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黒蜜防衛戦
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十数頭のスイートヒポポタスがその圧倒的な巨体を揺らし、チョコレートの木々を薙ぎ倒しながら黒蜜ダムに迫る。群れの重みに圧され、地面は激しく揺れ、微かに地割れのような亀裂が走る。
ヒポポタスの瞳はなにかに操られているかのように胡乱だった。
だが黒蜜ダムが近づくにつれ、狂気と黒蜜への執着でその瞳は紅く輝く。全身は堅牢なキャラメル結晶に覆われ、濃密な甘い香りを漂わせていた。
――ブモオオォッ!!!
ヒポポタスの群れの咆哮が荒々しく空気を揺らす。普段、まったりと暮らしているダム周辺の甘味動物はヒポポタスに怯えて隠れ、その姿を見せない。そして――そのヒポポタスの行く手を阻むように激情とあくまちゃんが立ちはだかった。
「よう、ヒポポタスども。オレ様たちが相手してやんよ」
「俺の黒蜜焔、喰らいやがれッ!!」
百戦錬磨の二人が放つ荒々しい甘魔力を前にしてもヒポポタスは怯まなかった。大きく脚を踏み鳴らし、砂糖煙を巻き上げて突進する群れ先頭のヒポポタス。
だが激情とあくまちゃんは、その巨体を軽々と片手で受け止めていた。
「こんなもんかよおい。食後の運動にもなりゃしねえっての! 冷徹やツッコミとの手合わせの方がずっと刺激的だぜ!」
ぎりぎりと音が響き、ヒポポタスの巨体がぶるりと震える。
二人の身体は巨大な山を思わせる重厚さで揺るがず、完全にヒポポタスの動きを制圧していた。
激情は戦を楽しんでいるかのように軽口を飛ばし、豪快に笑う。
「吹っ飛べえっ! 黒蜜スイング!!」
先に動いたのは激情。その腕がキャラメル結晶をも溶かす黒蜜焔に覆われ、空間を歪ませる。
「――うぉらぁぁぁぁぁっ!!!」
どろどろに溶けていく結晶の先に爪を突き立て、豪快にヒポポタスをぶん回して投げ飛ばす!!
その衝撃で線上にいたヒポポタスも巻き込まれ、巨体な空高く舞い上がる。
――黒蜜の香りを漂わせながら数頭のヒポポタスが空を切った。
「は、やるじゃねえか激情……。また強くなったみてえだな。オレ様も負けてらんねぇぜ」
あくまちゃんは、その言葉と共に背中の黒蜜色の翼に甘魔力を込めた。翼が揺らめき、呼応して徐々に巨大化を始める。
「黒蜜翼刃!」
片手で抑えていたヒポポタスの身体をその翼で激しく地面に叩き付ける。ヒポポタスの巨体はぐしゃりと圧し潰されて見るも無惨な肉塊と化した。
――さらに翼が唸りをあげて空を切る。翼に触れたヒポポタスは、容易く身体を真っ二つに裂かれた。
その翼から生じる風圧だけで次々とヒポポタスは吹き飛び、戦闘不能に追い込まれていく。
「歯応えのねぇ奴らだ。こんなん目閉じてたって倒せるぜ」
二人の悪魔の圧倒的な戦闘力を前に、残されたヒポポタスは狂気と黒蜜への執着を超えて本能で敵わないと悟り、散らばって別の道から黒蜜ダムを目指し始めた。
激情はそのヒポポタスの姿に眉を吊り上げ、そしてあくまちゃんに目を向ける。
「ちっ、つまんねぇの! どうするよあくまちゃん?」
「他の奴らに任せる。オレ様たちが全部片付けるんじゃ悪いからな。あいつらも強くなってるんだろ?」
「あくまちゃんがそういうなら……だが危なそうだったら俺はすぐに動くぜ!」
「は、好きにしな」
激情はチョコレート樹に軽々と跳躍して登り、戦場を見下ろす。隣に翼で羽ばたくあくまちゃんが並んだ。
「さて――手並み拝見だ」
◆◇◆
