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五章
休む暇がない(レクス視点)
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アイツの容疑を晴らす証拠も揃い、後は周囲にそれが分かる形で明確な証拠を見せながら捕縛すれば終わる。既に向かわせていた部隊にも、それらの連絡を済ませたため、奴等の身柄は遠くないうちに王都へと運ばれて来るだろう。
ようやく一息つけた事を喜びながら、私は今朝方に届いたばかりの証拠の書類と、同封されていた報告書へ再度目を通す。当初は、これらの回収を含めての任務だったのだが、例の町に奴が放っていた密偵から先にそれが送られて来たため、運搬だけの簡単な任務になってしまった。だが、報告内容を何度読み返してみても、何をどうしたらこんな結果になるのかと問いたくなってくる。そもそも、あの2人はどうやって気付かれないように屋敷を抜け出したうえ、この短時間のうちにあの距離を移動してこれだけの問題を起こす事が出来たのか理解できない。
彼等に何かあれば要らぬ火種が燃え上がってしまい、王都に被害が出る可能性を危惧しての警護を兼ねての監視だったのだが、それらを無視して彼等が火種になってしまっている。不可能に近い事を簡単にやってのける問題児達に頭を悩ませながら、こちらの意向を完全に無視して行動するあの家の者達は、私にとっての疫病神か何かなのではないかと疑ってしまいそうになる。もし、こちら側の準備が終わっていなければ、いくら物証が送られて来たとしても、問題が増えた事に頭を悩ませていたことだろう。
「子供が予想外の行動を取ることがあることを知ってはいたが、あまりに予想外過ぎて対処が間に合わん」
「陛下はアレの行動には慣れているものだと思っておりましたが?」
「まぁ、似すぎているというのも考えものだな…」
奴と共謀して色々とやった事もあり、一番割を食っただろう相手からそう言われてしまえば、他に言いようがない。私にとってこの話は不利だと感じた私は、雑談から仕事の話へと切り替えた。
「それにしても、今回の件でお前にもそんな役回りをさせたな」
「陛下の理にかなったご命令でしたら、それに意を唱える事などいたしません。ですが、ここまで上手くとは思いませんでした。さすがにもう少し警戒するかと思ったのですが?」
「そうだな。平時の時ならば警戒したのだろうが、私の勢力を削る事が出来る絶好の機会を逃せなかったのだろう」
他者を物で懐柔しようとする行動など、コイツに取ってはもっとも毛嫌いすることだろうに、それをおくびにも出さない。こうした態度を奴にも少しは見習って欲しいものだと思うが、自身でもそれは無理だと途中で思ってしまった。今回、こちらが動いていた事でさえも、アイツは余計な真似をするなと言って終わりなのだろうが、私利私欲でしか行動できない者に、私の友を貶めてる事を許してやるほど優しくはない。
「だからこそ、そんな愚かな事をすると思った者達には、存分に代償を払って貰わなければならないな…」
例え嫌悪している相手であろうとも、公私混同せずにきっちりと精査する性格だという事は分かるだろうに、コイツが有益な情報には褒美を出すと表明すれば、それに擦り寄ろうと稚拙な証拠を出して来た者達が後を絶たなかった時の苛立ちが再燃する。意図してそう見せているわけではないにしても、これまで私達が集めた証拠と合わせれば、一掃とまでは言えないが、今回の件に関わっていた連中を捕まえる事が出来るため、今の私の顔は他者から見れば悪人のようにしか見えないだろうが、今この部屋にいるのはコイツだけなため、変に取り繕う必要もない。
しかし、いくら奴が無罪だと知ってはいても、こちらが調べても奴にとって不利な証拠しか出て来なかった時は、こんなにも利権に関わりたい人間がいたとは思わずにはいられなかった。
だが、ここまで綺麗に証拠が揃い過ぎていれば、逆にレグリウス家を貶めようとするための罠だと疑ってくれと言っているようなものだと気付きそうなものだ。それに、奴の事を少しでも知っていれば、そんな証拠を簡単に残すようなヘマをする人間ではないと分かるだろうに。仮に、奴が行った証拠が残る可能性があるとするならば、それは奴が手を出せない者達からの証言だけだろうが、特に奴が一番気を配っている部分のため、そこから証拠が出てくることも決してない。だからこそ、今回の者達も浅はかとしか言いようがなく、学ぶ事をしない者達にため息が出る。
