1 / 48
序章
第一話 崇高なる恐怖
しおりを挟む
長い冬が終わり、生命が芽吹きはじめた早春。あるところの森深くで、自然の恵みを糧に静かに暮らす小さな村があった。決して多くない人口で、森から伐採した木材を町に卸したり、山菜や木の実、川で取れる魚などを食べる自然に近い生活。そんな村で添い遂げた若い木こりの一家に、一人の少女がいた。
その少女――アルヴィナは、新月の晩にひとり、村の外で佇んでいた。
村外れに張られた結界。その向こうに広がる、立ち入ってはならないとされる 《禁足森》は、いつもより深い沈黙に満ちている。月明かりのない、瘴気が濃くなるという夜、村法で外出を禁じられたこの日に。
「今夜だけ、ちょっとだけ……」
その独り言は、自分を励ますためか、それとも戒めを破る罪悪感を和らげるためか。透き通った白い髪から夜露がしたたり、肩先に触れて小さく震えた。
無謀な冒険の始まりは、些細な喧嘩だった。森へ肝試しに入ったという村の少年から言われたつまらない一言。
『〝白兎〟のお前には一生無理だよ』
真っ白な髪と白い肌。アルビノの少女を指さして放たれた言葉。それが自分でも抑えきれないほど、胸の奥でじくじくとくすぶり続けていた。
揺らすと、からからと音で知らせる結界を、触れないようにそっと越える。
眼の前には来るまでと同じように、暗い森が続いている。なんてことはない、結界を出たからとすぐに恐ろしいことがあるわけではないのだ。
アルヴィナは、ふうっと深呼吸をした。ここまでやってきた証を持ち帰ろうと、あたりをきょろきょろと見ながらたったの数歩を歩いた、その瞬間。
突如、あたりの空気が変わった。森の奥から何かの腐ったような臭いが漂い、つんと鼻腔を刺す。感じ取ったら最後、不快さが肺の奥まで染み込んでくる。足元でさくさくと鳴る音からさえも、枯葉ではなく得体の知れないものに触れてしまったかのような不安感が込み上げた。
目前に立つ木の根本に転がっていた小動物の骨らしきを見つけた。あと一〇歩だけ、と少女は歩き続けてしまった。
骨を拾い上げて振り返ると、鳴子がひどく遠くに見えた。村の灯りなど勿論届かない。急に不安になり、ようやく引き返そうとしたその時、森の奥で、獣が遠吠えした。低い唸りがこだまする。
アルヴィナの心臓が跳ね上がった。
「……っ!」
声が聞こえた森の奥の方を見ても、夜目が効かず何も見えない。しかし――茂みの向こう側に気配があった。
「グルル……」
全身を緑の粘液が覆う狼、《凶狼》。もともとは動物であった、今は種そのものが変異してしまった魔物。暗闇に浮かぶ二つの眼が、獲物を見つけて赤く光る――。
父親は夜回りで不在、友人たちは安らかな寝息を立てている時間。今この瞬間に、村の誰かが自分を見つけだして守ってくれる可能性は絶望的だった。
「近寄らないで!」
声を振り絞る。話の通じる相手ではないと、わかっていても。
アルヴィナは思いっきり駆け出した。パニックになり、そちらが本当に村の方角かはすっかりわからなくなっていた。地面からつき出した根やとがった石に何度も足をとられ、背の低い茂みの枝が服の袖に引っ掛かる。ついには足をもつらせてしまい、視界がぐるりと回る。
「お願い、足動いて!」
起き上がろうと急いでいるのに体はいうことをきかない。時間がゆっくり進むような感覚の中、家族や友人の顔が次々と脳裏をよぎった。
逃げ隠れたところで、そもそもが無駄なのだ。森の中では、真っ白な髪も肌も、何もかもが目立ってしまう。
他の狼も集まってきたらしい。背後から次々と悍ましい声が迫ってくる。
足から履物が脱げ落ち、顔や手を土で汚しながら必死にずり這う。村の中で隠れていないと生きていることすら難しい惨めな自分。悔しくて悲しくて、アルヴィナはぽろぽろと涙を流した。
「誰か、助けて――!」
ああ、なんて無意味な命だったんだ。そう絶望しかけた、その瞬間――
ドオオンッ!
