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スイートデビルノクティス、動く
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あくまちゃんが去ったあと。砂糖絹のカーテンがふわりと揺れ、玉座の間には一瞬の静寂が訪れた。
「ふふ。彼女はいつも勢いが良すぎますわね」
なゆ姫は残る黒蜜の香りに、くすりと微笑んで。
「でも、その勢いはこれまでにたくさんの人を救ってきました。時にはハプニングを招くこともありますが、ここなゆ国に欠かせないものです」
「そうですわね……。てんしちゃんとあくまちゃん、そして支えてくれる皆様がいてこそのなゆ国ですもの」
報告に来たみに悪魔とみに天使たちは、くるりと宙返りをしてぴたりと姫の前に着地する。
「よく報告してくれましたね、みにちゃんたち。あくまちゃんが動いたなら彼女の仲間たちも動いていることでしょう。もう、何の心配もありませんわ。さ、お好きな甘味を食べて羽を休めてくださいまし」
「わーい!」
「姫様、ありがとーなのです!」
みにたちは花開くような笑みを咲かせ、案内を申し出たメイドの背を追ってふわふわと出ていった。
「――黒蜜は大切な資源。信じておりますわ。あくまちゃんたち……」
姫の祈りに応えるように天井から光が降り注ぎ、甘やかなバニラの香りがふんわりと広がった。
「なゆ姫、私は黒蜜のプリンを用意しておきますね。彼女たちの大好物ですから」
「ええ、ありがとうございます。てんしちゃん」
そしててんしちゃんが出ていった後、なゆ姫は立ち上がった。
「さて、私も務めを果たさなくては。さあ、チョコミント兵の皆様――参りましょう」
「はっ! なゆ姫様!」
その号令にびしっと敬礼するチョコミント兵。それぞれが、すべきことを見据えて動き出していた。
こうして、なゆ国は慌ただしくも回っていく。
◆◇◆
――場所は変わって周囲をチョコレート森林に囲まれた黒蜜湖のほとり、黒蜜ダム。
厚みのあるキャラメルブラウンに覆われた堤体の頂上にあくまちゃんと同じゴスロリ服を着たスイートデビルノクティスの面々が揃っていた。
「俺たちの黒蜜は絶対に奪わせねえぞ! かかってこい甘味獣どもおぉぉっ!」
拳を打ち鳴らしながら荒々しく叫ぶ彼女の名はヘルハニー・デニッシュペストリー。通称激情。スイートデビルノクティスきっての近接戦に特化した悪魔で、その突出した身体能力と魔術で数多くの敵を退けてきた豪傑。
「敵性反応、チョコレート森林北側からゆっくりと接近中。接敵は約20分後。……敵詳細把握。甘味獣スイートヒポポタスの情報を今、皆の頭に送った。備えてくれ」
眼鏡の奥で鋭い眼光を揺らし、北側に目を向ける彼女の名はシエル・フロマージュ。通称冷徹。
優れた分析力と知識で名を挙げた情報のスペシャリストであり、戦闘に於いてもその力は遺憾なく発揮される。彼女の氷蜜魔法を甘く見た輩は、ことごとく甘くない結末を迎えた。
「――うおぉぉぉッ!! さすが冷徹だぁぁ! 分かる! ヒポポタスのことが手に取るように分かるぞ!」
「お前は情報を活かしたことはないだろが!!」
切れ味鋭い声が森の奥まで響き、チョコレート樹の葉を揺らした。黒蜜色のマシュマロハンマーで激情の頭をぽよんと叩いた彼女の名はクルーン・フィナンシェ。通称ツッコミ。暴走することが多い激情などのストッパー。その実力は激情にも引けを取らない。
やいのやいのと激情が投げる黒蜜団子をツッコミがハンマーで打ちまくる。ぽよん、ぽよんと――それは悪魔たちには見慣れた光景だった。
「あ、あの……私、ここから援護しますね。周りの甘い空気が、どう撃てば当たるかを教えてくれてるから……外さないとは思うんですけど、失敗したらごめんなさい……」
