ヒオクダルスの二重螺旋

矢崎未紗

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第14話 裏切りの操言士と四分力

1.二人目(上)

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「申し訳ございません。まさかこんなに早くご到着されるとは思わず、もてなしの用意が間に合っておりませんで」

「よい。こちらの都合だからな。話ができればそれでいい。過度のもてなしは不要だ」

 主のその発言を、色黒の肌の護衛騎士は黙って聞いていた。
 一国の長と話すための会場と茶請けの用意だけでも、迎える側にとっては一大事である。
 案内された応接室のソファに腰を下ろした女性は、ホストのその心を知ってか知らずか、それとも本当にもてなし不要で構わないと思っているのか、それ以上何も言わず、この都市部の長の着席を待っている。

街長まちおさ、少しよろしいですか」

 街長個人の私邸の中には、使用人たちの足音が慌ただしく響いている。そのひとつが廊下で止まり、街長を呼び止めた。

「なんだ」
「パーヴァルの里長から緊急の連絡でこれが」

 使用人が差し出した手紙を街長はひったくるように受け取り、中を検めた。そしてそこに書かれている内容を読んで言葉を失う。

「これはどうしたものか……」

 この内容は、今しがた到着した人物に伝えるべきか否か。それとも秘しておいて、別途対応すべきか。いや、迷いなど許されない。長としてひとつの都市部を預かる身にとって、隠し事は何にも勝る罪だ。特に、今代への隠し事が許された試しはない。
 街長は告げようと思っていたすべての事案の優先順位を下げて、手紙を持つ手に力を込めた。


     ◆◇◆◇◆


「はああああっ!? あなた、何言ってんの!?」

 狭い空き家の中に、紅雷の悲鳴にも似た絶叫が響く。その声の大きさに、思わず大人の男性陣は顔をしかめた。

「違うから! 紀更様の言従士はあたしなの! あなたじゃないの!」
「なんでだよ。お前、いま言ったじゃないか。自分でわかるって!」
「はあ? じゃああなた、あたしみたいに紀更様のことが大好きなの!? 会いたくて仕方なかったって!? 紀更様のために何でもしたいって!? 本当にそう思ってるわけ!? 心の底から!?」

 紅雷が怒涛の勢いで尋ねると、マークはひるんだように息を呑んだ。

「ほら! 嘘なんでしょ! 言えないんでしょ! 本当じゃないから!」
「はっ、恥ずかしくて言えるか、バカ!」
「何が恥ずかしいのよ! この世界でたった一人の自分の操言士に全力で好意を示すのは普通なんです! それが言従士なの! つまりあたしのこと! あなたじゃないの!」

 マークに詰め寄った紅雷の口調は荒ぶった。
 その光景を眺めつつ、ユルゲンは小声で王黎に尋ねる。

「紅雷はああ言っているが、普通か?」
「言従士といえども普通の人間だからねえ。全力で好意を示すことを恥ずかしいと思う言従士だっているよ。ただ、表現の仕方が違うだけ、とも言えるね。紅雷は言葉でも態度でも好意を示すタイプだけど、最美はあまり言葉では示さないタイプだね」
「その代わり態度では全力で好意を示す、か」

 ユルゲンは嘆息した。
 マークが本当に紀更の言従士かどうかはともかく、紅雷のように言葉でも態度でも好意を示すことを恥ずかしいと思うのは、マークぐらいの思春期の少年ならごく当たり前の感覚だろう。

「紀更、あの二人を黙らせてくれる? キミの言うことなら……というか、キミの言うことしか聞かないと思うから」

 王黎は紀更に声をかけると、言い争う紅雷とマークを人差し指で示した。紀更は、互いを睨みつけながらいがみ合う二人に近付く。

「あの」
「紀更様はあたしの操言士様なの! あなたのじゃないの!」
「オレのだ、なんて言ってねぇだろ!」
「言ったじゃない!」
「オレが言ったのは、オレがそいつの言従士だってことだ!」
「ねえ」
「紀更様のこと、そいつとか呼ばないで! 何様よ!」
「オレがどう呼ぼうが勝手だろ! そういうお前こそ何様だよ! 言従士サマか?」
「あなた、嘘でも自分が紀更様の言従士だって言うならもう少し身をわきまえなさいよ!」
「ハァ? 意味がわかんないね。操言士サマってのは王様みたいに偉いのかよ!」
「ちょっと、ねえ」
「王様とは違うけど、言従士は操言士に従うものなの!」
「あんた、オレが言従士だって認めたくないんじゃねぇの? それとも、へぇ~認めるんだ?」
「いちいちムカつく言い方するガキね!」
「そういうあんたはオレよりおこちゃまだな!」
「二人とも、黙りなさい!」

 二人の仲裁に入ろうとしておろおろしていた紀更だったが、ヒートアップして我を失っている紅雷とマークに対して、とうとう堪忍袋の緒が切れた。言い争う二人よりも大きな声を出して、紅雷とマークを順番に睨みつける。

