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皇帝、強制召喚される

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「「エーレイン殿!某はガルド帝国魔導院議長サルタン・ウォーロッド!!面会を希望します!」

 拡声魔法具によって夜の沈黙は破られた。
 兵士や貴族、平民は外やバルコニーに出て声の主を探す。
 ヒースリール達も同じように外に出てみると上空に声の主がいた。真っ赤なローブに身を包み、白髪と長い髭を生やす老人が杖を持って城を見下ろしていた。

「あれが帝国の英雄……?」
「みたいね」

 ヒースリールのつぶやきに答えたエーレイン。
 彼女を見たサルタンは片目を押さえ、不気味な笑顔を見せて彼女の方へ降下してきた。

「たった今、魔眼が潰れましたぞ!報告にあった調査系魔術への反撃!やはり貴女様が噂の女神エーレイン殿ですかな!?」

 そう言った彼はなんと自分の片方の眼球を取り外して放り捨てた。
 そして皴だらけの掌を空中に伸ばすと手の先が消失し、戻した時には新しい眼球が摘ままれていた。それを目にはめ込むと左右対称の顔になった。義眼でないことはぎょろぎょろと動くことでわかり、眼球移植という帝国の先端技術を見せられた数人は驚愕する。

「で?」

 狂喜する老人を前にダルそうなエーレインは肯定も否定もせず、用件を言うように促す。

「貴女様が持つ素晴らしい魔法知識を提供して頂きたい!報酬は如何様にでも用意しましょう!」
「嫌」
「私が持つ地位と財産その他全てをお譲りしても?」
「いらない」

 たった一言で済まされる拒絶にサルタンは予想通りという表情を見せる。

「でしょうな。くくく、私も正直にいえば興味がございません。ですが、私の予想では貴女様は静かで誰にも煩わされない生活を求めておいででは?ユス王国の山中に家を建てるくらいです。帝国の好きな山を差し上げますぞ。霊峰シャンバルなどいかがでしょう?あそこに魔物はおらず、全ての種族の立ち入りが禁じられております」
「マジか……」

 ルカリオのつぶやきだった。
 サルタンの情報網と帝国の霊峰を差し出すこと。2つへの驚きだ。

「霊峰って何?」
「おお、ご興味を持っていただけますか!?」

 狂喜の笑みがさらに歪みを増した。
 周囲の者たちはハラハラして二人のやり取りを見守る。
 ヒースリールは最悪の事態を想像して口を挟みたかったが、エーレインはロザリア王国と何の関係も結んでいない。個人的に微かな縁があるだけで、エーレインが会話を許している時点でサルタンにも自分と同じ権利が認められている。口を挟めばエーレインの邪魔をしたとみなされかねず、ただ見ていることしかできなかった。

「霊峰シャンバルは龍脈が交差し、魔力溜まりが生命を栄えさせる素晴らしき場所です。春夏秋冬で色彩が変わり、春はウスベニクラが咲き誇り、山一面が桃色に……」

 彼がセールストークを開始していると空に風を切る音が生まれ、それは接近してきた。

「ぅぉぉぉぉぉおおおおおおおっ!!」

 赤竜グラブレアが城の上空で停止し、突風が生まれた。
 あちこちで悲鳴が上がり、警鐘が鳴らされる。

「どうだ!俺様は速いだろう!」
「おお!おお!古代竜も蘇らせましたか!素晴らしい!」

 サルタンは宝石を見る商人のように目を輝かせた。
 それを見下ろすグラブレアは首を傾げた。

「なんだ、貴様は?」
「あ、そういえば」

 エーレインは何かを思い出して言った。

「彼の死体に細工をしたのはあんたよね?おかげで死ぬほど面倒くさい事になったんだけど、責任とるの?」

 その場の空気が凍った。
 レーテル領首都を滅ぼしかけた粘液の魔物。その犯人が帝国の英雄となればロザリア王国はガルド帝国と敵対していることになる。ルカリオだけはそれを予想していたらしく驚きが少ない。
 サルタンは髭をさすって目を細めた。

「なぜそう思われるのですか?」
「知ってるからよ。で、どうするの?」
 
 冷えた空気が徐々に張り詰め、剣呑な空気が流れた。
 何人かが二人から距離を取る。

「う~む、そうですなぁ」

 サルタンの手が空間のポケットに入り、虹色に光る珠を取り出した。
 それは空中に溶け出し、その場にいる全員を飲み込んだ。
 とエーレイン以外の全員が思ったが、虹色の空間は消失してサルタンが目を開けたまま床に倒れていた。
 女神に攻撃を仕掛け、自動反撃を受けた結果だ。

「あの……この方は……」
「死んだわよ」

 ヒースリールの問いに女神はさらりと言った。
 帝国の英雄が死んだことで周囲は驚愕と恐怖、その他様々な感情が交差する。
 しかし、エーレインは「はあ」と大きなため息をつくと指先で空中に何かを描いた。
 メンドクサイ。メンドクサイ。メンドクサイ。そんな呪文のような不満を唱えている。

「ええと、こっちじゃなくて……こっちか。ついでにこいつも。場所を変えましょうか。どこかの会議室って空いてる?」
「え?あの……ヨルム宰相!」
「もちろん空いてございますとも!」

 ヒースリールに助けを求められ、宰相は一も二もなく部屋の使用を許可した。
 エーレインは指先で何かを描き続け、宰相に連れられて会議室に向かってゆく。全員がその後ろをついて行った。

「ルカリオ、あの死体は放置していいのか?」
「わかりません。たぶんそれどころじゃない何かが始まりますよ」
「お姉さま、何が始まるんでしょう?」
「エリーゼ、今は女神様にお任せしましょう。ねえ、お姉さま?」
「ええ」
「おおおおい!俺様は部屋に入れないぞ!どうするんだあああああ!?」
「窓から覗けます!中庭へ移動してくだされ!」

 宰相にそう言われた赤竜は羽音と突風を起こした。
 会議室には長卓と20人分の椅子が置かれており、エーレインは適当な椅子に座った。

「じゃあ、始めるわね」

 何を?
 全員が聞きたかったが、エーレインが空中の何かを引っ張る動作をした、
 すると光の粒子が出現し、赤いローブを着た老人がどさりと落ちてきた。先ほどのサルタンと瓜二つの容姿だ。
 彼は周囲を見渡して驚愕に包まれている。

「な、なんと!?」
「え!?さっきの人は……ど、どういうことですか?」
「こいつがサルタンよ。さっきのは複製、まあ、双子みたいなものね。あと何人かいるけど、これが本体」
「某を強制転移させるとは!まったく素晴らし……ンンーーーッ!」

 エーレインが指を振ると創造されたロープがサルタンを縛り付けた。
 轡まで嵌められて床に転がる。

「ついでにこいつも」
「うおおおおっ!」

 煌びやかな衣装と数々の魔法具に身を包んだ男がサルタンの横に出現した。
 こちらはすでにロープで拘束されている。

「な、何が起きた!?ここは!?」
「ロザリア王国よ。さあ、皇帝、どう責任とるか言いなさい」
「こ、皇帝!?」

 宰相がそう叫んだ。エーレイン以外の誰もが卒倒しかけている。
 ガルド帝国第14代皇帝ゼラフォード・マクシム・ウィンガルド。
 彼は無数の兵士と魔術、魔法で守られる城から強制転移されていた。
 こうして女神主催の緊急協議会が開始された。
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