そのうえ、あえて門の警備を緩くしながら、影で城に出入りしている者達を念入りに監視させ、アイツに接触しようとした連中は把握されているのにも気付かない。だが、そういった無能な者から爵位を剥奪し、空いた席に有能な者達を座らせてきた私の政策に不満を持っている者達が大半な者だったのが気になる。もし、アイツ自らが仕組んだ事ならば、それを逆に利用されて遅れを取ったりもしないだろう。
それと、もう一つ気になるのは、、何故か不自然な程に足取りが途切れており、その先を追おうとしても追うことが出来なかった者達だ。しかし、奴ならばある程度の心当たりくらいはあるだろうと、今、謹慎処分の撤回を配下の者に伝えに行かせている。そのため、時期にアルも此処に顔を出すだろうが、ある程度の情報を先に掴んでいるならば事前に教えておけと、小言でも言おうと待ち構えていれば、何やら外が騒がしい。何かあったのか?誰かを呼んで確認に行かせようかと思案していると、何の前触れもなく部屋の扉が開かれ、伝言を頼んでいた部下が転がるように入って来た。
「何事だ?」
本来ならばノックも無しに入って来る無作法を咎める所だが、あまりの慌てように新たな問題事でも起きたのかと問えば、取り乱した様子で答えた。
「陛下!宰相閣下がお部屋にいらっしゃいません!!」
「何だと!?見張りは何をしていた!?」
「それが、今日は朝から誰も出入りしていないと!!」
逃走防止で地表から高い場所に作られている部屋だが、奴にとっては高さなど関係ない事は最初から分かっていた。だが、結界すら簡単にすり抜けて外に出て行けるとまでは思っていなかった。しかし、今はそんな事を気にしている場合ではない。まだ周囲に対して何も伝え終わっていない状況で外に出るのは非常に不味い。それは奴とて十分に分かっているはずだというのに…。
「城から出た者がいないか、至急門番に確認しろ!」
「門の方には今確認させて……」
「駄目です!門番の報告によると宰相閣下が門を通過した記録はないそうで、今現在も行方不明です!」
「あの野郎…」
今回は珍しく大人しくしていたと思ったら、最後の最後で面倒を起こしやがって…。久しぶりに取れた僅かな休息時間さえも台無しにされ、どうにも一言だけでも言ってやらなければ気が腹の虫がすまない程の苛立ちが募る。
「少し出て来る。私が戻るまでこの件は他言無用、事態の収束だけに注力しろ」
何処か行く所があったとしても、アイツが最後に行く場所など一つしかない。怒気を滲ませながら言った私の言葉に、そこにいる者達は緊張を持って敬礼で答えた。それを確認し終わった私は、後ろにベルンハルトだけを引き連れて、奴がいるだろう場所を目指した。
奴の屋敷へと行けば、ちょうど見知った者が使いへと何かを頼むようだった。だが、こちらの存在に気付けば、その者を下がらせてこちらへと歩み進める。そして、その表情は珍しく深刻な様子を見せていた。
「アルノルドはいるか?」
「はい、いらっしゃいます…。陛下が旦那様に御用があるのは重々に承知しておりますが…何分…今は手が離せない状況でありまして…」
「こちらとしても奴が起こした問題で急いでいる。来なければ、こちらから乗り込んで行くと伝えろ」
「……かしこまりました。ですが、此処でお待たせするわけには参りませんので、まずはお部屋にご案内致します」
形式張った挨拶を省き、本題を切り出して呼びに行くように伝えれば、何時もと違って本気で呼びに行きたくなさそうな顔をする。その様子を不思議に思いながらも、案内されるがまま勝手知った廊下を進み、応接室へと到着すると、一礼をしてから奴の事を呼びに部屋を出て行った。
「本当に何かあったのか?」
「普段よりも屋敷内が静かではあります」
私が微かな違和感に疑問を呈すれば、隣からもそれを頷けるような返答が返って来る。私達が頭を悩ませていれば、てっきりわざと遅れて来るかと思っていた相手が素直に来たようで、扉の向こうから奴の気配がした。
「アルノルド。なぜ勝手に城から出た!」
「あまり私の屋敷で大きな声を出さないでくれと言いたい所だが、とりあえず時間は確保出来たからな…今回だけは訪問に感謝してやる…」
