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涙の理由
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部屋で息をひそめていた俺は、ミルとジョージの会話を聞いて愕然とする。
王が殺され、しかもそれを殺したのが俺って一体どういうことだ。
自分の耳が信じられない。
「どういう……」
今すぐ出て行って詳しく聞きたいが、なんとか堪える。混乱している頭をなんとか整理しようと思ったが、こんな事を聞いて落ち着けるわけがない。
ミルと客の会話はまだ続いている。
『そ、それ本当なんですか?』
ミルも動揺しているようだ。それはそうだ、その人物がまさにすぐそこにいるのだから。
『ああ、そうらしい。村に来ていた兵士達がそれを聞いて慌ててたよ。王子がいなくなったたと思ったら、こんな知らせがくるんだもんな』
『そ、そうですね』
『だからしばらく、王都は騒がしくなるんじゃないかなと思ってな』
『確かにそんな大変な事が起こったら、混乱するでしょうね……』
ミルの声には困惑が滲んでいる。
『まあ、次の王はもう決まって、後は戴冠式をするってだけだったから、そこまで混乱は無いと思うがね。ただ第二王子の事はかなり問題になるだろうな』
『そ……そうですね』
『そんな心配そうな顔しなくても……ここら辺は王都からも遠いし、直接何かがある事はないだろう』
ミルの声がやたら暗くなったからだろう、客人は励ますように明るく言った。
そんな会話をしたあと客人は挨拶をして帰っていった。
しかし、俺はまだ混乱したままだ。
王が死んだ事をどう思っていいのか分からない。
「あ、あの……ローグ殿下……」
ミルがおずおずと部屋に入って来た。しかし、俺は今聞いた話が衝撃的過ぎてなんと言っていいか分からなかった。
「さっきの話聞いておられましたか?」
「あ、ああ……」
「王が亡くなられたって……それで……殺されたっていうのは……」
少し怯えた表情をしているミルを見て、俺は思い至る。ミルからしたら俺は人を殺してきたかもしれない男なのだ。
「ち、違う俺じゃない。死んだっていうのも初めて聞いた……猫にされて、ここまで来るまで知らなかった……まさかこんな事になってるなんて……」
「あ、そうなんですね。よかった……あ、いえ。陛下が亡くなった事はよくないですしローグ殿下が殺してないのにそう思われてるなら余計ですね」
ミルはホッとした顔をした後、慌てたように付け加える。俺が言ったことはあっさり信じてくれたようだ。
「それにしても、どうして……なんでこんな事に……」
俺はどさりとさっき座っていた椅子に座り直す。落ち着こうと思うが、頭の整理が追いつかない。
誰がなんの目的で殺したんだ?次の王はもう決まっていて変更はない。兄上を狙うならまだ理屈は分かるが、ほとんど引退している現王を殺しても得をする人物なんていないのに。
(俺が猫に変えられたのとも関係があるのだろうか?タイミング的にその可能性は高そうだが……)
あるとしても、何故なのかは分からない。罪を着せるにしてもなんで猫にする必要があったのか……。
頭の中は混乱するばかりだ。
ふと王の最後の姿を思い出す。
(あの夜、呼び出されたのが最後になるなんて……)
何も見ていない目。生暖かくて乾燥した皺だらけのあの手。すえたような匂いのする、暗く重い空気に支配された部屋。
「ロ、ローグ殿下……」
「っど、どうしたんだ?」
ふと見るとミルがボロボロ涙を流して泣いていた。考えに没頭していて、なにがあったのか分からない。
なにか不味い事でもしてしまったのか。
「す、すいません。王が亡くなったって簡単に言ってしまったけど。ローグ殿下にとってはお父上が亡くなられたんですよね。それなのに私ったら……」
一瞬分からなかったが、その言葉でやっとわかった。
普通は肉親が死んだら悲しいものだ。
