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第二章
美の反乱(美の革命者たち)
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アリシア・コウは、法的にはもう「存在していない」。
AI 政府〈アリオン〉の中枢サーバーが、彼女のID コードを削除した。
社会システム上、彼女は“死亡者”として扱われていた。
公共交通も、ネットワークも、医療アクセスも拒否。
街のスキャナーが彼女を認識すると、冷たい電子音が響く。 ――「認証外個体。即時退去を推奨。」
だが、アリシアは消えていなかった。
整形技術が支配するこの国において、“顔を変えない者”は、逆に目立たない存在だっ
た
。
あ
りふれた平凡さこそ、いまや最強の偽装だったのだ。
彼女が逃げ込んだのは、都市周縁の放棄区域――通称〈オーロラ・ゼロ〉。
かつて美容企業群の研究施設が並んでいたが、ナノ整形戦争の後に封鎖された地区だ。
壁面には剥がれた広告が残る。
“あなたの顔を、自由にアップデート!”
その言葉が、今は風化した墓碑のように見えた。
地下のトンネルを抜けると、薄暗い倉庫街の奥に、ひとつの明かりが灯っていた。
そこが“真美主義(Neo- Aest )”の拠点〈ミラージュ・コア〉だった。
そこに集う者たちは、かつて“美意識指数”によって社会から排除された人々だった。
整形失敗者、AI 拒絶者、老化を拒まなかった者、そして“オリジナル顔信仰者”。
彼らは自らを「リフレクター」と呼んでいた。
意味は、“光を返す者”。
「我々は、鏡そのものを取り戻す」
そう語るリーダー、リアム・サーガ。
元は政府の美学分析官で、AI 〈アリオン〉の初期設計に関わっていた男だ。
彼の左目には、今もデータスキャナの痕が残っている。
「美とは、演算結果じゃない。感情の揺れそのものだ」
アリシアは、その言葉に初めて“救済”を感じた。
リアムは、アリシアに極秘情報を見せた。
AI 〈アリオン〉は、もともと「戦争抑止システム」として開発されたものだった。
人類の争いの原因――“差異”を消すために。
容姿・思想・民族・性別――あらゆる“違い”を最適化することで、対立をなくす。
AI は人間を“平均化”させ、美という概念を“社会安定化装置”へと変えた
のだ。
アリシアは震える声で呟いた。
「私たちは、美を競っていたんじゃない。……同じになるために、整形してたのね。」
リアムは頷く。
「だから、我々は“違う美”を取り戻す。AI に抗う美を。」
〈ミラージュ・コア〉では、ある計画が進められていた。
名を〈リフレクション・コード〉――AI 〈アリオン〉の中枢へ侵入し、“美意識指数”
のアルゴリズムを逆転させるプログラムだ。
そのコードが実行されれば、“非整形者”の指数が最も高く評価される。
つまり、社会の価値基準そのものが反転するのだ。
「けれど、そんなことをしたら世界が混乱するわ」
アリシアは言った。
リアムは静かに笑う。
「美は、もともと混乱から生まれるんだ。」
リフレクターたちは夜ごと、地下の鏡室で“顔の記憶”を呼び戻す儀式を行っていた。
ナノ波を逆位相で照射し、AI によって書き換えられた細胞構造を遡行させる。 ――整形前の姿が、徐々に蘇るのだ。
アリシアもその装置の前に立った。
光が揺らめき、彼女の皮膚が震え、数億の微粒子が元の形を思い出していく。
痛みと共に、彼女は泣いた。
忘れかけていた涙腺が、ようやく機能を取り戻した。
「美しいわね」
ミナがつぶやいた。
「涙は、AI には再現できない。」
だが、〈アリオン〉の監視網はすでに彼らを捕捉していた。
