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元王女、初戦闘で驚愕する
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ヒースリールは火、雷、重力、治癒という4種類の魔法を習得していた。雷と重力という未知の概念を覚えた彼女は部屋で妹たちにそれを見せながら実験と考察をし、自分の魔術と組み合わせようとした。
その最中に聞こえてきた轟音と悲鳴。神殿が襲撃されていると報告を受けた瞬間、彼女はすぐに逃げたいと思った。だが、逃げるわけにいかなかった。彼女たち3姉妹は女神の加護を受け、強大な恩寵と力を得たという噂が広まったからだ。彼女たちはそれを肯定も否定もせず誤魔化していたが、ここで逃げれば彼女たちに特別な力はないという噂が立つ。それは少しも歓迎できなかった。
(大量の鼠と大男……なんで神殿に攻め込んできたの?目的は分からないけど、神殿戦士や魔術師もいるし、今の魔法でも援護は十分にできるはず)
彼女は覚えたての魔法で襲撃者を撃退する事にそこまで危険を感じなかった。
最前線に出るわけではなく、王族の血を引いているヒースリールは魔力自体も豊富だ。魔術で防御障壁を創り出すことはできるし、それを火魔法でアレンジした反撃障壁は我ながらよく思いついたと思っている。
しかし、それを試す気などなかった。敵の狂戦士を遠目で見た瞬間、こんなものに接近するなど自殺行為だと彼女は確信した。
(火の魔法で遠距離から攻撃。それが一番無難でしょうね……って、ええ!?)
彼女はザガンが戦っているのを見て混乱した。
見習い神官として扱わせたのにこんな場所でなぜ侵入者と戦っているのか。
「あれは神子様が御慈悲をお与えになった男では?」
一人の兵士が恐る恐る聞いた。
彼女は言葉の通じないザガンを「街にいた浮浪者が神殿に救いを求めてきたのでなんとかしてあげてほしい」と見習い神官を斡旋したことを思い出す。見習いといえど神官は容易に就ける職業ではない。浮浪者などいくらでもおり、偽善だと思う者もいただろう。彼女は女神から預かったことは伏せてひたすら頼み込み、やや強引な形でザガンをねじ込んだのだ。
「おお!奴は神子様に恩を返すべく剣を取ったということですか!」
「見上げた心意気ではありませんか!」
「神官を志す者の鏡ですな!」
(え?そうなの?)
口々にザガンを称える声を聞いて彼女はまずいと思った。
彼が死んでしまえば神子は自分を頼ってきた者を救えなかったという事実が出来てしまう。
(火魔法は強力だから巻き添えになってしまうわ!ザガン!その怪物から離れて!)
そう願うヒースリールとは裏腹にザガンは紙一重で攻撃を躱しながら狂戦士の注意を引き付けている。おかげで兵士たちの犠牲は減っており、戦術的には正しいのだが、彼女は狂戦士の狙いを知らないため彼に指示する事を決めた。
「ザガン!その男から離れて!」
そう言った途端、狂戦士がぴくりと反応した。
彼女の方を見て「ミツケタ!!」と喋った途端、ヒースリールは全身がぞわりと震える。
(この男、私を狙ってる?)