大きな黒蜜式の狙撃銃を構え、スコープ越しにただ一点を見つめる彼女の名はティール・スエット。通称内気。
困難な任務を、狙撃のみで遂行してきた天性の狙撃手。その照準から逃れることは容易ではなく、静寂の蜜狩人と呼ばれ味方からは尊敬を集めている。
「暴走してしまった以上、もう倒すしかないけれどきちんと弔ってあげて、原因を解明して繰り返されないようにしたいな……」
少し小さな悪魔がしみじみと呟いた。彼女の名はトリステス・マドレーヌ。通称感傷。心優しく、仲間の安全を考え、敵のことをも慈しむ。
その繊細さゆえ、仲間からは癒しの存在として頼りにされる。戦闘能力は低いが、支援魔法に長けたサポートのスペシャリスト。
「本日の舞台は黒蜜ダム! 生命の息吹を紡ぐ黒蜜を暴れ狂う甘味獣から守るために、スイートデビルノクティスの錚々たる面々が立ち上がった! さあ、激戦の幕は間も無く開かれる! 勝者は我らか、ヒポポタスか! 二つに一つ!」
ふわふわと漂う甘いお菓子の幻を背景に高らかに両腕を掲げ、詩を読み上げるように声を響かせる彼女の名はテアートル・タルト。通称演出。
戦場も日常も舞台と捉え、仲間たちの士気を高めると共に、戦闘を高度な幻覚魔法でアシストする。
「――そして、忘れてはならないのがこのお方! 我らスイートデビルノクティス筆頭、あくまちゃん!」
演出が膝を着いて空へと手を伸ばす。甘陽の光が広がる空を、黒蜜色の翼で裂いてあくまちゃんが舞い降りる。演出はその光景に一人で涙を流し、手を叩きながら感極まって震えていた。
「――素晴らしいッ! どんな甘味よりも心を揺さぶる登場シーン! いつまでも語り継がれるだろう! 絵にして永遠に残さねば!!」
「よう――準備は出来てるか? お前ら」
その言葉に全員が動きを止めて胸に力強く拳当て、真っ直ぐにあくまちゃんを見据えた。
「もちろんだ!!!」
「っしゃあ、黒蜜防衛戦だ!」
並んだ悪魔達の背後に、演出の幻覚で黒蜜色の爆発が巻き起こる。
――黒蜜防衛戦、開幕。
「ふふ。彼女はいつも勢いが良すぎますわね」
なゆ姫は残る黒蜜の香りに、くすりと微笑んで。
「でも、その勢いはこれまでにたくさんの人を救ってきました。時にはハプニングを招くこともありますが、ここなゆ国に欠かせないものです」
「そうですわね……。てんしちゃんとあくまちゃん、そして支えてくれる皆様がいてこそのなゆ国ですもの」
報告に来たみに悪魔とみに天使たちは、くるりと宙返りをしてぴたりと姫の前に着地する。
「よく報告してくれましたね、みにちゃんたち。あくまちゃんが動いたなら彼女の仲間たちも動いていることでしょう。もう、何の心配もありませんわ。さ、お好きな甘味を食べて羽を休めてくださいまし」
「わーい!」
「姫様、ありがとーなのです!」
みにたちは花開くような笑みを咲かせ、案内を申し出たメイドの背を追ってふわふわと出ていった。
「――黒蜜は大切な資源。信じておりますわ。あくまちゃんたち……」
姫の祈りに応えるように天井から光が降り注ぎ、甘やかなバニラの香りがふんわりと広がった。
「なゆ姫、私は黒蜜のプリンを用意しておきますね。彼女たちの大好物ですから」
「ええ、ありがとうございます。てんしちゃん」
そしててんしちゃんが出ていった後、なゆ姫は立ち上がった。
「さて、私も務めを果たさなくては。さあ、チョコミント兵の皆様――参りましょう」
「はっ! なゆ姫様!」
その号令にびしっと敬礼するチョコミント兵。それぞれが、すべきことを見据えて動き出していた。
こうして、なゆ国は慌ただしくも回っていく。
◆◇◆
――場所は変わって周囲をチョコレート森林に囲まれた黒蜜湖のほとり、黒蜜ダム。
厚みのあるキャラメルブラウンに覆われた堤体の頂上にあくまちゃんと同じゴスロリ服を着たスイートデビルノクティスの面々が揃っていた。
