スイーツ王国物語はちゃめちゃ国家運営記~恋も野望も詰め合わせ~

くろ

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研究悪魔登場

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 なゆ国東部、開かれた白砂糖森林の中の切り開かれたエリアに位置するなゆ科学研究所。 森の間を抜けて研究塔に甘陽の光が差し込む。深い黒蜜クリスタルの外壁が、光を吸い込みつつも微かに跳ね返し、宝石のようにその存在を主張していた。

 中では白衣に身を包んだ人間、悪魔、天使たちがそれぞれの力と知識を尽くし、なゆ国の未来のために日夜励んでいる。時にはハプニングも起こるが、それもまた研究所の日常の愛嬌であった。

「えへへっ、完成しましたぁ! ミツガンナー! これであくまちゃんたちの負担を減らせます!」

 研究所の一角。様々な機器や計器が並ぶ室内に、胸元に「LAB」と刻まれた紺色の水泳用上下に白衣を羽織った少女の明るい声が響いた。
 その前では、構えた黒蜜銃で小さなヒト型のロボが的に向けて射撃を行っている。
 彼女の名はルシェ・フォンダン。通称研究。あくまちゃん主導で設立されたなゆ科学研究所の若き所長であり、人と甘味悪魔の間に生まれた少女。
 研究がはしゃいでいると、自動ドアが開いた。研究は目を輝かせて子犬のように走りだし、自動ドアの先にいたあくまちゃんに飛び付いた。

「あっ! あくまちゃん~! お会いしたかったですぅぅぅぅ!」

「ほぼ毎日会ってるだろうが。ベタベタするな暑苦しい」

「ふふん、この私! 研究はあくまちゃんを尊敬してますから、いつでも会いたいと思うのは当然なのですよ!」

 尻尾があったらばたばたと振っていただろう研究を引き離すことはせず、受け止めたままあくまちゃんは言葉を続ける。

「ったく……お前にこいつの解析を頼みたい。城に襲撃を仕掛けてきやがった犯人に通じる手がかりだ」

 あくまちゃんの背後に浮かんでいた黒蜜から、胸に穴の空いた甘味人形が吐き出された。研究はあくまちゃんから離れ、びしっと背筋を伸ばして敬礼する。

「お任せくださいあくまちゃん! なゆ国を狙う不届きものは、この私が必ず居場所を突き止めてみせますとも! 大急ぎでやっちゃうので黒蜜茶でも飲んでゆっくりしていてください!」

 研究が手を叩くと壁からメイドロボが現れ、あくまちゃんに黒蜜茶を差し出した。あくまちゃんは受け取った茶をちびちびと飲みながら、解析に打ち込む研究の後ろ姿を見つめて出会った日のことを思い出していた。


 ――数年前、なゆ国の甘味工場跡地。錆びた機械の残骸に粉砂糖が降り積もった薄暗い工場内部。
 地下に残された甘味ボンプの低い唸り声が断続的に響く。あくまちゃんは甘味値の不自然な揺れ動きを計測した報せを受けて向かっていた。

「ちっ、どうせ甘味獣の悪戯だろ」

 歪んでいた扉を蹴りで叩き壊し、踏み込んだあくまちゃんが目にしたのは、ぼろぼろの残骸を組み合わせて作られた宙を漂う甘味ドローンと、轟音に頭を抱えて震える涙目の褐色肌の少女、後の研究だった。

「……何者だてめえ。返答によっちゃその首、ここで飛ばすぜ」

 ぷるぷると震える姿は怪しい輩には見えなかったが、あくまちゃんは紅の瞳をぎらつかせ、鋭い眼光で研究を射貫いて。

「ひぇ……わ、私はそんな危ない者じゃありません! ただ使えそうなものがいっぱいあったから、好奇心と科学欲でつい……!」

 あくまちゃんは、研究の態度に愉快そうに牙を覗かせ、黒蜜の香りと共に笑った。

「ここは放棄されてっとはいえ、なゆ国の管轄なんだよ。勝手なことしてんじゃねえと言いたいが……こんなぼろっちい環境でそんなもんを造り上げるたぁ大したもんだ。このオレ様が褒めてやる」