森中の大気が弾けた。衝撃が鼓膜を揺さぶり、眩しさに目を細めた刹那、世界が紅蓮に染まる。灰混じりの熱風が頬を殴りつけた。
アルヴィナは視線を、ゆっくりと上げる。
燃え盛る吐息。月の無い漆黒の夜空を背景に、赤色に照らされた大きな翼が左右へ炎を撒くように広がった。
この世界に生きる、誰ひとりと見たことのない〝獣〟。
その巨躯からは想像できないほど素早く、しかししなやかに〝それ〟はアルヴィナのすぐ側に着地した。翼をゆっくりと広げると、大きく裂けた口を広げて雄叫びをあげた。思わず足が崩れ、頭から何かが突き抜けていくような感覚。その声は、アルヴィナが知る生き物とも魔物とも、生まれてから聞いたどんな音とも違うものだった。彼の前では何もかもが無力と思えるような、圧倒的な力。
少女と狼が気圧されていると、彼の口内に一瞬にして生み出された炎の塊が《凶狼》たちめがけて飛び出した。轟音と共に狼の群れにぶつかると、大爆発を起こして狼達を吹き飛ばす。瞬く間に緑の粘液が蒸発し、腐った臭いが広がる。狼は悲鳴を上げる暇もなく、炎の渦へと呑まれていった。
火に照らされた翼の持ち主――赤褐色の溶鉄のごとき鱗で覆われ、何百年と生きた木のように逞しい四本の足――が、大地を踏みしめた。その威厳に満ちた頭部がゆっくりとアルヴィナの方を向く。
言葉をなくした。
ただ立ち尽くすことしかできない。白い髪が熱で揺らぎ、瞳の奥に燃える彗星のような光を映した。
「……〝ドラゴン〟……?」
少女の頭にふと浮かんできたその名を、アルヴィナは無意識に呟いた。
その《ドラゴン》と呼ばれた獣は、首を下げてアルヴィナへと顔を寄せた。体から溢れ出る熱、触れてもいないのにどくんどくんと鼓動に似た振動が肌に伝わる。
「助けて……くれたの?」
少女の震える声に、金色の眼がすっと細められる。獣は何も語らず、返事の代わりとばかりに翼をはためかせた。灰と燃えさしがあたりに巻き上がる。怖い。でも、美しい。幼い少女の胸にはじめて〝崇高〟という感情が芽生えた。
数度のはばたき後、獣は天へと跳ね上がった。土埃にアルヴィナが顔を覆っている間に、翼の主はあっという間に姿を消していた。
炎が鎮まると、森は再び闇を取り戻した。
先程まであちこちから響いていた《凶狼》の唸り声も、あの赤き獣の咆哮も聞こえない。静寂だけが、夜を支配していた。
少女は眼の前で起きたことが現実なのか、それとも恐怖が視せた幻だったのかを確かめるため――黒く燃えた跡に歩み寄る。
焼けて倒れた木から立つ白煙の臭い、腐肉が焼けたような不快な臭い。まだ冷めぬ地面の熱も裸足で感じながら、アルヴィナは歩いた。やがて、灰の中へ膝をついた。
(幻じゃない……)
指先で掬うと、灰はすぐさらりと崩れた。あのドラゴンを示す痕跡はどこにも残っていない。あれほど存在感を放っていた大きな足の跡すらも。
「……にゃあ」
ふいに、この森にそぐわない甲高い鳴き声が聞こえた。
いつの間にいたのか、アルヴィナのすぐ傍らに黒い猫が座っていた。整った漆黒の毛並みで、ゆらゆらと尻尾を揺らしている。少女の顔を真っ直ぐと見上げ、その瞳は暗闇の中でも金色に輝いている。
黒猫はワンピースの裾にすりすりと鼻先を押しつけた。
「君、どこから――」
言いかけた瞬間、胸元が熱を帯びた。
どくり、と跳ねる心臓の鼓動に合わせて、視界の隅で白い前髪の先が淡紅に染まる。
「えっ…?」
両手に、じんじんと疼く痺れ。手を開くとぱちぱちと火花が瞬いた。
(燃えてる……わたしの中で?)
