季節番外編置き場

ユーリ

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ひな祭り (アルノルド視点)

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人々が日々すれ違う王都の広場に、皆の視線を集める1人の女性が、ひっそりと物憂げな様子で立っていた。その様子は、まるで絵画でも切り抜いて来たようだった。

その女性は、短く切られた煌めくような銀髪に白く透き通るような肌。身に纏ったドレスは、青みがかったスタイリッシュなデザインをしていた。だが、その無駄のない簡素な作りが、スラリと伸びた手足や曲線美を際立たせており、長身である事が活かされていた。

しかし、その見事なまでの銀髪は、何処かの家紋を彷彿とさせる物だった。だが、年若い令嬢がいるなどと言う話は聞いた事もなかったため、誰もが振り返っては何処の御令嬢なのかと噂話をしていた。

誰か人を待っているのかのように、こちらの視線を気にする事なくその場に留まっているようだったが、平民ではとても話しかけられる相手ではなく、あまりにも人を突き放すような近付き難い雰囲気に、貴族でさえも声を掛けるのを躊躇っているようだった。

誰も彼もが話し掛ける機会を伺いつつ互いを牽制していると、全く空気の読めなさそうな軟派風の男が、その女性へと声を掛けた。

「失礼。急に話し掛ける無礼をお許し願いたい。だが、君のような素敵なレディに出会えたこの幸運を逃したくはない。それに、君のような女性を待ちぼうけさせているような愚かな男なんて放って、私と共に何処かへと出掛けないかい?」

「……」

人好きするような柔和な笑みを浮かべ、女性をデートへと誘うが、先程からまるで存在しないかのように態度で何の反応も示さない。しかし、男はそんな態度にもめげる事もなく、再度女性へと声を掛け続ける。

「失礼。私が先に名乗るのが礼儀だったね。私は、テット・ダライアス。自分で言うのは恥ずかしいが、この王都でも上位に数えられるような家柄だよ。だから、安心してレディーのお名前をお聞かせて願えないだろうか?」

「黙れ。私の気が変わぬうちに、さっさと目の前から消え失せろ」

差し出された手にさえ目を向ける事もなく、絶対零度と呼べるだけの冷たい声が返ってくる。だが、男はそれで諦めた様子もなく、柔和な笑みを浮かべるとさらに女性へと優しげな声を掛け続ける。

「急に私に話し掛けられて緊張しているのも分かるけど、君みたいな素敵なレディに、そんな言葉は似合わないよ。それに、女性は誰しも笑顔が一番似合うと思うんだ。さぁ、恥ずかしがらずに笑ってごらん」

「……殺すぞ」

凍てつくような冷気が漂っており、女性に良い所を見せようと近寄ろうとした者達も、それに押されるように後ろへと下がり始める。だが、その冷気を一番に受けているだろう男だけは、何にも気付く様子もなく、相手の最後の理性を踏抜いた。

「ハハッ!君みたいな女性から殺させるなら本望だけど、僕と一緒の墓に入りたいと言う当回しの告白かな?それなら、何時でも大歓迎だよ!結婚式の日取りは何時にしようか?」

「……殺す」

全ての地位と権力を使ってでもこの男の息の根を止める。そう心の中で決めたかのように冷たい顔をしていた。

「アッハハ!それで、君は街の中で暴れていたのかい!?」

「……」

大口を開けながら笑い転げそうになっている男を無言で見つめながら殺意を飛ばすが、それにすら気付いていないように笑い続ける。だが、この反応は半ば予想が出来ていたため、少しでも気を紛らわそうとこうなった経緯に思いを馳せる。

去年の事が尾を引き、エレナが私達を着飾りたいと言って来た。ただ着飾るだけならば特に異論はないが、ここで言っているのはそういう意味ではない。当初としては何としても断るつもりでいたが、感情論で訴えて来るエレナに勝てるわけもなく、そのうえラザリアまでもが以前の借りを此処で返せと詰め寄って来られれば、もはやなすすべなどない。流石に目立つ髪色だけは隠したかったが、誰か1人で良いからそのまま着飾りたい懇願されれば、その相手は自ずと決まって来る。嫌がる息子達にさせられるわけもなく、エレナの暴走を止められなかった負い目もあり、自ら名乗りを上げた。

その後は、もはや地獄としか言いようがなかった。

綺麗だと、線が細いだのと褒められたとしても何一つとして嬉しい事などなく、男としての矜持が削られて行くばかりだった。それに、幾ら身元を隠しているからと言っても、目ざとい者は私が誰かなど気付く。その度に驚愕の目を向けられ、どう対応すれば良いかを決めかねているような接客や、知ってはいけない事を知ってしまったかのような対応をされれば、自尊心が音を立てて崩れて行くようだった。

すっかり周囲からの恥辱に疲れ切っていた私は、装飾品を見に行くためにエレナ達に引きずられて行くのを止める事が出来なかった。だからこそ、あれはその罰だったのだろうか…。

目ざとい商人達の前よりも外の方がまだ良いかと、皆が店から出て来るのを待っていれば、愚か者としか言いようがない者が話し掛けてきた。だが、レグリウス家の関係者を匂わすような者に、執拗に話し掛けて来る者などいないだろうと消えるのを待っていれば、その者は予想を外れる程の愚か者だった。

勝手に名乗った名を聞けば、社交界でも女癖が悪い事で有名な男だった。声を出せば気付かれる可能性があったが、エレナ達にこの場面を見られるのだけは避けたかった。意を決し、明確な拒絶の言葉を口にすれば、その男は何を勘違いしたのか、虫酸が走るとしか言いようがない言葉を口にした。

