ヒオクダルスの二重螺旋

矢崎未紗

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第20話 最初の操言士と王都決戦

1.黙認(中)

【茨の蔦、麻の縄、絹の糸、鉄の索よ、蛇の動きのごとくうねり、曲がり、くねり、我が敵を縛り、締め上げよ!】
「っく」

 コリンが、類似するが異なるイメージを一瞬で描き、言葉を紡ぐ。すると材質の違う細長いものが一瞬で床上に現れ、曲線を描きながらカギソに素早く向かっていった。

【我はからめ取られることなし! 縛られることなし!】
【ならば鉄の杭に、銅の軛に四肢を封じられ、冷たき石の床へと磔になるがよい!】

 コリンの最初のイメージを打ち消そうと焦ったカギソに、コリンはしめたとばかりに次の言葉を紡いだ。すると、カギソの大きな体躯が王城の石の床に大きな音を立てて倒れ込み、その手足が床に張り付けられた。
 その隙に、コリンは自らの脚に強化の加護を施すと、奇怪な男を追うべく正面扉へと疾走し、城の外へと飛び出した。

「このっ! よくもワタシをっ!」
「カギソ!」
「残念です。もしも出会い方が違えば、キミとは親しくなれたかもしれない」

 カギソに気を取られた馬龍に、王黎は操言の力を使いながらため息をついた。
 ニジドリ型の最美は広い正面ホールの空中で旋回すると、スピードを上げて馬龍に突っ込む。その嘴に咥えたナイフは、王黎の加護を受けて鋭さを増していた。

「くっ」

 的確に首を狙ってくる最美のナイフを、馬龍はすんでのところで避ける。けれどもその切っ先は馬龍の頬を深くえぐり、どくどくと血が吹き流れた。

【でもキミは、生物の理をねじ曲げた存在、これ以上生きてはならない存在だ】
【うるさい! そんな言葉で我は征服されない! 攻略されない!】
【いつかのお返しだ、馬龍。キミの血肉に、魂に、そのものにふれさせてもらう!】

 王黎は馬龍に向かって右手をかざした。そして、馬龍には聞こえないように言葉を紡ぐ。

【断る! 我の身体は我だけのもの! 我の魂は我だけのもの! 何人たりとも弄ぶこと能わず!】
【その身体はキミのではない! レプティトゥイールスで得たまがい物だ! 真のキミの身体はとうに滅びている! 同じように魂も滅びるべきだ!】

 馬龍は王黎からの攻撃を防御することに徹し、最美のことを一瞬忘れた。その隙を最美は逃さず、再び鋭い嘴を馬龍に向けて滑空する。

「っ……このっ」

 最美のナイフは馬龍の首、頸動脈を狙った。
 しゃがんで最美の攻撃を避けて事なきを得た馬龍だったが、その間に王黎の言葉は重なり、イメージがふくれ、操言の力の密度が濃くなっていく。

【波動打破!】

 王黎は操言の力を右手のひらに集中させ、馬龍に向けて一気に放出した。

「ぁっ……――っ」

 王黎の操言の力が、可視光線となって馬龍を直撃する。そこへさらに、最美が追い打ちをかけるように滑空し、今度こそ馬龍の頸動脈をナイフで掻っ切った。
 馬龍は息を吐いているのか吸っているのかわからない声を上げながら、最美に傷つけられた首を手で抑える。すると、馬龍の手のひらは噴き出る自身の血液で真っ赤に染まった。

「最美、外へ! コリン団長を追う!」

 王黎は膝から崩れ落ちる馬龍から目をそらすと、上空の最美に指示を出した。そして、怪魔との戦闘が続く王城の正面ホールを急いで後にした。


     ◆◇◆◇◆


「ユルゲンさん、あれっ!」

 ジャンプした勢いのまま空中をゆっくりと落ちていくユルゲンは、紀更が指差した方角に目を向けた。
 夜はすっかり更けて、今は草木も眠る時刻だろう。いつもならあまたの星明かりがきらめくはずだが、今夜の王都ベラックスディーオ上空に輝く星はただのひとつもなかった。真っ黒な闇の中、紀更とユルゲンの行き先を照らすのはそれぞれのひたいに浮かんでいる輝紋と暗紋の輝きだ。

「あはっ……あああ、やああああっ……うひょっ……ひょぁあああ!」

 王城の目の前に広がる中央広場。手入れされた芝生の上には、不自然にふくれ上がった球体の胴から異常に手足の伸びた、奇妙な生物が立っていた。
 球体の胴にくっついている、唯一原型を留めていると思われる顔を、目を凝らして確認する。その正体がわかると、紀更はその生物の名前を呼んだ。

「ニアック!」

 芝生の上に下り立ったユルゲンは、紀更の身体をやさしく下ろした。

「アアァッ! そう、そう、そう! 呼んで! もっと、ボクボ、ク、ボクを!」

 ニアックは今にも飛び出しそうな眼球をぎょろりと回すと、暗闇の中に立っている紀更に興奮してよだれを垂らした。

「ああああ、愛、愛……! ああ、すき、好きだよ、好き、キミがああ」
「気持ち悪い」

 紀更は心底軽蔑したような眼差しで呟いた。
 それは、ニアックの外見に対してではない。何か、ニアックの内側からどろどろとあふれてくるもの。「愛」だの「好き」だのという言葉で過剰に飾られた、こちらに向けられるニアックの感情そのもの。それが受け止めがたくて、紀更の二の腕には鳥肌が立つ。

