季節番外編置き場

ユーリ

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新年祭

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「あけましておめでとうございます!」

目を覚まして、少し緊張しながら挨拶をすると、家族それぞれが穏やかな声で返してくれた。それだけで、新しい年が始まったのだと実感が沸いてくる。

「やはり、城で新年を迎えるよりも、家族で落ち着いて迎える方が、年が明けたという実感が沸くな」

「そうね。挨拶まわりで忙しいから、どうしても気が休まる暇がないものね」

昨日、城で行われたパーティーを思い出したようで、母様は遠い目をしながら、しみじみと呟いた。すると父様も、思い出したように小さく息を吐く。

「……年明けくらいは休みたいものだ」

父様にしては珍しく、胸の奥に押し込めていた本音が零れ落ちたような呟きだった。それを聞き取った母様が、同情するようにそっと口を開く。

「年が明けても、アルの忙しさは変わらないものね……」

「あぁ。来賓の多くが、まだ城に残っているからな。一番の問題は、あいつらが帰る時だ……」

年が明けたからといって、すぐに王都を発つ者ばかりではない。近隣の者でさえ、二、三日は滞在するのが当たり前で、その間に、決まって小さな揉め事や厄介なトラブルが起きる。

小さい揉め事で終わればいいが、時には、騎士団まで動員される事態になる。そんな後始末に追われるのが、年明けの恒例行事のように、父様にはなっていた。

「何を好き好んで、あんな者達の相手をしなければならないのか……」

今年も変わらず漏らされた父様のぼやきには、深い疲労が滲んでいた。

「でも、それだけ父様が頼りにされてるってことだよね?」

励ましたつもりで言った言葉だったけれど、父様は肩をすくめる。

「頼りにされているといえば聞こえは良いが、便利屋のような扱いだろうね……」

その声は、驚くほど淡々としていた。そんな父様に、どんな言葉を返せばいいのか分からない。そうして、僕が何かを告げるよりも先に、時間だけがやって来てしまった。

「アルノルド様。そろそろお時間です」

ドミニクの声が静かに響く。父様は露骨に嫌そうな空気をまといながらも、観念したように立ち上がった。

「……行ってくる」

短い一言を残して、父様は仕事へと向かっていった。


父様が出掛けてしばらくしてから、僕は兄様の部屋を訪ねていた。

「兄様?父様の疲れが取れるようなことをしてあげたいんだけど、何かいい案ないかな?」

真剣なつもりで聞いたのに、兄様は少しも考える様子を見せずに答えた。

「リュカがすることなら、父上は何でも癒やされると思うが?」

「そういうのじゃなくて」

僕が問いかければ、仕事の手を止めてくれるのは嬉しいけれど、欲しい答えではない。だから、もう一度問いかけた。

「じゃあ、兄様なら何をすれば疲れが取れる?」

「そうだな……庭にいるだけでも効果はある。それに、書庫で本を読んでいても気が休まるな。まぁ、今も十分に気は休まっているがな」

「?」

庭や書庫なら分かる。でも、仕事をしている今も休まる、という意味が分からず、首を傾げた。兄様は、そんな僕の様子を何も言わず、ただ見ていた。だけど、その視線の意味が分からず戸惑っている僕に気付いたのか、兄様は小さく息を吐いた。

「なら、逆に考えてみれば良い」

「逆?」

「あぁ。リュカなら、何をしている時が一番楽しい?」

「遊んだり……好きなピアノを弾いてる時かな?」

「だったら、それを父上にしてやれば良い」

「そんなので、父様が癒されたりするの?」

半信半疑で聞くと、兄様は静かに言った。

「以前、楽しそうにしているリュカと過ごしているのが、一番癒やされると、父上がこぼしていた事があった。それに、無駄に小うるさい連中を相手にしているからな。子供の遊びに付き合うくらいの方が、気も紛れて良いだろう」

「うーん……?」

未だに半信半疑なところはあるけれど、父様のことを一番よく知っている兄様が言うのならという思いが過ぎる。

「一度やってみて駄目ならば、その時に別の案を考えれば良い」

「そうだね!やってみる!兄様ありがとう!」

そう言って、僕は急いで部屋を後にした。

「……父上が羨ましいな」

だから、扉の向こうで呟かれた兄様の声は、僕の耳には届かなかった。

「父様!今日の夜、時間ありますか!?」

突然の呼び止めに、父様は少し驚いた顔をした。

「どうしたんだい?急に改まって。リュカのためなら、時間がなくても作るけど?」

「違います!」

思わず強く否定すると、父様は瞬きをする。だけど、無理に時間を作ってもらっても意味はない。だからこそ、そんな様子の父様に、宣言するかのように言う。

「今日は、父様の疲れが少しでも癒やされるように、僕が父様をおもてなしします!」

兄様に相談したあと、いつも父様と一緒にいる母様からは、特別に「父様を独占する権利」を貰っていた。だから、この後の時間には余裕がある。ただ、この提案をした時、なぜか母様が少し楽しそうに笑っていたのが、今でも不思議だ。

「リュカがおもてなししてくれるなんて、楽しみだな」

一瞬胸に浮かんだ小さな疑問をよそに、父様は僕の言葉に、穏やかで楽しげな笑みを浮かべた。

「はい!任せて下さい!」

その言葉に力強く返事をしてから、僕は自分の部屋へ父様を招き、僕なりに“楽しいこと”をいくつも試してみた。父様はその度に、変わらず優しく微笑んでくれたが、実際に疲れが薄れているのか実感がわかない。

