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第10話 不可解な操言士と対人間戦
3.ラテラスト平野(上)
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「しーっ」
「あの、え……王黎師匠、操言の力を使ったんですか」
声の大きさを落として、紀更はこそこそと内緒話をするように王黎に尋ねた。王黎はいたずらが成功して楽しくて仕方がない、という風ににんまりと笑う。
「うん。だって、さすがに四人連続勝利とか、無理でしょ」
「まあ、無理だっただろうな」
ユルゲンもしれっと頷く。
「揉め事が起きた場合、腕相撲で勝負をつけるのは傭兵同士じゃよくあることだ。まともにやり合ってもいいんだが、店ん中や街中で暴れるわけにはいかないからな。テーブルと椅子さえありゃ簡単にできて、しかも誰の目にも勝敗が明らかな腕相撲ってのは傭兵同士の喧嘩としては都合がいいんだ。わかりやすい力勝負だしな」
「だから、ユルゲンさんは勝負を持ちかけたんですね」
「公正にやるなら、敗者への罰と勝者の権利をあらかじめ合意するもんだがな。あいつら言ってただろ。俺が負けたら俺の頭を剃るって」
勝負がついたあとの賞罰についての事前合意はそれくらいだった。彼らは自分たちが負けたらどうするとは言わなかったし、ユルゲンも自分が勝ったらどうするとは言わなかった。
「それに、ガチの勝負なら一対一でやるのが筋だ。その筋が通ってねぇんだから、こっちもイカサマありきってわけだ」
勝負は四対一で行うと彼らが先に決めてユルゲンもそれを了承したわけだが、それは本来なら公正な勝負とは呼べないものだ。ワジグ組もユルゲンも、互いに正々堂々と真剣勝負をする気などなかったのだ。
「な、なるほど……」
ユルゲンの黒髪はそれなりに長いが、もしも頭頂部だけ刈られてしまったら、それはそれは不格好になり、彼らの笑いのネタにされることだろう。そのような結果にならなくてよかったと、紀更はあらためて胸をなでおろした。そして垣間見えた傭兵たちの世界に、妙に感心してしまった。
「王黎がいつ加護を与えてくれるかわからなかったから、何度か本気で負けかけてひやっとしたぞ」
「だってほら、あまりにも余裕で勝ったらイカサマがバレちゃうじゃない?」
「王黎師匠はどのような加護を与えたんですか」
「普通に、ユルゲンくんの筋力がちょっと強くなるように、ってぐらいかなあ。ただし、とても短時間だけね。バレるとマズかったし」
「観客がいてくれて助かったな。誰も王黎に注目してなかっただろ」
「あの、ユルゲンさん。途中で私に声をかけたのは」
先ほどユルゲンに手を取られて勝利の女神扱いされた紀更は、おずおずとその行動の理由を尋ねた。
「陽動というか、まあ、一種の目くらましだな」
「あれで周りの視線は紀更に向いて、〝女の子の操言士〟は力を使っていないことを全員が確認したわけだ。で、もう一人の操言士の僕には誰も目を向けないということで、僕はこっそり力を使えたわけだ。ユルゲンくん、ほんと機転が利くよねえ」
「そういうことでしたか」
「悪かったな、嫌な思いをさせて」
ユルゲンは青い瞳で紀更を見つめて静かに詫びた。衆人環視のもとであんな風に手を握られて、酔った観客たちに変に勘繰られてからかわれて、いい気分はしないだろう。しかしユルゲンはそうなるとわかっていて、あえて紀更の手を取ったのだ。
「いえ……さっきの人たちはイヤでしたけど、ユルゲンさんは……その……」
徐々に小さくなっていく声で紀更は否定した。もっと大々的に否定してもよかったが、そうすると逆にユルゲンにさわられて嬉しかったと言っていることになるような気がしてしまい、恥ずかしくてはっきりとは明言できない。けれども実際に不快感はなかったので、紀更はそこまで呟くので精一杯だった。
(熱いわ……)
腕相撲勝負の熱気がまだただよっているのか、紀更は自分の頬が熱くなっているのを感じて手の甲を頬に当てて俯いた。
一方のユルゲンは、そんな紀更をそれ以上見ないように店の床に視線を落とした。
