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第01話 特別な操言士と祈聖石
9.出立(下)
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【東の空、白み明るみ輝きて】
「東の空……白み、明るみ……か、輝きて」
【汝喜びに満ちあふれん】
「なん、じ……喜びに……満ち、あふれん」
王黎が言葉を発して操言の力を使うのに合わせて、紀更もたどたどしく復唱する。ただ繰り返すのではなく、その言葉が示すイメージを頭の中に思い描きながら。
【西の空、翳り暗がり落ちるまで】
「西の空……かげり、暗がり……お、ちるまで」
【汝光を集め守らん】
「なんじ、光を集め、守らん」
紀更の手の中にある祈聖石が、ゆっくりと内側から光る。その光が祈聖石の表面すべてにいたると、祈聖石は乳白色に染まった。
「甘く採点して三十点かな」
祈聖石にかざした手のひらを引っ込めつつ、王黎は苦笑した。
「言葉を言うのに必死で、イメージと結び付いていない。手の中の祈聖石が意識の外に出ちゃってる。操言の力も使えてない」
「うぅ……はい」
「まあ、いきなりできるはずないから、今はそこまで〝できないこと〟は気にしないで大丈夫だよ。ただ、〝できている状態〟と〝できていない状態〟がどう違うのか、そのふたつの違いを認識しておこう」
「む……難しいです」
「最初はね。意識し続けていれば慣れてできるようになるし、わかるようになるよ。一番駄目なのは、できることもできないことも、自分で自覚できないことだ」
王黎は紀更の手から祈聖石を取り上げると、言葉を紡いで祈聖石に祈りを込めた。
その様を、紀更はじっと観察した。たったいま言われた、言葉とイメージの結び付き、手の中にある祈聖石を意識すること、言葉を発しながら操言の力を使うこと。それらを王黎がどう実践しているのか、自分もできるようになるには何が足りないのか、ヒントになることを見つけられないかと集中して見守る。
(操言院の座学より、よっぽど勉強になるわ)
王黎が再び祈聖石を擬態化させる工程もじっと観察したが、王黎の所作は流れるようにスムーズで手際よく終わってしまうため、ヒントらしいものは見つけられなかった。だが、一人前の操言士たるものがどういう者なのか、そのあるべき姿は見えた気がした。
「はい、終わり~。さて、次に行こうか」
王黎はそう言って操言の力を使うと、二人の姿を見えなくさせていた暗幕の効果を終わらせた。そして、橋の近くで待機していた四人のもとへ歩いて戻る。
「終わりましたか。水、汲んでおきましたよ」
「ありがとう、ルーカスくん」
ルーカスは、ノノニス川の水を満たした革製の水筒をかかげた。豊かな水源があるうちに水を確保しておくあたり、なかなか旅慣れしているようだ。
同じく旅慣れしているユルゲンとエリックも、それぞれの水筒に水を汲み、馬に乗せた荷物にくくりつけていた。
「よし、行こうか」
紀更はまた最美の手を借りて騎乗する。王黎を先頭に、五騎の馬は常歩で進んだ。
平らに慣らされた土の道を北上すると、しばらくして丁字路に出くわす。王黎はそこで馬を止めた。
「紀更、ここから右手がレイト東街道。王都からレイトに来るために使った道だよ。僕らは途中で村の東口につながる方へ曲がったけど、まっすぐ進むとここに出るんだ。そして、ここの丁字路を境目にして左手に伸びる道が西国道。レイトの北口から音の街ラフーアへ続く道だ」
王黎が左右を順番に指差して説明する。
「西国道を進むけど、途中でいったん道を外れて、北のドレイク大森林へ行くからね」
そう告げると王黎は馬の腹を軽く蹴り、常歩を再開させた。