「紅雷」
「……はい」

 上がりまくっていた怒りのボルテージが急激に下がり、紅雷は叱られた犬のようにしゅんとしおれた表情を浮かべた。

「紅雷が私の言従士なのは間違いない。だから不安にならないで。いい?」
「はい」
「いい子ね。わかったら、少し黙っていてくれる?」
「はい」

 紅雷は小さな声で頷くと、ぽふんと音を立ててミズイヌ型になり、紀更の足元に前脚をそろえて腹ばいになった。紀更はそれを紅雷なりの反省のポーズと認めて、一息つくと今度はマークに厳しい目を向けた。

「マーク」
「……なんだよ」
「私は操言士だけど、まだまだ新米なの。わからないことがたくさんある。だから王黎師匠と旅をして、成長しようとしているの」
「それがなんだよ」
「あなたについて、私一人じゃわからない。だから王黎師匠に訊いてみるわ。その……協力してくれる?」

 どういう言葉を選べば、会ったばかりのこの異国の少年が――自称、自分の言従士が言うことを聞いてくれるか考えた。そうして紀更の口から出た言葉は、「協力」という二文字だった。
 その単語はどうやらマークの胸に刺さったようで、マークはかなり不承不承という表情だったが、短く頷くようなしぐさをしてみせた。

「王黎師匠、一人の操言士に言従士が二人いるという事例はありますか」
「僕の知ってる限りじゃないね。操言士一人につき、付き従う言従士は一人だ。そういう決まりがあるわけじゃないけど、例外は見たことも聞いたこともない。今日まではね」
「でも、言従士が自分の操言士を間違えるってことも」
「そういう話も聞いたことないね。誰が自分の操言士なのか、自分が従うべき、すべてを捧げたいと思う相手は誰なのか、言従士は必ずわかるよ。特に、実際に目にしたならなおさらだ。その感覚が誤っているケースはまずないね」

 紀更はマークを見つめた。
 オリジーアの隣国セカンディアの、パーヴァルの里に住む少年。
 紅雷と初めて出会った時と同じで、言従士は自分の操言士が「わかる」が、操言士の紀更にはそれほどはっきりとは「わから」ない。果たして本当に、彼は自分の言従士なのだろうか。

「王黎師匠、ラファル部長がしてくださったような、言従士認定登録の実技をマークにしてもらうことはできますか」
「できるけど、今はやめておこう。不必要に操言の力を使うと、僕らへの心象がもっと悪くなるからね」

 王黎はそう言って、里長ニルケに操言の力で付与された右手首の黒い輪を指差した。まるで罪人であると示すようなその輪にどのような効果があるかはわからないが、ある程度時間が経過しても消えないところを見るに、里長ニルケの王黎たちへの疑いの気持ちが続いていることを表しているような気がする。操言の力を使ったら、きっとニルケに気付かれるに違いない。

「操言士らしく、言葉で判断してみようか。ただし僕や紀更じゃなくて、最美がね」

 王黎に名前を出された最美は、すっと王黎に視線を向けた。王黎はその最美に頷くと、紀更とマークを交互に見つめながら続けた。

「マーク、キミが紀更の言従士であると言うのなら、紀更に対して感じたことを、どんな些細なことでもいい。僕の言従士の最美に話してくれないか」
「なんでだよ」

 マークは承諾しがたいといった、不機嫌な声で尋ねた。

「話してもらいたい理由はね、さっきの紅雷を見てもわかるとおり、言従士は自分が従うべき操言士を絶対に間違えない。その感覚は言従士ごとに微妙に異なるけど、自分の操言士を見つけた前後の高鳴りや興奮は、だいたい共通している。この場にいる言従士は、紅雷のほかには最美だ。彼女も、初めて僕と出会った時のことを憶えている。マークが抱いた感覚が本当に言従士としての感覚なのか、判断できるはずだ」

 疑い、煩わしさ、恥ずかしさ、ためらい、納得のいかない気持ち。
 あらゆる不快さのこもった視線を王黎に向けるマークの様子など王黎はひとつも気遣うことなく、淡々と言葉を重ねた。

「次、なぜ最美なのか、という理由ね。紅雷相手じゃ、キミは絶対に話したくないだろう? だから消去法で最美になるわけだけど、見てのとおり最美は寡黙で聡明な女性だからね。キミの言うことを茶化したり馬鹿にしたり、否定したりもしない。もちろん、キミから聞いたことを軽々しく他言しない。キミにとっては紅雷よりも話しやすい相手だと思うよ。話したくないならそれでも構わない。けど、それじゃ僕らの……というより、紀更の信頼は得られないと思ってね」

 マークは唇を尖らせ、不機嫌に王黎を睨みつけた。だがそれも少しの間で、すぐに戸惑いの色を滲ませ、ちらっと紀更を見やった。
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