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王都に行く準備

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翌日、朝日と共にメルは目を覚まし。朝食の前に仕事をはじめた。
ミルの家の裏には大きな畑があり、朝いちばんで摘むとよい薬草があるのだ。それ以外にも森の中にも生えている有用な草を採取し、簡単に下処理をして、やっと朝食を作り始める。

「ニャー」

朝食が出来上がったころ、猫の小さな声が聞こえた。

「あ、ローグ殿下おはようございます。よく眠れましたか」
「ニャ!」

ローグは短く鳴くと足で二回机を叩いた。

「あれ?眠れませんでしたか?」

実はこれ、昨日二人で決めた決め事の一つで、ローグが猫の時に合図でイエスかノーが分かるようにしておいたのだ。
二回叩くのは”違う”という意味。
まあ、色々考えることもあるだろうし当然かな、と思っていたらローグはまた二回足で叩いた。

「あれ?違う?……あ、呼び名を変えたんでしたね。すいません」

問題はミルがローグ殿下と呼んだことだ。家の中ならそこまで問題ないだろうが、誰かに聞かれる可能性はある、それに今後王都に行くならややこしくなってしまうので今から、呼び名は変えておこうということになったのだ。

「えっと……ロマ様……でよかったですか?」
「ミャー!」

ミルが言うと直ぐローグは講義するように鳴いて、また二回足で叩いた。

「うう……ロマ……」
「ミャ!」

敬称をつけず呼び捨てにしたら、そうだというように短く鳴いて、机を一回叩いた。これはイエスの意味だ。
いくら偽名でも王子を呼び捨てにするのはやはり不敬な感じがしてつい様をつけてしまったがミルは怒られてやっと呼び捨てをする。
やはりまだ罪悪感がある。
敬語で呼びかけることも止めてくれと言われていたが、それはスルーしてくれたようだ。

「えっと……それじゃあ、お食事にしましょうか」

気を取り直してミルはそう言った。慣れるまでには少し時間がかかりそうだ。

「あの……本当にこんなものでいいんですか?」

ミルはそう言っていつも自分が食べているような朝食を出す。昨日の話し合いでこれもローグに言われたのだ。
いつもミルが食べているのは本当に素朴で質素な物ばかりだ。ミルはこれで十分だったし割と好きだった。
しかし、間違っても王族の方に出すようなものではない。
まあ、もうすでに温めただけのミルクとか味の付いていない魚の身を出してしまっているのでもう遅い気もするが……。
ミルは心配そうに見つめていたがローグは一回足をトンと叩いて、躊躇なく食べ始めた。
ハラハラしつつも、ミルは朝食を食べ始める。

「ロマ、暇になるかもしれませんしお相手も出来ませんが、部屋の中は自由に過ごしてくださいね」

食事は平和に終わり、ミルは早速仕事に取り掛かることにした。
ローグは『ミャ』と短く鳴いて分かったと言うように、一回机を叩いた。
早速ミルは仕事を始める。
昨日の話し合いで、ミルは取り敢えずいつも通り仕事を続ける事にした。怪しい奴が近くをうろついているかもしれないのと、どちらにしてもお金が必要だからだ。
言うまでもないが、今のミルはかなり貧乏だ。
この家は元々違う薬師が住んでいたのだが、かなり昔に死んでいて、空き家になったものを貰い受けて住んでいる。
元々住人が使っていた道具も残っていたし、畑も荒れていたが残っていたので一から全てを用意しなくてもいいのはよかった。
近くの村では、運よく作った薬を買ってくれる店も見つけられた。

「でも、家はただではなく多少のお金が必要だったし、その借金はまだ残ってるんだよね……」

ミルは思い出しながら呟く。
しかも、ミルの住んでいる土地は人が少なく、したがってそんなに薬を買ってくれるお客さんもいなかった。
だから、ミルが学校を卒業してここで仕事を始めた時は本当に大変だったのだ。
学生時代に貯めたお金と親が送金してくれたお金は薬師になった時にほとんどなくなってしまった。
だからその後、薬を売ったお金と畑で出来たものでなんとか食つないできた。本当にお金がなかった時は何日か食事を食べられなかった時もあったくらいだ。
なんとか、最近はそんな事もなくなったがけっして余裕はない。


「でも、今は効率よく魔法薬が作れるようになってるし、評判もいいって話だし。もっと頑張れば、もっと稼げるはず……」

ミルはそう決意して、いつも以上に張り切って仕事をし始めた。
一方その頃、ローグは少し部屋を散策していたがする事がなくなって、しばらくミルの働いている姿を見ながら籠に入って丸くなっていた。

「ロマ」

いつの間にかローグは寝ていたようだ。ローグはその声で目が覚めた。
時間はお昼が過ぎたあたりだろうか。

「ミャオ」
「ロマ、もしかしたら役に立つものが出来たかもしれません」

そう言ったミルの手には、小さな瓶と紐があった。

「この瓶に一時的に人間に戻れる魔法薬を入れておいて首輪みたいに付けて、何かあった時に戻れるようにしたらどうかと思って……」

ミルはそう言って、ローグに作ったものを取り付ける。

「ちょっと失礼しますね……よし、これでいいかな。ここに引っ掻けるところがあるので爪で引っ張れば中味が出てくると思います」

確かにミルが近くにいなかったり、薬が手元に無い時に何かあった時に使えそうだ。

「今は試作なので、中味は水なんですけど。一度試してみてみてくれませんか」
「ミャ」

ローグはわかったというように短く鳴くと、説明されたように爪を引っ掻けてみる。
瓶は見事に蓋が空き、中の水がローグにかかった。

「うん、上手くいきましたね」

ミルは嬉しそうに言った。それは本当に上手く作られていて、ミルは随分手先が器用なようだ。

「あ、すいません。濡れてしまいましたね」

ミルは喜んだものの、慌てて布を持って来て拭いた。それから中身を本物に変えて完成した。

「いかがでしょうか?役に立ちそうですか?」

ミルは心配そうに聞いた。

「ミャオ」

ローグはそう鳴いて机を一度叩いた。どうやらローグは満足したようだ。

ミルとローグの置かれている状況は最悪と言えるが、こんな風に少しでも進展があるのは救われる。
そんな風にその日は終わった。

次の日。

「よし!なんとか間に合った」

ミルは大量の魔法薬を前にしてそう言った。これはお店に卸すための薬だ。
魔法が楽に使えるようになったので、あれもこれもと作っていたら、時間ギリギリまでかかってしまった。
でも、沢山出来たのでいい収入になるはず。
運びやすいように木箱に入れて出発の準備をする。
今回もジョージに乗せて貰う予定だ。
昨日、知らせてくれたついでに、今日も乗せてくれる約束までしてくれた。
ジョージにはお世話になりっぱなしだ。

「ミャオン」

ローグがよかったと言うように鳴いた。

「ロマ、それでは私は行ってきますので、また留守番よろしくお願いしますね」

ミルはローグにそう言った。今のところこの家が一番安全だから、ローグは家で待つことになっている。

「ミャ」

分かったと言うようにローグは鳴いた。
そうしているうちに、馬車の音が遠くから聞こえてきた。

「あ、もう行かなくちゃ」

慌ててミルは荷物を持って、外に出る。

「ああ、ミルちゃんおはよう。準備は出来たかい?」

ジョージはいつも通りの笑顔でそう言った。

「はい、本当に色々お世話になってしまって、すいません」

ミルは申し訳なさそうに言った。

「いいんだよ。こっちもお世話になってるからね。村の店主にも頼まれたし気にしないで」
「ありがとうございます」

ミルはそう言って馬車に荷物を乗せ、自分も乗り込む。今回は木箱がいくつかあって大荷物になった。

「それにしてもミルちゃん凄いね。店主から聞いたけど、凄い魔法薬を作ったんだね。いつの間に作れるようになったんだい?」

出発してしばらくして、ジョージが聞いた。

「え?いや、そんなに凄くないですけど……でも、実は色々あって使役獣を手に入れまして……」

ミルはもごもごと何でもない風に言った。嘘はついていない。魔法の効果が上がったのはそのお陰だ。ただ、それがこの国の第二王子だっただけだ。

「ええ?本当かい?凄いじゃないか」
「い、いえ。本来は出来てて当然のことですから」
「でもよかったじゃないか。だったら、これからどんどん魔法薬も作れるな」
「えへへ、そうだといいんですけど」

ミルは苦笑しつつ言った。
本当にそうだといいが、それ以上に色々問題が起こっているのであまり素直に喜べない。

「はは、ミルちゃんは本当に謙虚だな。まあ、応援してるか頑張って」
「ありがとうございます」

そんな会話をしながら村に向かう。向かう道中、あの怪しげな男は見かけなかった。流石に諦めたのか、たまたまいなかったのか分からないが少しホッとする。
村に着くとジョージに別れを告げて店に向かった。

