瞑走の終点

綾野つばさ

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八章

目覚め

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何がそろそろなのだろう

時々レイの言葉は謎を含んでいる。
彼女自身謎多き女なのだが、そんなの今に始まった事では無い。

「アイツ、本来の自分を見失ってる」
「て言うか他人を不幸にしては逃げ回っては、ターゲットを探してる痛男」
「あーいう奴は自滅している事に気付かない。いや、気付いてるけど気付かない振りして、堕とすターゲットを黙々と探してるんだよ」
とレイが淡々と語るがイマイチピンと来なかった。

ただの元カレがストーキングに成り下がっただけじゃ無いのか?
そんな気持ちが湧いてくる。

奴はコンビニに入り雑誌コーナーで立ち読みする振りをして俺達をチラ見してきている。

「レイ、どうする?家に帰る?」
「これからアイツの事どうする?」
質問しか出来ない自分を恥じた。
やっぱり情けないよ。俺は。

「だから、そろそろなの。」
「行き詰まってどうしようも無くなってるから私の事が忘れられないし、待ち伏せているのよ。」
「でも、もう終わり。」
レイが目を閉じ、フゥと息を吐いた。

取り敢えずここを出ようとした時、アイツが車の前に立ち塞がった!
ここは俺が出るべきか、一瞬思考停止した時レイが車から降りた。

「レイさんどうして!俺はレイさんに心を持っていかれた。気を引こうと卑怯な真似をしたけど全て、レイさんに俺の存在を感じ欲しかったから!」

その後も男の主張は続いた。

要するに、構ってほしかった。可愛がって欲しかった。レイから愛情を注いで欲しかった。それなのに、今俺と甘い時間を過ごしていると勘違いしている様だ。

「いつまで経っても子供」
「アンタは愛されたいばかりで、人を愛せない可哀想な人」
「愛ってね、簡単に手に入る物じゃ無いんだよ。」

今日のレイは凄く大人に見えた。
気付いたら俺は彼女の横に立っていた。

「俺だって忘れようとしたよ」
「でも、どうしても頭から離れていってくれないんですよ!」
「俺の事ずっと好きだよって言ってくれてたのに」

レイは少し微笑みながら
「自分がしてきた事を考えてね」
「あなたは私から切り捨てられる事を散々してた。しかもかなり過去の話しよね?今は...」

と俺にキスをして来た。彼女の唇ってこんなに柔らかかったのか。
思わず、レイの下唇を甘く唇で挟んで軽く舐めてしまった。

甘い。

ホイップとカスタードの味。
もっと食べてしまいたい。

俺達を見て男はヘタリ混んでしまった。
自分が本当に敗北したと分かったかのように。
レイと男がどんな時間を過ごしたかなんて知らない。だが、ソイツにとっては一生忘れられない記憶となったのだろう。

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男はタスク保存。女は上書き保存と言うものだ。

この男は最後までレイに選ばれなかったのだ。

上書きされてしまったのだから後は忘れ去られるか、消去されるだけなのだ。

レイが俺に口つけをする事で奴に引導を渡したって事なのだろう。
俺は当て馬にされたのかも知れないが全く悪い気はしなかった。
言葉で分からない奴は目で覚える方が脳裏に焼き付く。
俺とレイのキスは一夜の過ちみたく起きたモノとは違うのだから。

唇を離して見つめ合う2人。
レイは
「分かった?こう言う事なの」
と俺にもたれ掛かる。
俺は何も言わなかった。無言の圧力というか無言の余裕って感じを味わいたかったのだ。

男の何かを潰してしまったかも知れない。
だが、彼女だって相当苦しんだのを知っているから同情なんて数ミリも無かった。

俺達は車に乗り、2人同時に目が合った。
照れ臭そうに笑みが溢れる。

すっかりコーヒーは冷めてしまっていた。

夜、ベットで唇の感触を思い出した。
指で唇に触れてみる。
あの時間にもう一度戻りたい。本当は身を切るように寒かったのに。
キスだけで全てが熱くなった。

レイはどんな気持ちだったんだろう。
今は拓実の部屋を与えられているから、夜長のレイを見る事が出来ない。
この感情、何なんだろう。

心身共に彼女を求めてしまう。

抱きたい、、、

あの男もこんな気持ちでハマっていったのだろう。レイの特別は俺だけ的な。
特別になりたい。なれるものなら彼女の全てを慈しみたい。
しかし、レイには拓実が居る。

俺の心は既にレイに侵されていた。

期待される特別な存在になりたい。
こんな紐男としてでは無く、一本芯のある男に。

俺はなる!

年も明け、レイが写真を撮ろうとと言い出した。しかも写真館で。
既に、日程は予約済みとの事。

店内へ行くき案内されたのはブライダルコーナー。

レイははしゃぎながらドレスを選んでいる。店員が俺に身長を聞きタキシードを数着チョイスしてくれた。

「奥様のドレスの感じと合わせるならばこちらですね」
と事がスルスル運んで行く。
流石、手慣れている様だ。

パールホワイトのタキシードに着替え、髪型は自分でセットした。これでも髪のセットはお手の物。
久しぶり、コテやWAXを使ってセットした俺はなかなかイケてる。

奥のフィッティングルームからおぉーという数人の歓声が聞こえ、そちらに目をやる。

パールホワイトのドレスにブーケを持ったレイだった。
彼女の妖艶な魅力に見慣れていたが、今日は乙女だった。

らせん階段に誘導され、ふたり促されるまま撮られていく。
こっ恥ずかしさが出でくるが、こんな事をして良いのだろうか。

レイが
「拓実がね、もう少しで流星とサヨナラするから思い出を作ってこいよって」

だからといって、これはウエディング用の写真なんだが。しかし、嫌な気がし無い。
この写真撮りには、パックとして温泉旅館宿泊が付いてくると聞いた。

レイと温泉とは
考えるだけで夢心地だ。

2週間後、温泉へ来た。ここは座敷わらしが出ると有名な旅館だった。
もっと、高級旅館を想像していたのでガッカリした。
しかし、この旅館を選択したのはレイだった。彼女のはしゃぎっぷりは写真館の比では無い。

部屋を案内され、浴衣に着替えた彼女が
「座敷わらし、見れたらいいね!」
とウキウキ声で話してくる。

君のその姿を見れただけで心弾むよ

心の声が弾けた

畳み8畳の部屋で夢を見た。

手毬を付く男の子。その子が
駆け出して、着物姿の母親へパタパタ駆け寄って行った。母親は子を抱き寄せ頬に付いた泥を裾で拭う。
「お父ちゃんの所へ行っておいで」
その母親はレイだった。
マリを付きながら坊やが俺の側に駆け寄って来た。
「お父ちゃん」
と言って。
俺は何もも言わず坊やを抱き寄せ、愛おしく思った。

その夢を帰りの新幹線で彼女に話した。

「そう。夢じゃ無かったらどうする?」
と微笑みながら車窓を眺めていた。

何故かレイは嬉しそうだった

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