「やれやれ、だ。相変わらずあの二人の力は凄まじいな」
チョコレート樹の枝を足場に駆ける感傷と冷徹。その視線の先にはダムを目指す数頭のヒポポタス。彼らは激情とあくまちゃんへの恐怖に突き動かされて散ってしまった。
――群れていればまだ可能性はあったろうにな。
そう冷徹は胸中で呟き、魔力を両手に込める。しんとした静寂に包まれ、辺りの温度が急激に下がり始める。地面に両手を着くと、雪の結晶状の魔方陣があちこちの地面に刻まれた。
「……よし。氷蜜陣の構築完了。感傷、こっちに誘導してくれ」
「は、はい」
感傷はうなずいて前に出た。胸に手を当て、甘魔力を込めて心の声を飛ばす。
――ほら、おいで。こっちに美味しそうな黒蜜があるよ……。
その声は数頭のヒポポタスの心の中に響いた。 ヒポポタスは一気に方向転換し、感傷と冷徹に迫る。だが、その先には氷蜜陣。
それを踏んだ瞬間、陣から展開される氷蜜が、ヒポポタスの巨体を瞬く間に氷漬けにする。
二人に迫っていたヒポポタスはただの一匹も陣を抜けられず、次々に氷漬けにされて眠るように息絶えていった。
「……完璧な誘導だった。礼を言うぞ、感傷」
「えへ、えへへ……冷徹さんに褒めてもらえるなんて、ボク、嬉しいです」
「まだ新参だが、お前はスイートデビルノクティスになくてはならない人材だ。胸を張れ」
その言葉を噛み締めて微笑む感傷。冷徹は氷漬けにされたヒポポタスの前に立ち、手で触れる。氷はあっという間に溶けるように消えて。
「俺はこいつらの暴走の原因を突き止める。お前は周囲を警戒し、接近するヒポポタスがいたら知らせてくれ」
「――ま、任せてください!」
そして集中する冷徹は、ヒポポタスの身体を探り、やがて注射痕のような小さな穴を見つけ出した。
「これは……」
◆◇◆
「ったく派手すぎんだよ、激情とあくまちゃん! チョコレート樹も一緒に持ってかれてるじゃねえか!」
ツッコミは豪快な破壊音と空を舞うヒポポタスを目にしてそう叫ぶ。しかしその目の前にも迫るヒポポタスたち。ツッコミはマシュマロハンマーを甘魔力を込めてくるりと回した。
「――マシュマロハンマー・爆笑モードッ!」
マシュマロハンマーを構え、迫るヒポポタスたちの隙間を駆け抜けながら、すれ違い様にハンマーを振るって軽く叩く。
足を止め、振り替えるツッコミ。そこにはずしんと崩れ落ち、盛大に笑い転げるヒポポタスたちの姿があった。
「ふん、そのまま笑い死ね! 黒蜜を奪おうとした罰だ!」
そしてツッコミは、その場にどかっと腰を下ろした。
「まだ動いてないのは内気と演出か。ヒポポタスは残り少ないし、任せていいな」
◆◇◆
黒蜜式狙撃銃を匍匐姿勢で構え、スコープを覗く内気。その視線は既にヒポポタスたちを捉えていた。甘い香りの風が吹き、チョコレート樹の木の葉が揺れる。
響く戦闘音に心乱されず、内気は引き金を引く最適な瞬間が訪れるのを、待っていた。
そして――長年の感覚が心を震わせたその一瞬。
「――今、です」
ただ静かに引き金が引かれた。銃口から三発の黒蜜弾が立て続けに吐き出され、宙を裂いてヒポポタスの結晶を貫き、その眉間を撃ち抜いた。
スコープ越しに静かにヒポポタスたちが倒れたのを確認し、目を外して小さく息を吐く。
「私のすべきことはやった……よね?」
胸元のボタン型通信機がぶるりと震えた。押すと、そこから聞こえたのはあくまちゃんの声。
『いい狙撃だったぜ』
「そ、そんな……滅相もない。私なんて、まだまだ……」
『うぉぉぉぉっ! さすがサイレント・ミツだ! かっこよかったぞ!』
