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武器
秘密
しおりを挟む机のほうから乾いた音がした。
次の瞬間には、
正夫がトオルの背後に回り込み、腕を絡めて引き寄せていた。
「――っ!?」
声が上がるより先に、
羽交締め。
トオルの身体が硬直する。
正夫の右手にはペンが握られていた。
金属の先端が、
トオルの首元――皮膚のすぐ下に触れる。
「動くな」
声は低く、感情がない。
それが一番、危険だった。
愛が息を呑む。
「正夫……!?」
「黙ってろ」
ペンが、わずかに押し当てられる。
インクの匂いと、汗の匂いが混ざる。
トオルの喉が鳴った。
「……は、はは……
冗談キツいっすよ、刑事さん……」
「奥の部屋に連れて行け」
正夫の視線は、
トオル越しにブルーノを射抜いていた。
「今すぐだ。
“使ってない部屋”があるだろ」
店内の空気が凍る。
一瞬でも言い訳をすれば、
この場が壊れる――誰の目にも明らかだった。
だが。
ブルーノは、少しも動揺しなかった。
「……わかりました」
あまりに素直な返答。
愛が思わずブルーノを見る。
その顔には、困惑も、恐怖もない。
ただ“予定通り”のような静けさがあった。
「こちらです」
ブルーノは踵を返し、
店の奥へと歩き出す。
正夫はトオルを離さないまま、
ペン先を首元に当てたまま、後に続く。
ネネはその光景を、
言葉もなく見つめていた。
その目は恐怖ではなく――
期待に近い色を帯びている。
⸻
奥の部屋は、
拍子抜けするほど何もなかった。
家具はない。
飾りもない。
壁は剥き出しで、窓もない。
ただ、
床の中央に――
四角い扉。
鉄製の、
地下へ続くそれだけが、
この部屋に“意味”を与えていた。
取っ手は摩耗し、
何度も開閉された痕跡がある。
正夫の視線が、
自然とそこに吸い寄せられる。
(……隠してたのは、部屋じゃない
“下”か)
ブルーノは、その扉の横で立ち止まり、
振り返った。
「……ご覧になりますか?」
その声は、
まるで“案内人”のそれだった。
トオルの喉元で、
ペン先がわずかに震える。
この扉の向こうにあるものが、
誰の人生を壊すのか――
まだ、誰にもわからない。
ただ一つ確かなのは、
もう後戻りはできない、ということだけだった。
床の扉が、低い音を立てて開いた。
ぎい……。
重たい鉄の軋みが、
下から湿った空気を押し上げてくる。
ブルーノが先に降りた。
迷いのない足取りだった。
その背中を追うようにネネ。
暗闇を怖がる様子はなく、
むしろ“知っている場所”に戻るような静けさがあった。
続いて愛。
一段一段、慎重に足を運ぶ。
手すりは冷たく、感触がない。
最後に――
トオルを羽交締めにしたままの正夫。
ペン先は依然、首元に当てられている。
トオルは抵抗しない。
息だけが、わずかに荒い。
⸻
地下は、完全な闇だった。
ブルーノが足元のスイッチを入れると、
通路の壁に等間隔で設置された小さな灯りが、
ぽつ、ぽつ、と点いていく。
細長い地下通路。
左右には、
鉄格子で仕切られた小部屋――牢屋が、
いくつも連なっていた。
ひとつ、
またひとつ。
通路を進むたびに、
同じ構造が繰り返される。
ネネの視線は、
無意識のうちに、左右へ流れていった。
そして――
気づく。
牢屋の奥。
そこには、
簡素なベッドが置かれている。
どの部屋にも、同じ形。
同じ配置。
そして。
そのベッドの布団の下に、
誰かが“寝かされている”。
顔は見えない。
布団は胸元まできちんとかけられ、
まるで休ませているかのようだ。
だが――
この数、この規則性。
愛の呼吸が、わずかに乱れた。
(……寝かされている?
それとも……)
正夫の足が止まる。
トオルの喉が鳴った。
「……ここ……
ちゃんと……してるでしょ……」
絞り出すような声。
自慢とも、言い訳ともつかない。
ブルーノは振り返らず、淡々と言った。
「皆さん、疲れているだけですよ。
静かに、休んでいただいています」
その言い方は、
あまりにも穏やかで――
だからこそ、異様だった。
ネネは、一つの牢屋の前で立ち止まる。
布団の形。
呼吸のわずかな上下。
「……眠ってる……」
誰に言うでもなく、
そう呟いた。
愛は、その横顔を見る。
恐怖ではない。
同情でもない。
――“理解”に近い表情。
正夫の背中に、
冷たい汗が伝った。
ここは、
閉じ込める場所ではない。
**“迎え入れる場所”**だ。
通路の奥は、
まだ闇に続いている。
灯りは、
そこまで届いていなかった。
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