クズな元カレに、沼る。

螢日ユタ

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元カレ

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「ごめん、和葉かずは! 本当にごめん! もう、絶対しないから!」

「その言葉、もう聞き飽きたよ。今まで何度そう言ってきた?」

「……ごめん、次は絶対しないから!」


ひたすら頭を下げて「ごめん」を繰り返す彼――羽山はやま 大和やまとは高校時代からの付き合いで、二十歳になっても交際は続いていた。


けど、


大和は昔から女好きで、


おまけに調子の良い性格で、


身体の関係まではいかないものの、異性と二人きりで遊びに行ったり、ご飯を食べたりはしょっちゅうだった。


浮気の定義は人それぞれ。


私としては身体の関係さえ無ければまだ許せたのだけど、中には何人かとは寝たことがあったようで、


本気になってしまった相手の女の子が彼女である私に「別れて」と迫ってくることがあった。


初めは驚いたし、彼女がいるのに他の女と寝るとか絶対許せないから別れてやるって思ったけど、


大和のことが好きだったし、


彼も反省していたし、


何よりも「一番は和葉だけ」という言葉を信じて許した。


でも、


それがいけなかったのかもしれない。


それからも何度か同じことを繰り返す大和にいい加減嫌気が差した。


二十歳になっても相変わらずの大和に、愛想が尽きたのだ。


「流石にもう、信じられないよ。別れよう」


周りからも別れるべきだと言われ続けていたし、


私自身何かきっかけがあれば決断出来るかもと思い、二十歳になったし環境を変えるには良い機会だと、先日同じバイト先の子と二人きりで遊びに行ったことが発覚したのでそれについて問い詰めた後で、私は別れを切り出したのだ。
 

「待ってくれよ、別れるなんて言うなよ……」

「……もう、無理だよ。正直、大和の彼女でいることに、疲れたの」

「……和葉」


私のその言葉は結構堪えたようで、項垂れた大和はそれ以上何も口にしては来なくなる。


本音を言えば、別れたく無い。


女好きで浮気ばかりするようなクズだけど、勿論良いところもある。


私を一番に好きでいてくれるところだって嬉しいけど、


それなら何で浮気なんてするのって思うし、


私だって本当は嫉妬だってする。


結局何度同じことになっても変わらない大和はこれからも変わらない。


だから、私は別れを選んだ。


暫く無言の時間が続き、先に口を開いたのは大和の方。


「――分かった。こうなったのは俺の責任だ……今までごめん。こんな俺の彼女でいてくれて、ありがとう。大好きだったよ、和葉」


自分のせいでこうなったこと、


これまでのことを詫びる言葉、


そして「大好きだった」という言葉を伝えてくれた大和は静かに私の元を去って行った。


去り際の切ない表情は、今まで見たことが無かった。


私が悪かったわけじゃないのに、胸がぎゅっと締め付けられた。


目頭が熱くなり一筋の涙が頬を伝う中、


「……私も、大好きだったよ、大和」


そうポツリと口にしながら溢れ出る涙を静かに拭った。


大和と別れてからは、友達に誘われて合コンに行ったり、知り合いを紹介してもらったりして異性との交流は何度となくあったものの、


大和以上に好きになれる人に出逢えなかった。


大和に比べたら、みんな誠実そうだったし、浮気なんてしなさそうな人ばかりだったのに、惹かれるものが無かった。


大学を卒業して、


それなりの企業に就職をして、


仕事にもようやく慣れた頃、


会社で女子に人気の先輩社員から飲みに誘われた。


先輩だし、断るのもどうかと思って誘いを受けたけど、


私はその選択を心底後悔することになる。


先輩に連れて来られたのはお洒落なバー。


そこで軽くお酒を飲みながら会話を楽しんでいた矢先――


「――和葉?」


名前を呼ばれて振り返ると、そこに居たのは、


「……大和」


あの日、約二年前に別れた大和だった。


何ていうか、ちょっと変わった。


あの頃の大和は髪は金髪だったし少し伸ばしてたりパーマをかけたり毛先を遊ばせたり色々していたけど、今は落ち着いた焦げ茶色にビジネスカジュアルって感じのショートヘア。