ヒースリールは決して愚かだったわけではない。ガルド帝国という強国が神殿を敵に回してでも彼女たちの命を狙うなどと考えるのは不可能だ。
狙われる理由が全く分からない彼女だったが、すぐに行ったのは魔術と魔法を組み合わせた防御障壁を形成すること。まずは身を守ることを優先した決断はきわめて正しかった。
彼女が詠唱する間に敵も詠唱し、ほぼ同時に両者の魔法と魔術は完成する。目の前に狂戦士が転移し、彼女の障壁を攻撃した瞬間、十分に魔力を練り込んで創られた炎が狂戦士タッカーに襲い掛かった。
「アギャアアアアアアアッ!!」
ヒースリールが創り出す可燃性ガスと酸素が熱で反応し、巨体を焼き焦がしてゆく。
棍棒に組み込まれていた障壁阻害の魔法具は破壊され、タッカーは最後に愛する者の名を呼んで死亡した。ヒースリールは無我夢中で練った火の魔法がここまで威力を発揮すると思わず、唖然とした。
そして自分が焼き尽くした死体に吐き気を覚える。
(うった……吐きたいけど、我慢しないと……)
醜態を晒すわけにいかず、彼女は死にかけているザガンの元へ駆け寄った。
「大丈夫ですか?」
「ぐ……げほっ!」
ザガンは咳と共に血を吐いた。
腕と足がおかしな方向に曲がり、胸が凹んでいる。上級の魔法薬を使っても危ない状態だが、ヒースリールは魔力を流し込んで彼の体を観察した。
(肋骨が折れて肺に刺さってる。脳も出血してるわね。ええと、血管をまず治癒して……)
治癒の魔法書によって医学知識ごと魔法を植え付けられた彼女はどの器官に何をすればいいかすぐにわかり、効率良く急速にザガンの肉体を回復させる。細胞という概念さえ持たない現代の治癒魔術が遺跡から発掘される魔法薬に及ばない理由がこれだ。ただ健康で正常な肉体をイメージするだけの治癒魔術には理屈が伴っていない。
(神殿は魔法薬を複製することで利益を上げて、治癒魔術を磨いたり人体を研究しようとする人はほとんどいないのよね。皮肉だけれど、魔法薬があるせいで医学や治癒魔術の発展が疎かになってるのかも……)
ヒースリールは複雑な気持ちになり、神殿の将来に思いを馳せながらザガンに応急処置を済ませた。
続いて骨と筋肉の損傷を治癒し、万全の状態に戻した。
「どうですか?痛みや違和感はまだあります?」
「お、おお……すごく……楽になった……」
ザガンは信じられないという顔で立ち上がった。
服は血は汚れたままだが、全身を動かしてどこにも問題がないことを確かめる。そして神々しいものを見るような目でヒースリールの顔を見ると再び膝をついた。
(え?)
治癒魔法が失敗したのかと彼女は不安になったが、それは誤解だった。
「俺はあんたを……あなたを助けようと思った……すごく自惚れていた……許してほしい……」
たどたどしい敬語を使い、畏怖するザガンを見て彼女は苦笑した。
周囲を見れば現代魔術を超えた魔法使いとなったヒースリールに同じく畏怖を抱いた神殿の者たちが跪いている。
(過大評価は怖いけど、過少評価されるよりはマシと思いましょうか……)
彼女は新しく生じる問題を予感しつつも残った重傷者たちを治癒しようと思った。
その時だった。
「うわああああっ!」
男の悲鳴が上がり、全員の目がそちらを向いた。
そこにあったのは黒焦げになった狂戦士の死体がどろりと液状化し、一人の兵士を取り込む光景だった。
その最中に聞こえてきた轟音と悲鳴。神殿が襲撃されていると報告を受けた瞬間、彼女はすぐに逃げたいと思った。だが、逃げるわけにいかなかった。彼女たち3姉妹は女神の加護を受け、強大な恩寵と力を得たという噂が広まったからだ。彼女たちはそれを肯定も否定もせず誤魔化していたが、ここで逃げれば彼女たちに特別な力はないという噂が立つ。それは少しも歓迎できなかった。
(大量の鼠と大男……なんで神殿に攻め込んできたの?目的は分からないけど、神殿戦士や魔術師もいるし、今の魔法でも援護は十分にできるはず)
彼女は覚えたての魔法で襲撃者を撃退する事にそこまで危険を感じなかった。
最前線に出るわけではなく、王族の血を引いているヒースリールは魔力自体も豊富だ。魔術で防御障壁を創り出すことはできるし、それを火魔法でアレンジした反撃障壁は我ながらよく思いついたと思っている。
しかし、それを試す気などなかった。敵の狂戦士を遠目で見た瞬間、こんなものに接近するなど自殺行為だと彼女は確信した。
(火の魔法で遠距離から攻撃。それが一番無難でしょうね……って、ええ!?)
彼女はザガンが戦っているのを見て混乱した。
見習い神官として扱わせたのにこんな場所でなぜ侵入者と戦っているのか。
「あれは神子様が御慈悲をお与えになった男では?」
一人の兵士が恐る恐る聞いた。
彼女は言葉の通じないザガンを「街にいた浮浪者が神殿に救いを求めてきたのでなんとかしてあげてほしい」と見習い神官を斡旋したことを思い出す。見習いといえど神官は容易に就ける職業ではない。浮浪者などいくらでもおり、偽善だと思う者もいただろう。彼女は女神から預かったことは伏せてひたすら頼み込み、やや強引な形でザガンをねじ込んだのだ。
「おお!奴は神子様に恩を返すべく剣を取ったということですか!」
「見上げた心意気ではありませんか!」
「神官を志す者の鏡ですな!」
(え?そうなの?)
