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団長、敵地で頭を抱える

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 俺、ルカリオ・クロッツェは生きた心地がしなかった。
 戦争を吹っ掛けた敵国のど真ん中に転移させられたんだからな。転移の魔術や魔法具ってのはそこまで便利な物じゃなかったはずだ。でなけきゃ技術大国は他の国の人間を暗殺し放題になってるはずだろ。そんな技術はガルド帝国にもない。今までそう思ってたんだよ。だが、ロザリア王国って小国は悪魔みたいな方法を見つけたらしいな。
 目の前にいるエーレインって魔術師は俺が恐れた以上の怪物だ。いや、羽が生えてるし、そもそも人類じゃないのか。

「俺たちは虜囚になったと考えてよいのか?」

 お互いの自己紹介を終えてから俺は確認した。
 イーロン様に交渉させる気はない。少しも向いてないし、発言の責任を問われるなら俺の方が都合がいい。場合によっちゃ俺だけがなぶり殺しにされるだけですむかもしれない。
 ヨルムって宰相と話をするうちに俺はどんどん追い詰められていった。俺も知恵を絞って話を反らしたり詭弁を出してみたがそもそも俺たちの非が圧倒的に多いのは事実だ。

「我々は竜の胴体を少しも動かしていない」
「胴体はこの話と関係がありません。話を反らさないで頂きたい」

 ちいっ。駄目か。
 俺も口は立つ方で捕虜の聞き取りもするが政治家じゃないんだ。本職に勝てるわけないだろ。
 だが、別の理由で俺は安堵してた。こいつらは俺とイーロン様を殺すために転移させたわけじゃない。ここで俺たちが殺されたら戦争は止まらないどころか加速する。ヨルムって宰相はそこの道理がちゃんとわかってる。だから虜囚として最低限の身分は保証されるはずだ。

「では、ザーランド領はこれ以上戦火を広げる意志はないと?」

 宰相は俺に聞いた。

「そちらが望んでいない限りはそうなる」

 こっちは虚勢を張って答える。だが、決して喧嘩を売らず、礼儀正しくするのが虜囚の常道。戦争経験のある爺さん連中の話を聞いててよかったぜ。

「では、即時停戦命令を出して頂けますか?」
「イーロン様と俺の身の安全を保障してくれるなら出そう」
「良いでしょう」

 俺は王女のヒスリールって子を見た。
 美人だからじゃない。宰相一人が保証するより安全だからだ。
 体がいきなり重くなる魔術はかなり効いたぜ。ありゃ何だ?古代魔術か?強制転移ほど恐ろしくはないが、そっちも情報収集しておきたいもんだ。

「お二人の安全を保障しましょう」

 彼女は綺麗な声で言った。
 良い子だ。戦争なんて言葉を聞くのも嫌って感じだな。イーロン様もこんな人間だったら……いや、そいつはまずいな。魔物と戦い続ける俺らの国に愛や慈悲なんて邪魔だ。今回も戦争を引き起こした張本人だが、国民を守るためなら巨大な魔物に飛び掛かっていく気概があるんだぜ。もうちょっと思慮深くなってくれりゃあな。

「こちらはルカリオ団長だ。応答しろ」
「団長!ご無事でしたか!」

 通信用魔法具からすぐに応答があった。
 ここが通信圏内で良かった。

「イーロン様は無事だ。よく聞け。全部隊に戦闘停止を命じる。今すぐ戦闘を停止して首都外に待機せよ」

 いきなり撤退はできないんだよ。
 こちらにも体裁ってものがある。ヨルム宰相をちらっと見ると満足はしてないが許可するって顔だ。話がわかるってのは本当に助かるな!
 
「ルカリオ、本当にこれでよいのか?竜の遺体は……」

 通信を終えた後でイーロン様は不満そうに言った。
 俺は今日に限っては自信をもって答えられた。

「これでよいと愚考します。我々の勇猛さを世界に知らしめるには十分です。あとはご領主様や国王陛下がご判断されることです」

 そう言うしかなかった。
 俺たちは不法侵入と大量虐殺をした悪者ですとは言えないからな。
 まず確実に賠償請求されるだろうな。領土の割譲も求められるか?

「そうか。ところであの宰相はなぜユス王国の言葉が通じるのだ?」
「え?」

 そう言われて俺はぞっとした。
 今まで当たり前のように話していたがあの宰相も王女もユス王国語を話してはいない。ロザリア王国は西方由来の大陸語。ユス王国は東部共通語を話し、おそらくあの2人もその言語を使っているのに頭が当たり前のように理解してしまう。強制転移されるという非常事態に気を取られてその異常さに気づかなかった。

「あー、それは私の親切よ」

 椅子に座っているあの女魔術師が答えをくれた。

「あっちの3人姉妹はいつもこうだけど、あのおじさんは今だけ通じるようにしておいたの。おかげで問題なく会話できたでしょう?」

 新種の魔術?それとも古代魔術か?
 このエーレインという女も別の言語を喋っている。
 しかも聞いたことのない言葉だ。どうなってる?
 そういえば宰相がした面々の自己紹介にもこの女は含まれていなかった。

「お前は何者だ?」
「言葉遣いにお気をつけください」

 ヒースリールという王女様が俺を見て言った。
 そういえば俺とイーロン様に無礼者と叫んでたな。まるで王女である自分より上に置いてるみたいじゃないか。
 
「停戦したとはいえまだ和平も結んでいません。お二人に話す義務がありますか?」
「我らを強制的に呼び出したのだ。説明くらいして……」
「わかった!これ以上は聞かない!失礼したな!」

 俺はイーロン様の言葉を遮った。
 許してくださいよ。俺はようやく気づいたんだ。この国はもう破綻しかけた小国家じゃない。他人を好き勝手に転移できる化け物国家だ。仮にさっきの転移が百年に一度しか使えないようなものでも確かめようがない。俺たちが転移さされた一件は凄まじい宣伝になってどこの国も手を組みたがるだろう。俺たちはその国に侵攻したんだ。クソ。竜の遺体はもう問題じゃない。あれを全部くれてやってでも和平を結ばないとやばいことになる。
 そう思ってると俺の通信魔法具が反応した。 

「出ても構わないか?」
「どうぞ」

 ヨルム宰相が許可してくれた。
 起動させるなり部下が大声で言った。

「団長!レーテル領首都で異常が起きてます!」
「何だと?部隊は外まで撤退したんだろう?」

 俺は部隊が暴走したんじゃないかと肝を冷やした。
 だが、そうじゃなかった。

「黒い何かが!魔物?いえ、巨大な粘液のようなものが人を襲っています!」
「あらら」

 間の抜けた声はエーレインだった。
 そっちを見ると、おいおい、なんで両目がうっすらと緑色に光ってるんだよ。
 まさか首都が見えてるのか?魔眼ってやつはそこまで長距離観測は無理なはずだろ?
 
「どうかされましたか?」

 王女様が恐る恐る聞いた。
 俺は部下の報告を聞いてる振りをしてそっちに意識を集中させた。

「竜の首に誰かが悪戯したみたい。むこうの首都、たぶん全滅するわね」

 大したことじゃないみたいに言うなよ。
 まるでむこうの化け物よりあんたの方が強いみたいだぞ。嘘だよな?
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