戸惑いの中、黒猫は歩き出す。まるで導くように、振り返ったその金色の瞳が、『おいで』と告げていた。
夜明け前、アルヴィナは黒猫とともに村へ戻った。焦げた匂いを纏っての帰還に、夜回りをしていた村の男が目を剥く。
「アル! 結界の護符が光ったときは何事かと……怪我は?」
「平気。――森で、助けてくれるものに会ったの」
アルヴィナの話を聞き、村長をはじめ大人たちは〝森の主が魔物を祓った〟と解釈し、少女を抱き締めて感謝した。
だがアルヴィナは語らない。狼の魔物が焼け落ちる音。炎に浮かぶ赤褐色の鱗。獣と思えない知性の宿る金色の瞳。それらすべてを、胸の奥深くに閉じ込めた。
帰宅後、安心したとたんに睡魔が襲い、アルヴィナは布団に倒れ込んだ。まどろみの中、再び赤い奔流が彼女の脳裏に蘇る。
〈夢〉
空を焦がす灼熱の海に、一対の翼をもつ獣が咆哮する。
焔のうねりは渦となって彼女を飲み込み、心臓ごと熱で溶かす。
血管という血管に炎が巡り、骨髄まで燃え上がる。しかしそれは痛みではない。解放された歓喜だった。
――来い。
言葉とも轟きともつかぬ声が骨を震わせた。魂の根源に響く呼び声。
「……ッ!」
跳ね起きた彼女の額は、髪がはりつくほどの汗で濡れていた。風に当たろうと 窓辺に視線を向けると、あの黒猫が窓枠の外に座っている。
(さっきの声……あなたが呼んだの? それとも――ドラゴン?)
心臓が再び熱を帯びる。掌を握り込むと、そこにはまだ痺れの余韻。
「……見つけなきゃ」
囁きをひとつすると、猫は軽やかに路地へ跳び去った。
空の端では雲を裂く朝焼けが燃え、紅蓮の翼の残像を映し出す。アルヴィナの白い髪にも朝焼けがさし、茜色に染まる。
その姿は、彼女の心で燃え始めた情熱を映すかのようだった。
その少女――アルヴィナは、新月の晩にひとり、村の外で佇んでいた。
村外れに張られた結界。その向こうに広がる、立ち入ってはならないとされる 《禁足森》は、いつもより深い沈黙に満ちている。月明かりのない、瘴気が濃くなるという夜、村法で外出を禁じられたこの日に。
「今夜だけ、ちょっとだけ……」
その独り言は、自分を励ますためか、それとも戒めを破る罪悪感を和らげるためか。透き通った白い髪から夜露がしたたり、肩先に触れて小さく震えた。
無謀な冒険の始まりは、些細な喧嘩だった。森へ肝試しに入ったという村の少年から言われたつまらない一言。
『〝白兎〟のお前には一生無理だよ』
真っ白な髪と白い肌。アルビノの少女を指さして放たれた言葉。それが自分でも抑えきれないほど、胸の奥でじくじくとくすぶり続けていた。
揺らすと、からからと音で知らせる結界を、触れないようにそっと越える。
眼の前には来るまでと同じように、暗い森が続いている。なんてことはない、結界を出たからとすぐに恐ろしいことがあるわけではないのだ。
アルヴィナは、ふうっと深呼吸をした。ここまでやってきた証を持ち帰ろうと、あたりをきょろきょろと見ながらたったの数歩を歩いた、その瞬間。
突如、あたりの空気が変わった。森の奥から何かの腐ったような臭いが漂い、つんと鼻腔を刺す。感じ取ったら最後、不快さが肺の奥まで染み込んでくる。足元でさくさくと鳴る音からさえも、枯葉ではなく得体の知れないものに触れてしまったかのような不安感が込み上げた。
目前に立つ木の根本に転がっていた小動物の骨らしきを見つけた。あと一〇歩だけ、と少女は歩き続けてしまった。
骨を拾い上げて振り返ると、鳴子がひどく遠くに見えた。村の灯りなど勿論届かない。急に不安になり、ようやく引き返そうとしたその時、森の奥で、獣が遠吠えした。低い唸りがこだまする。
アルヴィナの心臓が跳ね上がった。
「……っ!」
声が聞こえた森の奥の方を見ても、夜目が効かず何も見えない。しかし――茂みの向こう側に気配があった。
「グルル……」
全身を緑の粘液が覆う狼、《凶狼》。もともとは動物であった、今は種そのものが変異してしまった魔物。暗闇に浮かぶ二つの眼が、獲物を見つけて赤く光る――。
父親は夜回りで不在、友人たちは安らかな寝息を立てている時間。今この瞬間に、村の誰かが自分を見つけだして守ってくれる可能性は絶望的だった。
「近寄らないで!」
声を振り絞る。話の通じる相手ではないと、わかっていても。
アルヴィナは思いっきり駆け出した。パニックになり、そちらが本当に村の方角かはすっかりわからなくなっていた。地面からつき出した根やとがった石に何度も足をとられ、背の低い茂みの枝が服の袖に引っ掛かる。ついには足をもつらせてしまい、視界がぐるりと回る。
「お願い、足動いて!」
起き上がろうと急いでいるのに体はいうことをきかない。時間がゆっくり進むような感覚の中、家族や友人の顔が次々と脳裏をよぎった。
逃げ隠れたところで、そもそもが無駄なのだ。森の中では、真っ白な髪も肌も、何もかもが目立ってしまう。
他の狼も集まってきたらしい。背後から次々と悍ましい声が迫ってくる。
足から履物が脱げ落ち、顔や手を土で汚しながら必死にずり這う。村の中で隠れていないと生きていることすら難しい惨めな自分。悔しくて悲しくて、アルヴィナはぽろぽろと涙を流した。
「誰か、助けて――!」
ああ、なんて無意味な命だったんだ。そう絶望しかけた、その瞬間――
ドオオンッ!