今までどんな刺客や血生臭い場面を見たとしても、此処までの怖気や嫌悪感など感じた事などない。未だかつて感じた事のない不快感を払拭するため、そいつを殺そうと思ったが、さすがにドレスで追い掛けるわけにもいかず、かと言って人混みの中を縫うように逃げ回る相手に、広範囲に影響が出るような魔法を放つ事も出来なかった。そのうえ、冷静さも失っていたため群衆を散らして標的だけを炙り出すのに手間取ってしまった。幸い、エレナ達が来る事はなかったが、騒ぎを聞き付けた衛兵共に邪魔され、奴の息の根を止め損なってしまった。

「しかし、君の身内が連行されて来ると聞いていたのに、まさかそれが本人だったとは思わなかったよ…ッ…」

「……」

殺しそこねた相手へと憎悪を膨らませていると、未だに笑いを押し殺せないように口元を覆いながら身体を震わせている奴の姿が目に入り、そのまま息さえも止まれば良いと切に願う。

貴族とはいえ往来で騒動を起こした事もあり、警備兵に身柄を抑えられ詰め所まで連行されそうになったが、私がレグリウス家の身分証を持っていたため事情聴取は急遽城で行う事になり、コイツの前まで来るはめになった。だが、さすがにあの姿でレクス達の前へと出る気にはなれたかったため、屋敷へと急ぎ手紙を書き、ドミニクから着替えを届けて貰ったが、部屋の前の警備していたあの衛兵にも、事と次第によっては消えて貰う必要があるかもしれないな…。

私が部屋から出て来た時の驚きに溢れた顔を思い出しながら、目撃者共の口を封じる手立てを考えていると、ようやく笑うのを止めただろう奴が、酷く真面目くさったような顔をして言った。

「それにしても、報告を受けた時は何事かと思ったのに、まさか最後まで男だって気付かれなかったうえ、結婚まで申し込まれているなんて!ぷっ…っ…!!」

「どうやら、貴様も命が惜しくはないようだな…」

「ご、ごめんっ。で、でも、どうにも笑いが止まらなくて…っ…」

途中から我慢が出来ず、吹き出すように笑う奴に死刑宣告でも告げるように睨むが、まるでその視線すら可笑しいとばかりに笑い続けていた。そのため、男の目がさらに冷たい視線へと変わって行く。

「で、でも良かったじゃないか、いまだに世間では令嬢だと思われて、君だとは誰も気付いてすらいないんだから。まぁ、誰かが気付いて話したとしても、誰も信じないだろうけどね。君が…往来で女装したなんて……っ……」

私を前に、目に涙を溜めながら笑うコイツは、もう殺しても許されるのではないだろうか?コイツを消した時に生じる問題点を洗い出しながら、密かに奴を殺す策謀を頭の中で練っていると、それまで静かに話を聞いていた男が静かに口を開いた。

「貴様には同情する。とても他人事とは思えない」

「……ベルンハルト」

まさか、コイツからそのような事を言われるとは思ってもいなかった。そのせいで、不覚にも少し良い奴だったと認識しそうになったが、次の言葉で直ぐに正気に戻された。

「妻に知られれば、面白がって私も同じような目にあっていたかもしれない。本当に、貴様のように華奢な身体ではなく良かった」

「貴様…喧嘩を売ってるなら、その倍の値段で買うぞ…?」

僅かな差ではあるが、皆の中で一番背が低く、この男と並んだ時に華奢に見える事を何気に気にしていた男にとっては、今の言葉は到底許せるような言葉ではなく、一触即発のような空気を相手へと向けていた。

「まぁ、まぁ、せっかく建物への被害も軽度だったんだ。ここで無駄な被害を増やす必要などないだろう?」

自室を壊されるかもしれない危険がある中、流石に笑ってもいられなくなった奴が、私達の仲裁でもするかのように止めに入るが、まだどこか余裕がありそうな所が憎らしい。その余裕さを奪ってやりたくなった私は、冷ややかで意地の悪い笑みを浮かべる。

「他人事のように言っていられるのも今のうちだけだ」

「何?どういうことだ? 」

「私が何もしていないとでも思っていたのか?」

その一言で、奴はようやく私がただで起きる事がない事を思い出したかのように嫌な汗をかき始めた。その様子に、私は笑みを強くしながら告げる。

「レクスにも似合うだろうと、廊下で会ったルーナ王妃に言っておいた」

「何だと!!?」

体格が私と大して変わらない点を考えれば奴にも十分白羽の矢が立つだろうと、令嬢が連行されて来た知らせを受けて様子を見に来ていた王妃に、事前に提案をして来たばかりだった。

「お前!関係ない私を巻き込むな!!」

「私を笑った罰だ」

「待て!笑ったのはここに来てからで、お前がそれを言ったのはその前の話だろう!」

「貴様が、私を笑わないとは思えなかった」

「いやっ…まぁ…そうなんだが…それは結果論だろ!!」

図星を突かれたからか、先ほどまでのよりも勢いは落ちたが、それでも過ぎた事に対して不満を口にする。体格ばかりが無駄に良い奴が、神経を逆なでするような事を口にした。

「双方ともに、鍛え方が足りないからだと思うが?」

「お前と…」

「貴様と…」

「「一緒にするな!」」

やった分だけ身に付く奴を前に、レクスと共に吠えたが、この時ほど、奴と意見が一致したと思った事はなかった。
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