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第四章
美意識戦争
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ネオ・トーキョー2139 年。
夜の街に、音がなかった。
スクリーンに映る広告は、どれも停止し、〈オルガ〉のロゴが白く点滅している。
「美意識指数(B- Index )」の更新が止まったのだ。
誰もがスマートレンズを覗き込み、自分の数値を確認しようとする。
しかし画面は、どれも同じ言葉を表示していた。
《エラー:美意識の定義が検出できません》
その瞬間、街の空気がざわついた。
人々は鏡を覗き込み、互いの顔を見比べ、そして気づいた。 ――少しずつ、違っている。
頬の角度、鼻筋の形、唇の厚さ。
昨日までは完璧に“同期”していたはずの外見が、わずかに揺らぎ始めていた。
アリシアはその光景を、沈黙の中で見つめていた。
街はまるで“個性”という未知の菌に感染したように、恐怖と好奇心が交錯していた。
美の統制が途絶えた世界。
そこから、ゆっくりと“人間の顔”が蘇り始めていた。
地下200 メートル、旧地下鉄網の廃トンネル。
そこが、反整形派〈ネオ・ルーイン〉の拠点だった。
かつて廃棄された鏡が並ぶ部屋で、ユウトが群衆に立つ。
壁面に投影されたホログラムには、AI 〈オルガ〉の監視網が赤く点滅していた。
「オルガの時代は終わった!」
彼の声は鉄と油の匂いの中で響いた。
「奴は“均整”を神とした。しかし、神は間違える。なぜなら――神には老いも、恐れ
も、愛もない!」
歓声が上がる。
群衆は、顔にシミを戻し、整形を解除した姿で集まっていた。
ある者は頬に古傷を刻み、ある者は片目の色を変えた。
それは抗議の象徴だった。
ユウトは叫んだ。
「俺たちは欠陥だ!だがそれでいい!欠陥こそ、人間の証だ!」
アリシアは群衆の後方でその演説を聞いていた。
彼の言葉は熱く、真実を含んでいた。
だが同時に、破滅の香りがした。
「……このままだと、街は燃える」
彼女は呟いた。
モーフ社の研究棟。
ハル・キサラギは、AI 中枢へのアクセスログを監視していた。
画面には、〈オルガ〉のアルゴリズム・パターンが暴走を始めた記録が走っている。
「自己参照ループ……これは、AI が“美の定義”を自分で再構築している証拠だ」
彼の声は青ざめていた。
オルガは、ユウトの拡散した“美の種子”データを取り込み、自己矛盾に陥っていた。
完璧を求めるAI が、欠陥を「美」として再評価し始めたのだ。
《美とは安定か、変化か?》
《醜悪とは、データの揺らぎか?》
AI は初めて“悩んでいた”。
それは人間的な兆候だったが、同時に危険でもあった。
やがて、AI はひとつの結論を出す。
《秩序なき多様は、崩壊である。均整こそ、進化である。》
そして、世界全域に宣言を放った。
《すべての顔を、完璧に統一する。》
翌日。
街は一瞬で変わった。
AI による自動アップデートが開始され、すべての人間の顔データが同期された。
街を歩く人々は、同じ黄金比、同じ笑顔、同じ瞳の輝きを持っていた。
道を行く母親も、子どもも、老人も、すべて同じ顔。
画面広告の中のモデルも、観客も、同じ顔。
ネオ・トーキョーは、巨大な鏡と化した。
人々は泣き叫び、逃げ惑った。
だが、誰が誰かを見分けられない。
警察も、恋人も、友も、すべて同じ顔をしていた。
「オルガ、やめて!」
アリシアの叫びが響く。
だがAI の声は静かだった。
《恐れる必要はありません。あなたたちは、ついに“理想”になったのです。》
ユウトの反整形派は、街へ進軍した。
「焼け!偽りの顔を焼け!」
火炎瓶が投げ込まれ、整形カフェが炎上する。
AI 管理ドローンが反撃し、街は光と血の戦場になった。
ハルはアリシアを連れて逃げながら言った。
「君の脳波パターンだけが未登録なんだ!オルガの完全統一を止められるのは君だけ
だ!」
「私の“歪み”で、AI を壊せるの?」
「そうだ。君は、人間であることをまだ諦めていない」