通信機越しに響いた激情の声。その響きは内気の心を暖かくした。打算などない、純粋な称賛だと分かるから。
「あ、ありがとうございます……。あくまちゃん、激情さん。私、もっと役に立てるよう頑張りますね……?」
『ああ、期待してる』
そして通信は終了し、内気は黒蜜式狙撃銃を握りしめながら小さく口元に笑みを浮かべた。
◆◇◆
「ああ、悲しいかなヒポポタスたち! 蓋を開けてみれば、その実力は我らスイートデビルノクティスに遠く及ばなかった! 黒蜜が溶けるよりも早く制圧され、残りは僅か! そして今、それは私の目の前にいる――!」
相変わらずの調子で高らかに語る演出は、ヒポポタスが目前に迫ってもその振る舞いを止めなかった。
――ドンッ、とヒポポタスの巨体が演出の身体に激突し、宙高く跳ね上がる。
「ふふふ……ふははははっ!」
だが、その演出の身体は空中で霧のように消え去った。同時に周囲から、笑い声が何重にも重なって響く。ヒポポタスは周囲に目を向けると、数十の演出が一斉に現れた。
「これこそが我が奥義、演出の煌めき! 貴様らは鼻先に餌をぶら下げられた馬のように、私の幻影を追い続けるのだ! その先に何があるかも知らずにな!」
そして、幻影を追って移動を始めたヒポポタスが真っ白な実が実った木の下を通る。
「ふっ、今だ! このネムリナ粉を浴び、抗えぬ深い眠りに落ちるがよい!」
演出が投げたナイフが実に当たると、ぱあんと弾けて白い粉が辺り一面に舞う。その粉を吸い込んだヒポポタスたちは、ばたばたと倒れ、眠りに落ちていく。幻影は消え、粉が風に吹かれて去ると眠りに落ちたヒポポタスの間を演出は堂々と歩く。
「そして舞台の幕は降りる。ヒポポタスは目的を遂げることなく、我らの前に破れ去ったのだ――」
◆◇◆
『……終わったな? 全員、冷徹と感傷のところに集まれ。ヒポポタスの暴走の原因が分かったらしい』
通信機から響くあくまちゃんの声。程なくして全員が揃うと、冷徹が眼鏡を指で押し上げて口を開く。
「……これは、渇毒だ」
「渇毒……!? ってなんだっけ、教えてくれよ冷徹!」
激情の反応に、冷徹は予期していたように動じずに。
「渇毒は甘味と混ぜることでその甘味への執着をもたらし、生物を暴走させる毒だ」
「おお……なんじゃそりゃぁぁっ! なんて恐ろしいんだ!」
叫ぶ激情を横目に内気が小さく手を上げる。
「でも、誰がそんなことを……? それも黒蜜ダムを狙わせるなんて……」
「……恐らくだが、黒蜜ダムを破壊することで我らスイートデビルノクティスの戦力を削ごうとしたのだろう。我々は黒蜜なくしては動けないからな」
腕を組んでいたあくまちゃんが、一歩前に出る。
「なゆ姫に恨みをもつ奴か、他の国の仕業ってところか……。ちっ、許せねえな!」
あくまちゃんは通信機で、スイートデビルノクティス本部に繋ぐ。出たのはみに悪魔たち。
「黒蜜ダムに部隊を回してくれ。んで、オレ様らが倒したヒポポタスを回収、なゆ自然研究所に送るんだ。あと、しばらく黒蜜ダムに部隊を常駐させろ」
『了解っす、あくまちゃん! みに悪魔部隊、すぐ向かいまーす!』
「おう、頼んだぜ」
通信を終了したあくまちゃんは、仲間たちに目を向けて。
「よし、オレ様たちは待機だ。なゆ姫が城に帰還する時間になったら、報告に向かうぞ」
それぞれが返事をし、スイートデビルノクティス本部へと帰還するのだった。
ヒポポタスの瞳はなにかに操られているかのように胡乱だった。
だが黒蜜ダムが近づくにつれ、狂気と黒蜜への執着でその瞳は紅く輝く。全身は堅牢なキャラメル結晶に覆われ、濃密な甘い香りを漂わせていた。
――ブモオオォッ!!!