ワジグ組に気付かれずに王黎に操言の力を使わせるため、周囲の視線が紀更に集まるように振る舞ったユルゲンの言動はすべて計算だった。しかしそこには、周囲の視線を陽動する意図だけでなく、紀更にふれたいという下心もひっそりと含まれていた。
(俺相手なら平気だと……好意的に受け取っちまうぞ、まったく)
にぶい紀更がその下心に気付いた様子はなかったので、ユルゲンはほっとした。それどころか明確な嫌悪感を示さず、俯きがちになる紀更の反応に、何か自分にとって都合のいい解釈をしてしまいそうになる。ユルゲンにさわられることを恥ずかしいと思う――つまり、何かを意識しているのではないかと。
「傭兵が全員、ああいう奴なんだとは思わないでやってくれ」
たかぶりそうになる胸中はおくびにも出さず、傭兵という職業への偏見を持たせないようにユルゲンは落ち着いた声で語り出した。
「楊やミケルのように、まともな奴もいる。ワジグ組の言うことが本当なら、怪魔との戦闘が続いて殺気立っていたり、気疲れしていたりしたのかもしれん。そういう時は弱い相手に当たり散らしたくなるもんだ」
「弱い相手……」
紀更は顔を上げてユルゲンに視線を向けた。
「肉体戦が得意な操言士はいないだろ? 自分の身体ひとつで怪魔と戦う傭兵からしたら、操言士はみんな弱っちくてひょろひょろに見えるんだ」
「確かに、筋肉隆々の操言士は少ないよね。僕も筋肉なんて必要分しかないし」
「ミッチェルさん……」
「ん?」
紀更の呟きを拾い上げて、王黎は高らかに笑った。
「あははっ、確かにミッチェルさんはガタイがいいけど、あれは怪魔と戦うために鍛えたんじゃなくて、そういう体質じゃないかなあ」
「操言士じゃなくても、テキトーに因縁をつけられる女や子供相手に傍若無人に振る舞う奴もいる。そういう手合いには、王黎みたいになるべく反応しない方が賢明だな」
ユルゲンはそう締めくくった。
紀更はぼんやりとテーブルの上を見つめる。
王都にいた頃も前回の旅の途中も、あんな風にいかにも荒くれ者という相手にからまれたことはない。もしも一人でいる時に囲まれたら、怖くて動けないだろう。
(弱い存在……操言士や女性、子供……)
紀更は年齢的には成人している。しかし見た目も言動も自信を持って大人だとはまだ言えないし、きっと周りの目にもそうは映っていない。からまれる要素すべてを持っていると言える。
王都にいた頃はまったく知らなかった、ほかの都市部。そこには先ほどの四人組の傭兵のような、想像したこともない野蛮なタイプの人間もいるのだ。そして、時にはそうした人間ともうまく付き合わなければいけない。のらりくらりと交わしたり、正面を切っていなしたり、手段は様々だが、これまでとは違う態度ややり方が必要になってくるだろう。そうした処世術を身に付ける機会である、ということも、この旅の意義のひとつかもしれない。
(何事も学びね)
見知らぬ男たちは怖かった。臭くて気持ち悪いと思った。
だが、自分は一人ではない。仲間がいてくれる。一人じゃないこの時間だからこそ、何事も糧にしていけるはずだ。紀更は何度か深呼吸をして気持ちを落ち着けた。
◆◇◆◇◆
「なんだ? やけに減ってるじゃねぇか」
紀更たちが豊穣の村エイルーに到着したその夜、ラテラスト平野を闊歩していた目付きの悪い大柄な男は周囲を見渡して舌打ちをした。
二日前にラテラスト平野にまき散らしたはずの怪魔の素体、黒い靄は、今頃怪魔となって付近をうろうろと徘徊しているはずだった。ところが、肉の器を捕食して進化したはずの怪魔は予想以上に少なかった。
「チッ、操言士か」
国力を削ぎ落とすために、仲間総出で地道にまき散らしている怪魔。
おとなしく餌食になればいいものを、操言士たちが怪魔を恐れず戦い、斃してしまうため、男たちの思惑通りには事が運ばない。
「ああっ、クソ! だから回りくどくて面倒なんだ!」
雲間から差し込むわずかな月と星の明かりに照らされたラテラスト平野を、男は夜行性の動物のような細い瞳孔で見回した。二日でこんなにも怪魔の数が減るだろうか。
