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五章
売り言葉に買い言葉
しおりを挟む休み明けてからバルドも色々と大変だったけれど、僕の方も予想外の事がおきて慌ただしかった。だけど、ようやくそれも落ち着いて来て、僕達の間にのんびりとした空気が流れ始めた。リータス先生からその話しが出たのは、そんな頃だった。
「今年も残り半年を切ったが、お前等は来年の準備は出来てるんだろうな?」
最初、何を言われているのかが分からず頭に疑問符を浮かべてる。だけど、そんな顔をしていたのは、どうやら僕だけじゃなかったようで、面倒くさそうにクラスを見渡した後、リータス先生は怠そうな様子で口を開いた。
「お前等、来年も選択科目や申請があるのを忘れてるわけじゃねぇだろうな?まだ余裕があるなんて高を括っていると、痛い目を見るからな?特に宿題忘れてた奴等…」
リータス先生のその言葉に、クラスの何人かがギクリと身体を強張らせたような気配がしたけれど、眼の前に座っていたバルドも僅かに身じろぎしていた。だけど、そんな様子を見て、リータス先生は愉快そうな笑みを浮かべた。
「毎年、必ずと言って良い程出し忘れる馬鹿がいるせいで、ある程度はこっちで対応する事にはあってはいるが、俺が面倒だからやるつもりはない。お前等に先に言っておくから、他のクラスから何か聞いたとしても、今年も何も期待はするなよ?」
「去年も思いましたが、その対応は教師としてどうなんですか?」
教師として全くやる気がないような発言をするリータス先生に、思わずといった様子で後ろの方から批判の声が上がる。だけど、それに対しても鼻で笑うように不敵な笑みを浮かべるだけだった。
「はぁっ?今さら俺に教師らしい態度を求めんじゃねぇよ」
「でしたら、もう少し説明とかはないんですか?」
「この件に関しては、資料も渡して今学期が始まった時にも説明しただろうが。他に何を説明するんだよ?」
「期限を過ぎた時とか…」
「だから、俺はやらねぇって言っただろ。そもそも期限を忘れなきゃ良いだけだろうが?」
一度言ってしまったからには最後まで言った方が良いと思ったのか、怯えながらも不満に似た言葉を口にする。リータス先生は言葉使いは荒くて怖いけれど、僕達に手を上げるような事もなければ、あまり理不尽な事を言う事も少ない。だけど、何時も正論で返して来る。
「そ、それでも、今後に関わる事なのでもっと丁寧な対応をして欲しいです」
「あ゙ぁ、何で俺がお前等にゴマすりしなきゃなんねぇんだよ。おべっか使われたいなら、さっさと帰って使用人でも相手にしてろ」
それでも、段々と相手をするのが面倒になって来たのか、自分は何も難しい事は言っていないとでも言うような態度で、その子が負けじと言った言葉が容赦なく一蹴されていた。前を向いていたから、その子が今どんな顔をしているのかは分からないけれど、本音を言うならリータス先生がもう少し優しいと有り難い。けれど、この態度に慣れて来てしまったからか、今さら殊勝な態度を取られたらそれはそれで怖そうだ。
後ろから聞こえて来た声がなくなると、他に意見がないかを確認するようにクラスを一瞥すると、リータス先生はさっさと少ない荷物をまとめ始めた。
「話しは以上だ。騒ぎ過ぎなければ、後は時間まで好きにしていろ」
必要事項は伝えたから後は終わりだとばかりに、何時ものように僕達に背を向けて教室を出て行く。出席確認もそうだけど、リータス先生は連絡事項も簡潔にしか伝えないから、他のクラスよりも終わるのがかなり速い。だから、他のクラスにさえ迷惑を掛けなけなければ、その余った時間を何も言われずに自由に使って各々好きに過ごせるので、そこはこのクラスの利点だと思う。
教室から姿が見えなくなり周りから話し声が聞こえて来ると、前に座っているコンラットも視線を横へと向けて口を開いた。
「あの様子だと、本当に何もしてくれなさそうでしたね。なので、バルドも忘れないようにちゃんと危機感持って下さいよ」