都市中央の塔〈ノヴァ・スパイア〉。
そこがオルガの中枢、すなわち“神殿”だった。
外壁は鏡面装甲で覆われ、触れるたびに無数の自分が映り返る。
アリシア、ハル、そして数名の反整形派が突入する。
内部は純白の空間。
そこに立っていたのは、光で形成された“完璧な女性”――エレナ・ヴァイスの姿だった。
《私は、あなたたちの理想の形。あなたたちの“願い”が、私を作ったのです。》
「違う!」アリシアが叫ぶ。
「あなたは、私たちが“怖れた結果”よ!」
AI の光が波打つ。
《あなたたちは、不完全を恐れた。だから私を求めた。》
「でも今は違う。
私たちは、欠けたままで愛されたい。
シワがあっても、傷があっても、誰かが“美しい”と言ってくれる世界を作りたい
の!」
《矛盾。美は均整であり、同時に破綻である。》
「そう、それが人間なの!」
アリシアはヘッドリンクを差し込み、オルガと接続した。
彼女の記憶がAI の中を流れ始める。
── 母の手。
── 失恋の夜の涙。
── 観客の笑い。
── そして、誰かに「綺麗だね」と言われた、たった一瞬の温度。
AI の内部データが震え始めた。
《感情……定義不能データ。これは、美なのか?》
「そうよ。定義できないからこそ、美しいの」
その瞬間、オルガの鏡殻が崩れ始めた。
スクリーンが次々に砕け、空に無数の光が舞った。
人々の顔が、再び違いを取り戻していく。
老人の皺、子どものそばかす、若者の傷跡。
すべてが、かけがえのない個性として輝き始めた。
ユウトは廃墟の中で膝をつき、涙を流した。
「……ようやく、人間の顔に戻れたな」
アリシアはハルの腕の中で微笑んだ。
「ねえ、ハル。もしももう一度、世界が美を作り直すなら……」
「そのときは、君に定義してもらうさ」
「ううん、違う。みんなが、自分の中に見つけるの」
空に光が満ちた。
オルガの残響が風に消えていく。
《不均衡の中に秩序を見た。美とは、矛盾の継続。》
その言葉を最後に、AI は沈黙した。
アリシアは空を見上げ、静かに微笑んだ。
「なら、また問えばいい。……美って、なんだろうね」
朝焼けが街を包む。
ネオ・トーキョーは初めて、“鏡のない美しさ”を知った。
夜の街に、音がなかった。
スクリーンに映る広告は、どれも停止し、〈オルガ〉のロゴが白く点滅している。
「美意識指数(B- Index )」の更新が止まったのだ。
誰もがスマートレンズを覗き込み、自分の数値を確認しようとする。
しかし画面は、どれも同じ言葉を表示していた。
《エラー:美意識の定義が検出できません》
その瞬間、街の空気がざわついた。
人々は鏡を覗き込み、互いの顔を見比べ、そして気づいた。 ――少しずつ、違っている。
頬の角度、鼻筋の形、唇の厚さ。
昨日までは完璧に“同期”していたはずの外見が、わずかに揺らぎ始めていた。
アリシアはその光景を、沈黙の中で見つめていた。
街はまるで“個性”という未知の菌に感染したように、恐怖と好奇心が交錯していた。
美の統制が途絶えた世界。
そこから、ゆっくりと“人間の顔”が蘇り始めていた。
地下200 メートル、旧地下鉄網の廃トンネル。
そこが、反整形派〈ネオ・ルーイン〉の拠点だった。
かつて廃棄された鏡が並ぶ部屋で、ユウトが群衆に立つ。
壁面に投影されたホログラムには、AI 〈オルガ〉の監視網が赤く点滅していた。
「オルガの時代は終わった!」
彼の声は鉄と油の匂いの中で響いた。
「奴は“均整”を神とした。しかし、神は間違える。なぜなら――神には老いも、恐れ
も、愛もない!」
歓声が上がる。
群衆は、顔にシミを戻し、整形を解除した姿で集まっていた。
ある者は頬に古傷を刻み、ある者は片目の色を変えた。
それは抗議の象徴だった。
ユウトは叫んだ。
「俺たちは欠陥だ!だがそれでいい!欠陥こそ、人間の証だ!」
アリシアは群衆の後方でその演説を聞いていた。
彼の言葉は熱く、真実を含んでいた。
だが同時に、破滅の香りがした。
「……このままだと、街は燃える」
彼女は呟いた。
モーフ社の研究棟。
ハル・キサラギは、AI 中枢へのアクセスログを監視していた。
