モンキー骨董屋

さる

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武器

復讐

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ブルーノが、壁際のスイッチを押した。

ぱちり、と乾いた音。
それまで点々と灯っていた小さな明かりとは別の、
白く強い光が一斉に通路を照らし出す。

牢屋の中で、動きが起こった。

布団がずれ、
身体がゆっくりと起き上がる。

一人、また一人。

どの顔も、
目だけが開いている。
焦点は合っておらず、
そこに“今”はいない。

正夫の喉が鳴る。

「……」

言葉が出てこない。

ブルーノは、その様子を確認してから、
静かに告げた。

「今日は――中川さんの番です」

その声に、
一つの牢屋の扉が開く。

鉄格子の向こうから、
中川みどりという女が歩き出てきた。

三十代半ば。
整えられていない髪。
だが姿勢は不思議とまっすぐだった。

口元に、
不釣り合いな笑みが浮かぶ。

それは喜びでも、安堵でもない。
役目を与えられた者の笑みだった。

「……やっと、私の順番」

ネネは、目を逸らさない。
愛は、息を止めたまま、その声を聞いている。

ブルーノは続ける。

「今日の“標的”は――
 布川義雄」

正夫の眉がわずかに動く。
その名前には、聞き覚えがあった。

「中川さんが勤めていた会社の、上司です」

ブルーノの語りは、
事務的で、感情がない。

「毎日の叱責。
 人格を削る言葉。
 逃げ場のない職場」

中川は、静かに頷く。

「……私が弱いからだって、
 ずっと言われてました」

その声は、
泣いてもいないし、怒ってもいない。

「気づいたら、
 朝、起きられなくなって。
 夜は、考えが止まらなくなって」

愛の胸が、きゅっと締め付けられる。

ブルーノは、
中川の手に“それ”を渡す。

それが何かは、
誰も説明しない。

ただ、
戻れない重さだけが、
その場の空気を歪ませた。

「今日は、家に行く日です」

ブルーノはそう言って、
穏やかに微笑む。

「あなたが壊された場所とは、
 別の“生活”を壊しに行く」

中川は、深く息を吸い――
吐いた。

「……わかりました」

その瞬間、
正夫の腕に、力が入る。

トオルが小さく呻く。

「……これ……
 ヒーローものの悪役みたいだな……」

その呟きは、
誰にも拾われなかった。

地下通路の灯りが、
さらに奥へと伸びていく。

それは、
“選ばれた日”の始まりを告げる光だった。

ブルーノは、足を止めた。

それまで穏やかだった背中が、
わずかに――しかし明確に、硬直する。

ゆっくりと振り返り、
トオルを見る。

目は冷えていた。
地下の灯りを反射しているだけで、感情は映っていない。

「……トオル」

低い声だった。
怒鳴ってはいない。
だからこそ、逃げ場がない。

「その考え方を、今すぐやめろ」

トオルは喉を鳴らす。
首元に当たるペン先の感触を、急に強く意識した。

「ヒーローだの、悪役だの――
 そういう“物語”に、ここを押し込めるな」

ブルーノは一歩近づく。

「これは演出じゃない。
 救済でも、復讐劇でもない」

中川みどりの横顔に、視線を投げる。

「生きることも、死ぬことも、
 選べなかった人たちの“現実”だ」

トオルは、反射的に口を開きかけ――
閉じた。

(……違う……
 でも……)

少年漫画のページが、脳裏に浮かぶ。
圧倒的な悪。
世界を歪める存在。
そこに惹かれていた自分。

けれど、
目の前にいるのは“役”を演じる悪ではない。

疲れ切った目。
与えられた順番を待つ人々。
戻れないところまで来てしまった空気。

「……すみません」

トオルは、ようやくそう言った。

声は小さく、
納得と反発が絡み合っている。

ブルーノは、それ以上責めなかった。
ただ、淡々と告げる。

「憧れでここに立つな。
 理解できないなら、黙って見ていろ」

その言葉は、
叱責であり、最後通告でもあった。

トオルは俯く。

(……でも……
 それでも……)

胸の奥で、
“悪役っぽい”という興奮が、
完全には消えなかった。

それが――
自分がここにいる理由なのか、
それとも、ここで壊れる前触れなのか。

トオル自身にも、
まだ分からなかった。

地下の灯りは、
変わらず冷たく、
すべてを等しく照らしていた。



翌日、
布川義雄宅にて、
大きな爆発音が発生。
一家のものとみられる四散した死体がばら撒かれていたというニュースが報じられた。
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