モンキー骨董屋

さる

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ネネ

カラー

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ネネが音を「色」で感じるようになったのは、
いつからだったのか、本人にもはっきりしない。

ただ一つ覚えているのは、
幼いころから家の中には、
音楽だけが満ちていたということだ。




音無家は、街でも有名な音楽一家だった。
父はピアノ講師、母はバイオリニスト。
そして二人の唯一の子供であるネネは、
“音楽家になるために生まれた子”として育てられた。

ネネが三歳のとき、父は言った。

「寧々、今日は一時間だけで終わりだ。泣かずに弾けたらね」

母は続けた。

「寧々は才能があるのよ。
 だから泣かないで。泣くと音が濁るから」

泣くことは許されなかった。
失敗することも、間違えることも。
褒められることは、もっとなかった。

定規が机に当たる乾いた音。
母のバイオリンの調律が狂ったときのような、
父の刺々しいため息。

家の中には、
音楽ではない“音”が増えていく。




八歳の頃、ネネは夜遅くまで曲を練習させられていた。
指が痛み、腕が震え、鍵盤が滲んで見えた。

そのとき、父が言った。

「感情なんか必要ない。
 必要なのは正しい音だけだ」

ネネは鍵盤を叩く。
重く、深く、沈むような響き。

ふと――
暗い群青の色が、視界の端に広がった。

その色だけが、
自分を責めない唯一の存在に思えた。

(……音って、色があるんだ)

その瞬間から、
ネネの世界は“色”と“音”の二層に分かれ始めた。

父の怒声は、濁った赤。
母の泣き笑いの叱責は、汚れた紫。
ピアノの低音は、深い群青。
自分の心は、何色でもなかった。




中学に入る頃には、
ネネはよく先生に言われるようになった。

「あなたはいつも落ち着いてるのね」
「困ったことがあっても泣いたりしないの?」

ネネは答えた。

「泣くと音が濁るので」

それは、ただ習った通りの答えだった。
でも先生は、少しだけ顔色を変えた。

ネネ自身は、不思議にも思わない。
悲しいときも、怒るときも、
心が“色”として出てくるだけだったからだ。

やがて両親は事故で亡くなったが、
ネネは泣かなかった。

葬儀の鐘の音は、
綺麗な灰色だった。




ネネは骨董屋で偶然出会ったブルーノの“気配”を、
言葉ではなく“音の色”で感じ取っていた。

それは、
幼い日に自分を包んだ群青に似ていた。

そしてトオルの声は、
どこか幼稚で濁った赤で、
普通の人間とは違う歪みの色があった。

彼ら三人は、
誰も自覚しないまま――
すでに“同じ色の場所”に立っていた。
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