【鋭利な切っ先、尖鋭な穂先、天から地へ滝がごとく直線を描け!】
「ひゅんああぁああ!?」

 その時、ニアックに対して操言士の誰かが攻撃を加えた。
 淡く光る、細くも巨大な槍のようなものを携えてニアックを狙ったのはコリンだった。その右手が放った光る槍はニアックに避けられたが、左手にはもう一本の槍が残っている。

「やあ~だあぁ~」

 ニアックがにょろりと首を背後に傾けて、コリンを睨む。すると、突如出現した無数の蛇が、コリンの持っていた槍を覆い尽くした。

「くっ」
「コリン団長っ!」
【悪しき蛇、黒き粒へと破かれ、分かれ、砕かれよ!】

 黒い蛇のまとわりつく槍をあっさりと手放し、コリンはその蛇たちを葬った。

「コリン団長、あれがピラーオルドのリーダー、ニアックです!」

 紀更がコリンに大声で告げる。しかしコリンは既知であると言わんばかりの涼しい無表情で、紀更に返事はしなかった。だが、紀更のひたいに見慣れない縹色の三日月形が浮かんでいることに気が付くと、目の色を変えた。

「あなた、それは」
「ボクのおおお! それわああああ! ボクのなのおぉ!」

 ニアックが叫び声を発しながら両腕を振るう。すると、異常に伸びていた二本の腕はさらに伸びて鞭のようにしなり、コリンを弾き飛ばそうと向かってきた。

【厚く大きく、嵩のある三重の箱! 積み上がり鉄壁の防御を誇れ!】

 その時、王城の方から一人の操言士が飛び出してきて操言の力を使い、コリンをニアックの両腕から守った。

「王黎師匠!」

 王城の室内にある明かりを背にした人物の姿を見て、紀更は喜びを現した。サーディアの移送盤で別れて以来の再会だった。

「ニアック、こっちだ! お前の欲しい四分力はここにある!」
「え、え、え? なに、なに、なに? なんで、なんで、なんで?」

 王黎はニアックの注意を引くと、操言の力を使って空中に光球を作り出した。

「ああああいやああああ! 眩しい、眩しい!」

 突然の眩しさに、ニアックはぎゅっと目をつむる。
 その隙に、王黎は紀更とユルゲン、そしてコリンのもとへと走った。最美もその背中に従い、王黎が立ち止まると人型に戻り、すぐ傍に立った。

「王黎師匠、最美さんも……無事でよかったです」
「紀更も。それにユルゲンくん……ははっ」

 再会を喜ぶ王黎は、紀更とユルゲンのひたいを見て渇いた笑いを浮かべた。

「初代操言士の生まれ変わりで、闇の四分力を持つ操言士……〝闇の子〟は、やっぱり紀更だったね。でもってユルゲンくんは、まさか初代言従士の生まれ変わり? 光の四分力を持ってる?」
「そういうことみたいだな」

 ひたいに朱色の光を宿しているユルゲンは、初代言従士だとか生まれ変わりだとか、そういった言葉にはさして興味がない、という風に頷いた。

「王黎師匠、四分力はここにあるってどういうことですか」

 紀更が不安げに尋ねると、王黎はくすりとほほ笑んだ。

「ああ、今のはただの嘘。ニアックの注意を引きたかっただけ。それより、キミがピラーパレスで会った時も、ニアックはあの姿だったのかな?」
「王城へ侵入した際は普通の人型でしたが、彼はライアン王から光の四分力を奪い、飲み込みました。その影響であの姿になったようです」

 王黎は紀更に尋ねたが、答えたのはコリンだった。王黎はおやおや、と楽しげに笑い、いたずらっぽい表情でコリンに尋ねる。

「僕らはどうすればいいですかね、コリン団長」

 この局面においてもへらへらと笑う王黎を、コリンは横目で睨んだ。

「ピラーオルドは国の敵です。守護部の操言士として、敵は殲滅なさい」
「は~い。じゃあ紀更、頑張って彼を斃そうか」
「はぁ~ふぅ~はぁ~ふぅ~」

 不気味な声で深呼吸を繰り返しているニアックを指差して、王黎は真剣な表情になった。

「ねえ……ね、ねえ、どうして……どうして」
【我が言従士最美、包む守りは光の盾、秘めたる攻めは鋼鉄の刃】
【我が言従士ユルゲン、その身が保持する堅き力、我が意に応えて増幅せよ】

 王黎と紀更は、それぞれの言従士最美とユルゲンに操言の加護を与えた。優しく心強い光と力が、最美とユルゲンの身体をふんわりととりまき、二人は己が仕えるべき主を思って武者震いをした。

「あ、そ、それ、じゃ、邪魔……いつも、そう……邪魔じゃまジャマ……邪魔! キミと、ボクの間に……いつも! いつも!」

 その光景が目に入り、ニアックは大きく目を見開いた。瞼が内側に吸い込まれ、眼球がむき出しになる。

「最美、行け!」
「ユルゲンさん、お願いします!」
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