ありふれたこの世界であの王冠を手にしたい。

天智学

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第八話

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 都に戻った僕達は父上にドラゴンを倒すことができたという報告をした。
 父上はその場では威厳を保っていたが、夕食の折にはいつにも増して頬を擦り付けられた。
 剣とマントをかけ直し、ベッドに寝転がる。
 結局ルクスは都に戻ってから一人で治療を受けに行った。

「治癒魔術さえあればなぁ」

 治癒魔術。机上の空論と謳われる技術で、魔力によって細胞を刺激し、活性化させることによって肉体を癒すというものだ。
 理論的には可能とされているが、現時点でそれを扱えるものはこの大陸には存在しない。
 唯一魔術的に治癒の効果を持つとされるのは、フェニックスの再生の炎だけだ。

「いつかフェニックスの試練にも挑むのか」

 未だ想像もできない未来に少し恐怖を抱きながら、僕は眠りについた。
 翌日、レントに打ち上げでもしようと誘われていた僕は街へ出た。
 いつもと何ら変わらない日常。王子の僕に対して民はいつも仕方がなく挨拶をする。
 ドラゴンを倒したという僕の功績は民には伝わっているようで、小声でそれについて話しているのが聞こえてきた。

「どうせ仲間が凄かったんでしょ」
「ルクス様に手伝ってもらっただけなんじゃないの?」

 もしかすると僕は耳が良いのかもしれない。そんな皮肉のような考えを抱きながら、僕は街を歩いた。

「おい!ラディウス様、ラディウス様!」

 ある商店街に差し掛かったとき、屋台のおじさんがそう声をかけてくれた。
 彼は僕が幼い頃からずっと売り物の食料品を無償で分け与えてくれるとてもいい人だ。
 昔、あれが食べたいこれが食べたいとルクスに駄々をこね、ルクスが困り果てていたとき、真っ先に「これやるよ!」と声をかけてくれたのが彼だ。

「おじさん、どうした?」

 僕の問いかけにおじさんは屋台の裏から袋を取り出し、口を開いた。

「ドラゴンの試練、達成おめでとう!」

 そう言って彼は両手で袋を差し出した。
 中には一口サイズのドーナツが入っていて、仄かに蜂蜜の香りが漂っている。

「ありがとう、おじさん」

 僕はありがたく袋を受け取り、再び歩を進めた。
 周囲の喧騒は相変わらず僕の身体には毒なようで、歩いているだけで疲労感が溜まっていく。
 王子としてあるまじき状態だが、徐々に慣れていくつもりだ。
 コツ、コツという石造りの道を歩く音は掻き消され、道行く親子達は楽しそうに手を繋いで歩いている。
 こんな平和を僕は守り続けたい。そのために僕は、強くて立派な王になりたいのだ。

「食べ切れるかな」

 両手に抱えるほどの大きさの袋に少し冷や汗をかきながら、僕は歩いた。
 そんな時、ふと陽の光も届かないような路地裏が見えた。そこには、ボロボロの布切れのような服を羽織った人がいて、その中には泣きじゃくるやせ細った子供もいた。
 父のような偉大な王でも、貧困問題だけは未だに解決しきれていない。
 都の中心では貧困に困る人間は少なくなってきたものの、都の端に行けば行くほど衣食住に困る人達は増えてくる。
 僕は意を決して路地裏に足を踏み入れた。
 その瞬間、どこからか舌打ちが聞こえてきた。
 当たり前だろう。僕の身なりは王族ということもあってかなり豪華だ。彼らからすれば僕はきっと嫌味ったらしい貴族にでも見えているのだろう。
 僕は路地の一番奥で泣いていた子供達とその母親らしき人物に近寄り、しゃがみ込んだ。

「ごめん。はい、これ」

 僕はそう言ってドーナツの詰まった袋を手渡した。
 母親らしい人物は僕のその行動に疑いの目を向け、子供は母親の顔色を窺いながらもドーナツを興味深そうに見ている。

「うん、美味しい」

 僕は袋からドーナツを一つ取り出して口にした。
 ふっくらとした生地に、蜂蜜の舌を喜ばせる甘み。仄かに香る出来立て特有の香ばしい香りは食欲を唆らせ、ついもう一つ食べたくなってしまう。

「毒は入ってませんよ。よかったらみんなで食べてください」

 僕の言葉に子供たちは嬉しそうにドーナツを頬張り始めた。
 そんな子供たちの様子を見て母親は涙を滲ませながら「ありがとうございます」と声を震わせる。
 僕にはこの国の全ての民を救うことはできない。でも、目に入った人くらいには手を差し伸べたい。完全なる偽善だ。僕のエゴだ。でも、それでいい。
 僕はその光景をイライラした様子で眺める男性にも近寄り、上着を手渡した。

「これ、結構良い服なので売ったらお金になると思います」

 笑顔でそう言うと、彼は「いいのか?」と疑いの目を向けてきた。

「はい、僕はそれがなくても困りませんから」

 僕はそう言ってその場を後にした。僕の言葉を聞いて、彼がどんな表情を浮かべたのかも分からない。

「おう!ラディウス遅かったな」

 目的地である古い飲食店に入店し、鈴の音が鳴るとレントは振り返って言った。

「ごめん。ちょっと寄り道してた」

 僕はそう言いながらレントの隣に座った。
 カウンター席、店主がコップを拭く光景のよく見える席で、僕達は二人座っている。
 ふとレントの方を見ると、レントの前にはサービスの水が入っていたであろうコップだけが置かれていた。