ヒポポタスの群れの咆哮が荒々しく空気を揺らす。普段、まったりと暮らしているダム周辺の甘味動物はヒポポタスに怯えて隠れ、その姿を見せない。そして――そのヒポポタスの行く手を阻むように激情とあくまちゃんが立ちはだかった。
「よう、ヒポポタスども。オレ様たちが相手してやんよ」
「俺の黒蜜焔、喰らいやがれッ!!」
百戦錬磨の二人が放つ荒々しい甘魔力を前にしてもヒポポタスは怯まなかった。大きく脚を踏み鳴らし、砂糖煙を巻き上げて突進する群れ先頭のヒポポタス。
だが激情とあくまちゃんは、その巨体を軽々と片手で受け止めていた。
「こんなもんかよおい。食後の運動にもなりゃしねえっての! 冷徹やツッコミとの手合わせの方がずっと刺激的だぜ!」
ぎりぎりと音が響き、ヒポポタスの巨体がぶるりと震える。
二人の身体は巨大な山を思わせる重厚さで揺るがず、完全にヒポポタスの動きを制圧していた。
激情は戦を楽しんでいるかのように軽口を飛ばし、豪快に笑う。
「吹っ飛べえっ! 黒蜜スイング!!」
先に動いたのは激情。その腕がキャラメル結晶をも溶かす黒蜜焔に覆われ、空間を歪ませる。
「――うぉらぁぁぁぁぁっ!!!」
どろどろに溶けていく結晶の先に爪を突き立て、豪快にヒポポタスをぶん回して投げ飛ばす!!
その衝撃で線上にいたヒポポタスも巻き込まれ、巨体な空高く舞い上がる。
――黒蜜の香りを漂わせながら数頭のヒポポタスが空を切った。
「は、やるじゃねえか激情……。また強くなったみてえだな。オレ様も負けてらんねぇぜ」
あくまちゃんは、その言葉と共に背中の黒蜜色の翼に甘魔力を込めた。翼が揺らめき、呼応して徐々に巨大化を始める。
「黒蜜翼刃!」
片手で抑えていたヒポポタスの身体をその翼で激しく地面に叩き付ける。ヒポポタスの巨体はぐしゃりと圧し潰されて見るも無惨な肉塊と化した。
――さらに翼が唸りをあげて空を切る。翼に触れたヒポポタスは、容易く身体を真っ二つに裂かれた。
その翼から生じる風圧だけで次々とヒポポタスは吹き飛び、戦闘不能に追い込まれていく。
「歯応えのねぇ奴らだ。こんなん目閉じてたって倒せるぜ」
二人の悪魔の圧倒的な戦闘力を前に、残されたヒポポタスは狂気と黒蜜への執着を超えて本能で敵わないと悟り、散らばって別の道から黒蜜ダムを目指し始めた。
激情はそのヒポポタスの姿に眉を吊り上げ、そしてあくまちゃんに目を向ける。
「ちっ、つまんねぇの! どうするよあくまちゃん?」
「他の奴らに任せる。オレ様たちが全部片付けるんじゃ悪いからな。あいつらも強くなってるんだろ?」
「あくまちゃんがそういうなら……だが危なそうだったら俺はすぐに動くぜ!」
「は、好きにしな」
激情はチョコレート樹に軽々と跳躍して登り、戦場を見下ろす。隣に翼で羽ばたくあくまちゃんが並んだ。
「さて――手並み拝見だ」
◆◇◆
「やれやれ、だ。相変わらずあの二人の力は凄まじいな」
チョコレート樹の枝を足場に駆ける感傷と冷徹。その視線の先にはダムを目指す数頭のヒポポタス。彼らは激情とあくまちゃんへの恐怖に突き動かされて散ってしまった。
――群れていればまだ可能性はあったろうにな。
そう冷徹は胸中で呟き、魔力を両手に込める。しんとした静寂に包まれ、辺りの温度が急激に下がり始める。地面に両手を着くと、雪の結晶状の魔方陣があちこちの地面に刻まれた。