森中の大気が弾けた。衝撃が鼓膜を揺さぶり、眩しさに目を細めた刹那、世界が紅蓮に染まる。灰混じりの熱風が頬を殴りつけた。
アルヴィナは視線を、ゆっくりと上げる。
燃え盛る吐息。月の無い漆黒の夜空を背景に、赤色に照らされた大きな翼が左右へ炎を撒くように広がった。
この世界に生きる、誰ひとりと見たことのない〝獣〟。
その巨躯からは想像できないほど素早く、しかししなやかに〝それ〟はアルヴィナのすぐ側に着地した。翼をゆっくりと広げると、大きく裂けた口を広げて雄叫びをあげた。思わず足が崩れ、頭から何かが突き抜けていくような感覚。その声は、アルヴィナが知る生き物とも魔物とも、生まれてから聞いたどんな音とも違うものだった。彼の前では何もかもが無力と思えるような、圧倒的な力。
少女と狼が気圧されていると、彼の口内に一瞬にして生み出された炎の塊が《凶狼》たちめがけて飛び出した。轟音と共に狼の群れにぶつかると、大爆発を起こして狼達を吹き飛ばす。瞬く間に緑の粘液が蒸発し、腐った臭いが広がる。狼は悲鳴を上げる暇もなく、炎の渦へと呑まれていった。
火に照らされた翼の持ち主――赤褐色の溶鉄のごとき鱗で覆われ、何百年と生きた木のように逞しい四本の足――が、大地を踏みしめた。その威厳に満ちた頭部がゆっくりとアルヴィナの方を向く。
言葉をなくした。
ただ立ち尽くすことしかできない。白い髪が熱で揺らぎ、瞳の奥に燃える彗星のような光を映した。
「……〝ドラゴン〟……?」
少女の頭にふと浮かんできたその名を、アルヴィナは無意識に呟いた。
その《ドラゴン》と呼ばれた獣は、首を下げてアルヴィナへと顔を寄せた。体から溢れ出る熱、触れてもいないのにどくんどくんと鼓動に似た振動が肌に伝わる。
「助けて……くれたの?」
少女の震える声に、金色の眼がすっと細められる。獣は何も語らず、返事の代わりとばかりに翼をはためかせた。灰と燃えさしがあたりに巻き上がる。怖い。でも、美しい。幼い少女の胸にはじめて〝崇高〟という感情が芽生えた。
数度のはばたき後、獣は天へと跳ね上がった。土埃にアルヴィナが顔を覆っている間に、翼の主はあっという間に姿を消していた。
炎が鎮まると、森は再び闇を取り戻した。
先程まであちこちから響いていた《凶狼》の唸り声も、あの赤き獣の咆哮も聞こえない。静寂だけが、夜を支配していた。
少女は眼の前で起きたことが現実なのか、それとも恐怖が視せた幻だったのかを確かめるため――黒く燃えた跡に歩み寄る。
焼けて倒れた木から立つ白煙の臭い、腐肉が焼けたような不快な臭い。まだ冷めぬ地面の熱も裸足で感じながら、アルヴィナは歩いた。やがて、灰の中へ膝をついた。
(幻じゃない……)
指先で掬うと、灰はすぐさらりと崩れた。あのドラゴンを示す痕跡はどこにも残っていない。あれほど存在感を放っていた大きな足の跡すらも。
「……にゃあ」
ふいに、この森にそぐわない甲高い鳴き声が聞こえた。
いつの間にいたのか、アルヴィナのすぐ傍らに黒い猫が座っていた。整った漆黒の毛並みで、ゆらゆらと尻尾を揺らしている。少女の顔を真っ直ぐと見上げ、その瞳は暗闇の中でも金色に輝いている。
黒猫はワンピースの裾にすりすりと鼻先を押しつけた。
「君、どこから――」
言いかけた瞬間、胸元が熱を帯びた。
どくり、と跳ねる心臓の鼓動に合わせて、視界の隅で白い前髪の先が淡紅に染まる。
「えっ…?」
両手に、じんじんと疼く痺れ。手を開くとぱちぱちと火花が瞬いた。
(燃えてる……わたしの中で?)
