ヒオクダルスの二重螺旋

矢崎未紗

文字の大きさ
17 / 413
第01話 特別な操言士と祈聖石

6.尋問(下)

しおりを挟む
「いいタイミングだね、紀更。せっかくだからおさらいしようか。さすがに祈聖石が何なのか、操言院で学んだよね?」
「え……」
「はい、じゃあ、祈聖石とは?」

 王黎は楽しげに人差し指を立てて、クイズを出す出題者のように振る舞った。

「えっと……祈聖石とは……陽の光を十分に浴びた石に操言士が祈りを込めたもので……その効力が影響する範囲内に怪魔は近寄れない、ですよね」
「ピンポーン。大正解」

 紀更は王黎のペースについつい乗せられて、操言院での授業を必死に思い出しながら真面目に答えた。王黎は弟子の頑張る姿を楽しく見守りながらクイズを続ける。

「では、祈聖石はどこにあるでしょうか?」
「祈聖石は……各都市部内に必ずあって……大きな都市ではたくさんあって……ほかには……えっと、都市部間をつなぐ道や、畑など郊外に?」

 自信がなかったのか、語尾のトーンはわずかに上がり、疑問符がつく。しかし王黎は軽い拍手をして紀更を褒めた。

「うん、そのとおり! 勉強しすぎた甲斐はあるね。この村の場合、村を出て西国道をしばらく進んだところに祈聖石があるんだけど、その祈聖石の効力がなくなっていたんだ」
「だから南方で怪魔の出現が増えたのか」
「たぶんそうですね」

 王黎はエリックの言葉に頷いた。

「あの、でも、祈聖石の効力が切れることなんて、普通はないですよね?」

 ルーカスがそっと手を上げて問いかけると、王黎は頷いてから答えた。

「効力が切れる前に、操言士が必ず祈聖石を保守する。祈聖石の効力がない瞬間なんて、基本的には生じさせない。そうでないと、怪魔を都市部に近寄らせないという役割が果たせないからね。だから、普通の状況ならあり得ないね」
「えっ、じゃあ、どうして」

 紀更は心底不思議そうな視線を王黎に向けた。

「うん、どうして祈聖石の効力が切れていたんだろうね?」

 室内の空気が重くなった。
 窓の外では西の地平線に陽が落ちつつあり、夕暮れが近付いてきている。
 効力が切れないように、操言士によって保守されているはずの祈聖石。その効力が切れていた原因として考えられることはふたつだ。ひとつは、この村の操言士たちが、祈聖石の管理を怠っていたか。もうひとつは、管理はきちんとされていたが、予想外の何かが祈聖石に起きたかだ。

「村の操言士たちはいまどうしているんだ?」
「西国道の祈聖石の効力を最大に戻すべく、まあ、頑張っていますよ。それと、周囲の祈聖石もひととおりチェック中です」
「村の北側にも祈聖石はあるはずですよね? それも効力が切れているのではないですか?」

 エリックとルーカスが立て続けに疑問を発する。二人とも騎士団所属というだけあって、村の安全が脅かされているという状況を強く危惧していた。

「たぶん、北の祈聖石もダメになっているだろうね。そこで紀更、キミの出番だよ!」
「はっ、はいぇっ?」

 急にテンションの上がった王黎に指を差され、紀更は素っ頓狂な返事をした。

「実はさ、北の祈聖石は僕がなんとかするよって言ってきちゃった。弟子の修行の一環で~とか言って」
「い、言ってきちゃったって」
「というわけで、今日はとりあえず休んで、明日になったら村を出るよー」
「はい?」
「レイトの中はもう今日で見終わったでしょ? せっかくだからもうちょっと足を伸ばしてレイト周辺も見て回ろうよ」

 調子付いた王黎は早口でまくしたてた。紀更は王黎の話についていけず、ただ呆れるばかりだ。そんな王黎の作るふざけた空気に呑まれずにいたのは、一番年上のエリックだった。

「王黎殿、少し待ってもらいたい。紀更殿の休暇については、水の村レイトで過ごすという申請を操言士団にしているはずだ。急な予定変更は操言士団の許可がいるのでは? それに、北の祈聖石の効力が切れたままでいるのはまずいだろう。明日と言わずに今すぐ、あなたが一人でなんとかすべきでは?」