二日前にここへ来た時、相当量の素体をまいたはずだ。というのも、ポーレンヌで「闇の子」の正体が判明して以来、闇神様は非常にご機嫌ですこぶる調子がよく、処理しきれないくらいの素体を毎日作り出してくれるのだ。それらをせっせと各地にばらまき、ピラーオルドはオリジーアだけでなくセカンディアも脅かし続けている。そのおかげで、つい最近もまた一人、オリジーアの操言士を軛として入手できたばかりだった。
(特に減っているのは道沿いか)
だが、気付けばこうして怪魔は減らされてしまう。それもすべて操言士のせいだ。
具月石をズボンのポケットから取り出し、男は頭に血を上らせながら歩く。するとその手にある具月石をめがけてカルーテ、クフヴェ、ドサバトが引き寄せられるように集まってきた。それらを引き連れながら、男は西から東へと視線をすべらせる。
「お前ら、教えろ。誰がここを通った?」
「ギィィィィ」
「ピァァァァ」
怪魔たちが不気味にうめき、唸り、普通の人間には耳障りな声を上げた。
怪魔は生きている人間や動物を見ると分別なく襲い掛かる習性があるが、具月石を持つ者だけはその限りではない。まるで主人を慕う飼い犬のように、男の周囲をくるりと取り囲む。
「数人……男と女の操言士。おいおい、それって」
具月石を通して怪魔たちの声を受け取った男の口元が怪しくゆがんだ。
目下、ピラーオルドにとっての最重要人物である「闇の子」。怪魔たちの言葉にならない声から得られる断片的な情報から察するに、どうやらその闇の子が怪魔を斃しながら東へ向かったようだ。
「ようやくアタリを引いたか!」
苛立たしさが晴れ、ずっと地味な働きばかりでつまらなかった男の胸が躍る。
闇の子を見つけたと、すぐにでも報告をすべきだろう。だが、そうしたらまたアンジャリがお目付け役となって好き勝手には動けない。生きたまま捕らえろと言われてはいるが、闇の子が憎き操言士の一人である以上、男にとっていたぶる対象であることには変わりがない。
「待ってろ、必ず見つけてやる!」
捕らえられなくても、顔と名前を憶えられれば自分にとっては成果だ。
大柄な男は闇夜の中、怪魔を引き連れて東へ――豊穣の村エイルー方面へと進んだ。
◆◇◆◇◆
「あの、え……王黎師匠、操言の力を使ったんですか」
声の大きさを落として、紀更はこそこそと内緒話をするように王黎に尋ねた。王黎はいたずらが成功して楽しくて仕方がない、という風ににんまりと笑う。
「うん。だって、さすがに四人連続勝利とか、無理でしょ」
「まあ、無理だっただろうな」
ユルゲンもしれっと頷く。
「揉め事が起きた場合、腕相撲で勝負をつけるのは傭兵同士じゃよくあることだ。まともにやり合ってもいいんだが、店ん中や街中で暴れるわけにはいかないからな。テーブルと椅子さえありゃ簡単にできて、しかも誰の目にも勝敗が明らかな腕相撲ってのは傭兵同士の喧嘩としては都合がいいんだ。わかりやすい力勝負だしな」
「だから、ユルゲンさんは勝負を持ちかけたんですね」
「公正にやるなら、敗者への罰と勝者の権利をあらかじめ合意するもんだがな。あいつら言ってただろ。俺が負けたら俺の頭を剃るって」
勝負がついたあとの賞罰についての事前合意はそれくらいだった。彼らは自分たちが負けたらどうするとは言わなかったし、ユルゲンも自分が勝ったらどうするとは言わなかった。
「それに、ガチの勝負なら一対一でやるのが筋だ。その筋が通ってねぇんだから、こっちもイカサマありきってわけだ」
勝負は四対一で行うと彼らが先に決めてユルゲンもそれを了承したわけだが、それは本来なら公正な勝負とは呼べないものだ。ワジグ組もユルゲンも、互いに正々堂々と真剣勝負をする気などなかったのだ。
「な、なるほど……」
ユルゲンの黒髪はそれなりに長いが、もしも頭頂部だけ刈られてしまったら、それはそれは不格好になり、彼らの笑いのネタにされることだろう。そのような結果にならなくてよかったと、紀更はあらためて胸をなでおろした。そして垣間見えた傭兵たちの世界に、妙に感心してしまった。
「王黎がいつ加護を与えてくれるかわからなかったから、何度か本気で負けかけてひやっとしたぞ」
「だってほら、あまりにも余裕で勝ったらイカサマがバレちゃうじゃない?」