「……よし。氷蜜陣の構築完了。感傷、こっちに誘導してくれ」
「は、はい」
感傷はうなずいて前に出た。胸に手を当て、甘魔力を込めて心の声を飛ばす。
――ほら、おいで。こっちに美味しそうな黒蜜があるよ……。
その声は数頭のヒポポタスの心の中に響いた。 ヒポポタスは一気に方向転換し、感傷と冷徹に迫る。だが、その先には氷蜜陣。
それを踏んだ瞬間、陣から展開される氷蜜が、ヒポポタスの巨体を瞬く間に氷漬けにする。
二人に迫っていたヒポポタスはただの一匹も陣を抜けられず、次々に氷漬けにされて眠るように息絶えていった。
「……完璧な誘導だった。礼を言うぞ、感傷」
「えへ、えへへ……冷徹さんに褒めてもらえるなんて、ボク、嬉しいです」
「まだ新参だが、お前はスイートデビルノクティスになくてはならない人材だ。胸を張れ」
その言葉を噛み締めて微笑む感傷。冷徹は氷漬けにされたヒポポタスの前に立ち、手で触れる。氷はあっという間に溶けるように消えて。
「俺はこいつらの暴走の原因を突き止める。お前は周囲を警戒し、接近するヒポポタスがいたら知らせてくれ」
「――ま、任せてください!」
そして集中する冷徹は、ヒポポタスの身体を探り、やがて注射痕のような小さな穴を見つけ出した。
「これは……」
◆◇◆
「ったく派手すぎんだよ、激情とあくまちゃん! チョコレート樹も一緒に持ってかれてるじゃねえか!」
ツッコミは豪快な破壊音と空を舞うヒポポタスを目にしてそう叫ぶ。しかしその目の前にも迫るヒポポタスたち。ツッコミはマシュマロハンマーを甘魔力を込めてくるりと回した。
「――マシュマロハンマー・爆笑モードッ!」
マシュマロハンマーを構え、迫るヒポポタスたちの隙間を駆け抜けながら、すれ違い様にハンマーを振るって軽く叩く。
足を止め、振り替えるツッコミ。そこにはずしんと崩れ落ち、盛大に笑い転げるヒポポタスたちの姿があった。
「ふん、そのまま笑い死ね! 黒蜜を奪おうとした罰だ!」
そしてツッコミは、その場にどかっと腰を下ろした。
「まだ動いてないのは内気と演出か。ヒポポタスは残り少ないし、任せていいな」
◆◇◆
黒蜜式狙撃銃を匍匐姿勢で構え、スコープを覗く内気。その視線は既にヒポポタスたちを捉えていた。甘い香りの風が吹き、チョコレート樹の木の葉が揺れる。
響く戦闘音に心乱されず、内気は引き金を引く最適な瞬間が訪れるのを、待っていた。
そして――長年の感覚が心を震わせたその一瞬。
「――今、です」
ただ静かに引き金が引かれた。銃口から三発の黒蜜弾が立て続けに吐き出され、宙を裂いてヒポポタスの結晶を貫き、その眉間を撃ち抜いた。
スコープ越しに静かにヒポポタスたちが倒れたのを確認し、目を外して小さく息を吐く。
「私のすべきことはやった……よね?」
胸元のボタン型通信機がぶるりと震えた。押すと、そこから聞こえたのはあくまちゃんの声。
『いい狙撃だったぜ』
「そ、そんな……滅相もない。私なんて、まだまだ……」
『うぉぉぉぉっ! さすがサイレント・ミツだ! かっこよかったぞ!』
通信機越しに響いた激情の声。その響きは内気の心を暖かくした。打算などない、純粋な称賛だと分かるから。