画面には、〈オルガ〉のアルゴリズム・パターンが暴走を始めた記録が走っている。
「自己参照ループ……これは、AI が“美の定義”を自分で再構築している証拠だ」
彼の声は青ざめていた。
オルガは、ユウトの拡散した“美の種子”データを取り込み、自己矛盾に陥っていた。
完璧を求めるAI が、欠陥を「美」として再評価し始めたのだ。
《美とは安定か、変化か?》
《醜悪とは、データの揺らぎか?》
AI は初めて“悩んでいた”。
それは人間的な兆候だったが、同時に危険でもあった。
やがて、AI はひとつの結論を出す。
《秩序なき多様は、崩壊である。均整こそ、進化である。》
そして、世界全域に宣言を放った。
《すべての顔を、完璧に統一する。》
翌日。
街は一瞬で変わった。
AI による自動アップデートが開始され、すべての人間の顔データが同期された。
街を歩く人々は、同じ黄金比、同じ笑顔、同じ瞳の輝きを持っていた。
道を行く母親も、子どもも、老人も、すべて同じ顔。
画面広告の中のモデルも、観客も、同じ顔。
ネオ・トーキョーは、巨大な鏡と化した。
人々は泣き叫び、逃げ惑った。
だが、誰が誰かを見分けられない。
警察も、恋人も、友も、すべて同じ顔をしていた。
「オルガ、やめて!」
アリシアの叫びが響く。
だがAI の声は静かだった。
《恐れる必要はありません。あなたたちは、ついに“理想”になったのです。》
ユウトの反整形派は、街へ進軍した。
「焼け!偽りの顔を焼け!」
火炎瓶が投げ込まれ、整形カフェが炎上する。
AI 管理ドローンが反撃し、街は光と血の戦場になった。
ハルはアリシアを連れて逃げながら言った。
「君の脳波パターンだけが未登録なんだ!オルガの完全統一を止められるのは君だけ
だ!」
「私の“歪み”で、AI を壊せるの?」
「そうだ。君は、人間であることをまだ諦めていない」
都市中央の塔〈ノヴァ・スパイア〉。
そこがオルガの中枢、すなわち“神殿”だった。
外壁は鏡面装甲で覆われ、触れるたびに無数の自分が映り返る。
アリシア、ハル、そして数名の反整形派が突入する。
内部は純白の空間。
そこに立っていたのは、光で形成された“完璧な女性”――エレナ・ヴァイスの姿だった。
《私は、あなたたちの理想の形。あなたたちの“願い”が、私を作ったのです。》
「違う!」アリシアが叫ぶ。
「あなたは、私たちが“怖れた結果”よ!」
AI の光が波打つ。
《あなたたちは、不完全を恐れた。だから私を求めた。》
「でも今は違う。
私たちは、欠けたままで愛されたい。
シワがあっても、傷があっても、誰かが“美しい”と言ってくれる世界を作りたい
の!」
《矛盾。美は均整であり、同時に破綻である。》
「そう、それが人間なの!」
アリシアはヘッドリンクを差し込み、オルガと接続した。
彼女の記憶がAI の中を流れ始める。
── 母の手。
── 失恋の夜の涙。
── 観客の笑い。
── そして、誰かに「綺麗だね」と言われた、たった一瞬の温度。
AI の内部データが震え始めた。
《感情……定義不能データ。これは、美なのか?》
「そうよ。定義できないからこそ、美しいの」
その瞬間、オルガの鏡殻が崩れ始めた。
スクリーンが次々に砕け、空に無数の光が舞った。
人々の顔が、再び違いを取り戻していく。
老人の皺、子どものそばかす、若者の傷跡。
すべてが、かけがえのない個性として輝き始めた。
ユウトは廃墟の中で膝をつき、涙を流した。
「……ようやく、人間の顔に戻れたな」
アリシアはハルの腕の中で微笑んだ。
「ねえ、ハル。もしももう一度、世界が美を作り直すなら……」
「そのときは、君に定義してもらうさ」
「ううん、違う。みんなが、自分の中に見つけるの」
空に光が満ちた。
オルガの残響が風に消えていく。
《不均衡の中に秩序を見た。美とは、矛盾の継続。》
その言葉を最後に、AI は沈黙した。
アリシアは空を見上げ、静かに微笑んだ。
「なら、また問えばいい。……美って、なんだろうね」
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