救済され、神子という権威を得た3姉妹に悪口を向けるのは危険すぎる。あの教皇を罷免できる立場にいるのだから。その程度の事もわからないから貴女は教皇に選ばれなかったのだろうとは死んでも言えない。
「ああ、大丈夫よ。ここも盗聴防止の魔法具はついてるでしょう?それに、神子だなんだと騒がれていてもあの3人は公式には見習い神官も同然なんだから」
「確かにそうですが……」
見習い神官は枢機卿と同じ待遇で扱われたりしない。
そう言おうとした従者だが、彼女を理屈で説得するのは早々に諦めてなんとか話を変えようと決めた。どんな話題にしようかと考えていると浴槽の向かい側からポコンッと泡が生じた。
「え?」
「今の何?」
メヒル枢機卿も気付き、泡の生じた場所を見る。
お湯を流す排水口がある位置だ。
「蓋が壊れたのかしら?」
「いえ、そう簡単に壊れるものではないはずですが……あ、また泡が!」
ブクブクと泡が浮かび続け、次第に泡の数が増えてゆく。
異常な事態に二人は不安を覚え、徐々に後ろへ下がった。
そして水面に泡とは別のものが浮かび上がった。鼠の頭だ。それはぞろぞろと数が増えてゆく。
「キュイイイイイイッ!!」
「きゃあっ!」
「ひいいいいっ!」
二人は慌ててお湯から上がり、這う這うの体で脱衣所へ逃げ出す。
その後ろからは次々と鼠が浮かび上がり、裸の女たちを追いかける。あと少しで肌に齧りつこうとした瞬間、鼠たちは白い光に焼かれて黒焦げになった。
(え!?)
従者は後ろを振り向いた時にその光景を見たが、逃げる上司に追いつく事を優先するためすぐに走り去った。2人に後から報告された事だが、浴場に向かった兵たちは鼠の死骸など一切見つけられず、湯を抜いて浴槽を幾度も調査したが排水口が物理や魔術による破壊を受けた形跡は全く見当たらなかった。
前世でよっぽど悪いことをしたのかしら。
私、エーレインはお風呂で鼠退治をしながらそう思うわ。
少し前に借り宿が決まったからさっそくベッドでごろごろしてたんだけど、そこで気付いたのよ。私、長い間お風呂に入ってないって。神だから老廃物なんて出ないんだけど、「1億日お風呂に入ってない女」って相当まずいでしょう?字面がすでにやばいわ。
神術で探ったら都合よく大きな浴場がこの神殿にあったのよ。大勢で入れるタイプだから知覚阻害の術を使えば誰にもばれずにお風呂に入れる。そう思った私はすぐに入浴グッズ一式を創り出して浴場へ向かったわけ。
「この前の魔法薬はよく効いてるかしら?」
「はい!髪がとてもお綺麗ですよ!」
お風呂には美容にハマってる中年女性とお供がいたけど、それを気にせず、私は体を丁寧に洗ってからお湯に入ろうとしたわ。でも、この世界のお風呂がどこまで綺麗かわからないから神術で浄化しておいたの。人間が浴びたら大抵の病気が治るくらいの効能があるでしょうね。まあ、お風呂を借りた代金ってことにしておくわ。
私は2人とは離れた場所でお湯に浸かってたの。そうしたらお湯の中から汚れとばい菌の塊みたいな生き物が現れるんだもの。しかも大量に。この世界に来てから私に不幸ばかり訪れるのは何が原因かしらね。
「もっと文明が進んだ世界に行けばよかったかなあ……」
そう言いながら私は下から湧いてくる鼠を処分して反撃機能の付いた栓で塞いだわ。
でも途中で気付いたのよ。この鼠たちは精神操作を受けてるって。思念を辿ったらちょっと離れた場所にいる女の人が術者だと気づいた。処分しようか迷ったけど、私を狙ったわけじゃないから流石に八つ当たりかなーと思ってやめといたわ。
どうやらこの神殿をまるごと鼠に襲わせてるみたい。なんで私がお風呂に入るタイミングでそんな事するの?他で暴れてる男もいるから鼠は攪乱や陽動のつもり?まあ、どうでもいいか。
結果的には先客がお風呂から出て行ってくれたし、私一人でお風呂を独占できたとポジティブに考えましょうか。そう考えないとやってられないわよー!
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