口々にザガンを称える声を聞いて彼女はまずいと思った。
彼が死んでしまえば神子は自分を頼ってきた者を救えなかったという事実が出来てしまう。
(火魔法は強力だから巻き添えになってしまうわ!ザガン!その怪物から離れて!)
そう願うヒースリールとは裏腹にザガンは紙一重で攻撃を躱しながら狂戦士の注意を引き付けている。おかげで兵士たちの犠牲は減っており、戦術的には正しいのだが、彼女は狂戦士の狙いを知らないため彼に指示する事を決めた。
「ザガン!その男から離れて!」
そう言った途端、狂戦士がぴくりと反応した。
彼女の方を見て「ミツケタ!!」と喋った途端、ヒースリールは全身がぞわりと震える。
(この男、私を狙ってる?)
ヒースリールは決して愚かだったわけではない。ガルド帝国という強国が神殿を敵に回してでも彼女たちの命を狙うなどと考えるのは不可能だ。
狙われる理由が全く分からない彼女だったが、すぐに行ったのは魔術と魔法を組み合わせた防御障壁を形成すること。まずは身を守ることを優先した決断はきわめて正しかった。
彼女が詠唱する間に敵も詠唱し、ほぼ同時に両者の魔法と魔術は完成する。目の前に狂戦士が転移し、彼女の障壁を攻撃した瞬間、十分に魔力を練り込んで創られた炎が狂戦士タッカーに襲い掛かった。
「アギャアアアアアアアッ!!」
ヒースリールが創り出す可燃性ガスと酸素が熱で反応し、巨体を焼き焦がしてゆく。
棍棒に組み込まれていた障壁阻害の魔法具は破壊され、タッカーは最後に愛する者の名を呼んで死亡した。ヒースリールは無我夢中で練った火の魔法がここまで威力を発揮すると思わず、唖然とした。
そして自分が焼き尽くした死体に吐き気を覚える。
(うった……吐きたいけど、我慢しないと……)
醜態を晒すわけにいかず、彼女は死にかけているザガンの元へ駆け寄った。
「大丈夫ですか?」
「ぐ……げほっ!」
ザガンは咳と共に血を吐いた。
腕と足がおかしな方向に曲がり、胸が凹んでいる。上級の魔法薬を使っても危ない状態だが、ヒースリールは魔力を流し込んで彼の体を観察した。
(肋骨が折れて肺に刺さってる。脳も出血してるわね。ええと、血管をまず治癒して……)
治癒の魔法書によって医学知識ごと魔法を植え付けられた彼女はどの器官に何をすればいいかすぐにわかり、効率良く急速にザガンの肉体を回復させる。細胞という概念さえ持たない現代の治癒魔術が遺跡から発掘される魔法薬に及ばない理由がこれだ。ただ健康で正常な肉体をイメージするだけの治癒魔術には理屈が伴っていない。
(神殿は魔法薬を複製することで利益を上げて、治癒魔術を磨いたり人体を研究しようとする人はほとんどいないのよね。皮肉だけれど、魔法薬があるせいで医学や治癒魔術の発展が疎かになってるのかも……)
ヒースリールは複雑な気持ちになり、神殿の将来に思いを馳せながらザガンに応急処置を済ませた。
続いて骨と筋肉の損傷を治癒し、万全の状態に戻した。
「どうですか?痛みや違和感はまだあります?」
「お、おお……すごく……楽になった……」
ザガンは信じられないという顔で立ち上がった。
服は血は汚れたままだが、全身を動かしてどこにも問題がないことを確かめる。そして神々しいものを見るような目でヒースリールの顔を見ると再び膝をついた。
(え?)
治癒魔法が失敗したのかと彼女は不安になったが、それは誤解だった。
「俺はあんたを……あなたを助けようと思った……すごく自惚れていた……許してほしい……」
たどたどしい敬語を使い、畏怖するザガンを見て彼女は苦笑した。
周囲を見れば現代魔術を超えた魔法使いとなったヒースリールに同じく畏怖を抱いた神殿の者たちが跪いている。
(過大評価は怖いけど、過少評価されるよりはマシと思いましょうか……)
彼女は新しく生じる問題を予感しつつも残った重傷者たちを治癒しようと思った。
その時だった。
「うわああああっ!」
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