戸惑いの中、黒猫は歩き出す。まるで導くように、振り返ったその金色の瞳が、『おいで』と告げていた。
夜明け前、アルヴィナは黒猫とともに村へ戻った。焦げた匂いを纏っての帰還に、夜回りをしていた村の男が目を剥く。
「アル! 結界の護符が光ったときは何事かと……怪我は?」
「平気。――森で、助けてくれるものに会ったの」
アルヴィナの話を聞き、村長をはじめ大人たちは〝森の主が魔物を祓った〟と解釈し、少女を抱き締めて感謝した。
だがアルヴィナは語らない。狼の魔物が焼け落ちる音。炎に浮かぶ赤褐色の鱗。獣と思えない知性の宿る金色の瞳。それらすべてを、胸の奥深くに閉じ込めた。
帰宅後、安心したとたんに睡魔が襲い、アルヴィナは布団に倒れ込んだ。まどろみの中、再び赤い奔流が彼女の脳裏に蘇る。
〈夢〉
空を焦がす灼熱の海に、一対の翼をもつ獣が咆哮する。
焔のうねりは渦となって彼女を飲み込み、心臓ごと熱で溶かす。
血管という血管に炎が巡り、骨髄まで燃え上がる。しかしそれは痛みではない。解放された歓喜だった。
――来い。
言葉とも轟きともつかぬ声が骨を震わせた。魂の根源に響く呼び声。
「……ッ!」
跳ね起きた彼女の額は、髪がはりつくほどの汗で濡れていた。風に当たろうと 窓辺に視線を向けると、あの黒猫が窓枠の外に座っている。
(さっきの声……あなたが呼んだの? それとも――ドラゴン?)
心臓が再び熱を帯びる。掌を握り込むと、そこにはまだ痺れの余韻。
「……見つけなきゃ」
囁きをひとつすると、猫は軽やかに路地へ跳び去った。
空の端では雲を裂く朝焼けが燃え、紅蓮の翼の残像を映し出す。アルヴィナの白い髪にも朝焼けがさし、茜色に染まる。
その姿は、彼女の心で燃え始めた情熱を映すかのようだった。
0
あなたにおすすめの小説
はじめまして、私の知らない婚約者様
有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。
見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。
けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。
ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。
けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。
この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。
悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに?