西国道の右手に広がる野菜畑には、農作業をしている人々が見える。レイトに住む村人たちだ。彼らは弐の鐘が鳴ると村を出て、こうして周辺の畑に出向き、日が暮れるまで農作業に従事するのだ。そうして作られた作物は村人たちの糧となるだけでなく、王都ベラックスディーオや音の街ラフーアに運ばれて売りに出される。
その野菜畑はしばらく続いたが、やがて畑の終わりが見えてきて、西国道の右手には深い森が現れた。
「向かって右手が、ドレイク大森林。その名のとおり、大きな森だよ。ちなみに左手の森がヤージュの森。ちょっとだけど、ドレイク大森林に入るよ」
王黎は馬を右折させた。
西国道と違って、森の中に整備された道はない。だが獣がそれなりに通るのか、馬が進むのに問題ない空間が広がっていた。
「紀更、ここからは歩くよ。エリックさんたち、周囲の警戒と馬をお願いしますね」
王黎に言われて、紀更は馬を下りた。
エリックと最美は騎乗したまま待機し、ルーカスとユルゲンは下馬して近くを少し歩いた。野犬や熊など、攻撃性の高い獣がいないか、あるいは怪魔がいないか。周囲の気配を探るが心配はなさそうだ。
一方、操言の暗幕で姿を隠した王黎と紀更は森の奥の方へ歩いていた。
「紀更、どうしてこのあたりに祈聖石があるんだと思う?」
「えっと……村からは離れてますよね。でも畑が近いから、畑を守るためですか」
「正解。人の手が入っていない自然……このドレイク大森林と、人の手で拓かれた畑の境目。祈聖石は、そういう自然と人の領域の境界に置くことが多いんだ」
解説を終えると王黎は足を止め、祈聖石の擬態を解いた。
水の村レイトの中にあった丸太とは違って、自然に倒れて息絶えた倒木。そこに生えた苔にまぎれるように、ビー玉サイズの小さな祈聖石が姿を現す。これまでに見たふたつの祈聖石よりも小さなサイズの祈聖石を、紀更は不思議そうに見つめた。
「小さいですね」
「普通は、大きな祈聖石の方がより多くの太陽の光を集められる。でも優秀な操言士が作れば、小さな石でも十分に日光を蓄えられるんだ。この祈聖石を作った操言士はさぞ優秀だったんだろうね」
「なるほど」
「色が乳白色だから、これは効力が切れていないね。これが普通の状態だよ」
「この祈聖石の保守は、祈りを込める作業だけ、ということですか?」
「そうなるね。せっかくだから、祈聖石の状態を見てみようか」
王黎はビー玉サイズの祈聖石を左手のひらに乗せた。
【聖なる光の石よ、我が誠に応えて、己が力を示せ】
祈聖石がゆらゆらと光る。その光は湯気のように祈聖石から立ち上がり、二人をとりまくように半径三メイほどの輪を描いた。
「うーん……悪くないけどそれほど良いわけでもないなあ。祈聖石自体の作りは悪くないんだけど、最後にこの祈聖石に祈りを込めた操言士はたいしたことなかったのかもしれないね」
「この光の輪が、祈聖石の状態を表しているんですか?」
「そうだよ。輪の大きさは効力の範囲、光の強さが効力の強さを示すんだ」
「この輪の大きさの範囲しか守れない、ということですか?」
「いいや。これはあくまでも、現在の祈聖石の力を視覚化して相対的に見ているだけだよ。これくらいの輪の大きさなら、さっきの丁字路とか野菜畑までは有効範囲内だね」
「光の強さは……これはどれくらいなんですか?」
「太陽みたいに直視できないほど眩しければ最大だね。今は普通に見えるし、森の中が特別明るくなった感じもしない。そうだねえ……怪魔カルーテは近付けないけど、キヴィネなら夜限定で近付けちゃうかもしれないね」
「そ、それは危ないのでは!?」
キヴィネと聞いて紀更は焦った。もしもキヴィネが野菜畑にいる村人たちを襲ったら、村人たちはただ逃げるしかできないだろう。騎士も操言士もいなければ、最悪の場合は殺されてしまうかもしれない。