 王黎の肩をたたくエリックの目には、自由奔放な王黎の好き勝手にさせてなるものか、という必死さが浮かんでいた。

「うんうん、エリックさんがそう言うと思ったから、操言士団と騎士団の両方にお手紙を出しておきましたよ。操言の力で王都に飛ばしたから、もうそれぞれの本部に届いていると思います」
「なんだと」
「それにおっしゃるとおり、効力のなくなっている祈聖石は今すぐにでも修復すべきです。が、せっかくなのでどんな状態か紀更にも見せたい。ということで、北の祈聖石の代わりに、一晩この村の北部を守る操言の加護をてきと~に施しておきますよ。優秀な師範操言士のこの僕がね」

 どう? 褒めて褒めて、と言わんばかりに王黎は晴れやかに破顔した。
 急な予定変更と、それを押し通すための根回し。それに、わがままをカバーする代替案。王黎の穏やかな強引さと手際の良さに、エリックは頭を抱えた。王黎が思い描いた軌道には、どうあがいても乗らざるを得ないのだろう。

「村の北にある祈聖石は、まあ、いい。あなたの操言士としての実力は信頼している。だが、村を出て王都以外の場所へ移動するのは、操言士団と騎士団の返答を待ってからだ。最低限、それだけは約束してもらおう」
「ええ、いいですよ。じゃあ、ひとまず今日は休みましょうか」

 王黎はためらいもなく頷いた。きっとエリックに反対されることも、どこで引けばエリックが納得するのかも、すべてお見通しなのだろう。
 エリックはため息をつくと、ルーカスをうながして二人で客室を出ていった。

「ユルゲンくん、紀更たちを助けてくれて本当にありがとうね。キミの探し物が見つかるように、応援しているよ」
「そりゃあ、どうも」
「ここはまだ空きがあるはずだから、今夜は泊まったらどうだい?」
「そのつもりでもうチェックインはしている」
「それはよかった。そうだ、紀更」
「あ、はい」

 ユルゲンの方から突如くるりと向き直ってこちらに視線を向けた王黎に驚き、紀更は目をぱちくりとさせた。

「最美は、今夜はこのままここで寝かせるから」
「え、でも」
「見てのとおりこの部屋にはもうひとつ寝台があるし、僕は最美の操言士だからね。ちゃんと治癒してあげたいんだ」

 王黎はにこにこと笑っているが、その口調には反論を許さない力強さが見え隠れしていた。最美が王黎を信頼しているように、王黎も最美を大切に思っているようだ。

「夕食までまだ少しあるし、好きに過ごしていいよ。ただし、村の外には絶対出ないでね。僕は少ししたら村の北口に行くけど、それ以外は宿にいるから」
「はい、わかりました」

 寝台で眠る最美が心配だったが、王黎がついているのなら大丈夫だろう。
 紀更は軽く頭を下げると客室を後にして廊下に出た。エリックかルーカスがいるだろうと思ったが、廊下に二人の影はなかった。

「どこへ行く?」

 そんな紀更を追うように王黎の客室を出てきたユルゲンが、廊下でぼうっと立っている紀更の背中に声をかけた。振り向いた紀更は、至近距離にいたユルゲンの身体の大きさに怖気づいて少しだけ後退りする。
 身長が高いのもあるが、ユルゲンはエリックやルーカスよりも胸板が厚く、下半身もがっしりと筋肉がついているのか、全体的にたくましい身体付きをしている。それは身に着けている防具の上からでも一目でわかった。平和な王都で安穏と過ごしていた紀更の身近には今までいなかったタイプの人間だ。

「え、っと」

 おまけに、おそらくユルゲンは紀更より一回り近く年上だ。小柄な紀更とは体格差があるだけでなく、年齢差もある。ただ見下ろされているだけだというのに、紀更は咎められているような責められているような、一抹の恐怖と威圧感を覚えた。

「特に……どこにも」

 一階の食堂で夕食にするのは、日没を知らせる肆の鐘が鳴ったあとだ。それまで村の外へは行けないが、どこかで陽が沈むのをぼんやり見ていようかと思う。しかしそんな答えでいいのかどうかわからず、紀更は黙って床を見つめた。

「用事がないなら、少し話がしたい。いいか?」

 紀更に気を遣っているのか、ユルゲンは努めて穏やかな口調で紀更を誘った。先ほどの怪魔との戦闘で猛々しい声を上げていた人物と同一とは思えないほど落ち着いている。
 しかし、顔を上げてユルゲンの表情を見る勇気は、紀更にはない。父の匠よりも低い声とびくともしなさそうな存在感の前に、自然と縮こまってしまう。

「えっと……はい」

 ユルゲンのいかついブーツの爪先を視界に入れながら、紀更は小声で頷くのが精一杯だった。


     ◆◇◆◇◆
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

処理中です...