ヒオクダルスの二重螺旋

矢崎未紗

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第05話 グラマラスな操言士と旅の終わり

8.旅の仕上げ(上)

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「オドレイ支部長、お連れしました」

 マリカの先導で、紀更たち六人はポーレンヌ操言支部会館の支部長室を訪れた。中にはオドレイのほか年配の操言士が三名いて、全員の視線がいっせいにこちらへ向けられる。

「ありがとう、マリカ。あなたもまだここにいてください」
「はい」

 マリカは王黎と紀更をソファに座るよう案内すると、立っている三名の操言士と同じ位置に移動した。同じように、王黎と紀更以外のエリックたち四人も、二人が座るソファの背後に控えるように立つことにする。

「全員、無事のようですね」

 ソファに座ったオドレイは、王黎たち一人一人の表情を見て言った。
 オドレイのまとう空気は相変わらず硬く、紀更の背筋は緊張で強張る。

「昨夜この街に何が起きたか、あなたならもうご存じですね、王黎」
「街の南西エリアで火事、それから東側に怪魔出現、ですよね」
「正確には北東エリアと南東エリアです。それから、今朝になって判明したことですが、街を守る祈聖石が三つ、そして操言士が四名、行方不明です」

 オドレイが共有したその内容に驚き、紀更たち一行は息を呑んで目を見開いた。
 祈聖石についてはマリカとの会話で知っていたし、行方不明の操言士については住民たちの噂話と昨夜の馬龍たちの会話から予測はしていた。だがオドレイからあらためて詳細を聞かされると、それらの被害が思った以上に出ていたことに心が痛む。

「なぜこのことをあなた方に伝えるのか、わかりますね?」

 オドレイはまるで咎めるような険しい声で王黎に尋ねた。

「一連の被害について、僕らが何か関与しているのではないかと疑っている。あるいは、僕らに何かできることがあってそれを頼みたい……そういう感じでしょうか」
「言い回しには語弊がありますが、概ねそのとおりです。騎士団からの情報共有で判明しましたが、あなた方も昨夜、街中で怪魔と戦っていますね? 場所は城下町の西口。そちらの騎士の方の負傷はその戦闘によるもの。間違いありませんね?」
「そうです」

 バレているのなら仕方がない。王黎はオドレイの指摘を素直に肯定する。そのことを知らなかったマリカらポーレンヌの操言士たちの顔には動揺が走った。

「カルーテが複数とドサバトが二匹、ゲルーネが一匹。ここにいる全員で応戦し、殲滅しました」
「祈聖石巡礼の旅の途中でありながら街の防衛に一役買ってくれたことは感謝します。ですがなぜ昨夜のうちに、あるいは今朝一番にでもそのことを支部に報告しなかったのか。支部長であるあたくしに面会はできずとも、伝言ぐらいは残せたでしょう。少なくとも、今朝の時点で操言士マリカとは顔を合わせていますね? その時にでも、自分たちも戦闘したことを伝えればよかったはずです。何か弁明はありますか」

 王黎を非難するオドレイの言うことはもっともだった。
 紀更は、自分では到底答えられない質問に対して王黎がどう答えるのか、肝を冷やしながら横目で彼を見守ることしかできない。

「支部ではなく、王都の操言士団本部に報告すべき事態があったからです」

 王黎の返答は、背後に控えるエリックとルーカスの背筋をも冷たくした。
 王黎はオドレイの眼差しの厳しさと冷たさをなんとも思わないのか、昨日と同じ落ち着き払った、しかし堂々とした口調で続ける。

「水の村レイト、音の街ラフーア、そしてポーレンヌ。同じように怪魔に襲撃された都市部ですが、なんの偶然か、僕らはまさにその瞬間に立ち合ってきました。昨日で三度目です。偶然ではない何かが起きていると考えます。昨夜のこと以外は、すでに一昨日、王都へ手紙で報告しています」
「今はその王都からの返答待ち。ゆえにポーレンヌ操言支部には報告しなかったと?」
「僕も弟子の紀更も、王都の操言士です」

 王都の操言士だから、王都への報告と王都からの指示が優先でありポーレンヌ操言支部を優先にする謂れはない、と断言するも同然の王黎によって室内の気温は下がっていく。紀更の目には、オドレイが徐々に怒っているように見えて仕方なかった。

「わかりました。ではその王都から返答が届いたので開示しましょう」

 オドレイは目配せをすると、隣に立っていた男性操言士から手紙を受け取り、紀更たちから見えるように開封して中身を読み上げた。

「祈聖石巡礼の旅途中の操言士王黎、およびその弟子である見習い操言士紀更。両名はただちに旅を中止し、王都に帰還せよ。旅路で見聞きしたことはすべて他言無用とする。帰還次第、即刻操言士団本部へ出頭し、操言士団団長の判断を仰がれたし。以上が王都からの返答です。なお、この内容を見聞きしてあなた方に伝えることは、ポーレンヌ操言支部の支部長へ下された操言士団団長からの命令です。あしからず」

 一気にそう告げたオドレイはひとつの深呼吸をしてから続けた。

「今日の夕方頃、第二王子が慰問としてポーレンヌ城に参られます。明後日の朝一に王都へ戻る予定ですから、あなた方はその王子の一行と共に、王都へ帰還なさい。王都の操言士団へは、王子の一行と共に帰還するとこちらから伝えておきます。そして王都帰還後は指示にあるとおり、速やかに本部へ出頭なさい。いいですね」
「旅路で見聞きしたことはすべて他言無用ですか。王都の指示は守れましたね」