「大丈夫、夜限定だよ。昼間ならキヴィネでも近付けない」
「でも、夜にキヴィネが村を襲うとか」
「キヴィネはそう頻繁に出現しないよ。それにこのあたりに近付けても、さっきの川べりの祈聖石や、村の中の祈聖石の効力があるから大丈夫だよ」
本当に大丈夫なのだろうか。王黎がそう言うのだから、間違いはないはずだ。しかしつい昨日キヴィネと対峙してその恐ろしさを味わっているだけに、あの怪魔が村の人を襲ったらと思うと紀更の胸は不安でざわざわした。そして同時にこうも思った。自分が王都で無意識のうちに信じていた安心と安全は、実はとても脆いものだったのではないかと。
「大丈夫! って人々に胸を張って言えるように、操言士はしっかり祈るんだ。都市部に怪魔が近付かないように。誰も傷つかないように。その思いを具体的に描いて言葉にして、祈聖石に力を持たせるんだよ」
見ててごらん、と言って王黎は目を閉じた。
【光の神、カオディリヒス。人が耕し種を蒔き、刈り取り商い、営む場所。悪しきは寄れず、これを持続せよ。強き光携えて、これを持続せよ】
王黎の操言の力を感じた紀更は、王黎が思い描くイメージも感じ取った。
レイトの村人たちが畑を耕し、農作物を収穫するところ。それらを馬車に乗せ、街道を行き来して商う人々。彼らを照らす、強く優しい光。その光があまねく降り注ぎ、覆い、人々の笑う顔が映える。
(村人の、平和な姿……)
王都を出る前の紀更と同じように、怪魔の恐ろしさを知らない村人たち。彼らがその脅威にさらされることのないように、守る光。
王黎はそれが続くように祈った。安寧が続くように願った。
その祈りと願いが、言葉を通して祈聖石に蓄えられていく。すると半径三メイほどだった光の輪は、明るさを増しながら徐々に広がり、三倍ほどに広がった。遠くへ離れてしまったというのに、その輪が放つ光は強さを増しており、ドレイク大森林の中は先ほどよりも鮮明に照らし出されている。足元に生えている背丈の低い雑草の葉脈さえも視認できそうなほどだ。
「ふぅ」
目を開けて王黎は一息ついた。左右に視線を送って、広がった光の輪を確認する。
「まあまあかな」
「すごい……」
本人はまあまあと評価するが、紀更は感嘆した。ほかの操言士の力をほとんど知らないので比べようがないが、王黎の操言士としての力は上々の部類に入るに違いない。
「祈聖石作りを本職としている操言士なら、もう五倍は広さも強さも上だよ」
「ごっ、五倍!? これの五倍ですか!?」
「祈聖石作りに人生を捧げているような操言士が本気を出すと、そりゃもう、すごいよ。こりゃ怪魔が近寄れないな、って納得するぐらいにね」
「信じられないです」
王黎でもすごいと感じるのに、これ以上できる人がいるというのか。紀更の口は、自然と開いたままになる。
「祈聖石作りで大事なのは、普通の石を祈聖石に仕立て上げる最初の工程なんだ。この祈聖石みたいに、小さなサイズでもしっかり作り込まれれば、広範囲を強力な力で守護することができる。保守をしっかりやらないと、時間の経過とともに効果は薄れてしまうけどね。こういう強力な祈聖石や生活器を作れる実力があれば、かなり稼げるよ」
祈聖石を再び擬態させる傍ら、王黎はそう言って笑った。
苔むした倒木の一部に姿を変えた祈聖石を、紀更はぼんやりと見つめる。けれども王黎が歩き出したので、置いていかれないように小走りで追った。
「操言士のいろんな仕事を知れば、紀更も自分のやりたいことが見えてくるかもね」
王黎は歩きながら暗幕の効果を終了させて、エリックたちが待つ場所へ戻る。
操言士が、この国の人々からどんな風に必要とされているのか。王黎のように一人前の操言士として生計を立てている者たちは、日々どんな風に働いているのか。