「何も頼んでなかったのか」
「おう!おれも来てからそんな経ってねえしな」
「そっか」

 俺は壁に書かれていたメニューを眺め、適当にハンバーグ定食を注文した。
 ハンバーグ。城で食べる高級な味もいいが、一般的な肉を使った庶民的な味わいも捨てがたい。

「あー、じゃあ俺もハンバーグで!あ、チーズ乗せてくださーい!」

 レントは片手を上げながら嬉々として言った。

「そういえば、もうそろそろあの時期じゃん」

 レントの言葉に僕は頭を回す。この時期にあるイベントと言えばなんだろうか。その答えは思いの外簡単に見つかった。

「あぁ、魔剣祭か」
「そうそう!今年は出るのか?」

 魔剣祭。魔法と剣の祭典。毎年出場者を募り、魔法と剣を使って戦う催しだ。優勝者はあのルクスと戦う権利を得ることができる。
 時折いい勝負をする人間もいるが、大抵はルクスの圧勝だ。

「無称号剣士の僕なんかが出てもなぁ」

 剣士にも魔術師と同じように称号がある。下級から上級。そして上級より上の最上位剣士。
 僕は下級の称号すら持たない無称号剣士なのだ。
 幼い頃に一度検定を受けようとしたこともあるが、ルクスに「まだ早い」と頭を叩かれて以来、挑むこともやめていた。

「それこそ検定受ければいいじゃねえか!今のお前なら上級剣士くらい楽勝でなれるだろ」

 レントはこちらを指差しながら言った。

「そうだな、そろそろ受けてみるか」

 そんな他愛ない話をしながら、僕達は打ち上げを楽しんだのだった。

* * *
「ゴフッ……」

 私の名前はサティロス。ルクス・グラーディオとの戦闘によって深手を負った獣人だ。

「あぁ…痛い痛い」

 正直に言って、もう家に帰りたいのだが、そうも行かないのだ。今日私がこの龍なる大地に足を運んだのには明確に理由がある。

「さて、ここですかね」

 熱気溢れる巨大な火山、その入り口の前で私は一人呟いた。
 そして、片手で門を開くと、内部の熱量で傷口が燃やされるように痛む。
 痛みを必死に堪えながら、私は中に入った。

「こんにちは。太古の龍、ドラゴン様」

 私の呟きに彼は丸めていた身体からそっと顔を覗かせる。

「あぁ……?試練はもう終わったはずだろう。貴様は一体誰だ」
「私ですか?私はサティロスと申します」

 私は丁寧にお辞儀をしながら名を名乗った。全ては奴を油断させるためだ。

「ふむ、試練か?正直我は身体が痛いのでなぁ。勘弁してほしいのだが」
「えぇ、試練ですよ。そう言わずにやらせてください」

 私はそう言ってゆっくり、ゆっくりと奴に近寄る。そして……。

「がぁっっ」

 奴の腹に邪爪を突き刺す。

「何のつもりだ」

 奴はうめくように声を発した。私はその一切を無視して準備を整える。

「大地よ、我が求めに応じ―」

 奴が言いかけた瞬間、私は邪爪の能力を発動させる。

「イナニス、そなたの恨み、そなたの雪辱、全て私が晴らしてみせよう。かの万能、かの全能、その全てを取り戻そう」

 言い終えた瞬間、奴の身体から燃えるような灼熱の熱風が放出される。そしてそれと同時に凄まじい振動が邪爪に入り込んでいく。

「吸引」

 そう呟くと同時、熱風と振動はピタリと止んだ。そして、奴が自身の違和感に気付く。

「貴様、何をした」

 蚊の鳴くようなか細い力の籠もっていない声で言った。それに対する私の答えは決まっている。

「ふふっははははっ。何をしたかですって?ご自身で分かっているでしょう?あなたの大地を司る力を奪いました。これであなたはただのトカゲです。残念でしたねぇ」

 私の言葉の奴は咆哮をあげ、叫ぶ。

「舐めるなよ小僧!!それくらい無くとも―」
「ドラゴン。そなたのその力、我が求めに応じ、今ここに顕現せよ」

 私が呟くと同時、邪爪をマグマのような熱量と地震のような振動が包み込む。そしてそれは次第に体全体に溶け込んでいった。
 全能感、それに満たされ私は微笑みをこぼす。

「何っ!」

 奴がそう叫び、距離を取ろうとした瞬間、私は誰に教わるでもなく奴の背後の地形を操作した。

「がっ」

 後ろに跳ねた奴はそのまま激突し、地面に落ちる。

「貴方みたいな生き物、遺言を聞く価値もありません。それじゃあ、さようなら」
「待っ―」

 グチャッ。周囲に音が鳴り響き、血飛沫が舞う。
 押し潰された奴の身体からは血が溢れ出し、周囲の大地を朱に染める。

「くふふっはははっ。力を持ちながら何もしない怠惰が貴方をそうしたんですよぉ!!恨むなら自分を恨んでくださいねぇ!!くふっくはははっ」

 私はそう言ってその場を後にした。

 そう、私の復讐はここから始まるのだ―。
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