「俺たちの黒蜜は絶対に奪わせねえぞ! かかってこい甘味獣どもおぉぉっ!」
拳を打ち鳴らしながら荒々しく叫ぶ彼女の名はヘルハニー・デニッシュペストリー。通称激情。スイートデビルノクティスきっての近接戦に特化した悪魔で、その突出した身体能力と魔術で数多くの敵を退けてきた豪傑。
「敵性反応、チョコレート森林北側からゆっくりと接近中。接敵は約20分後。……敵詳細把握。甘味獣スイートヒポポタスの情報を今、皆の頭に送った。備えてくれ」
眼鏡の奥で鋭い眼光を揺らし、北側に目を向ける彼女の名はシエル・フロマージュ。通称冷徹。
優れた分析力と知識で名を挙げた情報のスペシャリストであり、戦闘に於いてもその力は遺憾なく発揮される。彼女の氷蜜魔法を甘く見た輩は、ことごとく甘くない結末を迎えた。
「――うおぉぉぉッ!! さすが冷徹だぁぁ! 分かる! ヒポポタスのことが手に取るように分かるぞ!」
「お前は情報を活かしたことはないだろが!!」
切れ味鋭い声が森の奥まで響き、チョコレート樹の葉を揺らした。黒蜜色のマシュマロハンマーで激情の頭をぽよんと叩いた彼女の名はクルーン・フィナンシェ。通称ツッコミ。暴走することが多い激情などのストッパー。その実力は激情にも引けを取らない。
やいのやいのと激情が投げる黒蜜団子をツッコミがハンマーで打ちまくる。ぽよん、ぽよんと――それは悪魔たちには見慣れた光景だった。
「あ、あの……私、ここから援護しますね。周りの甘い空気が、どう撃てば当たるかを教えてくれてるから……外さないとは思うんですけど、失敗したらごめんなさい……」
大きな黒蜜式の狙撃銃を構え、スコープ越しにただ一点を見つめる彼女の名はティール・スエット。通称内気。
困難な任務を、狙撃のみで遂行してきた天性の狙撃手。その照準から逃れることは容易ではなく、静寂の蜜狩人と呼ばれ味方からは尊敬を集めている。
「暴走してしまった以上、もう倒すしかないけれどきちんと弔ってあげて、原因を解明して繰り返されないようにしたいな……」
少し小さな悪魔がしみじみと呟いた。彼女の名はトリステス・マドレーヌ。通称感傷。心優しく、仲間の安全を考え、敵のことをも慈しむ。
その繊細さゆえ、仲間からは癒しの存在として頼りにされる。戦闘能力は低いが、支援魔法に長けたサポートのスペシャリスト。
「本日の舞台は黒蜜ダム! 生命の息吹を紡ぐ黒蜜を暴れ狂う甘味獣から守るために、スイートデビルノクティスの錚々たる面々が立ち上がった! さあ、激戦の幕は間も無く開かれる! 勝者は我らか、ヒポポタスか! 二つに一つ!」
ふわふわと漂う甘いお菓子の幻を背景に高らかに両腕を掲げ、詩を読み上げるように声を響かせる彼女の名はテアートル・タルト。通称演出。
戦場も日常も舞台と捉え、仲間たちの士気を高めると共に、戦闘を高度な幻覚魔法でアシストする。
「――そして、忘れてはならないのがこのお方! 我らスイートデビルノクティス筆頭、あくまちゃん!」
演出が膝を着いて空へと手を伸ばす。甘陽の光が広がる空を、黒蜜色の翼で裂いてあくまちゃんが舞い降りる。演出はその光景に一人で涙を流し、手を叩きながら感極まって震えていた。
「――素晴らしいッ! どんな甘味よりも心を揺さぶる登場シーン! いつまでも語り継がれるだろう! 絵にして永遠に残さねば!!」
「よう――準備は出来てるか? お前ら」
その言葉に全員が動きを止めて胸に力強く拳当て、真っ直ぐにあくまちゃんを見据えた。
「もちろんだ!!!」
「っしゃあ、黒蜜防衛戦だ!」
並んだ悪魔達の背後に、演出の幻覚で黒蜜色の爆発が巻き起こる。
――黒蜜防衛戦、開幕。
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