扉を開けて入って来た者に開口一番で叱責すれば、飄々とした態度で嫌みでも言ってくるかと思っていた相手が、酷く疲れたような顔で意味が分からない事を言いながら感謝の言葉を発してきた。その様子に、怒っていた私の方が一瞬戸惑ってしまったが、コイツがこういう顔をしている時は、だいたいが身内が関わっている場合が多いと、過去の私が警鐘を鳴らす。実際、何度か心配して話しを聞いた事はあったが、どれも下らない悩み事ばかりだったため、此処でまともに相手をすれば私が馬鹿を見る可能性が高い。
城から此処に来る前までの間の時間でだいぶ怒りも落ち付き、今ので出鼻を挫かれ、完全に気が逸れてしまった私は、ため息混じりに奴へと小言を口にする。
「はぁ…、盛大に小言でも言ってやろうと思って来たというのに、そんな調子では張り合いがない」
「貴様の小言を聞かなくて済むならば、私としては助かるがな…」
「私とて好きで小言を言いに来るほど暇ではない。今回も、城を出る際に見張りにでも一言声を掛けてから行けば良いだけだろう」
嫌味に似た言葉を言っても返答に張りはなく、心ここにあらずといった様子だったが、あえてコイツの事情に深入りする気もなく、こちらが来た理由を諭すように告げれば、それが面白くないような不満そうな顔を浮かべる。
「私があそこで大人しくしていたのは、貴様の顔を少し立てたのと、息子達の活躍を見たかったからだ。それらが片付いたのならば、もはや私があそこにいる必要はなく、多少他で動いたとしても問題はないだろう?」
「例え疑惑が晴れていたとしても、周囲に何も知らせていなければ何の意味もない。許可が下りる前に無断で外に出れば、また余計な疑惑を持たれるだろう」
「そんな者などいない。今回の事で当分は大人しくしているはずだ。何事も口は災いの元だな」
鼻で笑うように言った奴の顔は、悪巧みをした悪党のような顔をしており、口ぶりからしてコイツに接触して来た連中が何か迂闊な事でも口走ったようだった。今回抜け出したのは、おそらくそちらの方にも既に手を回すためだったのだろうが、わざわざ不利な状況になる事を承知で自身で手を下す必要があったのかと思ってしまう。
「しかし、君にしては見事にしてやらんじゃないか?」
「そうだな」
何時もの調子が戻ったようなふてぶてしい態度を少し見せ始めた様子に、迷惑を掛けられた腹いせを込めて私が煽るような言葉を発しても、余裕そうな態度を崩す事もなく、素直にそれについて認めるなどあまりない。その反応に一つの考えが頭を過る。
「もしかして…君…最初から犯人が分かっていたのか…?」
「当然だろう?」
何を当たり前の事を言っているんだとでもいわんばかりの顔に、私は一瞬何を言っているのか理解できずに呆然としていたが、しだいに腹の底からわなわなとした怒りが湧いて出て、抑えきれなくなったものが爆発した。
「それなら!何故、最初からそれを言わなかった!そうすれば、いくらでも打つ手はあっただろう!」
「私が前もって手を打ってしまっていたら、大元が捕まってしまっていたからな」
「大元って…まさか!?」
その言葉で奴が今回あえて後手に回っていた原因に思い至ってしまうと同時に、1人の人間の顔が浮かぶ。だが、コイツが密かに庇っていたのならば、邪魔が入ったように足取りが追えなくなったのにも納得行く。しかし、幽閉されてから何処にも連絡を取った気配などなかったというのに、何時から対策を講じていたんだと驚きを通り越して呆れてしまう。だが、こちらの気など知らないとでもいうように、満足そうな顔をしていた。
「どうすれば最小限の被害に出来るかと見極めに時間が掛けた分、無事に済んだようで良かったよ」
「それのせいで、君が有罪になったらどうするつもりだったんだ…」
「例え有罪になったとしても、私だけならどうどでも出来る」
「君ねぇ…もう少し…自分の身を大事にしてくれないか…?」
「考えておく」
「君ねぇ…」
家族が哀しむ結果になるのは避けたいが、自分の優先順位は当然低くなって行くの仕方がないとでも思っているような顔をしてはぐらかそうとする。あまりにも身内に対して甘すぎる対応に苦言を呈しようとすると、奴の顔が急に驚愕したような顔になり、今まで見た事がない速度で部屋の外へと飛び出して行った。