「あ、ありがとうございます……。あくまちゃん、激情さん。私、もっと役に立てるよう頑張りますね……?」
『ああ、期待してる』
そして通信は終了し、内気は黒蜜式狙撃銃を握りしめながら小さく口元に笑みを浮かべた。
◆◇◆
「ああ、悲しいかなヒポポタスたち! 蓋を開けてみれば、その実力は我らスイートデビルノクティスに遠く及ばなかった! 黒蜜が溶けるよりも早く制圧され、残りは僅か! そして今、それは私の目の前にいる――!」
相変わらずの調子で高らかに語る演出は、ヒポポタスが目前に迫ってもその振る舞いを止めなかった。
――ドンッ、とヒポポタスの巨体が演出の身体に激突し、宙高く跳ね上がる。
「ふふふ……ふははははっ!」
だが、その演出の身体は空中で霧のように消え去った。同時に周囲から、笑い声が何重にも重なって響く。ヒポポタスは周囲に目を向けると、数十の演出が一斉に現れた。
「これこそが我が奥義、演出の煌めき! 貴様らは鼻先に餌をぶら下げられた馬のように、私の幻影を追い続けるのだ! その先に何があるかも知らずにな!」
そして、幻影を追って移動を始めたヒポポタスが真っ白な実が実った木の下を通る。
「ふっ、今だ! このネムリナ粉を浴び、抗えぬ深い眠りに落ちるがよい!」
演出が投げたナイフが実に当たると、ぱあんと弾けて白い粉が辺り一面に舞う。その粉を吸い込んだヒポポタスたちは、ばたばたと倒れ、眠りに落ちていく。幻影は消え、粉が風に吹かれて去ると眠りに落ちたヒポポタスの間を演出は堂々と歩く。
「そして舞台の幕は降りる。ヒポポタスは目的を遂げることなく、我らの前に破れ去ったのだ――」
◆◇◆
『……終わったな? 全員、冷徹と感傷のところに集まれ。ヒポポタスの暴走の原因が分かったらしい』
通信機から響くあくまちゃんの声。程なくして全員が揃うと、冷徹が眼鏡を指で押し上げて口を開く。
「……これは、渇毒だ」
「渇毒……!? ってなんだっけ、教えてくれよ冷徹!」
激情の反応に、冷徹は予期していたように動じずに。
「渇毒は甘味と混ぜることでその甘味への執着をもたらし、生物を暴走させる毒だ」
「おお……なんじゃそりゃぁぁっ! なんて恐ろしいんだ!」
叫ぶ激情を横目に内気が小さく手を上げる。
「でも、誰がそんなことを……? それも黒蜜ダムを狙わせるなんて……」
「……恐らくだが、黒蜜ダムを破壊することで我らスイートデビルノクティスの戦力を削ごうとしたのだろう。我々は黒蜜なくしては動けないからな」
腕を組んでいたあくまちゃんが、一歩前に出る。
「なゆ姫に恨みをもつ奴か、他の国の仕業ってところか……。ちっ、許せねえな!」
あくまちゃんは通信機で、スイートデビルノクティス本部に繋ぐ。出たのはみに悪魔たち。
「黒蜜ダムに部隊を回してくれ。んで、オレ様らが倒したヒポポタスを回収、なゆ自然研究所に送るんだ。あと、しばらく黒蜜ダムに部隊を常駐させろ」
『了解っす、あくまちゃん! みに悪魔部隊、すぐ向かいまーす!』
「おう、頼んだぜ」
通信を終了したあくまちゃんは、仲間たちに目を向けて。
「よし、オレ様たちは待機だ。なゆ姫が城に帰還する時間になったら、報告に向かうぞ」
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