ありふれたこの世界であの王冠を手にしたい。

天智学

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第二話

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「試練、ですか?」
「そうだ。四獣は知っているだろう?」

 父上の言葉に僕は頭を全力で回転させて口を開いた。

「はい。はるか遠い昔、神話の時代から存在すると言われる伝説の四体の獣のことですよね」

 僕が覚えている情報はこのくらいだった。僕が四獣の話を聞いたのは本当に小さい頃、母上に読み聞かせをしてもらった時の記憶が最後なのだから、当然だろう。

「あぁ。大地を司るドラゴン、海を司る水神リヴァイアサン、森を司る氷結の狼フェンリル、そして最古の獣、炎と再生を司るフェニックスがいる」

 なるほど、そうなのか。と頭の中で思わず納得した。フェニックス以外は自然に関する獣というのは何となく記憶にある気もした。

「この中で、お前にはまずドラゴンと戦ってもらう」
「まず、ですか」

 父上の言葉に違和感を覚えた僕は訝しむようにそう声を発した。

「あぁ、いずれは四獣全てと戦ってもらうつもりだ」

 四獣全てと戦う。簡単な言葉にまとめられてはいるが、簡単な訳が無い。
 だが、立派な王になりたいのならやれて当然だろう。だが、やはり怖い。

「少し考えさせてください」
「うむ。結論を急ぐ必要はないだろう」

 伝説の四獣の一体、ドラゴン。その力はきっと僕の想像もつかないほど強大なのだろう。
 もしかしたら死ぬのではないか、そう考えるとナイフを持つ手が震えた。

「あー、でも!安心してね!ドラゴンは人間に友好的だし、試練を明確に受け入れてるから試練なんだって言えば殺されることはないよ!」

 父上は先ほどまでの威厳を捨て去るかのように言った。
 確かに、伝説の四獣に本気で相手をされれば普通に人が死ぬ。四獣の試練と題されるほどの試練で平気で人が死んでいては国家として大問題だろう。
 しかし、仮に死の危険性があるとしても僕は挑まなければならないだろう。それほどまでに、父上は偉大なのだ。きっと、父上なら四獣くらい息も切らさずに倒せるはずだから。

 小鳥が鳴き始めるよりも前、まだ空が少し寝ぼけている時間から、僕は訓練場で剣を振っている。
 空を裂く独特の音と僕の息遣いだけが聞こえる薄暗く静かな訓練場で一人、僕は今日も剣を振っている。
 僕はなぜ、剣を振っているのだろう。時折ふと疑問に思うことがある。

「あぁー、やっぱいたよぉ。よぉ、ラディウスぅ」

 訓練場の入り口から何の気配もなく声がした。
 声の主がルクスだということは、その独特な喋り方ですぐに分かった。

「おはよう、ルクス」
「おはよぉ。やっぱりいるとは思ったけどさぁ、ったく、本当面倒な王子ですねぇ」

 ルクスはそう言いながら木剣を手に取り、片手で軽く剣を構えた。一見ただ気怠げなその構えには、一切の隙がない。
 剣の打ち合いはどちらが先に隙を作り、的確にその隙をつけるかが勝敗を分ける。
 最初から隙があるようでは話にならないのだ。
 僕もルクスに呼応するようにして、剣を正眼に構えた。

「それじゃあ、行くぞぉ」

 そう言うとルクスは片足で真っ直ぐ僕の元へ飛び込んできた。一見単調に見えるその動きは、ルクスの異常な踏み込みの強さによって異次元のスピードを誇っている。この動きを追える人間はそういない。

「くっ」

 それでも、僕には剣しかない。だから、死ぬ気で足掻く。反応しきれない分を勘で補いながら、必死に食らいついた。
 左からの一撃を防げば、次は流れるように右からの一撃。それを生み出すルクスの身体捌きもまさに異常だ。まるで流れる水のようにコートが揺れ、それでいて岩のように力強く、的確に僕の隙を作りに来ている。
 カン、カン、と木剣同士のぶつかる音が鳴り響く訓練場は、朝日を取り込み始めていた。
 朝日、僕はここに勝機を見出した。
 僕は高速で打ち合いから逃れることにした。半歩後ろに下がり、剣の間合いから外れる。だが、ルクスがそれを許してくれるわけがない。むしろ、逃げの一手は致命的な隙を生み出す。

「ラディウスぅ、らしくねぇなぁ」

 ルクスはそう言うと両手で剣を握り、全力の一撃を僕に向けて放った。そう、僕はこれを望んでいた。この一撃さえ捌けば、僕に勝機はある。

「はぁぁっ!」

 僕は全身に力を込め、地面を踏みしめた。そして、振り下ろされる剣に対して剣を構えた。
 次の瞬間、僕の剣にルクスの剣が衝突する。木剣とは思えない途轍もない重さに両腕どころか全身が悲鳴を上げそうになりながらも、必死で耐える。だが、やはり防ぎ切れない。僕はすんでのところで左に跳んだ。
 すると、当然ルクスの剣は地面に刺さる。いや、地面を砕いた。石造りの床を、当然のように。
 だが、次の瞬間にはルクスは僕の目の前にいて、すでに剣を振る姿勢を取っている。
 今だ。僕は壁を蹴り上げ、宙に浮いた。隙だらけの一手、だが、だからこそここに勝機がある。

