上 下
49 / 50

誠意には誠意を

しおりを挟む

「皆様は赤竜様の気まぐれでここに連れてこられたことにして頂きます」

 私、ヒースリールは全員を治癒した後に言った。
 ユス王国のルカリオ様とイーロン様からそのアイデアをもらった時は大胆すぎて驚いたけど、考えてみると悪くはない。神殿と首都から危険を遠ざけ、他者の目からはグラブレア様個人の意思で動き、私たちは一切関わらなかったように見せる。もちろん疑う者はいるだろうけど、この人たちさえ口裏を合わせれば問題ない。口裏を合わせるつもりがあれば。

「体は神殿の魔法薬で治癒した。それを表向きの事実として頂きたいのですが、構いませんか?」
「もちろんでございます!」

 ルェードリンというヒュドル王国から来た大使は跪いて言った。
 
「格別な御慈悲を頂き、ありがとうございます!命を救って頂いた御恩は生涯忘れはしません!」

 私はそれを聞いてグラブレア様を見た。
 うむうむと彼は頷く。嘘はついていないということ。
 よかった。彼女たちが襲撃者と結託していたら生きて返すわけにいかなかった。

「ところで神殿の前で何が起きたのですか?」
「はい。私たちが神殿の前でヒースリール光機卿とご面談する機会を頂けないかとお聞きしたところ……」

 ルェードリン様はその場で起きたことを話してくれた。
 ユステナル連邦の使者が横入りし、奇妙な理由で斬りかかってきた。共和国が後で調べるでしょうけど、おそらく裏があると思う。この人たちは利用されただけね。

「なるほど。では、ルェードリン様、すぐそこにサルベの街があります」

 私は視界に入っている都市を指した。

「ここは魔物も少ないですし、歩いてお戻りいただけますか?」
「え?」
「私たちもいつまでも神殿を空けるわけにいきません。貴女方を連れて戻るのは特別扱いが過ぎますでしょう?」

 ルェードリン様はここで放置されると思わなかったのでしょうね。
 でも、ここから先は自分で何とかしてもらわないと。
 そう思って踵を返す。

「お、お待ちください!ヒースリール光機卿!」

 予想通り、呼び止められた。
 でも、ここで話を聞いていたら他の国々や人々に示しがつかない。すでに限界以上の配慮をしたのだから。

「これ以上の配慮をご希望ですか?先ほど、この恩は忘れないとルェードリン様は仰いました。その言葉を守って頂けると私は信じています」

 私がそう言うと彼女は言葉に詰まった。
 そう。これは公式の会談じゃない。話をすると約束した覚えもないのだからこの機会に嘆願や陳情をするのは紛れもなく不遜。厚かましい態度になる。
 どんな願いだろうと話を聞く態度さえ示してはいけませんとルカリオ様に言われたけれど、私もそう思う。そんな事をすれば次もワガママが通ると思ってしまうのが人間だから。

「大変……ご無礼を致しました……」
「ルェードリン様!」

 一人の兵士が止めようとしたけど彼女は跪いたまま深く頭を下げた。
 打ちひしがれるという言葉がぴったり当てはまる。彼女も大きな問題を抱えているのでしょうね。良心がずきずきと痛むけれど、私にも守るものがある。本当にごめんなさい。

「大恩に対して言葉以外の御礼さえしておりませんでした。せめてものお詫びにこちらをお受け取り下けますか?」

 彼女は1冊の本を取り出した。
 私の心臓がどくんと高鳴る。あれは魔法書。どうにかして集めたいと私が思っていたもの。この人たち、まさかそれを知っているの?いえ、そんなはずがない。

「ヒュドル王国にて保管されていた魔法書でございます。小さな国ゆえ金銭や宝石などをご用意できないことをお許し下さい」
「……王国にとって価値あるものなのでしょう。頂けません」

 一度は拒否しないとまずいわ。
 魔法書をこちらが探していると気付かれたら弱みを握られたも同然になる。他の国々もそれに気づいて魔法書を探し回り、確保した後に見返りを要求してくるのは目に見えてる。

「命を救われた対価に何もお渡しできないのでは我が王国の恥となります。正式な御礼は日を改めて差し上げますが、ひとまずはお納めください」

 ルェードリン様はそう言って魔法書を差し出す。
 私はグラブレア様を見た。嘘や邪な感情があったら知らせてほしいと事前に頼んである彼は「ん?別に問題ないぞ」という風に頷いた。

「では、ひとまず預からせて頂きます」

 私はそう言って魔法書を受け取った。
 グラブレア様の背中に乗り、飛び去ると彼女たちはすぐに大地の彼方に遠ざかって見えなくなった。

「お姉さま!それはひょっとして魔法書では!?」
「新しい魔法が覚えられるではないですか!?」 
「んん?何だ?それは貴重な物だったのか?」

 妹たちとグラブレア様の声を聞きながら私は考えた。
 彼女たちはこの本の価値を知らない。これは詐取にならないのかしら。何かしらの形で彼女たちの役に立たないといけない気がする。いいえ、そうしないとエーレイン様に顔向けできない。
 あの御方が言われていた帳尻合わせ。私もそれをしてみようと思う。
 そういえばあの御方は今頃どこにいらっしゃるんだろう?



 竜が飛び立った後、ルェードリンは草むらに膝まづいたままだった。
 兵士たちは無念そうにその哀れな姿を見る事しかできない。

「ルェードリン様、いえ、殿下」

 一人の兵士は人目がないので彼女に通常の呼称を用いた。

「これでよろしかったのですか?」
「少なくとも我らは恥知らずでないと証明しました……これでよいのです……」
「殿下!ヒースリール卿は我らを見放したわけではありません!」

 兵士の中では敏いと評判のアーデンという男が言った。

「アーデン、どういう意味だ?」
「先ほど卿は仰いました。あの魔法書はひとまず預かると。本についてもう一度協議する機会を設けるということではありませんか?」

 そう言われて彼女ははっとしたように顔を上げた。

「そういえば……」
「大変遠回りですが、卿は私たちの誠意に応えてくださいました。ロザリア首都に戻りましょう。神殿から魔法薬を頂いたことに対してお礼を述べたいと言えば無碍には扱われないと愚考いたします」
「す、すぐに街へ行って馬車の手配を!」
「はっ!」

 ルェードリンの護衛の一人は草原を走り出した。
 その時、彼女たちの様子を見ていた超越的な存在はこう言った。

「へー、こんな形で魔法書が手に入るなんて。善い行いは報われるのねー」
しおりを挟む

処理中です...