モンキー骨董屋

さる

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正夫と愛

救済

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部屋に戻ると、空気が一段重くなった。
正夫は書類に目を落とし、淡々とペンを走らせている。
その背中はいつも通りで、何も変わっていない――ように見えた。

愛は席に着き、視線を伏せたまま深く息を整える。
ネネは、ほんの一瞬だけ愛の横顔を確かめ、言葉を選ぶ。

「……さっきの続き、いいですか?」

声は穏やか。
だが“続き”という言葉が、愛の胸に小さく波紋を広げた。

正夫は顔を上げない。
「手短に頼む」

ネネは頷き、正夫に向けては無難な内容を話し始める。
来店の目的、時間、店内で見たもの。
どれも正しい。どれも安全だ。

――その合間に、ほんの一言だけ、愛へ滑り込ませる。

「……愛さん、さっき言い忘れたけど。
 “休める場所”って、案外近くにあるんですよ」

愛は一瞬、指先が止まる。
顔は上げない。
正夫の視界に入らない角度で、ネネは続ける。

「無理に強くならなくていい場所。
 声を使わなくていい場所」

正夫がペンを止めた。
「今のは?」

ネネは即座に、別の意味にすり替える。

「……あ、えっと。
 骨董の話です。音の出ない箱、って意味で」

正夫は鼻で息を吐き、再び書類に戻る。
危うい。
ほんの一言で、糸が切れかけた。

そのとき、横で黙っていたトオルが、耐えきれずに身じろぎした。

(……すげえ……
 これ、完全に“勧誘”じゃん……
 バレたらヤバい……でも……)

トオルは口を開きかけ、ブルーノに睨まれて飲み込む。
だが、興奮は止まらない。

「……あ、でもさ」

一言、漏れた。

正夫が顔を上げる。
「なんだ?」

トオルは慌てて笑い、言葉を探す。

「いや、その……
 “休める場所”って言葉、いいっすよね。
 最近、警察に相談しても……
 休めない人、多いみたいだし」

一瞬、室内の温度が下がった。

ブルーノが、かぶせるように柔らかく笑う。

「トオル。余計な話はしない約束だろ?」

その声は優しいが、刃が隠れている。

トオルは肩をすくめる。
「……すみません。つい」

正夫の視線が、トオルからブルーノ、そして愛へと流れる。
何かを掴みかけている――そんな目だった。

愛は平静を装い、書類を整える。

「話を戻しましょう。
 ネネさん、先ほどの来店理由ですが――」

その声は、いつも通り。
“温度のない透明”のまま。

ネネは小さく頷き、愛にだけ聞こえる声で、最後の一押しをする。

「……必要になったら。
 合図、わかりますよね」

愛は返事をしない。
だが、その沈黙が――答えの代わりだった。

ブルーノは、その様子を見て、満足げに微笑む。
正夫だけが、説明できない違和感を胸に残したまま、
ペンを再び走らせていた。
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