「おい!どうした!?何事だ!?」
「どうやら、強大な魔力を持った何者かが突然現れたようです」
「なに!?」
今まで見た事がないような表情だったため、何か起こっただろう事は予想出来たが、隣から返って来た返答は耳を疑うような事だった。まさか奴が厳重に管理し、侵入できないよう対策がされている場所に堂々と侵入者が現れた事に驚きを隠せない。ただでさえ今は、此処を警備の者達を以外に屋敷を監視している者もおり、下手をすると城よりも警備が厚い場所になっているというのに、その警戒を掻い潜ってうえ、この2人に気付かれない者など私は知らない。
「急ぎ追うぞ!」
一瞬、危険だと行くのを止められるかとも思ったが、押し問答する時間が惜しいのは奴も同じなようで、そんな言葉を発する事なく私の前を先導するように走り出す。奴を含めてベルンハルトまでもが直前まで侵入に気付かなかった事を考えれば余程の手練だとは予想できる。その者が何者かに寄っては再び頭を抱えることになりそうだと、まだ見ぬ相手への警戒心を上げつつ、急ぎそこに向かうのだった。
ようやく一息つけた事を喜びながら、私は今朝方に届いたばかりの証拠の書類と、同封されていた報告書へ再度目を通す。当初は、これらの回収を含めての任務だったのだが、例の町に奴が放っていた密偵から先にそれが送られて来たため、運搬だけの簡単な任務になってしまった。だが、報告内容を何度読み返してみても、何をどうしたらこんな結果になるのかと問いたくなってくる。そもそも、あの2人はどうやって気付かれないように屋敷を抜け出したうえ、この短時間のうちにあの距離を移動してこれだけの問題を起こす事が出来たのか理解できない。
彼等に何かあれば要らぬ火種が燃え上がってしまい、王都に被害が出る可能性を危惧しての警護を兼ねての監視だったのだが、それらを無視して彼等が火種になってしまっている。不可能に近い事を簡単にやってのける問題児達に頭を悩ませながら、こちらの意向を完全に無視して行動するあの家の者達は、私にとっての疫病神か何かなのではないかと疑ってしまいそうになる。もし、こちら側の準備が終わっていなければ、いくら物証が送られて来たとしても、問題が増えた事に頭を悩ませていたことだろう。
「子供が予想外の行動を取ることがあることを知ってはいたが、あまりに予想外過ぎて対処が間に合わん」
「陛下はアレの行動には慣れているものだと思っておりましたが?」
「まぁ、似すぎているというのも考えものだな…」
奴と共謀して色々とやった事もあり、一番割を食っただろう相手からそう言われてしまえば、他に言いようがない。私にとってこの話は不利だと感じた私は、雑談から仕事の話へと切り替えた。
「それにしても、今回の件でお前にもそんな役回りをさせたな」
「陛下の理にかなったご命令でしたら、それに意を唱える事などいたしません。ですが、ここまで上手くとは思いませんでした。さすがにもう少し警戒するかと思ったのですが?」
「そうだな。平時の時ならば警戒したのだろうが、私の勢力を削る事が出来る絶好の機会を逃せなかったのだろう」
他者を物で懐柔しようとする行動など、コイツに取ってはもっとも毛嫌いすることだろうに、それをおくびにも出さない。こうした態度を奴にも少しは見習って欲しいものだと思うが、自身でもそれは無理だと途中で思ってしまった。今回、こちらが動いていた事でさえも、アイツは余計な真似をするなと言って終わりなのだろうが、私利私欲でしか行動できない者に、私の友を貶めてる事を許してやるほど優しくはない。
「だからこそ、そんな愚かな事をすると思った者達には、存分に代償を払って貰わなければならないな…」
例え嫌悪している相手であろうとも、公私混同せずにきっちりと精査する性格だという事は分かるだろうに、コイツが有益な情報には褒美を出すと表明すれば、それに擦り寄ろうと稚拙な証拠を出して来た者達が後を絶たなかった時の苛立ちが再燃する。意図してそう見せているわけではないにしても、これまで私達が集めた証拠と合わせれば、一掃とまでは言えないが、今回の件に関わっていた連中を捕まえる事が出来るため、今の私の顔は他者から見れば悪人のようにしか見えないだろうが、今この部屋にいるのはコイツだけなため、変に取り繕う必要もない。
