溺愛中毒の彼に囚われて。

螢日ユタ

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出逢い

3

「あ、あの……?」

「ん?」

「もう落ち着いたので……」

「離して欲しいって?」

「は、はい……」

「嫌だ。何か愛結をこうして抱き締めてると安心するから、もう少しこのままで居させてよ。駄目?」

「え、……と、その……」


航海くんの言葉に何て返せばいいのか分からない私は戸惑うばかり。


こんな傷や痣だらけで素性の知れない人間を抱き締めていて安心するだなんて、どうかしてる。


イマイチ人を信用出来ない私は、何か裏があるのではと疑いの心を向けてしまう。


それというのも私は航海くんに出逢う直前まで、交際相手である男の人の家に監禁され続けていた。


何度も脱出を試みては失敗して、見つかるたびに連れ戻されては殴られる。


このままじゃ本当に死んでしまうと恐怖を感じて、何とか隙を見て逃げ出せたのが、今回。


航海くんに出逢えなかったら、私はもう今度こそ殺されていたかもしれない。


彼がどんな人かはまだ詳しく分からないし、交際相手と同じく堅気の人間じゃ無かったことが分かって少し警戒する心はあるけれど、


それでも、


航海くんは、


今まで私に酷いことをして来た男の人たちとは、違う気がした。


だから、


「……私も、こうされると、落ち着くので……お願いします」


まだ暫くこのままで居たいと思っていることを告げた。


航海くんは不思議な人。


怖い世界に身を置いている人間なのにそんな風には見えないし、話を聞いてもまだ信じられない。


身体も心も疲弊していたこと、ようやく安らげる場所に身を寄せることが出来たからなのか、急に睡魔が襲ってくる。


「愛結、眠い?」

「……ん、少し……だけ」

「いいよ、このまま寝ても」

「……でも、」

「疲れただろ? ゆっくり休んどけよ。な?」

「……ん、」


彼の体温と、優しく撫でてくれる手と、心地良い声。


それだけ揃えば私が眠りの世界にいざなわれるには十分だった。


瞼が下がって視界が暗くなった瞬間、私はそのまま眠ってしまった。


こんなにも安心して眠りに就けたのは久しぶりだったから、ついついぐっすり眠ってしまったようで、


「…………ん、」


目を覚ますと、あれから数時間の時が流れていた。


「愛結?」

「……航海、くん……?」

「まだ寝るなら、流石にベッドで寝た方がいい。いつまでもこのままじゃ、疲れ取れねぇだらろうしさ」

「……っ! ご、ごめんなさい! 私、すっかり寝ちゃって!」


初めは寝惚けていて自分の置かれている状況をすっかり忘れていたのだけど、航海くんの言葉でハッと我に返り、私はずっとソファーで彼に身体を預けたままで眠っていたことを思い出した私は慌てて彼から離れようとした。


「落ち着けって。別に怒ってねぇからそんな簡単に謝るなよ。そもそも寝て良いって言ったのは俺なんだから気にするなって」

「……でも……」

「それより、シャワー浴びてくるか? スッキリしてから眠る方がいいだろ?」


そして、その言葉で思い出したことがもう一つ。


それは、彼のパーカーをずっと羽織ったままだったこと。


室内は暖かいから問題無かったのかもしれないけど、航海くんは私にパーカーを貸してくれたときからずっと、半袖シャツ一枚という格好で過ごしていたのだ。


「あの、パーカー、ずっと借りててごめんなさい……」

「ん? ああ、別にいいって。とにかくシャワー浴びて来いよ。な?」


パーカーのことも何てこと無いと言ってくれるし、ここまで優しくされると戸惑いしか無い。


「あー、服は俺の貸すとしても、下着の替えがねぇな……。今日だけは今ので我慢してくれるか? 明日用意しておくから」

「は、はい、大丈夫です」

「それじゃ、シャワー浴びて来な。風呂場はそっちだから」


彼に促された私はひとまずシャワーを浴びて来ることになった。


シャワーを浴びる為に脱衣場へやって来た私は服や下着を脱いでいく。


肌には至る所に傷や痣が付いていて、こんな身体、他人が見たら驚くだろう。


浴室に入ってドアを閉め、シャワーのお湯を流していく。


髪や身体を洗って浴室から出ようとすると、脱衣場の外でドアが開く音が聞こえてくる。


その音で、私の脳裏に過去の嫌な出来事が一気にフラッシュバックする。


私が監禁されていた家には交際相手の他にも数人の男がよく出入りしていて、私は彼らの気分次第で抱かれていた。


こうしてシャワーを浴びたあとに無理矢理ベッドへ連れて行かれたり、浴室でそのまま行為に及ぶこともあった。


だから、今さっきドアの開閉音がしたことでそのときの記憶が蘇って身体が震えだしていき、


「きゃっ!?」


脚が震えて立っていられなくなった私はバランスを崩して、声を上げながら浴室から脱衣場の床に倒れ込んでしまった。


「愛結!? どうした?」


その音と声に気付いたらしい航海くんが脱衣場のドアをノックしながら声を掛けてくれたのだけど、上手く呼吸出来なくなった私は「大丈夫」の一言すら口にすることが出来ない。


「愛結――悪い、入るぞ」


返事が返ってこなかったことに心配したらしい彼は一言断りを入れると、脱衣場のドアを開けた。


「愛結! 大丈夫か?」

「……っはぁ、はぁっ」

「また過呼吸か? 落ち着け、ゆっくり深呼吸するんだ」

「……っはぁ、……はぁっ、」


駆け寄って来た彼は私の身体を起こすと、深呼吸をするよう背中を擦りながら言ってくれた。

 
「……はぁ、……はぁ……、」


何度か深呼吸を繰り返して徐々に落ち着きを取り戻した私はふと我に返る。


そう言えば私、まだ服着てない!


浴室を出たところで倒れたので、当然タオルすら身に着けてはおらず、言ってしまえば全裸のまま。


航海くんもそれに気付いたのは今のようで、


「悪い! 慌ててたから気付かなくて!」


そう言いながら一旦立ち上がり棚の引き出しからバスタオルを取り出すと、それを私の身体に掛けてくれた。


「悪かった! その、他意はねぇんだ!」

「いえ……その、私の方こそ、すみません……お見苦しい姿を晒してしまって……」

「何で、愛結が謝るんだよ?」

「だって、こんな身体……気持ち悪いじゃないですか……傷や、痣だらけだから……」


自分でそう言いながら掛けられたタオルをぎゅっと握る。


そんな私を前にした航海くんは、


「――気持ち悪いとか、思わねぇよ。むしろ、愛結の身体をこんな風にした奴に怒りを感じてる」


私の身体を強く抱き締めると、自分のことでもないのに怒りを露わにしてくれる。


「……航海くんは、優しい人ですね」

「そんなことねぇよ」

「ううん、優しいです。私、航海くんに出逢えて良かった……。もう二度と、あの場所には、戻りたくない……っ、殴られるのも、無理矢理されるのも、やだ……っ」

「……愛結……」


優しい彼との出逢いに感謝するのと同時に色々な感情が溢れ出してしまった私は縋るように泣きついた。


そんな私を彼は、更に強い力で抱き締めながら頭を撫でてくれた。
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