(やりたいこと……自分がこの先どうするか。まずは操言士のことを知ることからだ)
オリジーアに欠かせない操言士。怪魔と戦い、祈聖石を作るだけでなく、もっと違う姿もあるのだろう。その中で自分はどんな操言士になれるだろうか。なりたいだろうか。
(知りたい……わくわくする)
始まったばかりの祈聖石巡礼の旅。紀更の表情は未来への期待で思わずほころんだ。
その後一行は西国道に戻り、音の街ラフーアを目指して西へ進んだ。そしてヤージュの森の中にある営所で夜を明かすのだった。
◆◇◆◇◆
「ラフーアへ行くぞ」
「ラフーアへ?」
今回の仕事が失敗したからだろうか。滅ぼすことを試みたレイトを放ってラフーアへ行くとは、どういうことだろうか。
「目的の人物はレイトにいるのではなく、移動している可能性がある。ラフーアで騒ぎを起こしてあぶり出し、見つけろとの命令だ」
長髪の男の真意が、青年にはわからない。
だが深く理解する必要はなかった。
真意はわからないが、その命令は自分の望みと一致していた。
「周辺の怪魔を増やせ。なるべく外に目を向けさせるんだ」
「御意」
冷徹な男の命令に青年は頷いた。
(憎き故郷……すべてなくなればいい)
強く願う未来をなんのためらいもなく潰されて。
通じ合っていると思っていた心さえ、いとも簡単に踏みにじられて。
それでもこのさだめをまっとうしようと思い直し。
そして結局、その心根は蔑ろにされて。
前に進むこともうしろに戻ることもできず。
いつ終わるとも知れない絶望がしんしんと積もっていく。
このまま苦しむならばいっそ、自分だけでなくすべてを巻き込んでしまいたい。
他人を、この国を、この世界を。
すべてが自分と同じように苦しめばいい。
そうして黒く染めたこの両手。
どうして、こんなことに――付きまとう後悔はひっそりと笛の音に隠して。
長髪の男を追うように、青年の姿は闇の中にまぎれて消えた。
―――――――――――――――
本作についてのお知らせが2024.08.31付けの作者の近況ボードにございます。
「東の空……白み、明るみ……か、輝きて」
【汝喜びに満ちあふれん】
「なん、じ……喜びに……満ち、あふれん」
王黎が言葉を発して操言の力を使うのに合わせて、紀更もたどたどしく復唱する。ただ繰り返すのではなく、その言葉が示すイメージを頭の中に思い描きながら。
【西の空、翳り暗がり落ちるまで】
「西の空……かげり、暗がり……お、ちるまで」
【汝光を集め守らん】
「なんじ、光を集め、守らん」
紀更の手の中にある祈聖石が、ゆっくりと内側から光る。その光が祈聖石の表面すべてにいたると、祈聖石は乳白色に染まった。
「甘く採点して三十点かな」
祈聖石にかざした手のひらを引っ込めつつ、王黎は苦笑した。
「言葉を言うのに必死で、イメージと結び付いていない。手の中の祈聖石が意識の外に出ちゃってる。操言の力も使えてない」
「うぅ……はい」
「まあ、いきなりできるはずないから、今はそこまで〝できないこと〟は気にしないで大丈夫だよ。ただ、〝できている状態〟と〝できていない状態〟がどう違うのか、そのふたつの違いを認識しておこう」
「む……難しいです」
「最初はね。意識し続けていれば慣れてできるようになるし、わかるようになるよ。一番駄目なのは、できることもできないことも、自分で自覚できないことだ」
王黎は紀更の手から祈聖石を取り上げると、言葉を紡いで祈聖石に祈りを込めた。
その様を、紀更はじっと観察した。たったいま言われた、言葉とイメージの結び付き、手の中にある祈聖石を意識すること、言葉を発しながら操言の力を使うこと。それらを王黎がどう実践しているのか、自分もできるようになるには何が足りないのか、ヒントになることを見つけられないかと集中して見守る。