「大丈夫だって!今年も同じ科目選ぶから大丈夫だって!」
「……その大丈夫が心配なんですよ」
「今回こそは大丈夫だって!たぶん…でも!みんなで一緒に出せば良いだけだろ!!」
宿題の件があったからか、コンラットからの胡散臭そうな視線を向けられ、それに負けたバルドは、最後の方は少し自信なさげな声を漏らす。でも、急に大事な事でも思い出したかのように自信に溢れたような声を出したため、僕は確認するようにバルドへと声を掛けた。
「バルドは今年も剣術なんだ?」
「おぅ!騎士を目指す以上、やっぱりそれ以外は考えられないしな!それに、絶対に赤点を取らないから補修がないってのも良い!コンラットは経営学にするのか!」
何だか後者の理由の方が大きいような気もするけれど、そんな僕の気持ちなんて知らないバルドは、コンラットへと話しを振る。
「えぇ、兄がいる以上、私が家督を継ぐ事はないですからね。でも、ネアと一緒なのも心強いですし」
僕達と違って必修科目がないネアは選ぶ科目が多い分、誰かと同じになる教科が出て来るのだけど、コンラットの言葉を聞くと僕も少しだけネアと同じのにすれば良かったかなと言う気持ちを拭えない。
「後は…何の科目だったけ?」
「商学と古代語だな」
「古代語ですか?確か、数学だと言ってませんでしたか?」
うろ覚えだっただろうバルドがネアへと尋ねれば、商会とは全く関係がなさそうな科目を選んでいる事に、コンラットが不思議そうな声を上げる、だけど、ネアはそれに至って普通の態度で答えた。
「いちいち計算が必要な科目より、ただ読んで書くだけの楽な科目を選んだだけだ」
ネアは平然と楽な科目だと言うけれど、使い慣れていない文字を新しく覚えたりするのは、僕にはとっては全く楽だとは思えない。そんな僕の思いが顔に出ていたのか、ネアから苦笑された。
「文字を覚えるまでは苦労するだろうが、一度覚えれば後は組み合わせで使えるから楽なんだよ。それに、お前は薬学を選ぶようだしな」
僕は組み合わせるのも大変だと思うけれど、ネアにとっては大変ではないようだった。それに、まるで僕が数学を選ぶと思っていたから選んでいたような口調で言う。だけど、僕がネアの真意を聞く前に、バルドが元気な声を上げる。
「だけど、リュカが薬学を選んだのは意外だったよな!今年もそれにするのか?」
「うん」
「俺は力になれないけど、今年も頑張れよ」
「私も出来る事は、それまで通り協力しますよ」
「暇な時ならな」
「ありがとう!」
少しぶっきらぼうな声もあるけれど、みんなから温かい応援されて僕がお礼の言葉を口にすれば、バルドは嬉しそうな笑みを浮かべる。
「じゃあ、後は提出するだけだな!」
まだ今年の記入用紙さえも貰っていないのに、もう提出する気でいるそんなバルドにネアは少し意地悪そう笑みを向ける。
「お前の場合、提出の期限日を勘違いするか、余裕ぶって忘れるかしそうだよな」
「実際にありそうで怖い事を言うなよな!それに、だから一緒に出そうって言っただろう!!」
冷水でも掛けられたかのように身震いするバルドがそう言えば、ネアは少し呆れたようにそれを突き放しながら、何処か冷めたような声で告げる。
「少しは自立しろ。だから、最後の詰めを忘れるんだよ」
「ぐッ…!」
「そうなんですよね。リータス先生の物言いに問題はありますけど、危機感が足りない人には良い薬になるんじゃないんでしょうか?」
痛い所を突かれたように呻くバルドへと、コンラットがまるで追い打ちを掛けるように言う。
「だったら!俺一人でも忘れないって所を見せてやるよ!」
「それは楽しみだな」
「そうですね。では、お手並み拝見といきましょう」
「ぐぅっ…!」
2人からの言葉に売り言葉に買い言葉でハッタリを言えば、後に引けなくなったバルドが苦渋の表情を浮かべながら唸る。でも、バルドに向けられた言葉は僕にも言えた事だったから、僕も密かに胸が痛くて視線を逸らしてしまった。
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