だからミルは俺も悲しんでいると思って泣いているのだ。
「俺なら……大丈夫だ。まあ、まだ実感がないから……」
そう言って苦笑する。
「ローグ殿下……」
「お、おい……」
しかし、またミルはさらにボロボロ泣き出してしまった。
どうしていいか分からなくて頭を掻く。
同時に、それを見て少し羨ましくなる。
きっとミルは幸せな子供時代をすごし、親にも愛されていたのだろう。
正直、王いや父親が死んだと聞いても悲しみは感じなかった。むしろあれがもう終わってくれたんだと思って、少しホッとしている自分さえいるのだ。
「す、すいませんでした。突然泣いてしまって……」
しばらく待っていると、ミルはなんとか泣き止んだ。
「いや、代わりに泣いてもらってありがたいよ」
「え?代わりにって……」
「それより、王が殺されて俺が殺されているなんて事になってしまったら、あまり考えている暇はないな。どうにかして兄上に会って状況を説明しないと」
俺はそう言って立ち上がった。ミルが泣いているのを見て逆に落ち着いてきた。
「あ、ちょ、ちょっと待って下さい。殿下」
「うん?なんだ?……あ……うわ!?」
振り返ってミルの方を見ようとしたら、周りに煙のようなものが立ち上がった。変身した時にも見たものだ。
そう思ったら、どんどん視線が低くなる。
そうして気が付いたら、またもや毛むくじゃらの手の黒猫に戻っていた。
**********
「も、申し訳ありません殿下。言い忘れてたんですけど、私が作った薬は一時的な効果しかないんです」
ミルはローグと視線を合わせるためにしゃがむと、申し訳なさそうに言った。ミルはこの魔法の説明をする時、確かに解除するにはかけた魔法使いしか無理だと言っていた。
「ミャー……」
ローグはがっかりしたような表情で力なく鳴いた。
「ほ、本当に申し訳ありません。最初に言っておくべきでした。魔法薬が成功したのが嬉しくて忘れてました」
ミルはそう言うと「失礼しますね」と言ってローグを抱き上げ、恭しく籠に乗せた。
「殿下にかけた魔法は動物になる魔法を一時的に抑えるだけで、根本的に解決させるには薬を作った術者に解いてもらうか、術者が死ぬしかないんです」
(絶望的だな。誰が術者かも分からないし、最悪術者が老衰か事故死でもしてくれるのを待つしかないのか……)
人間に戻れたことで一つ問題は解決したと思ったが、それも解決していなかった。しかも、さらに厄介な事もわかってしまった。
「少し、待っていて下さい。もう一度、魔法薬を作りますので」
ミルはそう言うと早速、さっきと同じように魔法薬を作り始めた。今回は二度目な事もあって手際がよくなっていて、あっという間に出来上がった。
「出来上がりました!少しお待ちください」
そう言ってミルはまたローグに魔法薬を振りかけた。
煙が立ち上がるとローグが現れる。
「あ、あの。ローグ様、申し訳ありませんでした」
「いや。少しの間でも人間になって喋れるだけでも、進展はあった」
少し、苦笑しているものの、ローグは穏やかな顔で言った。
まあ、そうでもいわないとやってられないというのもある。
ミルはその笑顔を見て顔が真っ赤になるのが分かった。
ローグの顔が美しすぎるのだ。
村で見た時は遠くからだったがそれでも美しかったが、近くで見るとさらに桁違いだった。
困った顔ですら憂いがあって見惚れてしまいそうになる。
さっきもベッドであんなに接近されて、心臓が止まるかと思った。
「そ、それで。これからどうしたら……」
ミルは見惚れてしまうのをなんとか抑えてそう言った。
今はそんな事をしている場合じゃない。
拾った黒猫が人間で、それがこの国の王子だった。しかも王が殺されて、それを王子が殺したという疑惑まで出てきたのである。
いままで、ミルは平凡で地味な人生を送ってきた。今振り返っても、こんな難しいことに直面した事がない。
だから、これからどうしたらいいのか検討すらできない。