 王黎がくすりと笑顔を浮かべると、オドレイの眉が少しだけつり上がった。

「結果的にそうなっただけです。一歩違えばあなたの判断は誤りであったでしょう。ほかに何かありますか」

 淡々と話すオドレイに対して王黎は小首をかしげた。

「王子様と一緒に王都へ戻るまで、僕らは自由行動でよろしいのでしょうか」
「あなた方の本来の目的を遂行なさい」

 オドレイにしては珍しく、わかりやすいため息交じりの答えだった。これだけ緊迫した状況においてもマイペースを崩さない王黎への、それは一種の諦めの表情だった。

「わかりました。では王都帰還までの残り時間、しっかりと祈聖石を巡礼して弟子を鍛えます。それじゃ行こうか、みんな」
「えっ、あの」

 さらりと立ち上がった王黎を真似して自分も腰を上げたが、こんなあっさりと退席してよいのか。紀更は王黎とオドレイの両者を交互に見つめたが、オドレイは特に何を言うでもなく、王黎もすたこらさっさと部屋を出ていこうとしてしまう。
 紀更はオドレイにぺこりと頭を下げると、背中に少しばかりの視線の痛さを感じながら支部長室を後にするのだった。



「ひゃあ~……怖かったね~」

 操言支部会館を出ると、王黎は両手を上げて大きく背伸びをした。緊張感から解放されたからなのか、その表情はとても清々しい。

「王黎師匠、今度こそ本当に、オドレイ支部長は怒ったんじゃないですか」

 まだ緊張が解けきらない紀更は恐る恐る王黎に尋ねる。すると王黎はまだ背伸びをしながらのんびりと答えた。

「ん~そうかもね~」
「そうかもって」
「まあ、オドレイさんに報告しなかったのは事実だし。それが今さら覆るわけでもないし。全部もう過ぎたことだから、大丈夫だよ」
「そうでしょうか」
「言ったでしょ。僕らの見聞きしたことは誰にどんな意味をもたらすか影響がわからない。本当に必要な時まで黙っていた方がいいこともあるんだ。王都の本部からも正式に他言無用って釘を刺されたわけだしね」

 王黎の弁にエリックとルーカスは顔を見合わせた。王黎の言うことはもっともだが、その主張を隠れ蓑にしてとてつもなく重要で何か肝心なことを、王黎はこのメンバーにすら伝えていないのではないか。それこそ馬龍の言う「闇の子」という表現について、本当は心当たりがあるのではないか。
 二人の騎士は、自分たちのを鑑みても、王黎への疑いをすっきりと晴らすことはできなかった。

「ねえ、紀更様! 王子様が来るって、あたしたちも王子様を見られるんですかね! 紀更様は王都育ちですけど、王子様を見たことはありますか」

 難しい表情で沈黙するエリックとルーカスと違って、朗らかな笑顔を見せたのは紅雷だった。紀更の腕にからみつきながら、今様色の瞳を輝かせる。

「うーん……いつだったか、すごーく遠くからなら見たことがあるような」
「王子様はやっぱり王子様、って感じでしたか?」
「どうかなあ。ぼんやりとしか憶えていないわ」
「せっかくだから、夕方になったら南国道に行ってみようか。王都からポーレンヌ城に来るなら南国道を通るはずだからね。それまではオドレイ支部長の言うとおり、残りの祈聖石巡りをしよう」
「そうしましょう!」

 王黎が提案すると、紅雷は珍しく王黎に向かって嬉しそうに頷いた。
 しかし夕方にポーレンヌを訪れた第二王子の姿は、残念ながらほとんど見られなかった。第一にあたりが暗くなっていたこと。第二に、同じように王子の姿を見ようと多くの住民が国道に集まったため、人垣ができてしまっていたこと。そして何より、王子は馬車に乗っており、屋根付きの車体の中のご尊顔をはっきりと見ることはできなかった。

 楽しみにしていた紅雷はがっかりしたが、王族が乗るにふさわしい豪華な装飾の施された馬車を見られただけでも多少は満足したようだった。
 一方の紀更は、武装した馬に騎乗した騎士や同じく武装した歩兵らの護衛と共にやって来た王子の一行を見て、この人たちと共に王都に戻らねばならぬのかと思い、胃が重くなった。
 オドレイの言う「王子の一行と共に」とは、この大名行列のうしろに付いて歩いていけ、ということなのだろうか。それとも、まさか馬に乗って王子の警護役の一人のように振る舞えということなのか。はたまた、万が一にもないだろうが、王子と共に馬車に乗れということなのか。

(どれも気が重いわ。どうして王子様と一緒になの)

 王子など関係なく、明日にでも王都へ戻ることはできる。それなのにわざわざもう一日待って明後日の朝一で王子と共に王都へ帰還せよというのは、オドレイ個人の思惑なのか、それとも操言士団の思惑なのか。すぐに王都へ帰還せよ、との話だったのではないのか。
 帰り道のことを思うと憂鬱になる紀更だったが、その憂鬱さを吹き飛ばす事態が夕食を終えたあとに起こるのだった。


     ◆◇◆◇◆
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