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第6章 自覚と本音
4. 感情の乖離 side 南条陽生
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友達なんて、いなかった。
ひとりで過ごすことに、何の違和感もなかった。
むしろ、それが当たり前だった。
大好きな絵を描きたくて、美術部に入った。
けれど、そこには本気で絵を描いている人なんて、ひとりもいなかった。
みんな、どこかの部と掛け持ちで。
絵が好きだから、というより〝なんとなく〟で集まっているように見えた。
それが、妙に虚しかった。
そんな僕に最初に話しかけてくれたのが、ゆいだった。
ゆいは不思議な子だった。
自分の感情はあまり表に出さないくせに、僕のちょっとした変化にはすぐに気づく。
まるで、僕自身よりも僕のことを知っているみたいで。ときおり、違和感すら覚えるほどだ。
彼女とは、友達みたいなものだったと思う。
ただ、関わるのは部活の時間だけ。
それ以上でも、それ以下でもなく。
だけど、安心できる距離感だった。
ゆいは、いつも僕の隣にいたけれど、僕が描く絵については何も言ってこなかった。
見るだけ見て、何も言わずに帰っていく。
別に僕は、彼女に感想を求めていたわけじゃない。
でも、好きとか嫌いとか。
たったそれだけでも、言ってもらえたら嬉しかったのに。ゆいはただ、笑顔で隣にいた。
なぜ僕と一緒にいてくれるのか、その理由がずっとわからないままだった。
僕は昔から、誰からも絵を褒められることはなかった。
誰も、僕自身をちゃんと見てはくれなかった。
それが、地味に傷となっていたのだ。
気づかれないふりをして、強がって。無関心で無表情な、冷たい人間を演じて——気づけば、〝冷酷眼鏡〟なんて呼ばれたりして。
でも、それでいいと思ってた。
誰にも踏み込まれなければ、何も傷つかなくて済むから。
僕が僕の心を守るには、それしかなかった。
……そんな僕の中に、あの人は土足で入ってきたんだ。
白浜くんは最初、鬱陶しい人だと思った。
大声で笑って、明るくて、うるさい。
なんにでも首を突っ込んできて。自分とはまるで違う世界の人間。
だけど……
僕の絵を、彼だけがまっすぐ褒めてくれた。
それが、想像以上に嬉しくて、どこかもどかしくて。
僕は『嬉しい』なんて気持ちを、白浜くんを通してかなり久しぶりに感じた。
◇
「……ゆい」
「ん、はるくん。何?」
教室を出た僕は、廊下でゆいを呼び止めた。
夕陽が沈みかけていて、校舎の影がゆっくり伸びていく。
空気が、すこしだけ冷たい。
僕は文化祭前から、絵は描けなくなっていた。
白浜くんが美術室に来なくなって、それから、何も描けなくなった。
描きたい気持ちはあるのに、手が止まる。
線を引くたび、彼の姿が頭に浮かんで、苦しくなる。
ほんとうは、また描きたかった。
彼をモデルにして、あの時みたいに、真剣に絵と向き合いたかった。
でも、今さらどんな顔して会えばいいのか。それすらもわからない。
僕は、白浜くんの姿を見るたびに、心がざわついて仕方がなかった。
あの無邪気な目が眩しくて、僕とは正反対で、つい友情以上の感情を抱いてしまいそうで怖かった。
いやきっと——もうとっくに、抱いてしまっていた。でも、認めたくなかった。
「……ゆい、白浜くんが僕を探してても、いないことにして」
「え?」
「……僕は彼に、会いたくない」
そう言った瞬間、胸がひどく締め付けられた。
心のどこかが、激しい音を立てて切れた気がする。
ほんとうは、会いたくて仕方なかったくせに。
本音と建前の乖離が、どんどん自分を苦しくしていく。
「……」
そんな僕の顔を、ゆいはじっと見つめていた。
無表情だけど、その中に浮かぶなんとも言えない感情。
ゆいは軽く唇を噛み、僕を見る。そして、ゆっくりと口を開いた。
「……ほんと、鈍感で不器用。むかつく」
「え?」
「ううん、なんでもない」
ゆいは、静かに笑って頷く。
「……わかったよ」
それだけ言って、僕の背後を走り去っていく。
ゆいの背中が遠ざかる。
これでよかったんだ。
たぶん。
でも心の中では、何かが崩れ落ちていく音がしていた。
僕はずっと、ひとりで生きていけると思っていた。
でも、白浜くんと出会って、それが変わってしまったんだ。
あの眩しさを、一度でも知ってしまったら——僕はもう、二度と前のようには戻れない。
その現実が、ほんとうはすこしだけ……怖かった。
ひとりで過ごすことに、何の違和感もなかった。
むしろ、それが当たり前だった。
大好きな絵を描きたくて、美術部に入った。
けれど、そこには本気で絵を描いている人なんて、ひとりもいなかった。
みんな、どこかの部と掛け持ちで。
絵が好きだから、というより〝なんとなく〟で集まっているように見えた。
それが、妙に虚しかった。
そんな僕に最初に話しかけてくれたのが、ゆいだった。
ゆいは不思議な子だった。
自分の感情はあまり表に出さないくせに、僕のちょっとした変化にはすぐに気づく。
まるで、僕自身よりも僕のことを知っているみたいで。ときおり、違和感すら覚えるほどだ。
彼女とは、友達みたいなものだったと思う。
ただ、関わるのは部活の時間だけ。
それ以上でも、それ以下でもなく。
だけど、安心できる距離感だった。
ゆいは、いつも僕の隣にいたけれど、僕が描く絵については何も言ってこなかった。
見るだけ見て、何も言わずに帰っていく。
別に僕は、彼女に感想を求めていたわけじゃない。
でも、好きとか嫌いとか。
たったそれだけでも、言ってもらえたら嬉しかったのに。ゆいはただ、笑顔で隣にいた。
なぜ僕と一緒にいてくれるのか、その理由がずっとわからないままだった。
僕は昔から、誰からも絵を褒められることはなかった。
誰も、僕自身をちゃんと見てはくれなかった。
それが、地味に傷となっていたのだ。
気づかれないふりをして、強がって。無関心で無表情な、冷たい人間を演じて——気づけば、〝冷酷眼鏡〟なんて呼ばれたりして。
でも、それでいいと思ってた。
誰にも踏み込まれなければ、何も傷つかなくて済むから。
僕が僕の心を守るには、それしかなかった。
……そんな僕の中に、あの人は土足で入ってきたんだ。
白浜くんは最初、鬱陶しい人だと思った。
大声で笑って、明るくて、うるさい。
なんにでも首を突っ込んできて。自分とはまるで違う世界の人間。
だけど……
僕の絵を、彼だけがまっすぐ褒めてくれた。
それが、想像以上に嬉しくて、どこかもどかしくて。
僕は『嬉しい』なんて気持ちを、白浜くんを通してかなり久しぶりに感じた。
◇
「……ゆい」
「ん、はるくん。何?」
教室を出た僕は、廊下でゆいを呼び止めた。
夕陽が沈みかけていて、校舎の影がゆっくり伸びていく。
空気が、すこしだけ冷たい。
僕は文化祭前から、絵は描けなくなっていた。
白浜くんが美術室に来なくなって、それから、何も描けなくなった。
描きたい気持ちはあるのに、手が止まる。
線を引くたび、彼の姿が頭に浮かんで、苦しくなる。
ほんとうは、また描きたかった。
彼をモデルにして、あの時みたいに、真剣に絵と向き合いたかった。
でも、今さらどんな顔して会えばいいのか。それすらもわからない。
僕は、白浜くんの姿を見るたびに、心がざわついて仕方がなかった。
あの無邪気な目が眩しくて、僕とは正反対で、つい友情以上の感情を抱いてしまいそうで怖かった。
いやきっと——もうとっくに、抱いてしまっていた。でも、認めたくなかった。
「……ゆい、白浜くんが僕を探してても、いないことにして」
「え?」
「……僕は彼に、会いたくない」
そう言った瞬間、胸がひどく締め付けられた。
心のどこかが、激しい音を立てて切れた気がする。
ほんとうは、会いたくて仕方なかったくせに。
本音と建前の乖離が、どんどん自分を苦しくしていく。
「……」
そんな僕の顔を、ゆいはじっと見つめていた。
無表情だけど、その中に浮かぶなんとも言えない感情。
ゆいは軽く唇を噛み、僕を見る。そして、ゆっくりと口を開いた。
「……ほんと、鈍感で不器用。むかつく」
「え?」
「ううん、なんでもない」
ゆいは、静かに笑って頷く。
「……わかったよ」
それだけ言って、僕の背後を走り去っていく。
ゆいの背中が遠ざかる。
これでよかったんだ。
たぶん。
でも心の中では、何かが崩れ落ちていく音がしていた。
僕はずっと、ひとりで生きていけると思っていた。
でも、白浜くんと出会って、それが変わってしまったんだ。
あの眩しさを、一度でも知ってしまったら——僕はもう、二度と前のようには戻れない。
その現実が、ほんとうはすこしだけ……怖かった。
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