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元王女、実は遊ばれていた

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 皆さん、こんばんは。
 戦争のきっかけを作った女神、エーレインよ。
 あの大トカゲを星の外へ吹っ飛ばしておけばこんな事には……って嘆いても仕方ないわね。戦争自体はユス王国とかいうのが起こしたのであって私のせいじゃないと言いたいけど、私が逆の立場なら「ちょっとくらい責任感じてよ」と思うだろうからヒースリールに1度だけ手を貸すことにしたわ。すでに何百人か何千人か死んでいるでしょうし、小さな頼みなら聞こうかなって。
 ああ、ナーシャとかいう女と協議してる時に耳打ちしたのはあの女への小さな仕返しよ。風呂に鼠をけしかけられた時は本当に参ったんだから。大国の威を笠に着てる態度も気に入らなかったし。いつかあいつのお風呂に鼠を送り込んでやろうかしら。

「私如きの願いを聞いて頂けるのでしょうか?」
「ええ」

 私がそう言ったらヒースリールはものすごく悩んでた。
 大それた願いを言えば怒られると思ったんでしょうね。でも私を待たせないために必死に考えてこう言ったわ。

「ユス王国の代表者にこちらの言葉を届ける、というのは可能でしょうか?」
「代表者?王様のこと?」
「はい」

 ごめんなさい。いくら私でも会ったことのない人は無理だわ。探すのも面倒だし。
 そう言おうと思ったけど、ふと思い出したの。あっちの国でイーロンとか呼ばれて偉そうにしてた男。あいつ、貴族っぽいし、それなりの地位にいるんじゃないかって。
 神術で確認したらなんと今まさに戦闘の指揮を取ってる風だったし、こいつでもいいんじゃない?

「王様は無理だけど軍の指揮官っぽい人にならできるわよ。どうする?」

 そう聞いたらあの子はまた悩んでたわ。
 戦闘停止にまで持っていけるか考えているんでしょうね。でも、決断したわ。

「はい、お願い致します」
「わかったわ」

 私は空間をちょちょいといじってイーロンを転移させたの。

「あら、余計な人まで来ちゃった」
「お、お前は!?」
 
 イーロンの護衛っぽい人がおまけで釣れたけど、まあ、問題ないでしょう。
 そう思ってヒースリールを見たんだけど、目を思い切り開いて口をぱくぱくさせてたわ。
 え?彼と話をしたかったんでしょう?
 っていうのは、冗談。何かを送るよりこちらに呼び出す方がずっと楽なの。びっくりした?

 

(連れてきてほしいという意味ではなかったのに!)

 ヒースリールは自分の説明が足らなかったのだろうと後悔する。
 彼女は願いを聞いてもらえるとわかった時に頭の血管が切れそうなほど熟考した。戦争を停止させるために何を頼めばいいのか。女神の力でユス王国軍を撃退したり恫喝するという願いはあまりに傲慢。かといってこの問題を解決できない頼みでは意味がない。すぐ傍の宰相に相談する時間もなく、彼女は大勢の命がかかった問題に血を吐くような思いで答えを探した。
 そして思いついたのはユス王国の代表者に言葉を届けることだった。話し合えばわかりあえると思ってはいない。相手国に警告を与えられると考えたからだ。一国の王に一方的にメッセージを送るなどどんな魔法具でも不可能な業。自分が逆の立場なら脅威を感じて戦闘を中断する。強引な解決策がとれない以上、彼女は自分が思う女神のぎりぎり許すラインを想像して全てを託すことにした。しかし、許可されなかった。

「王様は無理だけど軍の指揮官っぽい人にならできるわよ。どうする?」

 そう言われて彼女は王でないことに落胆を覚えずにいられなかった。
 しかし、女神にとってここが限界なのだろうと考えて受け入れた。
 そしてユス王国軍の2人が転移されることになる。

「あら、余計な人まで来ちゃった」
「お、お前は!?」

 ユス王国の貴族らしき男を兵士が庇い、手に持つ槍を彼女たちに向けている。
 戦闘中の貴族をこちらへ転移させるなどとヒースリールは望んでいなかった。しかも先方の了解など明らかにとっておらず、ほぼ誘拐だった。

「貴様!名はたしかエーレインだったな!奇怪な魔術師と思っていたが魔物だったか!成敗してくれる!」
「ぶ、無礼者!!」

 ヒースリールは貴族の男を叱り飛ばした。
 エーレインを怒らせるのではないかという恐怖から魔法を発動させ、2人の周囲に重力場を発生させると彼らの全身が床に叩きつけられた。

「ぐおおっ!こ、これはなんだ!体が重いッッ!」
「ま、待て!話し合おう!望みは何だ!?」

 兵士は勝機がない事を察したのか武器を捨て、投降する意思を見せた。
 ヒースリールは我に返って魔法を解く。

(危なかった……この人たちが死んだら本当に戦争が止まらなくなるのに)

 彼女は呆然とするヨルム宰相を見て交渉を促した。

「お、おお!ここは私にお任せください!お二人とも、ユス王国の貴族と騎士とお見受けします。私はロザリア王国宰相エラルハン・ヨルムです。こちらにおわすのは王女殿下ヒースリール・デルエルム・ロザリア様。そしてその妹君のベルミール様とエリーゼ様でございます。誉れを知る御方ならばお名前を聞かせて頂けますか?」
「わ、我はザーランド家当主バルフォア・ザーランドが四男、ルカリオ・ザーランドである!」
「俺はルカリオ・クロッツェ。第一飛行騎馬団の団長だ。俺たちは虜囚になったと考えてよいのか?」

 ルカリオと名乗った男は周囲を観察しながら聞いた。

「その質問に答えるために質問させて頂きたい、お二人を含むザーランド軍は我が国に侵攻している最中に転移された。この認識で間違いございませんか?」
「侵攻だと?お前たちが悪辣にも竜の遺体を盗んだからだろう!」
「イーロン様!どうかおやめください!」

 兵士は状況が分かっているらしく、身分が上の男を慌てて諫めた。
 こちらの男の方がずっと話がわかると気づいたヒースリールは宰相に目で合図すると相手も頷いた。

「悪辣とおっしゃいましたか?いかなる通告も宣戦布告もなくこちらのレーテル領に侵攻し、民と兵を殺して竜の遺体の一部を要求する。そちらの方がよほど悪辣なのでは?」
「何を言うか!竜の遺体を盗む兵たちを私がこの目で見たのだ!」
「なるほど……そちらのルカリオ様も同じ意見ですか?」
「む……」

 話を振られた彼は一瞬言葉に詰まった。
 そしてちらりと隣のイーロンを見てから言葉を選んで話し始める。

「俺たちが竜の遺体を発見した時、レーテル領の兵士たちが竜の頭部を馬で運んでいた」
「それはそちらの領土に侵入して盗んだということですか?」
「……竜の頭部は国境である丘の真上に血痕があった。それがレーテル領まで続いており、むこうの兵士が移動させた可能性がある。少なくとも疑って然るべき状況だ」
「そうだ!」
「では、我が国に正式に抗議したのですか?」
「その間に竜の遺体を売却される可能性があった。そちらは通告なしに侵攻したと言うが、国境線上に出現したものをこちらに何の通告も協議もなしに持ち去ることにこそ問題がある。我々は竜の胴体を少しも動かしていない」
「胴体はこの話と関係がありません。話を反らさないで頂きたい」

 舌戦が繰り広げられる中、ヒースリールはちらりと部屋の隅を見た。
 そこではエーレインが椅子に腰を下ろして暇そうにしていた。
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