(操言院の座学より、よっぽど勉強になるわ)
王黎が再び祈聖石を擬態化させる工程もじっと観察したが、王黎の所作は流れるようにスムーズで手際よく終わってしまうため、ヒントらしいものは見つけられなかった。だが、一人前の操言士たるものがどういう者なのか、そのあるべき姿は見えた気がした。
「はい、終わり~。さて、次に行こうか」
王黎はそう言って操言の力を使うと、二人の姿を見えなくさせていた暗幕の効果を終わらせた。そして、橋の近くで待機していた四人のもとへ歩いて戻る。
「終わりましたか。水、汲んでおきましたよ」
「ありがとう、ルーカスくん」
ルーカスは、ノノニス川の水を満たした革製の水筒をかかげた。豊かな水源があるうちに水を確保しておくあたり、なかなか旅慣れしているようだ。
同じく旅慣れしているユルゲンとエリックも、それぞれの水筒に水を汲み、馬に乗せた荷物にくくりつけていた。
「よし、行こうか」
紀更はまた最美の手を借りて騎乗する。王黎を先頭に、五騎の馬は常歩で進んだ。
平らに慣らされた土の道を北上すると、しばらくして丁字路に出くわす。王黎はそこで馬を止めた。
「紀更、ここから右手がレイト東街道。王都からレイトに来るために使った道だよ。僕らは途中で村の東口につながる方へ曲がったけど、まっすぐ進むとここに出るんだ。そして、ここの丁字路を境目にして左手に伸びる道が西国道。レイトの北口から音の街ラフーアへ続く道だ」
王黎が左右を順番に指差して説明する。
「西国道を進むけど、途中でいったん道を外れて、北のドレイク大森林へ行くからね」
そう告げると王黎は馬の腹を軽く蹴り、常歩を再開させた。
西国道の右手に広がる野菜畑には、農作業をしている人々が見える。レイトに住む村人たちだ。彼らは弐の鐘が鳴ると村を出て、こうして周辺の畑に出向き、日が暮れるまで農作業に従事するのだ。そうして作られた作物は村人たちの糧となるだけでなく、王都ベラックスディーオや音の街ラフーアに運ばれて売りに出される。
その野菜畑はしばらく続いたが、やがて畑の終わりが見えてきて、西国道の右手には深い森が現れた。
「向かって右手が、ドレイク大森林。その名のとおり、大きな森だよ。ちなみに左手の森がヤージュの森。ちょっとだけど、ドレイク大森林に入るよ」
王黎は馬を右折させた。
西国道と違って、森の中に整備された道はない。だが獣がそれなりに通るのか、馬が進むのに問題ない空間が広がっていた。
「紀更、ここからは歩くよ。エリックさんたち、周囲の警戒と馬をお願いしますね」
王黎に言われて、紀更は馬を下りた。
エリックと最美は騎乗したまま待機し、ルーカスとユルゲンは下馬して近くを少し歩いた。野犬や熊など、攻撃性の高い獣がいないか、あるいは怪魔がいないか。周囲の気配を探るが心配はなさそうだ。
一方、操言の暗幕で姿を隠した王黎と紀更は森の奥の方へ歩いていた。
「紀更、どうしてこのあたりに祈聖石があるんだと思う?」
「えっと……村からは離れてますよね。でも畑が近いから、畑を守るためですか」
「正解。人の手が入っていない自然……このドレイク大森林と、人の手で拓かれた畑の境目。祈聖石は、そういう自然と人の領域の境界に置くことが多いんだ」
解説を終えると王黎は足を止め、祈聖石の擬態を解いた。
水の村レイトの中にあった丸太とは違って、自然に倒れて息絶えた倒木。そこに生えた苔にまぎれるように、ビー玉サイズの小さな祈聖石が姿を現す。これまでに見たふたつの祈聖石よりも小さなサイズの祈聖石を、紀更は不思議そうに見つめた。
「小さいですね」
