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赤い竜

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 騎士団長ルカリオだ。
 俺が仕えてる貴族のイーロン様が生き返った。違う。俺の飛行騎馬隊が丸ごと生き返った。違う。首都で死んだ者が大勢、おそらく全員生き返った。負傷してる奴らも全員完治してる。
 俺たちはどういう状況にいるんだ?ここまでド派手な事をやられると笑うしかないぞ。
 一つだけわかったことがある。エーレイン、あいつは神か悪魔だ。どうせなら神であってほしいが。
 
 あらかたの問題は片付いたが、新しい問題が一つ生まれた。エーレインが生き返らせた中にはあの恐ろしい竜も含まれてた。そこは生き返らせるなよ。といっても黒い方じゃなくて死ぬ前の竜らしい。いくらか物分かりはいいし、思念波ってやつで会話ができるらしく、今のところ危険はない。そいつはエーレインに強い敬意、いや、関心?好意か?よくわからんが、彼女の仲間になりたいらしく、今、必死に自分を売り込んでいる。

「俺様は役に立ってみせる!お前の仲間にしてくれ!」
「いらない」
「そんな事を言うな!俺様は誰よりも早く飛べるぞ!」
「私より?」
「それは……自信ないが、お前の次に早く飛べる」
「意味ないでしょう。転移も出来ないし」
「すぐに覚える。教えてくれ!」

 こんな調子だ。
 竜はどんな生き物とも会話できるって伝説は聞いたが、本当なんだな。
 だが、伝説上の生き物が仲間になりたいと願うエーレインはなんだ?
 もう勝ち目があるかないとかいう話じゃない。エーレインと竜。こんな超越的な存在に睨まれたら国ごと吹き飛ばされそうだ。ヒースリールはその女から目をかけられてるんだよな?だったらこの子も敵に回せない。彼女がいるロザリア王国も敵に回せない。俺らの隣に正真正銘の神国ができちまったぞ。

「あれ?そういえばこの竜……えっと、名前はあるんですか?」

 ヒースリールが聞いた。
 お前は怖くないのか?

「グラブレアだ」
「グラブレア様の遺体の胴体はどうなったんですか?」

 ヒースリールの素朴な疑問。目の付け所がいいな。
 確かに気になる。俺らの領地にある胴体はそのままなのか?

「ええとね……あ、消えてるわ」

 魔眼で確認したらしいな。おいおい、うちの領の財産がなくなったじゃないかよ。
 まあ、今更どうでもいいか。これで紛争の種は丸ごと消えたわけだ。首都の連中も生き返ったし、戦争はなかった事にできないか?ああ、わかってる。無理だよな。まあ、このエーレインと竜に比べたら小さな問題だからいいが。

「だからついてこないでって」
「嫌だ!俺様はついていくぞ!」
「ああぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 竜はエーレインの代わりに王女様に大きな手でしがみついた。
 体がすっぽり隠れてるぞ。中で握り潰されてないか?「出してください!」って声が聞こえるから大丈夫か。

「星の彼方へ吹っ飛ばすわよ」

 エーレインが掌を竜に向けた。
 あ、終わったな。

「や、やめろーっ!」
「ま、待ってください!」

 おお、王女様が竜をかばったぞ。
 面白い光景だ。喜劇に出せそうだな。

「グラブレア様もその……せっかく生き返ったんですし、もう悪い事しませんよね?」
「ああ!もうしない!」
「私の国に来るならしばらくの間は人の少ない土地に住んでもらえますか?人前に出るとみんなが怖……驚くので」
「そうなのか?まあ、お前たち人間は怖がりだからな。ふははは」

 お前、さっきエーレインを怖がってただろ。それは笑い所か?笑えばいいのか?
 てか、竜はやっぱりロザリア王国に住むのか。問題山済みだな。
 さて、俺はこいつらの話を部下に聞かせてイーロン様と話をする事にした。

「イーロン様、我々は再び虜囚の身になるべきだと愚考します」
「その件だが、なぜだ?」
「彼らと接点を作り、むこうの国を見ておきたいんです」

 俺はロザリア王国にしばらく身を置くべきだと考えた。
 この目でしっかりと観察したいんだ。可能ならヒースリール王女様や、できればやめておきたい気もするがエーレインを近くで観察したい。ああ、あと竜もな。こいつら3人……2人と1頭はザーランド領にとってもユス王国にとっても最重要人物だ。彼女らの気分次第で世界がどんな影響を受けるかわかったもんじゃない。俺とイーロン様2人が領の戦力から抜けるのは少し痛手だが、得るものに比べたら些細な事だ。
 そういう事情をイーロン様に話しておくとすぐに納得してくれた。
 ああ、この会話をエーレインが聞いてても別にいいぜ。俺たちなんて眼中にないに決まってる。

「なるほど。理解できた。あいつの傍にいるのは不安だが……」

 イーロン様はエーレインを不気味な目で見た。
 気持ちはわかるが、自重してくれよ。あいつにだって感情はあるんだ。何かの拍子に世界を滅ぼされたらどうするんだよ。俺は責任持てないぜ。ああ、世界が滅んだら気にしなくていいか。やばい。こんな冗談でも笑いそうだ。自分の仲間が蘇生するとこうも楽しい気分になるんだな。

「じゃ、転移するのは面倒だから飛んできなさい」
「わかった!王都は向こうだな!俺様は速いぞ!すぐに追いついてみせる!」
「じゃあ、戻るわよ」

 おっと。帰還するみたいだな。
 あの転移酔いはどうにかならないのか。
 そう思いながら目の前の景色が歪んだ。

「お姉さま!」
「大丈夫でしたか!?」

 一瞬でロザリア王国へ。
 ヒースリールの妹さんたちがお出迎えだ。
 宰相もいるな。

「うぅ……」

 王女様はまた酔ってる。
 俺とイーロン様もけっこうきつい。
 あれ?エーレインも気持ち悪そうな顔してないか?自分も酔ってるとか?まさかな。

「ヒースリール様、ご無事で何よりです!あちらの状況はどうなりましたか?」
「ええと、話すことがとても多いです」

 宰相に答える王女様。
 それは控えめな言い方だな。戦争で死んだ連中がまるごと蘇ったんだ。この宰相になんて言う?
 この話はレーテル領からすぐに広まるだろうな。奇跡の目撃者と体験者は山ほどにいるんだ。だが、誰がやったかは少数の関係者しか知らない。そういう意味ではこの王都は群衆に取り囲まれずに済むか。だが、俺らの国はもうあんた達を要注意人物に定めてるし、他の国に知られるのも時間の問題だ。情報ってのは駆け引きで使われるからな。このままだとロザリア王国にべったりの国と敵対する国に分かれるんじゃないか?
 もしもそんな事が起きたら俺たちの国はどっちに付くべきか。おっと。俺がいくら考えても仕方ないか。ご領主様や国王陛下にしっかり悩んで頂かなきゃ。そういえばもう夜中じゃないかよ。夜食が欲しいけど出るのか?出ないよな?じゃあ、風呂を浴びてぐっすり眠りたいな。
 そう思ってたが、1日はまだ終わってなかった。
 城の外から魔法具で拡声された老人の声が響き渡ったんだ。

「エーレイン殿!某はガルド帝国魔導院議長サルタン・ウォーロッド!!面会を希望します!」

 竜の次は帝国の英雄か。今日は冗談が多いな。いいぜ。思い切り笑ってやるよ。
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