しかし、いくら奴が無罪だと知ってはいても、こちらが調べても奴にとって不利な証拠しか出て来なかった時は、こんなにも利権に関わりたい人間がいたとは思わずにはいられなかった。
だが、ここまで綺麗に証拠が揃い過ぎていれば、逆にレグリウス家を貶めようとするための罠だと疑ってくれと言っているようなものだと気付きそうなものだ。それに、奴の事を少しでも知っていれば、そんな証拠を簡単に残すようなヘマをする人間ではないと分かるだろうに。仮に、奴が行った証拠が残る可能性があるとするならば、それは奴が手を出せない者達からの証言だけだろうが、特に奴が一番気を配っている部分のため、そこから証拠が出てくることも決してない。だからこそ、今回の者達も浅はかとしか言いようがなく、学ぶ事をしない者達にため息が出る。
そのうえ、あえて門の警備を緩くしながら、影で城に出入りしている者達を念入りに監視させ、アイツに接触しようとした連中は把握されているのにも気付かない。だが、そういった無能な者から爵位を剥奪し、空いた席に有能な者達を座らせてきた私の政策に不満を持っている者達が大半な者だったのが気になる。もし、アイツ自らが仕組んだ事ならば、それを逆に利用されて遅れを取ったりもしないだろう。
それと、もう一つ気になるのは、、何故か不自然な程に足取りが途切れており、その先を追おうとしても追うことが出来なかった者達だ。しかし、奴ならばある程度の心当たりくらいはあるだろうと、今、謹慎処分の撤回を配下の者に伝えに行かせている。そのため、時期にアルも此処に顔を出すだろうが、ある程度の情報を先に掴んでいるならば事前に教えておけと、小言でも言おうと待ち構えていれば、何やら外が騒がしい。何かあったのか?誰かを呼んで確認に行かせようかと思案していると、何の前触れもなく部屋の扉が開かれ、伝言を頼んでいた部下が転がるように入って来た。
「何事だ?」
本来ならばノックも無しに入って来る無作法を咎める所だが、あまりの慌てように新たな問題事でも起きたのかと問えば、取り乱した様子で答えた。
「陛下!宰相閣下がお部屋にいらっしゃいません!!」
「何だと!?見張りは何をしていた!?」
「それが、今日は朝から誰も出入りしていないと!!」
逃走防止で地表から高い場所に作られている部屋だが、奴にとっては高さなど関係ない事は最初から分かっていた。だが、結界すら簡単にすり抜けて外に出て行けるとまでは思っていなかった。しかし、今はそんな事を気にしている場合ではない。まだ周囲に対して何も伝え終わっていない状況で外に出るのは非常に不味い。それは奴とて十分に分かっているはずだというのに…。
「城から出た者がいないか、至急門番に確認しろ!」
「門の方には今確認させて……」
「駄目です!門番の報告によると宰相閣下が門を通過した記録はないそうで、今現在も行方不明です!」
「あの野郎…」
今回は珍しく大人しくしていたと思ったら、最後の最後で面倒を起こしやがって…。久しぶりに取れた僅かな休息時間さえも台無しにされ、どうにも一言だけでも言ってやらなければ気が腹の虫がすまない程の苛立ちが募る。
「少し出て来る。私が戻るまでこの件は他言無用、事態の収束だけに注力しろ」
何処か行く所があったとしても、アイツが最後に行く場所など一つしかない。怒気を滲ませながら言った私の言葉に、そこにいる者達は緊張を持って敬礼で答えた。それを確認し終わった私は、後ろにベルンハルトだけを引き連れて、奴がいるだろう場所を目指した。
奴の屋敷へと行けば、ちょうど見知った者が使いへと何かを頼むようだった。だが、こちらの存在に気付けば、その者を下がらせてこちらへと歩み進める。そして、その表情は珍しく深刻な様子を見せていた。
「アルノルドはいるか?」
「はい、いらっしゃいます…。陛下が旦那様に御用があるのは重々に承知しておりますが…何分…今は手が離せない状況でありまして…」
「こちらとしても奴が起こした問題で急いでいる。来なければ、こちらから乗り込んで行くと伝えろ」
「……かしこまりました。ですが、此処でお待たせするわけには参りませんので、まずはお部屋にご案内致します」
形式張った挨拶を省き、本題を切り出して呼びに行くように伝えれば、何時もと違って本気で呼びに行きたくなさそうな顔をする。その様子を不思議に思いながらも、案内されるがまま勝手知った廊下を進み、応接室へと到着すると、一礼をしてから奴の事を呼びに部屋を出て行った。
