瞑走の終点

綾野つばさ

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六章

ユダ

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「少年!少年!」
「流星!流星!」
同時に男女の声がする。
ボンヤリだかそこには、父と母が心配そうに俺を見ている。
俺は今迄の過去全て夢だったのかと涙が込み上げて来た。
優しく涙を拭いてくれる手を握ると、そっと握り返してくれた。
冷んやりした手だが、何故だか心地良かった。
「父さん、母さん...」

「少年、何言ってるんだ?大丈夫か?」
激しく体を揺すられ目を開けると、男とレイが心配そうに体を揺すっていたのだった。
俺が見たのは幻だったのか、一瞬の亡霊だったのか。だとしたらもう一度少しで良いから、父と母を見たい。
冷んやり冷たい手が俺の顔をそっと撫でる。
レイの手だ。 
「ゴメンナサイ。流星」
「こんなつもりじゃ無かったの」
と泣きじゃくりながら膝枕をしてくれている。

そう言えば、俺はレイを止めようとして...

「ハサミが肩をかすめたが傷はそんなに深く無い」
「消毒したし、止血して様子を見よう。」
と男は安堵したようにへたり込んだ。
レイはずっと心配顔で俺を覗き込む。
立ち上がろうとしたが力が入らない。
男が肩を貸してくれ、ソファへ座らせてくれた。
突然の乱闘と、まさかの負傷で思考回路が停止し、倒れてしまったらしい。
というより、元から血が苦手だったが自分の流血に卒倒してしまったというのが正解だろう。
レイがダイニングテーブルの椅子に座り頭を抱えている。やってしまった後悔の念が伝わる。
何だか今日はこのまま眠りたい。
今は皆んな同じ気持ちであろう。


眩しさで目が覚めた。
朝になっていた。しかし、リビングに居るのは俺だけ。
何かカタカタ音がする。いつも使われていない部屋からだ。パソコンのタイピング音だと直ぐ気付いた。Enterを叩く音が強めで癖があるタイピングだ。男が部屋から出てリビングに来た。
「起きたか、良かった」
「痛みは?少年の事はレイから軽く聞いたよ。昨日は助かった!ありがとな」
傷の無い肩を軽くトンッとされた。
レイもソファの後ろに歩み寄り
「アイツを殺る事で頭いっぱいだったの」
「まさか、こんな事になると思わなくて...
本当にゴメンナサイね」
と眉を下げ跪いている。

夜食を済ませ、男から
「今夜飲みに出ないか?」
と誘われた。
ここ数時間言葉をあまり交わしていないが、敵意は無いらしい。
一応安心して良いと判断した。

繁華街でタクシーを降りて路地を少し歩くと飲食店テナントビルがあった。そこの4階にある Lucifer という文字がドアに掲げられた部屋の前で止まる。男がドアを開け「どうぞ」と促したので入る。
店内はカウンターと古き良きラウンジという感じだ。
御老体が「いらっしゃいませ」と店内へ通してくれた。この店の"ホスト"なのだろう。
男は慣れた感じで奥の席へ座る。ゆったりめのソファー席だ。
俺が座る頃、既に男はメニュー表に目を通している。
「少年は酒飲めるの?」

「その少年って止めてくれませんか。見た目はアレかもしれませんが28歳なんですが」
と少しムッとした感じで話すと男は
「そうなの?童顔って辛いよな」
と言って直ぐ、酒を注文した。
「ハイボール、少年は?」
「同じで」

童顔って辛いよな

という言葉が気になった

男に
「何で童顔は辛いんですか?」
と問う。
「童顔って可愛がられるのは始めだけ。仕事には不利だよ。年取ってそんな飴玉みたいな顔して昇進した奴見た事無いわ」
とバッサリ。
ホストは見た目が命!そんな生活を10年近く送ってきた身とすれば童顔が損をするなんて考えた事も無かった。
ハイボールが届き、チーズの盛り合わせが1皿。
「ここ来る時いつも頼むから、というかもう言わなくても来るようになっちゃった」
とはに噛む。この男、なかなか憎め無い気がした。
無言でグラスを合わすと2人グビグビハイボールを流し込んだ。
2人「旨い」と声が出る。