「王黎師匠はどのような加護を与えたんですか」
「普通に、ユルゲンくんの筋力がちょっと強くなるように、ってぐらいかなあ。ただし、とても短時間だけね。バレるとマズかったし」
「観客がいてくれて助かったな。誰も王黎に注目してなかっただろ」
「あの、ユルゲンさん。途中で私に声をかけたのは」
先ほどユルゲンに手を取られて勝利の女神扱いされた紀更は、おずおずとその行動の理由を尋ねた。
「陽動というか、まあ、一種の目くらましだな」
「あれで周りの視線は紀更に向いて、〝女の子の操言士〟は力を使っていないことを全員が確認したわけだ。で、もう一人の操言士の僕には誰も目を向けないということで、僕はこっそり力を使えたわけだ。ユルゲンくん、ほんと機転が利くよねえ」
「そういうことでしたか」
「悪かったな、嫌な思いをさせて」
ユルゲンは青い瞳で紀更を見つめて静かに詫びた。衆人環視のもとであんな風に手を握られて、酔った観客たちに変に勘繰られてからかわれて、いい気分はしないだろう。しかしユルゲンはそうなるとわかっていて、あえて紀更の手を取ったのだ。
「いえ……さっきの人たちはイヤでしたけど、ユルゲンさんは……その……」
徐々に小さくなっていく声で紀更は否定した。もっと大々的に否定してもよかったが、そうすると逆にユルゲンにさわられて嬉しかったと言っていることになるような気がしてしまい、恥ずかしくてはっきりとは明言できない。けれども実際に不快感はなかったので、紀更はそこまで呟くので精一杯だった。
(熱いわ……)
腕相撲勝負の熱気がまだただよっているのか、紀更は自分の頬が熱くなっているのを感じて手の甲を頬に当てて俯いた。
一方のユルゲンは、そんな紀更をそれ以上見ないように店の床に視線を落とした。
ワジグ組に気付かれずに王黎に操言の力を使わせるため、周囲の視線が紀更に集まるように振る舞ったユルゲンの言動はすべて計算だった。しかしそこには、周囲の視線を陽動する意図だけでなく、紀更にふれたいという下心もひっそりと含まれていた。
(俺相手なら平気だと……好意的に受け取っちまうぞ、まったく)
にぶい紀更がその下心に気付いた様子はなかったので、ユルゲンはほっとした。それどころか明確な嫌悪感を示さず、俯きがちになる紀更の反応に、何か自分にとって都合のいい解釈をしてしまいそうになる。ユルゲンにさわられることを恥ずかしいと思う――つまり、何かを意識しているのではないかと。
「傭兵が全員、ああいう奴なんだとは思わないでやってくれ」
たかぶりそうになる胸中はおくびにも出さず、傭兵という職業への偏見を持たせないようにユルゲンは落ち着いた声で語り出した。
「楊やミケルのように、まともな奴もいる。ワジグ組の言うことが本当なら、怪魔との戦闘が続いて殺気立っていたり、気疲れしていたりしたのかもしれん。そういう時は弱い相手に当たり散らしたくなるもんだ」
「弱い相手……」
紀更は顔を上げてユルゲンに視線を向けた。
「肉体戦が得意な操言士はいないだろ? 自分の身体ひとつで怪魔と戦う傭兵からしたら、操言士はみんな弱っちくてひょろひょろに見えるんだ」
「確かに、筋肉隆々の操言士は少ないよね。僕も筋肉なんて必要分しかないし」
「ミッチェルさん……」
「ん?」
紀更の呟きを拾い上げて、王黎は高らかに笑った。
「あははっ、確かにミッチェルさんはガタイがいいけど、あれは怪魔と戦うために鍛えたんじゃなくて、そういう体質じゃないかなあ」
「操言士じゃなくても、テキトーに因縁をつけられる女や子供相手に傍若無人に振る舞う奴もいる。そういう手合いには、王黎みたいになるべく反応しない方が賢明だな」
ユルゲンはそう締めくくった。
紀更はぼんやりとテーブルの上を見つめる。
王都にいた頃も前回の旅の途中も、あんな風にいかにも荒くれ者という相手にからまれたことはない。もしも一人でいる時に囲まれたら、怖くて動けないだろう。
(弱い存在……操言士や女性、子供……)
紀更は年齢的には成人している。しかし見た目も言動も自信を持って大人だとはまだ言えないし、きっと周りの目にもそうは映っていない。からまれる要素すべてを持っていると言える。
王都にいた頃はまったく知らなかった、ほかの都市部。そこには先ほどの四人組の傭兵のような、想像したこともない野蛮なタイプの人間もいるのだ。そして、時にはそうした人間ともうまく付き合わなければいけない。のらりくらりと交わしたり、正面を切っていなしたり、手段は様々だが、これまでとは違う態度ややり方が必要になってくるだろう。そうした処世術を身に付ける機会である、ということも、この旅の意義のひとつかもしれない。
(何事も学びね)
見知らぬ男たちは怖かった。臭くて気持ち悪いと思った。
だが、自分は一人ではない。仲間がいてくれる。一人じゃないこの時間だからこそ、何事も糧にしていけるはずだ。紀更は何度か深呼吸をして気持ちを落ち着けた。
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「なんだ? やけに減ってるじゃねぇか」
紀更たちが豊穣の村エイルーに到着したその夜、ラテラスト平野を闊歩していた目付きの悪い大柄な男は周囲を見渡して舌打ちをした。
二日前にラテラスト平野にまき散らしたはずの怪魔の素体、黒い靄は、今頃怪魔となって付近をうろうろと徘徊しているはずだった。ところが、肉の器を捕食して進化したはずの怪魔は予想以上に少なかった。
「チッ、操言士か」
国力を削ぎ落とすために、仲間総出で地道にまき散らしている怪魔。
おとなしく餌食になればいいものを、操言士たちが怪魔を恐れず戦い、斃してしまうため、男たちの思惑通りには事が運ばない。
「ああっ、クソ! だから回りくどくて面倒なんだ!」
雲間から差し込むわずかな月と星の明かりに照らされたラテラスト平野を、男は夜行性の動物のような細い瞳孔で見回した。二日でこんなにも怪魔の数が減るだろうか。
二日前にここへ来た時、相当量の素体をまいたはずだ。というのも、ポーレンヌで「闇の子」の正体が判明して以来、闇神様は非常にご機嫌ですこぶる調子がよく、処理しきれないくらいの素体を毎日作り出してくれるのだ。それらをせっせと各地にばらまき、ピラーオルドはオリジーアだけでなくセカンディアも脅かし続けている。そのおかげで、つい最近もまた一人、オリジーアの操言士を軛として入手できたばかりだった。
(特に減っているのは道沿いか)
だが、気付けばこうして怪魔は減らされてしまう。それもすべて操言士のせいだ。
具月石をズボンのポケットから取り出し、男は頭に血を上らせながら歩く。するとその手にある具月石をめがけてカルーテ、クフヴェ、ドサバトが引き寄せられるように集まってきた。それらを引き連れながら、男は西から東へと視線をすべらせる。
「お前ら、教えろ。誰がここを通った?」
「ギィィィィ」
「ピァァァァ」
怪魔たちが不気味にうめき、唸り、普通の人間には耳障りな声を上げた。
怪魔は生きている人間や動物を見ると分別なく襲い掛かる習性があるが、具月石を持つ者だけはその限りではない。まるで主人を慕う飼い犬のように、男の周囲をくるりと取り囲む。
「数人……男と女の操言士。おいおい、それって」
具月石を通して怪魔たちの声を受け取った男の口元が怪しくゆがんだ。
目下、ピラーオルドにとっての最重要人物である「闇の子」。怪魔たちの言葉にならない声から得られる断片的な情報から察するに、どうやらその闇の子が怪魔を斃しながら東へ向かったようだ。
「ようやくアタリを引いたか!」
苛立たしさが晴れ、ずっと地味な働きばかりでつまらなかった男の胸が躍る。
闇の子を見つけたと、すぐにでも報告をすべきだろう。だが、そうしたらまたアンジャリがお目付け役となって好き勝手には動けない。生きたまま捕らえろと言われてはいるが、闇の子が憎き操言士の一人である以上、男にとっていたぶる対象であることには変わりがない。
「待ってろ、必ず見つけてやる!」
捕らえられなくても、顔と名前を憶えられれば自分にとっては成果だ。
大柄な男は闇夜の中、怪魔を引き連れて東へ――豊穣の村エイルー方面へと進んだ。
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