「ミルが薬を作っている間、色々考えてみたんだが……」
何かを考えていたローグが口を開いた。
王が殺され、しかもそれを殺したのが俺って一体どういうことだ。
自分の耳が信じられない。
「どういう……」
今すぐ出て行って詳しく聞きたいが、なんとか堪える。混乱している頭をなんとか整理しようと思ったが、こんな事を聞いて落ち着けるわけがない。
ミルと客の会話はまだ続いている。
『そ、それ本当なんですか?』
ミルも動揺しているようだ。それはそうだ、その人物がまさにすぐそこにいるのだから。
『ああ、そうらしい。村に来ていた兵士達がそれを聞いて慌ててたよ。王子がいなくなったたと思ったら、こんな知らせがくるんだもんな』
『そ、そうですね』
『だからしばらく、王都は騒がしくなるんじゃないかなと思ってな』
『確かにそんな大変な事が起こったら、混乱するでしょうね……』
ミルの声には困惑が滲んでいる。
『まあ、次の王はもう決まって、後は戴冠式をするってだけだったから、そこまで混乱は無いと思うがね。ただ第二王子の事はかなり問題になるだろうな』
『そ……そうですね』
『そんな心配そうな顔しなくても……ここら辺は王都からも遠いし、直接何かがある事はないだろう』
ミルの声がやたら暗くなったからだろう、客人は励ますように明るく言った。
そんな会話をしたあと客人は挨拶をして帰っていった。
しかし、俺はまだ混乱したままだ。
王が死んだ事をどう思っていいのか分からない。
「あ、あの……ローグ殿下……」
ミルがおずおずと部屋に入って来た。しかし、俺は今聞いた話が衝撃的過ぎてなんと言っていいか分からなかった。
「さっきの話聞いておられましたか?」
「あ、ああ……」
「王が亡くなられたって……それで……殺されたっていうのは……」
少し怯えた表情をしているミルを見て、俺は思い至る。ミルからしたら俺は人を殺してきたかもしれない男なのだ。
「ち、違う俺じゃない。死んだっていうのも初めて聞いた……猫にされて、ここまで来るまで知らなかった……まさかこんな事になってるなんて……」
「あ、そうなんですね。よかった……あ、いえ。陛下が亡くなった事はよくないですしローグ殿下が殺してないのにそう思われてるなら余計ですね」
ミルはホッとした顔をした後、慌てたように付け加える。俺が言ったことはあっさり信じてくれたようだ。
「それにしても、どうして……なんでこんな事に……」
俺はどさりとさっき座っていた椅子に座り直す。落ち着こうと思うが、頭の整理が追いつかない。
誰がなんの目的で殺したんだ?次の王はもう決まっていて変更はない。兄上を狙うならまだ理屈は分かるが、ほとんど引退している現王を殺しても得をする人物なんていないのに。
(俺が猫に変えられたのとも関係があるのだろうか?タイミング的にその可能性は高そうだが……)
あるとしても、何故なのかは分からない。罪を着せるにしてもなんで猫にする必要があったのか……。
頭の中は混乱するばかりだ。
ふと王の最後の姿を思い出す。
(あの夜、呼び出されたのが最後になるなんて……)
何も見ていない目。生暖かくて乾燥した皺だらけのあの手。すえたような匂いのする、暗く重い空気に支配された部屋。
「ロ、ローグ殿下……」
「っど、どうしたんだ?」
ふと見るとミルがボロボロ涙を流して泣いていた。考えに没頭していて、なにがあったのか分からない。
なにか不味い事でもしてしまったのか。
「す、すいません。王が亡くなったって簡単に言ってしまったけど。ローグ殿下にとってはお父上が亡くなられたんですよね。それなのに私ったら……」
一瞬分からなかったが、その言葉でやっとわかった。
普通は肉親が死んだら悲しいものだ。
だからミルは俺も悲しんでいると思って泣いているのだ。
「俺なら……大丈夫だ。まあ、まだ実感がないから……」
そう言って苦笑する。
「ローグ殿下……」
「お、おい……」