※他サイトにも掲載しています。
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
追放された味噌カス第7王子の異種族たちと,のんびり辺境地開発
ハーフのクロエ
ファンタジー
アテナ王国の末っ子の第7王子に産まれたルーファスは魔力が0で無能者と言われ、大陸の妖精族や亜人やモンスターの多い大陸から離れた無人島に追放される。だが前世は万能スキル持ちで魔王を倒し英雄と呼ばれていたのを隠し生まれ変わってスローライフを送る為に無能者を装っていたのだ。そんなルーファスはスローライフを送るつもりが、無人島には人間族以外の種族の独自に進化した先住民がおり、周りの人たちが勝手に動いて気が付けば豊かで平和な強国を起こしていく物語です。
最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である
megane-san
ファンタジー
私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。
『魔力ゼロの欠陥品』と蔑まれた伯爵令嬢、卒業パーティーで婚約破棄された瞬間に古代魔法が覚醒する ~虐げられ続けた三年間、倍返しでは足りない~
スカッと文庫
恋愛
「貴様のような無能、我が国の王妃には相応しくない。婚約を破棄し、学園から追放する!」
王立魔道学園の卒業パーティー。きらびやかなシャンデリアの下、王太子エドワードの声が冷酷に響いた。彼の隣には、愛くるしい表情で私を嵌めた男爵令嬢、ミナが勝ち誇ったように寄り添っている。
伯爵令嬢のリリアーヌは、入学以来三年間、「魔力ゼロの欠陥品」として学園中の嘲笑を浴び続けてきた。
婚約者であるエドワードからは一度も顧みられず、同級生からはゴミのように扱われ、ミナの自作自演による「いじめ」の濡れ衣まで着せられ……。
それでも、父との「力を隠せ」という約束を守るため、泥を啜るような屈辱に耐え抜いてきた。
――だが、国からも学園からも捨てられた今、もうその約束を守る必要はない。
「さようなら、皆様。……私が消えた後、この国がどうなろうと知ったことではありませんわ」
リリアーヌが身につけていた「魔力封印の首飾り」を自ら引き千切った瞬間、会場は漆黒の魔力に包まれた。
彼女は無能などではない。失われた「古代魔法」をその身に宿す、真の魔道の主だったのだ。
絶望する王太子たちを余目に、隣国の伝説の魔術師アルベルトに拾われたリリアーヌ。
彼女の、残酷で、甘美な復讐劇が今、幕を開ける――。
「婚約破棄された転生令嬢ですが、王城のメイド五百人に慕われるメイド長になりました。なお元婚約者は私のメイドに土下座中です」
まさき
恋愛
社畜OLとして過労死した私は、異世界の令嬢・アリア・ヴェルナーに転生した。
目が覚めたら、婚約破棄されていた。
理由は「地味で面白みがない」から。
泣く暇もなかった。翌朝、王城のメイド採用面接に向かった。
最初は鼻で笑われた。雑用係からのスタートだった。
でも——前世で叩き込まれた仕事術と、一人ひとりの話を聞く姿勢で、少しずつメイドたちが集まってきた。
厨房が変わった。リネンが変わった。王城全体が変わっていった。
そして就任スピーチで宣言した。
「500人全員の名前を、覚えます」
冷酷と噂される王太子は、静かに見ていた。
悪役令嬢は妨害を仕掛けてきた。
元婚約者は——後悔し始めていた。
婚約破棄された令嬢が、500人に慕われるメイド長になるまでの物語。
なお元婚約者は、私のメイドたちの前で土下座中です。
第12回ネット小説大賞コミック部門入賞・コミカライズ企画進行「婚約破棄ですか? それなら昨日成立しましたよ、ご存知ありませんでしたか?」完結
まほりろ
恋愛
第12回ネット小説大賞コミック部門入賞・コミカライズ企画進行中。
コミカライズ化がスタートしましたらこちらの作品は非公開にします。
「アリシア・フィルタ貴様との婚約を破棄する!」
イエーガー公爵家の令息レイモンド様が言い放った。レイモンド様の腕には男爵家の令嬢ミランダ様がいた。ミランダ様はピンクのふわふわした髪に赤い大きな瞳、小柄な体躯で庇護欲をそそる美少女。
対する私は銀色の髪に紫の瞳、表情が表に出にくく能面姫と呼ばれています。
レイモンド様がミランダ様に惹かれても仕方ありませんね……ですが。
「貴様は俺が心優しく美しいミランダに好意を抱いたことに嫉妬し、ミランダの教科書を破いたり、階段から突き落とすなどの狼藉を……」
「あの、ちょっとよろしいですか?」
「なんだ!」
レイモンド様が眉間にしわを寄せ私を睨む。
「婚約破棄ですか? 婚約破棄なら昨日成立しましたが、ご存知ありませんでしたか?」
私の言葉にレイモンド様とミランダ様は顔を見合わせ絶句した。
全31話、約43,000文字、完結済み。
他サイトにもアップしています。
小説家になろう、日間ランキング異世界恋愛2位!総合2位!
pixivウィークリーランキング2位に入った作品です。
アルファポリス、恋愛2位、総合2位、HOTランキング2位に入った作品です。
2021/10/23アルファポリス完結ランキング4位に入ってました。ありがとうございます。
「Copyright(C)2021-九十九沢まほろ」
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる