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狂戦士の死
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ザガンは本人や周囲の予想以上に奮闘していた。
棍棒が頭をかすめ、髪の毛が風圧で千切れるほどの威力にも関わらず彼は臆せず狂戦士となったタッカーを斬りつける。
「はああッ!!」
剣の切っ先が足首を斬り裂き、血が噴き出す。
恐怖を超える覚悟が彼を一流には及ばずとも二流の剣士に底上げし、且つ、タッカーは魔法薬と魔術で思考が鈍ることで両者の差は縮まっていた。さらに神殿戦士たちと魔術師の支援が加わることでザガンは死を免れていた。
「炎よ!」
後方にいた魔術師が術式と祈祷を組み合わせて魔術を紡ぐ。
燃え盛る油を創り出して敵に放つと棍棒がそれを吹き飛ばした。
「グギギギギギギギッ!!」
奇怪な咆哮を上げるタッカーは炎が残った棍棒を振るう。
紙一重の差で避けたザガンの目の前で石畳の床が陥没した。
(今のはヤバかったな……)
ザガンはぜえぜえと呼吸しながら自分の疲労を感じ、限界が近いと思った。どの攻撃も一度受ければ致命傷だろう。この時、ザガンや他の兵たちは気づかなかったがタッカーは片目の視力を失っており、普段通りの距離感をとれないことも彼の命を長らえさせていた。
(何度斬っても動きが止まらねえ……腱を斬った手ごたえはあったのに……)
彼は敵の足首や肘を斬りつけ、腱を破壊することで無力化を狙った。やったと思える手ごたえは2度あった。猟師をやっている時にも解体作業で腱を切る事はある。その感触を間違うわけがないのに巨漢の敵は血まみれの手足を問題なく動かして反撃してくる。ザガンには意味不明のタフさであり、目の前の男は正真正銘の怪物だった。
「放てぇッ!」
掛け声とともに10本近い矢が巨体につき刺さる。
それを少しも意に介さぬタッカーは唸り声を上げながらさらに棍棒を振り回す。
「おい!これだけやってなぜ効かないんだ!?」
「治癒の魔法具か魔法薬だ!それしか考えられん!」
「どこに持ってる!?それらしいものはないぞ!?」
「おそらく体に埋め込んでやがる!」
神殿の兵士たちは怪物じみた力を持つ敵を分析する。
ザガンには何を話しているかわからないが、現状では好都合だった。下手に意識をそちらへ向ければ彼の体はすでに粉砕されていただろう。
「ザガン!その男から離れて!」
ザガンの耳に女の声が聞こえた。
そちらへ視線を送る余裕などなかったが、その声には聞き覚えがあり、そして言語を理解できる理由は一つしかない。
(馬鹿な!なぜ出てきた!?)
兵士たちに護衛されながら現れたのはヒースリールだった。
ザガンは彼女を叱り飛ばしたい激怒と彼女を殺される恐怖の感情で満たされた。この狂戦士の狙いが神子ならば餌を目の前に差し出すようなものだと。
案の定、タッカーは彼女の存在に素早く気付いた。
「ミツケタ!!」
神殿内で初めて人間らしい言葉を喋り、タッカーは兜の中で口元を歪めた。
魔眼で見たヒースリールとその妹たちを殺す。理由や目的などわからず、彼はその命令を果たすことだけ考えていた。そうすればナーシャに褒められると信じて。
「ギグ!ギグググ!」
それは笑い声だったのかもしれない。
タッカーは命令を果たせる喜びに満たされ、その口が何かを囁く。ザガンはそれが詠唱と知らなかったが何かする気だと直感し、反撃される覚悟で渾身の一撃を首筋に放ったが、虫を払うように吹き飛ばされて壁に激突する。ヒースリールは両手を組んで祈る構えを取り、何かを唱えた。
タッカーの体はその場から消失し、ヒースリールの目の前に出現する。
短距離の転移魔術。周囲がそう理解する前に彼は棍棒を振り上げて勝利を確信した。それがヒースリールにぶつかる直前で不可視の障壁に阻まれ、同時に彼の全身を灼熱の業火が包んだ。
「アギャアアアアアアアッ!!」
今までの人生で経験したことのない激痛にタッカーは悲鳴を上げ、手を引っ込めようとしたが体は全く動かない。彼はただ拷問のように炎を浴び続け、体は黒色に炭化してゆく。残った片目が破裂し、失禁しながら彼は叫んだ。
「ナアアアシャアアアッ!!」
ボンッ!
それはタッカーの頭蓋骨の中で脳が破裂する音だった。
それが合図だったかのように炎は止まり、ヒースリールの目の前で彼は崩れ落ちた。
先ほどまで喧騒と怒号が飛び交っていた通路に沈黙が降り、体中の穴から血を吹き出して床を染める死体の前で彼女はつぶやいた。
「可燃性気体と酸素……これが本当の火魔法……」
それは周囲にいた者たちが聞き取れないほど小さな声だった。
たとえ聞こえても理解できなかっただろう。彼女が習得した火魔法は火炎を光や熱という浅いイメージでしか認識できない現代魔術では再現できない。科学と魔法が発達し、融合する時代になってようやく実現する属性魔法だった。
その頃、タッカーの体内にある魔法具を観測していたナーシャはこう思った。
(あのヒースリールって子、何をしたの……火の魔術ならあそこまで威力は出ない……あれはまるで古代魔術……あれも女神って存在の力?……わからない事が増えた気もするけど、まあ、良しとしましょうか……貴方はよくやったわ、タッカー)
そこで唇の端が吊り上がる。
(でも、眠りにつくにはまだ早いわ。もう少し情報を収集してもらわないと)
彼女は1つの魔法具を起動させた。
死体になったタッカーの体内で対となる魔法具が起動し、タッカーの肉体と融合を始める。
帝国が遺跡で発見し、復元した古代魔術の1つだった。
同じ頃、風呂に浸かっていたエーレインは呟いた。
「へえ、あの子ってあんな事できるようになったんだ。この世界が廃棄される前の技術ね。翻訳だけなら大した事にならないと思ってたけど、まさかこんな事になっちゃうなんて……うーん、私ってまずい干渉をしちゃったかも」
そこで彼女は両手を上げてうーんと背筋を伸ばした。
「でも、あげちゃったものを今更取り上げるのもねえ……。このまま放置でいっか。でも、油断大敵よ。そいつ、変な魔法が仕込まれてるって気付いてないでしょ。すぐに動き出すわよ~」
棍棒が頭をかすめ、髪の毛が風圧で千切れるほどの威力にも関わらず彼は臆せず狂戦士となったタッカーを斬りつける。
「はああッ!!」
剣の切っ先が足首を斬り裂き、血が噴き出す。
恐怖を超える覚悟が彼を一流には及ばずとも二流の剣士に底上げし、且つ、タッカーは魔法薬と魔術で思考が鈍ることで両者の差は縮まっていた。さらに神殿戦士たちと魔術師の支援が加わることでザガンは死を免れていた。
「炎よ!」
後方にいた魔術師が術式と祈祷を組み合わせて魔術を紡ぐ。
燃え盛る油を創り出して敵に放つと棍棒がそれを吹き飛ばした。
「グギギギギギギギッ!!」
奇怪な咆哮を上げるタッカーは炎が残った棍棒を振るう。
紙一重の差で避けたザガンの目の前で石畳の床が陥没した。
(今のはヤバかったな……)
ザガンはぜえぜえと呼吸しながら自分の疲労を感じ、限界が近いと思った。どの攻撃も一度受ければ致命傷だろう。この時、ザガンや他の兵たちは気づかなかったがタッカーは片目の視力を失っており、普段通りの距離感をとれないことも彼の命を長らえさせていた。
(何度斬っても動きが止まらねえ……腱を斬った手ごたえはあったのに……)
彼は敵の足首や肘を斬りつけ、腱を破壊することで無力化を狙った。やったと思える手ごたえは2度あった。猟師をやっている時にも解体作業で腱を切る事はある。その感触を間違うわけがないのに巨漢の敵は血まみれの手足を問題なく動かして反撃してくる。ザガンには意味不明のタフさであり、目の前の男は正真正銘の怪物だった。
「放てぇッ!」
掛け声とともに10本近い矢が巨体につき刺さる。
それを少しも意に介さぬタッカーは唸り声を上げながらさらに棍棒を振り回す。
「おい!これだけやってなぜ効かないんだ!?」
「治癒の魔法具か魔法薬だ!それしか考えられん!」
「どこに持ってる!?それらしいものはないぞ!?」
「おそらく体に埋め込んでやがる!」
神殿の兵士たちは怪物じみた力を持つ敵を分析する。
ザガンには何を話しているかわからないが、現状では好都合だった。下手に意識をそちらへ向ければ彼の体はすでに粉砕されていただろう。
「ザガン!その男から離れて!」
ザガンの耳に女の声が聞こえた。
そちらへ視線を送る余裕などなかったが、その声には聞き覚えがあり、そして言語を理解できる理由は一つしかない。
(馬鹿な!なぜ出てきた!?)
兵士たちに護衛されながら現れたのはヒースリールだった。
ザガンは彼女を叱り飛ばしたい激怒と彼女を殺される恐怖の感情で満たされた。この狂戦士の狙いが神子ならば餌を目の前に差し出すようなものだと。
案の定、タッカーは彼女の存在に素早く気付いた。
「ミツケタ!!」
神殿内で初めて人間らしい言葉を喋り、タッカーは兜の中で口元を歪めた。
魔眼で見たヒースリールとその妹たちを殺す。理由や目的などわからず、彼はその命令を果たすことだけ考えていた。そうすればナーシャに褒められると信じて。
「ギグ!ギグググ!」
それは笑い声だったのかもしれない。
タッカーは命令を果たせる喜びに満たされ、その口が何かを囁く。ザガンはそれが詠唱と知らなかったが何かする気だと直感し、反撃される覚悟で渾身の一撃を首筋に放ったが、虫を払うように吹き飛ばされて壁に激突する。ヒースリールは両手を組んで祈る構えを取り、何かを唱えた。
タッカーの体はその場から消失し、ヒースリールの目の前に出現する。
短距離の転移魔術。周囲がそう理解する前に彼は棍棒を振り上げて勝利を確信した。それがヒースリールにぶつかる直前で不可視の障壁に阻まれ、同時に彼の全身を灼熱の業火が包んだ。
「アギャアアアアアアアッ!!」
今までの人生で経験したことのない激痛にタッカーは悲鳴を上げ、手を引っ込めようとしたが体は全く動かない。彼はただ拷問のように炎を浴び続け、体は黒色に炭化してゆく。残った片目が破裂し、失禁しながら彼は叫んだ。
「ナアアアシャアアアッ!!」
ボンッ!
それはタッカーの頭蓋骨の中で脳が破裂する音だった。
それが合図だったかのように炎は止まり、ヒースリールの目の前で彼は崩れ落ちた。
先ほどまで喧騒と怒号が飛び交っていた通路に沈黙が降り、体中の穴から血を吹き出して床を染める死体の前で彼女はつぶやいた。
「可燃性気体と酸素……これが本当の火魔法……」
それは周囲にいた者たちが聞き取れないほど小さな声だった。
たとえ聞こえても理解できなかっただろう。彼女が習得した火魔法は火炎を光や熱という浅いイメージでしか認識できない現代魔術では再現できない。科学と魔法が発達し、融合する時代になってようやく実現する属性魔法だった。
その頃、タッカーの体内にある魔法具を観測していたナーシャはこう思った。
(あのヒースリールって子、何をしたの……火の魔術ならあそこまで威力は出ない……あれはまるで古代魔術……あれも女神って存在の力?……わからない事が増えた気もするけど、まあ、良しとしましょうか……貴方はよくやったわ、タッカー)
そこで唇の端が吊り上がる。
(でも、眠りにつくにはまだ早いわ。もう少し情報を収集してもらわないと)
彼女は1つの魔法具を起動させた。
死体になったタッカーの体内で対となる魔法具が起動し、タッカーの肉体と融合を始める。
帝国が遺跡で発見し、復元した古代魔術の1つだった。
同じ頃、風呂に浸かっていたエーレインは呟いた。
「へえ、あの子ってあんな事できるようになったんだ。この世界が廃棄される前の技術ね。翻訳だけなら大した事にならないと思ってたけど、まさかこんな事になっちゃうなんて……うーん、私ってまずい干渉をしちゃったかも」
そこで彼女は両手を上げてうーんと背筋を伸ばした。
「でも、あげちゃったものを今更取り上げるのもねえ……。このまま放置でいっか。でも、油断大敵よ。そいつ、変な魔法が仕込まれてるって気付いてないでしょ。すぐに動き出すわよ~」
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