しかし、またミルはさらにボロボロ泣き出してしまった。
どうしていいか分からなくて頭を掻く。
同時に、それを見て少し羨ましくなる。
きっとミルは幸せな子供時代をすごし、親にも愛されていたのだろう。
正直、王いや父親が死んだと聞いても悲しみは感じなかった。むしろあれがもう終わってくれたんだと思って、少しホッとしている自分さえいるのだ。
「す、すいませんでした。突然泣いてしまって……」
しばらく待っていると、ミルはなんとか泣き止んだ。
「いや、代わりに泣いてもらってありがたいよ」
「え?代わりにって……」
「それより、王が殺されて俺が殺されているなんて事になってしまったら、あまり考えている暇はないな。どうにかして兄上に会って状況を説明しないと」
俺はそう言って立ち上がった。ミルが泣いているのを見て逆に落ち着いてきた。
「あ、ちょ、ちょっと待って下さい。殿下」
「うん?なんだ?……あ……うわ!?」
振り返ってミルの方を見ようとしたら、周りに煙のようなものが立ち上がった。変身した時にも見たものだ。
そう思ったら、どんどん視線が低くなる。
そうして気が付いたら、またもや毛むくじゃらの手の黒猫に戻っていた。
**********
「も、申し訳ありません殿下。言い忘れてたんですけど、私が作った薬は一時的な効果しかないんです」
ミルはローグと視線を合わせるためにしゃがむと、申し訳なさそうに言った。ミルはこの魔法の説明をする時、確かに解除するにはかけた魔法使いしか無理だと言っていた。
「ミャー……」
ローグはがっかりしたような表情で力なく鳴いた。
「ほ、本当に申し訳ありません。最初に言っておくべきでした。魔法薬が成功したのが嬉しくて忘れてました」
ミルはそう言うと「失礼しますね」と言ってローグを抱き上げ、恭しく籠に乗せた。
「殿下にかけた魔法は動物になる魔法を一時的に抑えるだけで、根本的に解決させるには薬を作った術者に解いてもらうか、術者が死ぬしかないんです」
(絶望的だな。誰が術者かも分からないし、最悪術者が老衰か事故死でもしてくれるのを待つしかないのか……)
人間に戻れたことで一つ問題は解決したと思ったが、それも解決していなかった。しかも、さらに厄介な事もわかってしまった。
「少し、待っていて下さい。もう一度、魔法薬を作りますので」
ミルはそう言うと早速、さっきと同じように魔法薬を作り始めた。今回は二度目な事もあって手際がよくなっていて、あっという間に出来上がった。
「出来上がりました!少しお待ちください」
そう言ってミルはまたローグに魔法薬を振りかけた。
煙が立ち上がるとローグが現れる。
「あ、あの。ローグ様、申し訳ありませんでした」
「いや。少しの間でも人間になって喋れるだけでも、進展はあった」
少し、苦笑しているものの、ローグは穏やかな顔で言った。
まあ、そうでもいわないとやってられないというのもある。
ミルはその笑顔を見て顔が真っ赤になるのが分かった。
ローグの顔が美しすぎるのだ。
村で見た時は遠くからだったがそれでも美しかったが、近くで見るとさらに桁違いだった。
困った顔ですら憂いがあって見惚れてしまいそうになる。
さっきもベッドであんなに接近されて、心臓が止まるかと思った。
「そ、それで。これからどうしたら……」
ミルは見惚れてしまうのをなんとか抑えてそう言った。
今はそんな事をしている場合じゃない。
拾った黒猫が人間で、それがこの国の王子だった。しかも王が殺されて、それを王子が殺したという疑惑まで出てきたのである。
いままで、ミルは平凡で地味な人生を送ってきた。今振り返っても、こんな難しいことに直面した事がない。
だから、これからどうしたらいいのか検討すらできない。
「ミルが薬を作っている間、色々考えてみたんだが……」
何かを考えていたローグが口を開いた。
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