「ラディウスぅ、本当にらしくねぇ…うっ」

 そう、ルクスは強い。だからこそ、僕の隙だらけの行動には油断をする。
 ルクスは今、僕を視界に捉えることが出来ていないだろう。なぜなら、僕の真後ろからは朝日が入り込んでいるから。天然の目潰しだ。この瞬間、一度だけ通用する魔法のような一手。

「もらった!!!」

 僕は全身全霊の一撃を放った。両手で剣を握りしめ、ルクスの頭上に全力で剣を振り下ろした。
 だが…。

「ふっ、悪くねぇなぁ」

 ルクスがそう口にした途端、ルクスの圧が強まったのを感じた。
 恐怖を感じて一瞬力が緩んだ。その瞬間、ルクスは僕の視界から消えていた。彼がどこに行ったのか、ギリギリ目で追えていた。だが、僕は既に全力の一撃を放っている最中だった。故に、中途で止めることは出来ず、僕の刃は空を切った。

「終わりだ」

 僕の刃が地面に当たると同時、背後から木剣で頭を叩かれた。

「くっ…」

 負けた。渾身の一手だったのにも関わらず、僕は敗北したのだ。悔しいに決まっている。

「いやぁ、悪くなかったよぉ。久々にいい試合したわぁ」

 ルクスは珍しく明るい表情で言った。普段、打ち合いの後はあくびをしているルクスが、笑いながら褒めてくれている。

「本当か?」
「うん。一瞬焦ったよぉ。強者ゆえの慢心すら利用するなんて、中々やるねぇ。読み合いも見事だ。ラディウス、お前はこれからもっと伸びるよ」

 ルクスはそう言って僕の頭に手を置いた。それが子供扱いではないということは、彼の性格からすぐに推測ができた。

「ありがとう、ルクス」

 気付けば笑みがこぼれていた。だが、そんな僕の笑みは訓練場の入り口から聞こえてきた舌打ちによってすぐに消えた。

「さてぇ、休憩すんぞ休憩。どうせ飯食ってないんだろ?この不良王子ぃ。飯やるから、食うぞぉ」

 ルクスはそう言うとロングコートのポケットからパンを取り出した。

「ありがとう」

 訓練場の端に座り、パンを半分分けてもらった。

「ねぇルクス」

 僕はパンを食べながら口を開く。

「なんだぁラディウス」

 僕はルクスに聞いてみたいことがあったのだ。

「ルクスはなんで剣を振るんだ?」

 僕の問いかけにルクスもパンを頬張りながら口を開いた。

「あぁー、そうだなぁ。大切な人を守るためとか、王国のためとか言うのがいいんだろうけどぉ、結局楽しいからだなぁ」
「楽しい?」
「あぁ、剣は努力を裏切らないからぁ。振れば振るほど強くなれる。だから俺は剣が好きだしぃ、剣は俺を好きだろうねぇ。だからぁ、楽しいんだ」

 何ともルクスらしい回答だな。と何となく思った。それに比べて僕は…。

「ラディウスはぁ、なんで剣を振るんだぁ?」
「僕は…」

 僕はなぜ剣を振るのだろう。立派な王になるため?なら、なぜ立派な王になりたいのだろうか。何の努力もしなくても、第一王子であり、母上がいない以上は子供が生まれることもなく、実質的に王位は約束されているようなものだ。ならばなぜ、僕は剣を振るのだろうか。
 尊敬されたいとか、皆に誇れる自分でありたい。そんな願望がないと言えば嘘になる。愚者と罵ってきた奴らのことだって、見返してやりたい。でもきっと、僕の根底にあるものはそれじゃない。

「いざって言う時に、国民を、大事な人を守る力が欲しい。守られるだけの王じゃなくて、父上のように皆を守れる王になりたい」
「そうかぁ。ならいつか、俺のことも守ってくれよぉ。もっとも、今のままじゃ俺が守ることになりそうだけどなぁ」

 耳が痛い言葉だった。僕はまだまだ弱い。ルクスと多少渡り合えるだけでも、この年齢にしては強い方だ。だが、それはあくまで剣の話。魔法を使えない以上、強くなることのハードルは相当高い。それでも、僕は強くならなくちゃならない。

「決めた。僕は四獣の試練を受けるよ」

 僕の言葉にルクスはふっと笑った。嘲笑われているわけではない。そのことはハッキリ分かる。
 僕はパンを食べ終え、木剣を持って立ち上がった。そして、もう一本頼むと言おうとした瞬間、訓練場の扉がバンッ!という音を立てて開かれた。そして、扉の前には一人の男が立っていて、その男は言った。

「その言葉を待っていたぁ!!」

と。
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