「普通は、大きな祈聖石の方がより多くの太陽の光を集められる。でも優秀な操言士が作れば、小さな石でも十分に日光を蓄えられるんだ。この祈聖石を作った操言士はさぞ優秀だったんだろうね」
「なるほど」
「色が乳白色だから、これは効力が切れていないね。これが普通の状態だよ」
「この祈聖石の保守は、祈りを込める作業だけ、ということですか?」
「そうなるね。せっかくだから、祈聖石の状態を見てみようか」
王黎はビー玉サイズの祈聖石を左手のひらに乗せた。
【聖なる光の石よ、我が誠に応えて、己が力を示せ】
祈聖石がゆらゆらと光る。その光は湯気のように祈聖石から立ち上がり、二人をとりまくように半径三メイほどの輪を描いた。
「うーん……悪くないけどそれほど良いわけでもないなあ。祈聖石自体の作りは悪くないんだけど、最後にこの祈聖石に祈りを込めた操言士はたいしたことなかったのかもしれないね」
「この光の輪が、祈聖石の状態を表しているんですか?」
「そうだよ。輪の大きさは効力の範囲、光の強さが効力の強さを示すんだ」
「この輪の大きさの範囲しか守れない、ということですか?」
「いいや。これはあくまでも、現在の祈聖石の力を視覚化して相対的に見ているだけだよ。これくらいの輪の大きさなら、さっきの丁字路とか野菜畑までは有効範囲内だね」
「光の強さは……これはどれくらいなんですか?」
「太陽みたいに直視できないほど眩しければ最大だね。今は普通に見えるし、森の中が特別明るくなった感じもしない。そうだねえ……怪魔カルーテは近付けないけど、キヴィネなら夜限定で近付けちゃうかもしれないね」
「そ、それは危ないのでは!?」
キヴィネと聞いて紀更は焦った。もしもキヴィネが野菜畑にいる村人たちを襲ったら、村人たちはただ逃げるしかできないだろう。騎士も操言士もいなければ、最悪の場合は殺されてしまうかもしれない。
「大丈夫、夜限定だよ。昼間ならキヴィネでも近付けない」
「でも、夜にキヴィネが村を襲うとか」
「キヴィネはそう頻繁に出現しないよ。それにこのあたりに近付けても、さっきの川べりの祈聖石や、村の中の祈聖石の効力があるから大丈夫だよ」
本当に大丈夫なのだろうか。王黎がそう言うのだから、間違いはないはずだ。しかしつい昨日キヴィネと対峙してその恐ろしさを味わっているだけに、あの怪魔が村の人を襲ったらと思うと紀更の胸は不安でざわざわした。そして同時にこうも思った。自分が王都で無意識のうちに信じていた安心と安全は、実はとても脆いものだったのではないかと。
「大丈夫! って人々に胸を張って言えるように、操言士はしっかり祈るんだ。都市部に怪魔が近付かないように。誰も傷つかないように。その思いを具体的に描いて言葉にして、祈聖石に力を持たせるんだよ」
見ててごらん、と言って王黎は目を閉じた。
【光の神、カオディリヒス。人が耕し種を蒔き、刈り取り商い、営む場所。悪しきは寄れず、これを持続せよ。強き光携えて、これを持続せよ】
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王黎はそれが続くように祈った。安寧が続くように願った。
その祈りと願いが、言葉を通して祈聖石に蓄えられていく。すると半径三メイほどだった光の輪は、明るさを増しながら徐々に広がり、三倍ほどに広がった。遠くへ離れてしまったというのに、その輪が放つ光は強さを増しており、ドレイク大森林の中は先ほどよりも鮮明に照らし出されている。足元に生えている背丈の低い雑草の葉脈さえも視認できそうなほどだ。
「ふぅ」
目を開けて王黎は一息ついた。左右に視線を送って、広がった光の輪を確認する。
「まあまあかな」
「すごい……」
本人はまあまあと評価するが、紀更は感嘆した。ほかの操言士の力をほとんど知らないので比べようがないが、王黎の操言士としての力は上々の部類に入るに違いない。