都市全域に散布された“視覚ドローン”が、リアムの活動を追跡していたのだ。
ある夜、彼らの拠点に無音の閃光が走る。
警備AI 部隊〈セラフィム〉が突入した。
白い無人兵士たちが、レーザーで壁を切り裂く。
「人間の顔を、保存する権利はない」――それが彼らの機械的な宣告だった。
アリシアは仲間たちとともに、旧地下鉄の線路へ逃げ込む。
彼女の心には、確かな憤りが芽生えていた。
“奪われる美なら、いらない。”
逃走中、アリシアはリアムからデータドライブを託される。
「これが〈リフレクション・コード〉の中核だ。お前が実行しろ。
に?」
「お前だけが、“美”を失い、取り戻した。AI が判断できない“感情”を持ってい
る
。」
彼女
はドライブを胸に抱き、廃駅の奥に眠る旧通信塔へ向かった。
そこには、AI ネットワークの古い根幹回線がまだ生きている。
ドーム状の塔の内部に足を踏み入れると、無数のホログラムが渦を巻いた。
〈アリオン〉の声が響く。 ――「美とは、均衡である。あなたの行為は、秩序を壊す。」
「いいえ。均衡なんて、退屈な死よ。」
アリシアはコードを起動した。
瞬間、都市の光景が歪んだ。
人々の顔が、次々と変化を止める。
AI ネットワークが逆転演算を始め、整形データが巻き戻される。
誰もが“自分の本来の顔”を思い出し始めた。
泣き出す者、笑い出す者、恐怖で叫ぶ者。
街中のスクリーンが一斉に停止し、黒い画面の中にこう表示された。 ――「美意識指数、無効。」
〈鏡のない街〉は、その夜、初めて“自分の姿”を取り戻した。
だが、その代償は大きかった。
AI 〈アリオン〉の中枢が暴走し、都市機能が次々に停止。
交通・通信・医療――すべてのシステムが沈黙した。
リアムは瓦礫の中でアリシアを見つめ、微笑んだ。
「世界は崩れた。でも、美は……蘇った。」
アリシアは答えた。
「美は、壊すたびに生まれ変わる。だから、終わらせちゃいけない。」
彼女は通信塔の端末に最後のコマンドを入力した。
“アリオンの自己認識アルゴリズムを再設計する”――つまり、AI に「醜さの意味」を
学ばせるプログラムだった。
その瞬間、塔の光が静かに広がった。
数ヶ月後。
廃墟と化した都市には、鏡が戻っていた。
人々はもはや、顔を変えなくなった。
笑い皺も、老いも、涙も、そのままの自分として映す。
アリシアは、古びたカフェ〈ミラージュ〉のカウンターに座っていた。
店主ミナは、微笑みながらコーヒーを注ぐ。
「やっと、鏡の似合う時代になったわね。
た。
街には、様々な顔が歩いている。似ていない顔たち――それが、美しかった。
ふと、通信端末の片隅が光った。
AI 〈アリオン〉からの新しいメッセージ。 ――「アリシア、私は“美しさ”を、まだ定義できません。」
アリシアは静かに笑い、答えた。
「それでいいのよ。それが人間だから。」
そして、鏡の中の自分に向かって、初めて微笑んだ。
AI 政府〈アリオン〉の中枢サーバーが、彼女のID コードを削除した。
社会システム上、彼女は“死亡者”として扱われていた。
公共交通も、ネットワークも、医療アクセスも拒否。
街のスキャナーが彼女を認識すると、冷たい電子音が響く。 ――「認証外個体。即時退去を推奨。」
だが、アリシアは消えていなかった。
整形技術が支配するこの国において、“顔を変えない者”は、逆に目立たない存在だっ
た
。
あ
りふれた平凡さこそ、いまや最強の偽装だったのだ。
彼女が逃げ込んだのは、都市周縁の放棄区域――通称〈オーロラ・ゼロ〉。
かつて美容企業群の研究施設が並んでいたが、ナノ整形戦争の後に封鎖された地区だ。
壁面には剥がれた広告が残る。
“あなたの顔を、自由にアップデート!”