夕食の後も、最近覚えた遊びなどにも一緒にやってみたけど、僕の胸には小さな不安が静かに広がっていった。

「父様!ゆっくり休めるように、僕がお手伝いします!だから、今日はここで寝てください!」

もう、これしかない。焦った僕は、ふと目に入ったベッドを、思わず叩いていた。

「まさか……寝かしつけをされるとはね。こんなの初めてだよ」

本気で言ったはずの言葉なのに、父様はおかしそうに、笑いを噛み殺している。その様子が悔しくて、僕は思わずムキになって叫んだ。

「とにかく! 横になってください!」

「分かったよ」

僕の必死さが伝わったのか、父様は笑みを引っ込めながらも、それでも完全には隠しきれない、柔らかな表情を浮かべて、素直にベッドへ横になった。そして、僕も並ぶようにして寝転がれば、いつも大きく感じていたベッドが、急に狭く感じられた。

「それで、次は何をしてくれるんだい?」

横になった父様は、いつもとは違う、どこか余裕のある表情を浮かべていた。声も穏やかで、静かな部屋にゆっくりと染み込むように響く。そんな“大人な雰囲気”が、なぜだか少しだけ落ち着かなくて、理由は分からないのに胸の奥がそわそわとして、僕は思わず視線をそらしてしまった。すると、そんな僕の様子に気づいたのか、父様は少し困ったように苦笑して言った。

「少し、からかいすぎたかな?それにしても、どうして急にこんなことをやろうと思ったんだい?」

先のことまで考えていたわけじゃなく、ただ気持ちだけで動いていた僕は、どう答えればいいのか分からず、少し言葉に詰まってしまう。だけど、そんな僕を急かすこともなく、父様は優しく、僕が答えるのを待ってくれていた。

「……父様が、疲れてそうだったから……」

兄様に相談したことも正直に話すと、父様は一瞬だけ、気まずそうに視線をそらした。

「愚痴をこぼし過ぎたかな……?」

「でも、父様は大変な仕事してるから、愚痴くらい仕方ないって、母様が言ってたよ」

「エレナには、かなわないな……」

父様は小さく笑い、普段話さない仕事の話を少しだけしてくれた。

「仕事の内容自体は、そこまで大変でもないんだ。それに、やることが多すぎて、屋敷に帰る暇もなかった就任直後に比べれば、仕事の量も随分減ったしね」

帰る暇もないほど忙しかった。その言葉から、僕が想像していた以上に、父様の仕事が過酷だったことが、少しだけ垣間見えた気がした。だけど、そう前置きしてから、父様は少し遠い目をする。

「ただね……どうにも、他人を気遣うというのが苦手でね。だから、未だに気疲れしてしまうんだ」

「そんなふうには、見えないよ?」

最近は怒るところも見たけれど、それでも外でも屋敷の中でも、父様はいつも優しげだ。だから、素直にそう返すと、父様は小さく苦笑した。

「そう見えているなら、努力した甲斐があったな」

少しだけ肩の力を抜くと、父様は言葉を続ける。

「屋敷の中では必要ないが、仕事柄ね……どうしても“仮面”を被る場面が多いんだ」

その言葉で、普段とはまるで別人のように、貴族として振る舞う隙のない父様の姿が頭に浮かぶ。父様や兄様の苦労に、思わず眉が下がると、それに気づいた父様は、そんな顔をさせるつもりはなかったと言わんばかりに、少しだけおどけて言った。

「そんな深刻な顔をしなくていいよ。今はちゃんと、こうして休めているんだから。それに、今もこうして、リュカを独り占めできているからね」

「それは、僕でしょう?」

忙しい父様を僕が独占しているのだから、それは僕の台詞じゃないかと思ってそう言うと、父様は苦笑を浮かべた。

「いや、皆に恨まれそうだ。だから、今度はオルフェにもしてやるといい」

「兄様、喜ぶかな?」

クリスマスの時、兄様と一緒に横になったけれど、特に大きな反応はなかったことを思い出しながら言うと、父様はまた苦笑して答えた。

「言葉にはしないだろうが、喜ぶと思うよ。リュカは、オルフェに良い影響を与えているからね」

「僕、何もしてないよ?」

褒められているのは分かるけれど、思い当たることがなくて、困惑気味に返す。すると父様は、軽く首を左右に振った。

「そんなことはない。笑う回数が増えた」

「でも、それだけでしょ?」

「大きなことだよ」

父様はそう言って、少しだけ言葉を選ぶように間を置いた。

「……昔の私が聞けば、きっと鼻で笑いそうな話だがね。子供は、そこにいるだけでいいんだ」

そう言いながら僕の頭を撫でる父様は、何の迷いもない、ただ優しいだけの笑みを浮かべていた。

その後も、父様と布団の中で他愛のない話をしていたはずなのに、気が付いたら、どうやら僕の方が先に眠ってしまったらしい。そのせいか、目を覚ました時、父様の姿はもうなかった。

その事に、少しだけ寂しさを感じながら食堂へ降りて行くと、そこにいた父様は、驚くほど晴れ晴れとした笑みを浮かべていた。そしてその日の父様は、いつもならこぼすはずの文句を一つも言わず、仕事へと出掛けて行った。

(父様、少しは疲れが取れたかな?)

そう思いながら、僕はその背中を見送った。

後で聞いた話だけれど、あまりにも機嫌が良すぎて、周囲の人達は逆に父様を怖がっていたらしい。けれど、どうしてそれが「怖い」のか、僕にはさっぱり分からなかった。
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