「本当に何かあったのか?」
「普段よりも屋敷内が静かではあります」
私が微かな違和感に疑問を呈すれば、隣からもそれを頷けるような返答が返って来る。私達が頭を悩ませていれば、てっきりわざと遅れて来るかと思っていた相手が素直に来たようで、扉の向こうから奴の気配がした。
「アルノルド。なぜ勝手に城から出た!」
「あまり私の屋敷で大きな声を出さないでくれと言いたい所だが、とりあえず時間は確保出来たからな…今回だけは訪問に感謝してやる…」
扉を開けて入って来た者に開口一番で叱責すれば、飄々とした態度で嫌みでも言ってくるかと思っていた相手が、酷く疲れたような顔で意味が分からない事を言いながら感謝の言葉を発してきた。その様子に、怒っていた私の方が一瞬戸惑ってしまったが、コイツがこういう顔をしている時は、だいたいが身内が関わっている場合が多いと、過去の私が警鐘を鳴らす。実際、何度か心配して話しを聞いた事はあったが、どれも下らない悩み事ばかりだったため、此処でまともに相手をすれば私が馬鹿を見る可能性が高い。
城から此処に来る前までの間の時間でだいぶ怒りも落ち付き、今ので出鼻を挫かれ、完全に気が逸れてしまった私は、ため息混じりに奴へと小言を口にする。
「はぁ…、盛大に小言でも言ってやろうと思って来たというのに、そんな調子では張り合いがない」
「貴様の小言を聞かなくて済むならば、私としては助かるがな…」
「私とて好きで小言を言いに来るほど暇ではない。今回も、城を出る際に見張りにでも一言声を掛けてから行けば良いだけだろう」
嫌味に似た言葉を言っても返答に張りはなく、心ここにあらずといった様子だったが、あえてコイツの事情に深入りする気もなく、こちらが来た理由を諭すように告げれば、それが面白くないような不満そうな顔を浮かべる。
「私があそこで大人しくしていたのは、貴様の顔を少し立てたのと、息子達の活躍を見たかったからだ。それらが片付いたのならば、もはや私があそこにいる必要はなく、多少他で動いたとしても問題はないだろう?」
「例え疑惑が晴れていたとしても、周囲に何も知らせていなければ何の意味もない。許可が下りる前に無断で外に出れば、また余計な疑惑を持たれるだろう」
「そんな者などいない。今回の事で当分は大人しくしているはずだ。何事も口は災いの元だな」
鼻で笑うように言った奴の顔は、悪巧みをした悪党のような顔をしており、口ぶりからしてコイツに接触して来た連中が何か迂闊な事でも口走ったようだった。今回抜け出したのは、おそらくそちらの方にも既に手を回すためだったのだろうが、わざわざ不利な状況になる事を承知で自身で手を下す必要があったのかと思ってしまう。
「しかし、君にしては見事にしてやらんじゃないか?」
「そうだな」
何時もの調子が戻ったようなふてぶてしい態度を少し見せ始めた様子に、迷惑を掛けられた腹いせを込めて私が煽るような言葉を発しても、余裕そうな態度を崩す事もなく、素直にそれについて認めるなどあまりない。その反応に一つの考えが頭を過る。
「もしかして…君…最初から犯人が分かっていたのか…?」
「当然だろう?」
何を当たり前の事を言っているんだとでもいわんばかりの顔に、私は一瞬何を言っているのか理解できずに呆然としていたが、しだいに腹の底からわなわなとした怒りが湧いて出て、抑えきれなくなったものが爆発した。
「それなら!何故、最初からそれを言わなかった!そうすれば、いくらでも打つ手はあっただろう!」
「私が前もって手を打ってしまっていたら、大元が捕まってしまっていたからな」
「大元って…まさか!?」
その言葉で奴が今回あえて後手に回っていた原因に思い至ってしまうと同時に、1人の人間の顔が浮かぶ。だが、コイツが密かに庇っていたのならば、邪魔が入ったように足取りが追えなくなったのにも納得行く。しかし、幽閉されてから何処にも連絡を取った気配などなかったというのに、何時から対策を講じていたんだと驚きを通り越して呆れてしまう。だが、こちらの気など知らないとでもいうように、満足そうな顔をしていた。
「どうすれば最小限の被害に出来るかと見極めに時間が掛けた分、無事に済んだようで良かったよ」
