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団長、相談される

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「イーロン!お前如きが議員になるなどあまりに分不相応だ!」

 机をドンと叩く音が部屋に響いた。
 あー、うざったい。俺、ルカリオは感情を顔に出さない訓練だと思ってイーロン様と共にしばらく聞いてたが、そろそろ限界な気がしてきた。何がかって?イーロン様の2個上の兄、ハロン・ザーランド様のありがたいお言葉だよ。

「兄上が認めずとも父上と陛下の了承を得ているのです」
「お前自身はどうかと聞いている?国家の未来を背負う王国評議員をたかが騎士団の団員が担うなどおこがましいと思わんのか?」
「何を仰りたいのですか?」

 ハロンの野郎、おっと、ハロン様は功名心と自尊心を隠したつもりで椅子から身を乗り出す。
 言いたいことはわかってるよ。

「そのような下命は身に余るとお前が主張すればいいのだ!そしてその大役を担うのは私、ハロン・ザーランドこそ相応しいと!」

 あー、はいはい。寝言は寝て言えよ。
 ザーランド家の三男であるハロン様は自分より出世しそうなイーロン様に大層ご立腹し、焦っておられるらしい。まあ、騎士団員になった弟がいきなり評議員だもんな。ありえない出世だ。嫉妬を感じるのは当然。自分が都の政治家を目指してるなら余計にな。
 だが、感情丸出しで嫉妬するのはみっともないし、それじゃ政治家になれないぜ。平民の俺は口が裂けてもそう言えないからそろそろイーロン様から「ご領主様のご決定なされた事に異議を唱えるのですか?」と脅して頂きましょうか。目でそう合図しようとしたところで通信の魔法具が反応した。
 通信元は……おっと!こいつはやべえ!

「イーロン様!」
「黙れ、ルカリオ!無礼だぞ!」

 ハロン様が飼い犬を叱るように俺に言った。
 普通ならその通りだが今回ばかりは従えないぜ。

「他国より通信です!火急の用件かと!」
「何!?」

 イーロン様はすぐに察してくれた。
 今の俺たちにとって他国ってのはロザリア共和国しかありえない。

「兄上、申し訳ありませんが話はまたいずれ!」
「お、おい!」

 俺たちはうざい男から逃げ出して部屋を変える事に成功した。
 鍵は閉めて盗聴防止の魔法具を起動。よし。
 俺たちが急いだのはロザリア共和国からの直接通信だからだ。政府同士の交渉なら俺に話を寄こすわけがない。とすれば相手はたった一人しかいない。

「待たせてすまない。ルカリオ・クロッツェだ」
「ヒースリールです。お時間よろしいですか?」

 やっぱりな。俺たちは最低限の信頼を置く他国の相談相手として使ってほしいと彼女に伝え、むこうも了承してくれた。個人用の通信魔法具を贈ったんだが、さっそく点数稼ぎと情報収集の機会が来たか。

「無論だ!相談なら乗るぞ、ヒースリール卿!」

 イーロン様が嬉しそうに言った。言ってしまった。
 ありゃりゃ、ご領主様から忠告されたことを忘れましたか?
 おっ、自分でも気づいたらしく顔をしかめたぞ。

「コホンッ。時間はある。卿自らのご連絡とは差し迫った事態か?」
「まずこちらの状況を説明します」

 ヒースリール卿はむこうの出来事を簡潔に述べた。
 ユステナル連邦とヒュドル王国の大使と護衛達が乱闘?負傷者が出て、神殿に入れるか揉めてる?おいおい、胡散臭すぎるぞ。工作の可能性は十分にある。彼女もそれが気になってこっちの意見を聞きたいってことか。エーレインがその問題に口を出さないのが気になるが、そこは保留しておこう。

「状況はわかりました。まず、その件が工作だとしてもユス王国は関わってません。そこは私とイーロン様が断言します。左様ですね?」
「無論だ」

 イーロン様は当然という表情だ。
 厳密には俺たちが知らされてない可能性もあるんだが、ユステナル連邦の名を騙るとは思えない。

「神殿の外にいるヒュドル王国の大使が本物であれ偽物であれ、絶対に神殿に入れるべきでなく、ヒースリール卿が近づくべきでもありません」
「やはりそう思いますか?」
「はい」

 むこうも常識的に判断してるらしい。自称大使とその護衛という集団を助ける事には3つの危険がある。
1、そいつらが受けた毒物や魔術が神殿側に降りかかる。
2、そいつらを治せても治せなくてもヒースリール卿を抱える神殿の能力と考え方が外部に漏れ、彼女と接触するために似たようなことが起きる。
3、そいつらが本物だとして何らかの陳情をしたり、問題を押し付けてくる。
 ヒュドル王国は東にあるルーク王国よりもさらに北東へ行ったところにある小国だ。旧ロザリア王国よりも国土人口共に小さく、ロザリア共和国ともユス王国とも国交はないに等しい。その大使たちが本物だったとしても危険と釣り合うものがあるとは全く思えないんだよな。

「というのが理由です。イーロン様から何かございますか?」
「うーむ、神殿が負傷者を救助できない負の評判は生まれるかもしれないが、助ける理由としては薄すぎるな」
「そうですか……」

 ヒースリール卿の感情を抑えた声が聞こえた。
 わかるぜ。俺も体験した高度な治癒魔術、いや、どう見ても治癒魔法か。あれを使えば救えるかもしれない患者がいるからな。あえて説明しなかったがその乱闘はヒースリール卿への嫌がらせって目的もあるのか?だとしたら首謀者は早いうちに首を真っ二つに……おっと。同情は禁物だ。冷静になれよ、俺。
 今は有益な意見を出すべきだ。もちろん俺たちの国とむこうの両方にとってな。

「彼らを神殿に入れるかどうか以前に首都にそのまま置く事自体が危険かもしれません。とはいえ、転移陣でどこかへ送ろうにも転移先に被害が出かねません」
「ええ、確かに」

 ヒースリール卿はそこまで考えてなかったっぽいな。
 声に焦りが生まれてる。演技かもしれないが。

「ないとは思いますが、彼らを素早く遠くへ運ぶ方法はありませんか?毒などにかかる心配のない強靭な運び手がいれば理想的です」
「運ぶ方法……」

 俺がそう言うと彼女はしばらく沈黙した。
 イーロン様もうつむいて熟考し、そして何かを思いついたように顔を上げた。

「むっ!ヒースリール卿、上手くいけば神殿も其方も安全を保ったまま彼らを治療できるかもしれんぞ」

 おっ。イーロン様、何か良い案が見つかりましたか?
 実を言えば俺にはすでに一案があって、できればイーロン様から提案してほしいから話を誘導してみたんだ。
 さて。同じ答えだといいんだが……。
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