「この田舎気に入った?」

「まあ。特に何処にも出掛けてませんが」

「首、吊ろうとしたんだろ?止めなよ!苦しんで死ぬなら楽しく逝けよ」

俺だって楽しく逝けたらどんなに良いだろう。この男の軽薄な感じが気に食わなかった。

「レイが部屋に入れるって滅多に無いからな。お前は選ばれたって事だよ」
とチーズをパクり。
男は3口でハイボールを飲み干して 赤ワインを注文する。
「レイは突然俺を部屋に迎えてくれたんです。体の関係はないですよ!」

男は高笑いをして
「そうだろうな。アイツの心には夜叉が住んでるんだよ」

何言ってるんだ?って顔をしていた俺に気付いた男が
「アイツの両親、アイツが中学生の時に首吊って死んでるんだよ。見付けたのはレイ」

男か綴ってくれた物語は残酷だった

レイの実家は稲作農家だった。その村では3年に1度密祭が行われていた。その神事を仕切っていたのがその村に昔から根付いていた人達。
とある年、密祭でレイが召し出される事になった。
密祭の内容は
その年14歳の女性が、五穀豊穣と無病息災に面を被った同年代若者と一夜山の御堂の中で過ごす。男は"種" の象徴で、口移しでお神酒と水を飲ませる。種を潤す為。
密祭の夜、面白半分で来た何者か数人にレイプされ、半裸のまま、山から降りて実家へ帰ってしまった。その事が神事を仕切っていた村人に知られ、レイの両親は酷く詰られた。その後家は村八分にされ、農機具に火を付けられたり、農作物は枯葉剤で全滅にされた。レイは学校でイジメに遭い、部活で履いていたシューズを燃やされたり、背中を蹴られたりやりたい放題されてしまった。
泣きながら帰ったレイが目にしたのは

玄関の梁に首をくくった父と母の遺体だった。

その後、レイは隣県の親戚の家に引き取られる。その翌月、大雨災害でレイが住んでいた忌地の土地が水害に遭い、村ごと水没して消えてしまった。

「水害で村が無くなったのは自然災害だが、アレはレイの呪いなんじゃ無いかって思う。」

「え?呪い?そんな事出来る人間がいる訳無い!」
声を荒げてしまった。落ち着いてジントニックを注文した。

「レイと居て気付かなかったのか?」
「そうか、そうか」
と笑いながら男は酒をグビっと飲んだ。
全てが本当なら...と言うより、
「レイが14歳でレイプされた事が警察沙汰にならない事がオカシイでしょ!しかもこの時代にそんな密祭だか何だかんだ知らないけど、狂ってる」
と心からの声を吐き出した。
男は頭を掻きむしりながら
「田舎の隠蔽体質ってヤツだよ」

都会には何を考えているか分からない奴等で溢れている。勿論、凶悪犯罪も多いチートな奴等で溢れている。
だが、
田舎は底知れぬ恐怖が落とし穴の様に待ち構えていると言う事なのか。

「始めはこんな出来事知らなかった。結婚を申し込んだ夜、レイ本人から聞いたんだよ。それで俺は決めた。この女を俺は幸せにするって」
「結婚生活なんて蓋を開ければこんなもんだけどな。レイは俺の女神なんだよ」

男は遠くを見ながらボソボソ言った。

俺の胡桃並みの思考回路で考えてみた。
こんなに普通じゃ体験できない事を未成年で乗り越えてきたレイは崇拝する対象に値するのかも知れない。

言葉に出来ない代わりに腹が減って来た。
男に
「グラタン頼んで良いですか?」
メニュー表に自家製グラタンとある。

「ここ、ラウンジなのにサイドメニューがグルメなんだよ。なんたって一流コックが居るラウンジだからな」
とさっきの話しをしている時より柔らかい表情を見せてくれた。

「ところで少年、働く気無いの?」
「元ホスト?それともまたホストに戻りたいのかな?」


「いや、ホストの俺は死にました」

「そうか!大卒?高卒?」

「こう見えても、明治大学卒なんですが」
と言うと
男はビックリしている。
次の言葉にもっとビックリした

「俺の会社で働いてみないか?」



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