「祈聖石作りを本職としている操言士なら、もう五倍は広さも強さも上だよ」
「ごっ、五倍!? これの五倍ですか!?」
「祈聖石作りに人生を捧げているような操言士が本気を出すと、そりゃもう、すごいよ。こりゃ怪魔が近寄れないな、って納得するぐらいにね」
「信じられないです」
王黎でもすごいと感じるのに、これ以上できる人がいるというのか。紀更の口は、自然と開いたままになる。
「祈聖石作りで大事なのは、普通の石を祈聖石に仕立て上げる最初の工程なんだ。この祈聖石みたいに、小さなサイズでもしっかり作り込まれれば、広範囲を強力な力で守護することができる。保守をしっかりやらないと、時間の経過とともに効果は薄れてしまうけどね。こういう強力な祈聖石や生活器を作れる実力があれば、かなり稼げるよ」
祈聖石を再び擬態させる傍ら、王黎はそう言って笑った。
苔むした倒木の一部に姿を変えた祈聖石を、紀更はぼんやりと見つめる。けれども王黎が歩き出したので、置いていかれないように小走りで追った。
「操言士のいろんな仕事を知れば、紀更も自分のやりたいことが見えてくるかもね」
王黎は歩きながら暗幕の効果を終了させて、エリックたちが待つ場所へ戻る。
操言士が、この国の人々からどんな風に必要とされているのか。王黎のように一人前の操言士として生計を立てている者たちは、日々どんな風に働いているのか。
(やりたいこと……自分がこの先どうするか。まずは操言士のことを知ることからだ)
オリジーアに欠かせない操言士。怪魔と戦い、祈聖石を作るだけでなく、もっと違う姿もあるのだろう。その中で自分はどんな操言士になれるだろうか。なりたいだろうか。
(知りたい……わくわくする)
始まったばかりの祈聖石巡礼の旅。紀更の表情は未来への期待で思わずほころんだ。
その後一行は西国道に戻り、音の街ラフーアを目指して西へ進んだ。そしてヤージュの森の中にある営所で夜を明かすのだった。
◆◇◆◇◆
「ラフーアへ行くぞ」
「ラフーアへ?」
今回の仕事が失敗したからだろうか。滅ぼすことを試みたレイトを放ってラフーアへ行くとは、どういうことだろうか。
「目的の人物はレイトにいるのではなく、移動している可能性がある。ラフーアで騒ぎを起こしてあぶり出し、見つけろとの命令だ」
長髪の男の真意が、青年にはわからない。
だが深く理解する必要はなかった。
真意はわからないが、その命令は自分の望みと一致していた。
「周辺の怪魔を増やせ。なるべく外に目を向けさせるんだ」
「御意」
冷徹な男の命令に青年は頷いた。
(憎き故郷……すべてなくなればいい)
強く願う未来をなんのためらいもなく潰されて。
通じ合っていると思っていた心さえ、いとも簡単に踏みにじられて。
それでもこのさだめをまっとうしようと思い直し。
そして結局、その心根は蔑ろにされて。
前に進むこともうしろに戻ることもできず。
いつ終わるとも知れない絶望がしんしんと積もっていく。
このまま苦しむならばいっそ、自分だけでなくすべてを巻き込んでしまいたい。
他人を、この国を、この世界を。
すべてが自分と同じように苦しめばいい。
そうして黒く染めたこの両手。
どうして、こんなことに――付きまとう後悔はひっそりと笛の音に隠して。
長髪の男を追うように、青年の姿は闇の中にまぎれて消えた。
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本作についてのお知らせが2024.08.31付けの作者の近況ボードにございます。
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