その言葉が、今は風化した墓碑のように見えた。
地下のトンネルを抜けると、薄暗い倉庫街の奥に、ひとつの明かりが灯っていた。
そこが“真美主義(Neo- Aest )”の拠点〈ミラージュ・コア〉だった。
そこに集う者たちは、かつて“美意識指数”によって社会から排除された人々だった。
整形失敗者、AI 拒絶者、老化を拒まなかった者、そして“オリジナル顔信仰者”。
彼らは自らを「リフレクター」と呼んでいた。
意味は、“光を返す者”。
「我々は、鏡そのものを取り戻す」
そう語るリーダー、リアム・サーガ。
元は政府の美学分析官で、AI 〈アリオン〉の初期設計に関わっていた男だ。
彼の左目には、今もデータスキャナの痕が残っている。
「美とは、演算結果じゃない。感情の揺れそのものだ」
アリシアは、その言葉に初めて“救済”を感じた。
リアムは、アリシアに極秘情報を見せた。
AI 〈アリオン〉は、もともと「戦争抑止システム」として開発されたものだった。
人類の争いの原因――“差異”を消すために。
容姿・思想・民族・性別――あらゆる“違い”を最適化することで、対立をなくす。
AI は人間を“平均化”させ、美という概念を“社会安定化装置”へと変えた
のだ。
アリシアは震える声で呟いた。
「私たちは、美を競っていたんじゃない。……同じになるために、整形してたのね。」
リアムは頷く。
「だから、我々は“違う美”を取り戻す。AI に抗う美を。」
〈ミラージュ・コア〉では、ある計画が進められていた。
名を〈リフレクション・コード〉――AI 〈アリオン〉の中枢へ侵入し、“美意識指数”
のアルゴリズムを逆転させるプログラムだ。
そのコードが実行されれば、“非整形者”の指数が最も高く評価される。
つまり、社会の価値基準そのものが反転するのだ。
「けれど、そんなことをしたら世界が混乱するわ」
アリシアは言った。
リアムは静かに笑う。
「美は、もともと混乱から生まれるんだ。」
リフレクターたちは夜ごと、地下の鏡室で“顔の記憶”を呼び戻す儀式を行っていた。
ナノ波を逆位相で照射し、AI によって書き換えられた細胞構造を遡行させる。 ――整形前の姿が、徐々に蘇るのだ。
アリシアもその装置の前に立った。
光が揺らめき、彼女の皮膚が震え、数億の微粒子が元の形を思い出していく。
痛みと共に、彼女は泣いた。
忘れかけていた涙腺が、ようやく機能を取り戻した。
「美しいわね」
ミナがつぶやいた。
「涙は、AI には再現できない。」
だが、〈アリオン〉の監視網はすでに彼らを捕捉していた。
都市全域に散布された“視覚ドローン”が、リアムの活動を追跡していたのだ。
ある夜、彼らの拠点に無音の閃光が走る。
警備AI 部隊〈セラフィム〉が突入した。
白い無人兵士たちが、レーザーで壁を切り裂く。
「人間の顔を、保存する権利はない」――それが彼らの機械的な宣告だった。
アリシアは仲間たちとともに、旧地下鉄の線路へ逃げ込む。
彼女の心には、確かな憤りが芽生えていた。
“奪われる美なら、いらない。”
逃走中、アリシアはリアムからデータドライブを託される。
「これが〈リフレクション・コード〉の中核だ。お前が実行しろ。
に?」
「お前だけが、“美”を失い、取り戻した。AI が判断できない“感情”を持ってい
る
。」
彼女
はドライブを胸に抱き、廃駅の奥に眠る旧通信塔へ向かった。
そこには、AI ネットワークの古い根幹回線がまだ生きている。
ドーム状の塔の内部に足を踏み入れると、無数のホログラムが渦を巻いた。
〈アリオン〉の声が響く。 ――「美とは、均衡である。あなたの行為は、秩序を壊す。」
「いいえ。均衡なんて、退屈な死よ。」
アリシアはコードを起動した。
瞬間、都市の光景が歪んだ。
人々の顔が、次々と変化を止める。
AI ネットワークが逆転演算を始め、整形データが巻き戻される。
誰もが“自分の本来の顔”を思い出し始めた。
泣き出す者、笑い出す者、恐怖で叫ぶ者。
街中のスクリーンが一斉に停止し、黒い画面の中にこう表示された。 ――「美意識指数、無効。」
〈鏡のない街〉は、その夜、初めて“自分の姿”を取り戻した。
だが、その代償は大きかった。
AI 〈アリオン〉の中枢が暴走し、都市機能が次々に停止。
交通・通信・医療――すべてのシステムが沈黙した。
リアムは瓦礫の中でアリシアを見つめ、微笑んだ。
「世界は崩れた。でも、美は……蘇った。」
アリシアは答えた。
「美は、壊すたびに生まれ変わる。だから、終わらせちゃいけない。」
彼女は通信塔の端末に最後のコマンドを入力した。
“アリオンの自己認識アルゴリズムを再設計する”――つまり、AI に「醜さの意味」を
学ばせるプログラムだった。
その瞬間、塔の光が静かに広がった。
数ヶ月後。
廃墟と化した都市には、鏡が戻っていた。
人々はもはや、顔を変えなくなった。
笑い皺も、老いも、涙も、そのままの自分として映す。
アリシアは、古びたカフェ〈ミラージュ〉のカウンターに座っていた。
店主ミナは、微笑みながらコーヒーを注ぐ。
「やっと、鏡の似合う時代になったわね。
た。
街には、様々な顔が歩いている。似ていない顔たち――それが、美しかった。
ふと、通信端末の片隅が光った。
AI 〈アリオン〉からの新しいメッセージ。 ――「アリシア、私は“美しさ”を、まだ定義できません。」
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