「ミルちゃん!来てくれたのか。待ってたよ」

店に入った途端、店長が待ちかねたように出迎えた。

「え、えっと……?」

あまりの勢いにミルは思わず怯む。

「実はミルちゃんの薬があっという間に評判になって、今日朝から待ってる人までいるんだ」
「え?ええ!そんなに?」

よく見るとお店には待ち構えたように、数人の人がたむろっていた。村は狭い。大体は知っている人なのだが、見かけない顔もあった。

「おお、その子が作った薬なのか。早く売ってくれ」
「おい、俺は昨日から来てるんだぞ」

お客も気が付いたようだ。待ちかねたように言った。

「ああ、すいません。もう少しお待ちください。ミルちゃん魔法薬は持って来てくれたかい?」
「あ、はい。これです」

ミルは持ってきた箱を指さす。

「おお、ありがとう。それに、いつもと違うのもあるんだね」
「はい、せっかくだから色々作ってみたんです。置いてもらえますか?」
「勿論だよ。むしろありがたい、きっと買いたいって客はいるよ。じゃあ、早速……」

店長はそう言ってミルが持ってきた商品を運んで店に並べる。
しかし、商品を並べる間もなく待ち構えていた客が手に取っていくので、あっと言う間に半分の商品がなくなった。

「ミルちゃんごめんね、やっと落ち着いたよ。これ、代金ね」

なんとか店が落ち着いたタイミングで店長がそう言った。
薬の代金を渡した。客が来ていたこともあって後回しになっていたのだ。
ミルはみんなの剣幕に押されて、代金の事はすっかり忘れていた。

「あ、ありがとうございます……って随分多くないですか?」

代金の確認をしてみたらいつもより多かった。

「ああ、実は、ミルちゃんの薬がよく効くって評判になってお客が増えてから値上げしたんだ。せっかくんだからと思ってね」

店主はウインクしながらにっこり笑って言った。

「だ、大丈夫でしょうか?」
「大丈夫だよ。しかも、値段をあげてもみんな気にせず買っていったよ。むしろ安いとまで言った人までいたから、もう少し値上げしてもいいかもしれない」
「ええ?もっとですか?」
「それくらいミルちゃんの薬は効き目がいいんだよ。ちなみに今渡したのは前回売れた分だ。今日の分はこれ」

そう言って店主がまたいつもの倍はある金額をミルに渡した。

「こ、こんなに?」
「当然だよ。ミルちゃんには今後もうちで商品を扱いたいんだから」
「そ、そんな。他でなんてあり得ないですよ。お世話になってるのに」
「いやいや、あっという間にこんな評判になったんだきっと色々なところから声がかかるよ、実は昨日も……」

店主が何か言おうとしたら、またお客が入って来た。

「やあ、連日すまないね。昨日の話だが……」
「ああ、丁度あなたの噂をしていたところですよ」

店に入ってきたのは恰幅がよく、質のいい服を着た男だ。この村の人間ではないようで知らない顔だった。

「そうだったんですか?ん?もしかしてこの娘が?」
「ええ、そうです。話していた魔法使いは彼女です。丁度商品を納品してくれたので。言っていたお話の事を今、お話しようとしていたんです」
「あ、あの。なんのお話ですか?」

なんだか二人で話が通じたようで、どんどん話が進む。
ミルはなにも分からず聞いた。

「ああ、すまない。実はこの方は商人なんだ。王城にも行商に入るくらいの大きな商人さんなんだが。ミルちゃんの作った商品を気に入ってくれて、是非扱いたいから紹介して欲しいって言われていたんだ」
「ああ、そうなんだ。君の作った薬は素晴らしい」
「あ、ありがとうございます」

商人はニコニコ笑いながら言った。それにしてもこんな短時間でここまで話を進めるとは、かなりやり手の商人のようだ。

「実は君の薬が評判になったのは王城の兵士がここの薬を買ったのがきっかけなんだ」
「あ、もしかして妖魔を退治しに来た兵士さんが?」

丁度、商品を納品した時に話した兵士だろう。

「ああ、そうなんだ。それで城に売りに来る行商の私の耳にも入ったってわけなんだ。王城直属の兵士にもみとめられたんなら、城に持っていく商品としては持ってこいだと思ったんだ」

どうやら偶然が重なったおかげもあって、薬が売れたようだ。

「あ、あの。お城にも売りに行かれるんですよね」

凄い勢いで話が進むので呆気に取られていたミルだが、その話を聞いてある事を思い付いた。

「ああ、王都でも売りたいが、やはり城でも売りたいね」
「じゃあ、商品は安くでお売りしますので。私も連れて行ってもらう事はできますか?」
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