 研究は目を見開いて、大粒の涙を瞳から溢れさせた。涙をごしごしと薄汚れた服の袖で拭いながら。

「褒め……て……。本当に、本当ですか?」

「当然だ。オレ様はすげえと思ったもんには絶対嘘はつかねえ」

 どんっと胸を叩いて宣言したあくまちゃんに、研究は嬉しさのあまり飛び付いていた。あくまちゃんのゴスロリ服に顔を擦り付け、泣き声を響かせる。

「わ、私……っ、魔法国ベルヴァリスの生まれなんです……。でも、でもっ、魔導閉塞症で魔法が使えないことを理由にずっと白い目で見られてて……先日、科学に興味を持ったことがばれちゃって……追い出されちゃったんです……! だから……褒めてくれる貴方みたいな方に会えたことが嬉しくて……!」

「……は、魔法国で魔法が使えないか。そいつは災難だったな」

 軽く笑いながらも、瞳の奥には真剣さが宿っていた。あくまちゃんは研究の頭をそっとなで、指先でまだこぼれる涙をそっと拭って、潤んだ瞳を覗き込んだ。

「だが……上等じゃねえか。だから科学に目覚めたんだろ? お前みたいな心意気の奴、大好きだぜ」 

 その言葉は、研究のこれまでの過去の苦悩の日々を一瞬にして置き去りにした。周囲からの容赦のない罵倒、嘲笑、親族の冷たい目線を忘れさせ、引っ張り上げて未来へと目を向けさせる、胸が暖かくなるものだった。

「お前の持つ可能性は、オレ様の思い描くなゆ国に必要なもんだ。くははっ! 面白すぎて笑いがとまんねえわ! 今日からお前はオレ様の仲間でなゆ国の一員だ、いいな? オレ様をあくまちゃんと呼んでついてきやがれ!」

「は、はいっ! 私は科学でその期待に応えてせますっ! あくまちゃん!」

 研究は花開くような笑みを浮かべて大きく頷いた。ドローンが祝福するように空を舞う。くっついたまま歩き出す二人を、甘やかな光が包み込んでいた――。

 ◆◇◆

 解析ポッドに入っていた甘味人形が、ドローンによって作業台に運ばれる。研究は僅かに残留していた甘味電波のデータを、糖律観測ゴーグルに転送し、追跡のための調整を終えた。

「できましたよっ! これであの人形を操る電波がどこから飛んできたかを追跡できます!」

「っし、あとはオレ様の仕事だ。ちゃっちゃと済ませていつもの日々に戻るとするぜ」

 あくまちゃんがゴーグルを装着すると、研究所の天井が開いた。そこから一直線に空へと飛び出し、ゴーグルに表示されたマーカーを目がけ、黒蜜の軌跡を残して風よりも速く、あくまちゃんは空を裂いた。

「……隠蔽魔法か」

 あくまちゃんが降り立ったのは、見た目にはなんの変哲もない岩山。だがその岩壁にあくまちゃんが甘魔力を込めて触れると、空間が揺らいで地下へと続く階段が姿を現した。階段を降りていくと、そこは機械が並ぶ開けた空間で、研究者らしき数人が、腕を組んだ貴族に見つめられながら忙しなく動いていた。作られているのはあくまちゃんが倒した甘味人形だった。 

「……よう、なにしてんだ? オレ様も混ぜてくれよ」

「き、貴様は! スイートデビルノクティスの筆頭!」

 気配を消し、音もなく近寄ったあくまちゃんが貴族の肩を叩く。驚きのあまり、腰を抜かした相手の腹を踏みつけにして。

「てめえは……数ヵ月前に違法甘味に手を出したボンクラ貴族じゃねえか。動機はしょうもねえ復讐かよ。後ろの連中は様子から察するに脅して従わせてる、ってところか?」

 ふぅと息を吐き出したあくまちゃんは指を鳴らして腕を回す。

「この野郎……なゆ姫がせっかく謹慎で済ませてくれたってのによ! 次は監獄行きだ、檻の中でてめえの罪をたっぷり後悔しやがれ!」

 貴族の顔面にめり込むあくまちゃんの拳。呆気なく気を失った貴族の手から落ちたリモコンを脚で破壊して。

「……待たせて悪かったな。当面は暮らしていける金を与えるから、ゆっくり休め」

 甘味人形を壊しながら、あくまちゃんは研究者たちに告げた。解放されて安堵した研究者達に続いて外に出る。

「はいはーい、俺たちについてきてー! 無事に街まで送り届けるっすからねー!」

 現れたみに悪魔小隊が研究者を連れて帰る光景を横目に懐から取り出した黒蜜コーティングチョコを一口かじり、空を見上げて呟いた。

「終わってみればなんてことはなかったな。一件落着だ」
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