「それのせいで、君が有罪になったらどうするつもりだったんだ…」
「例え有罪になったとしても、私だけならどうどでも出来る」
「君ねぇ…もう少し…自分の身を大事にしてくれないか…?」
「考えておく」
「君ねぇ…」
家族が哀しむ結果になるのは避けたいが、自分の優先順位は当然低くなって行くの仕方がないとでも思っているような顔をしてはぐらかそうとする。あまりにも身内に対して甘すぎる対応に苦言を呈しようとすると、奴の顔が急に驚愕したような顔になり、今まで見た事がない速度で部屋の外へと飛び出して行った。
「おい!どうした!?何事だ!?」
「どうやら、強大な魔力を持った何者かが突然現れたようです」
「なに!?」
今まで見た事がないような表情だったため、何か起こっただろう事は予想出来たが、隣から返って来た返答は耳を疑うような事だった。まさか奴が厳重に管理し、侵入できないよう対策がされている場所に堂々と侵入者が現れた事に驚きを隠せない。ただでさえ今は、此処を警備の者達を以外に屋敷を監視している者もおり、下手をすると城よりも警備が厚い場所になっているというのに、その警戒を掻い潜ってうえ、この2人に気付かれない者など私は知らない。
「急ぎ追うぞ!」
一瞬、危険だと行くのを止められるかとも思ったが、押し問答する時間が惜しいのは奴も同じなようで、そんな言葉を発する事なく私の前を先導するように走り出す。奴を含めてベルンハルトまでもが直前まで侵入に気付かなかった事を考えれば余程の手練だとは予想できる。その者が何者かに寄っては再び頭を抱えることになりそうだと、まだ見ぬ相手への警戒心を上げつつ、急ぎそこに向かうのだった。
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小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる
解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る
早見羽流
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「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」
解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。
そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。
彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。
(1話2500字程度、1章まで完結保証です)
爺さんの異世界建国記 〜荒廃した異世界を農業で立て直していきます。いきなりの土作りはうまくいかない。
秋田ノ介
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88歳の爺さんが、異世界に転生して農業の知識を駆使して建国をする話。
異世界では、戦乱が絶えず、土地が荒廃し、人心は乱れ、国家が崩壊している。そんな世界を司る女神から、世界を救うように懇願される。爺は、耳が遠いせいで、村長になって村人が飢えないようにしてほしいと頼まれたと勘違いする。
その願いを叶えるために、農業で村人の飢えをなくすことを目標にして、生活していく。それが、次第に輪が広がり世界の人々に希望を与え始める。戦争で成人男性が極端に少ない世界で、13歳のロッシュという若者に転生した爺の周りには、ハーレムが出来上がっていく。徐々にその地に、流浪をしている者たちや様々な種族の者たちが様々な思惑で集まり、国家が出来上がっていく。
飢えを乗り越えた『村』は、王国から狙われることとなる。強大な軍事力を誇る王国に対して、ロッシュは知恵と知識、そして魔法や仲間たちと協力して、その脅威を乗り越えていくオリジナル戦記。
完結済み。全400話、150万字程度程度になります。元は他のサイトで掲載していたものを加筆修正して、掲載します。一日、少なくとも二話は更新します。
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