全体的にこうチャラついていたけど、今はそういう要素が一切無い。


見た目だけなら、すごく誠実そう。
 

「和葉ちゃん、誰?」


先輩が大和を見ながら小声で聞いてくる。


「あ……、えっと……」


この場合何て答えるべきか私が言い淀んでいると、


「もしかして、元カレ……とか?」


何となく察したらしい先輩が核心を突いてきたので、答える代わりにコクリと頷いた。


一方、そんな私と先輩のやり取りを見ていた大和は、


「すいませんけど、少しだけ和葉借りてもいいっすか?」


先輩に向かってそんなことを聞いてきた。


って言うか、何を勝手に? 私、別に大和と話すことなんて無いんですけど?


先輩は私と大和を交互に見ると、


「……和葉ちゃんが良いなら、俺に止める権利は無いから。和葉ちゃん、どうする?」


私にどうするか意見を聞いてきた。


正直、話したく無い。


そう頭では思っているのに、私の口から出てきた言葉は――


「……すみません、少しだけ、話して来ます」


大和と話をするという答えだった。


「分かった。それじゃあ俺はここで待ってるから」

「すみません、少しだけ、行ってきます」


先輩に一言断った私は大和と共に一旦店を出る。


「……それで、何?」


外へ出た私たちは、人の邪魔にならないよう端に寄ると、私の方から何の用があるのかと問い掛ける。


「アイツ、何なの? もしかして、彼氏?」


返ってきたのは先輩との関係を尋ねる質問。


「何でそんなこと、大和に話さなきゃいけないの? 関係無くない?」

「あるよ。俺は、あの日から和葉のこと、忘れたことなんてねぇよ。あれから誰と付き合っても、お前以上に好きになれる奴なんていなかった。満たされねぇんだよ……心も、身体も。お前は、そうじゃないのかよ? アイツのこと、本気なのかよ?」

「……っちょ、……近いよ……っ」


ビルの壁を背に話していた私に大和が迫って来て、彼と壁に挟まれる形になった私は不覚にもときめいてしまう。
 

だけど、よくよく考えてみると、この男……私と別れてからも色々な女の子と付き合っていたわけで、そんな中で私が良かったとか言われても何だか嬉しくない。


私は、誰とも付き合って来なかったのに。


「馬鹿みたい。そんなこと言われても全然嬉しくないし。そもそも別れることになったのだって大和が浮気ばっかりするからじゃん。それなのに何被害者面してるわけ? 自分のせいじゃん」


何だか心がモヤモヤしてきた私は怒りに任せて今の気持ちをぶちまけていくと、大和は言い返すことも無く聞いている。


「――そうだよな、俺が全部悪いんだよな……ごめん」

「……っ」


大和は、いつもそう。


そのときは本当に反省していて心から「ごめん」を口にしているのかもしれない。


でも、すぐに忘れちゃう。


そしてまた同じ過ちを繰り返す。


それに気付かなければ何も変わらないのに。


「……大和はさっき、私と別れてから誰と付き合っても私を忘れてない、私じゃなきゃ駄目って言ったけど……本当にそう思ってるなら、誰かと付き合えないと思う。例え、忘れる為だったとしても……。私は、付き合えなかったよ。大和以上に好きになれる人に出逢えなかったから。でも、もういい。私も新しい恋に、目を向けるから」

「和葉、ちょっと待って――」

「離して! 私はね、大和のこと、本当に好きだった。好きだから、浮気されても許した。でも、やっぱり私は、私だけを一途に想ってくれる人と、一緒になりたいから……大和とは、無理だよ。それじゃあね」

「…………っ」


今度こそ、大和を忘れて前に進む。


そう決意した私はそれをはっきりと大和に伝えて店の中へ戻って行った。
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