瞑走の終点

綾野つばさ

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七章

未知の道

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この男は何を言っているんだ!?
俺みたいな何処の馬の骨と分からぬ流れ者を。
いや、馬鹿にしてるのか?

男の目がギラギラしている。
マジ!って顔だ。
「俺の会社、っていうか、まだ会社に使われてる犬だが....犬で終わる気は無いね」
と男が言って
名刺をスーっとテーブルを滑らせる様に俺の肘に当てた。


株式会社 スミス製薬 
 営業促進部部長

 七葉 拓実 主任


スミス製薬?何処かで聞いた事がある。
そうだ、俳優が清潔感ある服装で未来ある命とか何とか言っていたCMの会社だ。

「知ってる?」
と聞かれ
「CMで見た事あります」
と答えた。本来の俺には無縁だ。

「俺はこの会社に入りたくて入った訳じゃ無い。続けるつもりも無かったが、レイが今の所まで上げてくれたんだよ。だからアイツは女神なんだ。アイツはさ、女神とサタンを使い分けてるんだよ。だからレイを怒らせたら迷わず奈落に落とされる」
「アイツは...レイは俺を選んだ。その気持ちに応えたいのよ!そんでな...今の地位はやっと天辺に登れる階段の中間地点って感じかな」
と氷をグラスでコロンと転がした。

俺は
つまらなそうに「はぁ」とだけ答える。

「でな、俺に今必要なのは良き先輩でも上司でも無い。忠実な部下なんだよ」
と身を乗り出して大きな目を向けて来た。

ギリギリ生きてる俺に何の関係があるんだよ。こういう意味不明な奴ホスト業界にワンサカ居る。

「お前を部下にしたいんだよ。仕事のイロハも知らないお前だから良いんだよ」
と捲し立てる。
俺は
「俺が出来るのは、酒を作る事。笑顔。おしぼりを巻く。それぐらいですよ」
と鼻で笑った。

「今直ぐお前に仕事が出来るなんて思っちゃいねーよ」
逆に鼻で笑返され
「お前、明治大学卒だよな?その肩書だよ!部下が明大卒でソイツに俺ismを叩き込む。俺の仕事を徐々に覚えて、引き継いでくれ。俺は上へ行く。」

この男、相当陽気な頭脳しているみたいだな。

「俺が突然直属の部下になんて...ハッ笑」
「あんたの会社まあまあ大きい会社でしょ。俺みたいな奴、簡単にアンタの下にしてもらえる訳無いでしょ」
と当たり前の事をぶつけた。

「バーカ!お前は新入社員としてウチの会社に入って来い!先ずは、この土地で1年間ウチの支店で働け。お前の力を見て俺が本社へ推薦してやるよ。勿論、俺の部下としてな」
男は遠くを見ながら何か策略を立てている様子だ。

また俺の人生ダイスが転がったのだろうか

「この計画、普通の奴なら当然ポシャる」「お前はレイに選ばれた男だ。俺はそこを買ってるて事だよ少年」

男はレイの力を崇拝しているのだと赤子の手を捻るより簡単に伝わった。俺もこのままでは終わりたく無い。
この嘘みたいな酔狂な話しを噛んでみたくなった。

「拓実さん、分かりました。やってみますよ」

俺は拓実とレイに身を委ねる事にしたのだった。

「ところで少年、本名は?」

「久保田 泰時」

ボソっと呟くと

「クボタヤストキ?何だか戦国武将みたいな名前だな名前負けしてるじゃねーか」
と笑われた。
「源氏名は流星だったな」
「宜しく、流星ヤストキ」
と拓実は握手を求めて来たので右手を掴んだ。

男は会計を済ませ、俺達は通りへ出てタクシーを止め乗り込んだ。

「レイに選ばれたからお前はこの地に来た事を忘れんな」
「何光年も昔に繋がった縁なんだから」

拓実は相当酔っ払っているのだろう
意味の分からない事まで口走る様になった。

家に着き、玄関でレイが出迎えてくれた。

「流星のアカシックレコードを開いてやったからな」
と拓実が滑舌悪く言った。
レイは少し微笑み、「そうなの。素敵じゃない」と。

アカシックレコード?なんだそれ?

次の日から3日間拓実と新社会人へ向けての個人授業が始まった。

4日後の昼皆んなでUberを食べ、拓実は東京へ帰って行った。

山程、薬剤関係、新入社員入門、作法諸々の教材を俺の為に買い揃えて帰っていった。
その日から毎日、猛勉強した。
今迄の10年間は流れ星だったかの様に。
今の俺は学生の頃にタイムスリップしたみたいだった。

季節は流れ、今はコタツとみかんがマストだ。
時々、レイと一緒に雪掻きをする。
ふざけて俺の顔に雪を投げ付けて来るからお返しをする。
この季節が終わる頃、この生活も終わるのかと思うと切なくなる。

時々、拓実から電話が来る。
俺とだけ会話して切る時がザラにあるがレイは気にしていない模様。

最近は俺が運転する。冬場の運転が嫌いだと毎日聞かされる。
夏場だって運転嫌いだって言ってた癖に。

明日は大晦日。
何やら俺は生き残ってしまった。公園で泡を食ったあの日が懐かしい。
買い物をしてアパートに1番近いコンビニに寄ってドリップ仕立てのコーヒーを2つ買った。
誰かがこっちを見ている気がした。
気にせず、車に向かうとまた視線を感じた。
この視線は秋頃から時々感じていたが、何処を見ても知ってる奴も目が合う人もいない。

車に乗り込んだ。

レイにコーヒーを渡し、2人でシュークリームを半分ずつ食べる。

ミラー越しに誰かが立っているのが見えた。
レイは気付いていない。
俺はそいつが誰なのか思い出した。

いつぞや量販店ですれ違ったいけすかない野郎だ。アイツは俺達の仲を気にしてあの日からストーカーになっていたのだ。

このコンビニなら週に何度も来る。
それを知っててこの場所で待機していたのだろう。
レイに気付かせたく無かった。
切ないアノ曲を聴かなくなって数ヶ月経つ。あの頃の彼女はもう居ない。
それなのに、ストーカーと化した野郎を見たらレイはどう思うのかと思ったら絶対伝えたくない。

「アイツ今日も来てたね」

「え???」

「知ってる。こんな時期なのに来るなんてどうかしてるね」

レイは気付いていた。
寧ろ、知らなかったのは俺だった。
ボディーガードになりゃしないじゃないか!

「何で言わなかったんですか!」

「流星、お勉強頑張ってたから。あんな奴の事覚えてるか分かんなかったし」
「耳汚しだよ」

「俺はレイを拓実さんから守るように頼まれてるんだよ!アイツストーカーじゃないか!危険だよ」
俺はアタフタしてコーヒーを一口含んだがめちゃくちゃ熱かった。

「大丈夫、アイツそろそろだから」

レイ、それどういう意味?


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